天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

バトルフェスティバル・ハロウィン編

リアクション公開中!

バトルフェスティバル・ハロウィン編

リアクション



勝利はどこへ!? 途中結果と仮装大会

 この時期の夕暮れは早い物で、すでに会場の端っをオレンジ色に染めている。しかし、お化けの時間はこれからだとスタンプラリーで引き替えたジャックオランタンを手に盛り上がる参加者たち。その喜ばしい光景の中、本部ではヴィスタの報告を聞いた直が暗い顔をしている。
「……その計算は、間違いないのか」
「残念ながら事実だ。仮装部門、飲食部門、遊戯部門……そのどれにも、ウチは名前を出してない」
 ばさりと手渡される資料。まだ途中経過とは言え、この時間にもなれば挽回もしにくい。なのに、どの部門でも勝利を収められないとはどういうことかと確認する。
 今回は学舎別ということもあり、それぞれの部門で参加傾向の多い人を学舎代表チームとして扱っている。例えば仮装部門だと、どれだけ格好良さで会場を圧倒させることが出来たとしても、所属する学舎にセクシーな人が多ければ代表になることが出来ず、セクシー票しかカウントされないのだ。
 現在、薔薇の学舎を代表するのは仮装だと可愛いだが蒼学に負けてしまっているし、遊戯は内装と店主の気迫が怖い1店のみで参加者は楽しい物が希望のようで論外、飲食店も可愛いよりは甘い物が人気のようで大きく差が開いてしまっている。
「こうなったら……仮装大会しか残されてないね」
 もうお店は巡り終わっているだろうから、ここから票を集めることが出来るのはその1部門のみ。自分たちの学舎を優位に導くような不正行為は許されないが、普通のファッションショーのようなコンテストで劇的に変動が起こるとも思えない。
「どうする、アピール時間は数分で枠を取ってるがパァーっとやっちまうか?」
 仮装大会への応募は次第に増えている、コンテスト形式では最初のインパクトと最後の方が記憶に残りやすく、間の出演者は不利になってしまうだろう。
「……遊戯店を中心に、全ての出店者へ通達を。仮装大会の形式を変更する」
「了解、時間はギリギリか少し押す感じだな。参加者への通達は――」
 言うが早いか、直はタイムテーブルを書き換え終わると仮面を取って一般学生用の帽子を深く被り外へ出る。
「僕が行く。他校が凄い言うんやったら、自分で確認せなあかんやろ。連絡だけは頼んだで!」
 すっかり普通の生徒モードになってしまった直を捕まえることも出来ず、ヴィスタは新しいスケジュールを確認する。
(ま、ああやって生徒の意見を聞き出したりするのが得意なんだから仕方ねぇか)
 直が学園内部の仕事を任せられるのは、その打ち解けやすさ。生徒の模範となるべきイエニチェリを遠く感じる生徒も多い中で、誰にでも平等に、皆で楽しい学園生活を過ごそうと振る舞う姿は、一般生徒と大きく変わらない。そんな直は、ただじっと上から指示をするやり方よりも、実際に生徒の立場で現場に携わる方が能力を発揮出来るのだ。
 広場に集まる人混みをかき分け、ステージの上に立つ。いよいよ始まるのかと期待に満ちた目をする参加者に、帽子がズレないよう支えながらマイクで宣言する。
「ほんなら、お待ちかねの仮装大会の詳細発表や! 参加する人はよう聞いとってな」
 ルールは、衣装が被らないようにチーム分けし、協力してもらった店舗で全力で戦うこと。もちろん、ただ真剣にやれば良いと言うものではなく、仮装を活かした戦い方をしてアピールをすると言うものだ。
 第一試合のアピール会場に選ばれたのはカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の射的屋台”ゴーストを追い払え!”に決まった。木材とゴムで作った手製の銃を使い、トゲトゲ木の実を弾にして、離れた所に仕掛けてある風船”ハロウィンゴースト君”を狙うという至ってシンプルな射的だが、これをいかに仮装を活かしてクリアするのか。
 ステージにはスクリーンが用意され、混雑を避けるため代表選手のみ店へと移動することになり、そこで初めてお互いの敵を確認した。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)扮する雪女と十倉 朱華(とくら・はねず)扮する吸血鬼と戦うことになったのは、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)によるウィッチの遥遠と、紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)による吸血鬼の遙遠。どうやら、こちらはパートナー同士の仮装をした上でさらに仮装をしているようだが、互いに慣れぬ女装と男装で戸惑ったのは最初だけ。今ではしっかりと入れ替わったかのように対峙している。
 お店側も最後の仕上げとばかりにジュレールが大会用にと今までよりも少し小さめの風船を屋台にばらまき始め、ゴーストに仮装しているおかげで、まるで仲間を呼び寄せたかのような雰囲気にギャラリーからも声援が送られる。
「ボクの店では1チーム3発、男女ペアでパフォーマンスしながら沢山落としてね!」
「なら、私から行くわ」
 純白の着物に青い帯、露出してる部分の肌を少し白めに化粧をした祥子が、京紅で彩った唇に微笑をたたえて前に出る。自慢の鴉の濡れ羽色をした長い髪を活かせる色っぽい仮装に、感嘆の声を漏らす者も少なくない。
(体育祭のリベンジよ……必ず勝ってみせるわ!)
 銃を受け取る前に、氷術を応用して自分と観客の間に雪女らしく吹雪のように視界を塞ぐ。そして光学迷彩を使用して姿をくらまし、近くに居る数人へ金平糖を配りカレンの手から銃を受け取って迷彩解除。次第に収まる吹雪に、まるで本物の雪女が消えたり現れたりしているようなパフォーマンスをしかけた。
 彼女とチームを組むことになった朱華も、その凝った演出には拍手を贈り自分のパフォーマンスを考える。
(でも、パートナーが大絶賛してくれたから、これといって考えて無かったんだよね)
 赤い髪と瞳なら似合うんじゃないかと、軽い気持ちでタキシードを着て裏地が紅の黒マントを羽織ってみた。そうして鏡の前に立つと髪も懲りたくなって、オールバックとまではいかないものの、普段は顔にかかることの多い前髪を分けてセットし、自分なりにも格好良い仮装に仕上がったと思う。しかし、大絶賛してくれたパートナーは自分のこととなると欲目が激しいので、自画自賛してしまっているんじゃないかと気恥ずかしい。
 そんなことを考えているうちに、祥子は2つの風船を打ち落としていた。ふわふわと揺れる風船を的確に捉えるのは、さすが教導団と言ったところだろう。最後の1発、朱華に銃を渡すとぴょこりと現れるミステリーゴースト。いかにも高得点かと思われるそれを打ち落とせば、勝負は決まるかもしれない。
「折角だし……狙わせてもらおうかな」
 ゆらゆらと翻弄する風船へ狙いを定め――外してしまった。残念そうな溜め息が聞こえる中、朱華は何かを思いついたようにマントを翻す。
「僕が狙うのはゴーストじゃなく、女性の血だけだよ」
 失敗したことが作戦であったかのようなパフォーマンスに、女性客は黄色い声をあげる。リベンジに燃える祥子も打ち損なったことを責めようかと思っていたのに、それをフォローする姿に呆気にとられてしまった。
「ごめんね、普通のを狙えば良かったよね」
「いいえ、これは仮装大会だもの。あの方が吸血鬼らしかったと思うわ」
 この反応なら勝てる! 2人が後攻のペアを見ると、プレッシャーからか表情が硬いものの諦める様子はなさそうだ。
「あなたが狙わなかったゴースト、怯える女性のため遙遠が退治してみましょう」
 青のカラコンを付けて可能な限り遙遠の容姿に近づけた遥遠が前に出る。体格を埋めるため、20cm近い厚底ブーツを履いたり厚着をしたりと歩くのも一苦労な格好だが、動きまわらず1点を集中するこの遊戯ならなんとかなるだろう。
 厚着で少し動きにくい腕を上げ、奥で揺れるミステリーゴーストを狙う。真っ直ぐに飛んだと思った弾は、横からゆられてやってきた風船が庇うように当たりに来てしまい、普通の物を打ち落としてしまった。
 狙いと異なる物を打ち落としてしまったことを残念に思いながら遙遠を振り返れば、いつも自分が彼を応援するときのような祈る仕草をしていて、なぜだか笑ってしまいそうになる。
 リラックスしすぎてしまったのか、2発目は外してしまい次は遙遠の番。ウィッチらしいパフォーマンスは思いついたのだろうか。
 ミニスカートにニーソックス、女装の中でも着るのに勇気がいる組み合わせに遙遠は少し裾を引っ張る。とことんなりきりたかったのか、赤のカラコンに表面的なウィッチの仮装だけでなく下着も含め全て女物を装備するという拘りっぷりだ。
(……はぁ、しかし何でこんな格好を)
 ハロウィンパーティへ参加しようと言っていたときは、こんな予定ではなかったはずなのに、いつのまに女装する約束になっていたのか。その切っ掛けも思い出せないまま、銃を受け取りに向かう。
「やっぱり似合ってますよ、綺麗ですね。……あれ? でもこれ自画自賛になりますかね?」
 自分とそっくりになるように努力した遙遠が綺麗だと言いたいのに、自分と似ているとなるとなんだか不思議な気分だ。もう諦めたような苦笑をして、こうなればヤケだと遙遠は受け取った銃を魔女っ子のステッキに見立てくるくるとまわし構える。
「ゴーストハントのお仕事は、きっちりこなしますよ☆」
 ――パンッ!
 なんと、狙ったつもりのなかった小さいミステリーゴーストに見事命中し、歓声が大きく沸きおこる。これで、お互いに射的は終わった。あとはパフォーマンスを見た観客が、自分の学舎に投票してくれることを願うだけだ。
「お疲れ様! さ、景品を受け取って!」
 風船の中に仕込まれていたくじにより、様々な物が用意されていたようだ。祥子はキャンディー詰め合せの小袋と手作りジャックオランタンを、遥遠は特製かぼちゃパイを受け取って、遙遠の前に仮装をといたジュレールがやってきた。
「あの小さいのは、豪華賞品だったりするのですか?」
「……お渡しするので、しゃがんで頂けますか」
 60cmも背の高い相手に物を渡そうとすると、腕を伸ばしたりと大変だろう。しゃがむとスカートが心配なので膝立ちになると、ジュレールは無表情で口づけた。
「…………え?」
「見事ミステリーゴーストを打ち落とした君には、ぷりちーな少女からキスをしてもらう券が進呈されたんだよ。おめでとう!」
 された後に言われても、辞退は出来ない。見た目には可愛い少女から大柄な少女へと勝利のキスが贈られたわけだが、内心は複雑だ。遥遠も自分がされたと思うべきか、遙遠がされたと思うべきかわからない不思議な気分のようだが、遙遠は少しだけ冷ややかな目で見られている気がして落ち着かない。
(ふふ、カップルブレイクになったかな〜?)
 にこやかな様子のカレンの隣では、参加賞をもらった朱華が不気味なものとにらめっこしている。人の顔をした木彫りか何かに見えるが、どうやら剥いたりんごに人の顔を彫刻し燻製にした干し首風の飾りらしい。とてもグロテスクでハロウィンを連想しないばかりか、りんごのくせに食べられないという、どうにもならない1品だ。
(お土産……にはならないよね。でも捨てれば呪われそうだし……)
 景品が無ければ、何の問題もなく終わっていたのかも知れないと思う男性陣と、お菓子を手に入れられて幸せな女性陣。結果発表までの間、4人で仲良く戦利品を分け合って過ごすのだった。
 そうして日が暮れて寒くなった会場では、寒さをしのぎながら仮装大会の行方を見守る人が多く、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)の魔女のらーめん屋は大盛況だ。
 普段は自分に自信がないのか、ゆったり目の服にビン底のような眼鏡と良さを隠してしまう勿体なさを感じる服装なのに、お店を出すのならと勇気を出して着替えた衣装は可愛らしい魔女っ子。とはいえ大きな胸を強調するかのような極端に布地が少ないセクシーな物ではなく、年相応の女の子に見える健康的な色気を感じる服だ。何より、1番印象がかわったのは、コンタクトをしていることだろう。
「ユーキ、大丈夫か?」
 混み合ってきたので調理補助にまわっていたアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)が、再び呼び込みの方へと顔を出す。もう呼び込みなどしないでいいくらいに賑わっているのだが、逆にお客の整理をしなければ混乱しかねない状況になっており、優希が心配で抜けてきたのだ。
「アレクさん! 私は1人でもなんとか……ミラベルさんたちは大丈夫ですか?」
 料理の出来ない2人に代わり、お店をまわしているのはミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)優希と違っておばあさん魔女の仮装をしているあたり、この店の主的存在の彼女が協力してくれなくては、とても出店など出来そうになかった。
 しかし、その仮装で作るラーメンは赤と緑の2色。調理風景を見ると、今にも黒魔術をかけられそうな雰囲気だが、最近ハマッていたラーメン作りを思う存分出来るとあって、とても嬉しそうな顔をしている。
 この3人で頑張ろうと思っていたのだが、同じ学園の志位 大地(しい・だいち)も出店すると知り、彼の用意していたお菓子も店先に並べながらすっかり調理を手伝ってもらっており、2人で事足りるだろうとアレクセイは戻ってきたらしい。
 可愛らしい店内に合わせて、怖くないフランケンシュタインの仮装をしているアレクセイは、確かに客寄せ向きかもしれない。それに――
「また、変なのに絡まれてないかと思ってな」
 昼時で忙しくなり、アレクセイが1度奥に引っ込んだ隙に軽そうな男2人に声を掛けられて困惑している優希を見て以来、心配でたまらないようだ。いつもの姿なら学園でも特に目立たず、引っ込み思案な性格も相まって声をかけられることなど少ないというのに、今日は魔法でもかけられたかのような姿のせいか悪い虫に気に入られやすいらしい。
「ハロウィンだから、お菓子を貰いに来る方が多くてびっくりしましたけど……楽しいです」
(そういう奴らだけなら良かったんだけど……まぁいいか)
 あまりに優希が嬉しそうに笑うものだから雰囲気を壊さないように頭を撫でると、少し恥ずかしそうに頬を染める。
「あの、着慣れない服って緊張しますね。服が可愛過ぎて勿体ない気もしますし、魔女なのに逆に魔法をかけてもらったみたいで」
「逆だろ」
 その気恥ずかしさを隠すべく早口でまくし立てると、アレクセイから意外な一言が帰ってきた。
「呪いの魔法が解けて可愛くなったんじゃねぇの? ……ユーキはもっと自信持て」
 ぐしゃぐしゃと優希の髪を乱してソッポを向かれてしまったが、今ばかりは好都合だ。きっと、慣れもしない褒め言葉に顔を赤くしているに違いないのだから。
「……ありがとう、ございます」
 その一部始終を見せつけられた列に並ぶ人たちから野次も飛び、ますます恥ずかしい目に合うのだが、それも含めていつもと違う1日が過ごせたことを嬉しく思うのだった。
 さて、外がそんなほんわかした空気を醸し出していても、お店は戦場だ。主に味に関することはミラベルがメインとなって調理をしているが、大地も材料を切ったり盛りつけて提供したりと休む暇もない。
「大地様、お願いしますっ」
 流れ作業の用にやってくるラーメン鉢。手早く盛りつけ割り箸を添え、番号札を読み上げる。
「76番、緑でお待ちのお客様ー!」
 魚介スープをベースに、粉末にした昆布を入れた「緑のらーめん」そして鶏ガラスープに液状に潰したトマトを入れた「赤いらーめん」は、色こそ驚くが具材は一般的な物を使用し、味も学園祭レベルを超えていると口コミで聞いてきた五条 武(ごじょう・たける)は、1度食べてみたいと根気よく並んでいたようだ。肩に乗るトト・ジェイバウォッカ(とと・じぇいばうぉっか)も待ちくたびれたようだ。
「やっとだよー。早く食べよ、お腹空いたー!」
「待て! 今度はちゃんと行儀良く食べるんだぞ!」
 珠輝の店に寄った際、サービスでボディペイントをしてもらったにも関わらず、あれもこれもとはしゃいで食べるためあちこちに飛ばして汚してくれた。その度に拭いてやったおかげで、もうペイントはまばらにしか残っておらず、武は申し訳なさでいっぱいだった。
「あ、子供と一緒ならこのお菓子、サービスしておきます。それにしても、随分凝った仮装ですね?」
「ああ、友人の店でコーディネートしてもらったんだ。これなら仮装大会も優勝出来そうだろ」
「もう始まってますけど」
 黒地、縦に白ラインの細身スーツで頭には同色のシルクハットで正装感とスタイリッシュさを出したミイラ男。けれども胸元は大胆に開けてシャツは着ないという珠輝の趣味が全開のこの衣装。最初はパラミアントにでも変身しようかと思っていたが、着替えてみれば満足な出来映えだったのでこのまま大会に参加しようと思った。着替え中のいやらしい脱がし方から逃れるようにドラゴンアーツを使った上での関節技を仕掛けたことは謝らないが、違う変身を遂げられたことに満足だった……それなのに!
「え、始まってる?」
「はい」
 これでは、何のために仮装をしたのかわからない。器を受け取って会場だったはずの広場へと急いで向かうが、ラーメンの汁が跳ねたりと中々に難しい。
「くっそー、包帯まで緑に染まりやがって……あ! 一味入れてくるの忘れたじゃねぇか!」
「うわぁっ!? ぼ、僕も食べるから辛いのは……って、飛ばされるー!!」
 急に走り出した武の肩に捕まり必死に堪えているが、落ちた時の記憶が蘇ったのか今にも泣き出しそうな顔をしている。トトの叫び声にスーツの胸ポケットへと移動させてやり、足を止めずに走り続けた。
 着替えてから暫く時間があるからと、トトが興味を示すままに遊び食べまわっていた武たち。最初のこそ放送に注意していたものの、いつしか楽しくなってきてそれを忘れてしまっていたようだ。
 果たして、仮装大会に武は間に合うことが出来るのか。すでに第2試合が始まろうとしていた――。