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雲のヌシ釣り

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雲のヌシ釣り

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【第1章・釣り対決!】

 タシガン空峡にある『雲の釣り場』に、とあるふたりが仲良く座り込んでいた。
 いや。仲良くというのは語弊があった。ふたりは隣同士に位置してはいたが、なにやら間にビシビシという音が聞こえるような剣呑な調子であった。
「なによ。そんなにジロジロ見られると気が散るんだけど。そんなに私がここにいるのが意外?」
 冷めた目で隣を一瞥するのは御神楽環菜(みかぐら・かんな)。そしてそれを受けるのはエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)だった。
「それはそうですぅ。てっきりカンナは『釣りなんて時間の無駄』なんて考える人種だと思ってましたからぁ」
「失礼ね。私だって、こうしてのんびり釣りを楽しむ感性ぐらいあるわよ」
「まあとにかく、クモサンマをたくさん釣りあげるのはこの私ですっ! ヌシだって釣り上げちゃいますぅ! カンナにだけは絶対負けないですからぁっ!」
 ビッ、と腰に手をあて、環菜を指差すエリザベート。
「手、離していいの?」
 その指摘に、慌てて竿を持ち直すエリザベート。そんな彼女に、雲海の中で餌となっているアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)から抗議の声が響いてくる。
「危ないではないかっ! おまえは私になにか恨みでもあるのかっ!」
「………………」
「こら、沈黙するでないっ!」
「あらあら。なんだか始まって早々皆さん相変わらずの仲良しさんですわ〜」
 環菜のパートナ、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)はひとり、皮肉とも本気ともとれる言葉をのんびりと呟いていた。
「御神楽環菜っ!」
 そこへ唐突に、声があがった。
 環菜達の近くにやって来るなり叫んできたのはエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)。そしてそんなパートナーに、釣り竿で餌状態にされているのは影野陽太(かげの・ようた)だった。
「いいところで会いましたわ。ここは、どちらがレアモノを釣り上げるか勝負ですわ! 負けたほうは、額に『肉』と書かれるデコサバイマルマッチよ!」
「ちょ、ちょっとエリシア。いきなりそんなこと言って、環菜会長に失礼ですよ」
 そんな宣戦布告とフォローの様子を、当の環菜は一瞬横目で見てすぐ視線を竿に戻し、無視する態勢になっていた。
 相手にされない雰囲気を感じ取ったエリシアは、
「ふん。自信がないから逃げるのですわね?」
 と挑発し始める。その言葉に少しだけ眉を動かす環菜。
 一方その横では、
「婆さん、校長っ! どっちが大物釣り上げるか勝負しようぜっ! そんで、賭けしようじゃんっ。負けた方が勝った方の言うことを一つ聞くってのどう?」
 エリザベートの方も何やら勝負を挑まれていた。挑んでいるのは茅野菫(ちの・すみれ)
「ちょっと、菫、賭けなんてよしなさいよ……」
 パートナーをたしなめるのはパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)。そして釣竿を持っている相馬小次郎(そうま・こじろう)がいた。
「誰が婆さんじゃ、誰がっ!」
 雲海からアーデルハイトの声があがるが、エリザベートはあまり乗り気でなさそうに、
「こっちはカンナとの勝負の最中なんですぅ。悪いけど、そっちに集中したいからぁ」
「何? 勝つ自信ないの? ふぅん?」
「なんじゃ、逃げるのか? ふふーふ、わしらの力に恐れをなしたか?」
 菫と小次郎のダブル挑発に、エリザベートの方はあからさまに眉に皺を作った。
 環菜とエリザベートのふたりがそれぞれ何かしらの返答をしようとしたその時。
「環菜様!」
 声をかけてきた人物がいた。烏山夏樹(からすやま・なつき)である。
「環菜様! 環菜様ほどのセレブだとただのクモサンマじゃ沽券に関わります! エリザベート校長に格の違いを見せる意味でも雲のヌシを釣りあげて優雅にお食事しましょう!」
「……はいはい。わかったわよ。勝負でもなんでもいいからちょっと静かにしててね」
 環菜のその言葉に、エリシアはガッツポーズを取りさっそく陽太を雲海に投げ込んでいた。そして夏樹はというと、
「エリザベート校長先生!」
 すぐさま隣のほうへと声をかけていた。
「環菜様が雲のヌシを釣り上げるつもりらしいですけど、どうします? ボクとしては釣り上げてもヌシを最も美味しく食すための調理手段がない環菜様を見返すのに校長の魔法が有効だと思います! 校長の偉大な魔法でクモサンマやヌシを丸々美味しく焼きあげましょう!」
「ふ、ふふんっ。そんなこと言われなくてもわかってるわよぅ。でもひとつ間違ってるわよっ。ヌシを釣るのも美味しく焼くのも、ぜんぶ私っ! 私は絶対誰にも負けないんですからぁっ!」
 と、そのエリザベートの発言に、
「じゃあ、勝負は成立ってことで。よーし、やってやるか」
「よし。わしらの力、みせてやるわ! パビェーダもいいな?」
「あら、私だってやるからには負ける気なんて、これっぽっちもないわ」
 菫たちは全員勝つ気満々といった様子だった。
 そしてその様子に(よしっ。これで二虎競食の計で雲のヌシを食べよう大作戦! 準備は万全だ!)と、ひとり浮かれる夏樹だったが。
「あまっている餌はっけ〜ん」
 という声が背後からしたかと思うと、問答無用で首筋に釣り針をくっつけられた。戸惑いながら振り返るとそこにいたのはミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)だった。
 彼女は桐生円(きりゅう・まどか)オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)と共に、釣りへやって来たのだが。ふたりが釣りをはじめ、ひとりあぶれてしまったので。結果あまっている人がいないかと探していたのである。そして……。
 そのまま容赦なく雲海へと放り込まれる夏樹。
「わあああああああ!」
「サンマ! サンマ!」
 ミネルバは楽しそうで、夏樹は大変そうだった。
 餌になって雲海で漂っている御凪真人(みなぎ・まこと)は、そんな様子をぼんやりと眺めつつ、己の現状について考えていた。
「ふむ。朝、家を出る所までは記憶があるんですけどね……」
 前日の話し合いの結果は、パートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が餌の予定だったのだが。朝出かける時にセルファから当て身を食らって気絶をし、そのまま気づいたら餌にされていたというわけだった。
「く、まさか実力行使に出るとは……油断しました」
「ゴメン、私にはこうするしかなかったのよ」
 雲海の上からセルファの声が届く。ただ、口では謝っているが、顔は邪悪かつ意地悪に笑っていたりした。
「後でどうなっても知りませんからね」
 それをなんとなく理解しつつ、真人は後で仕返しを決意していた。
 そんな憂鬱な真人の耳に、
「ドナドナド〜ナ〜ド〜ナ〜」
 ドナドナが聞こえてきた。
 歌っているのは円だった。それだけで真人は理解した。彼女も無理やり餌にされたクチだと。そしてそれは的を得ていた。ここで彼女らの間で行われた回想を挟むと、

『じゃぁ民主的に誰が餌になるか決めようよ』と言った円は、オリヴィアに向かってアイコンタクトを試みる。オリヴィア円にウィンク。バチバチコーン。
『誰が餌になっても恨みっこなしよぉ〜』
 円ミネルバを指差す。オリヴィア円を指差す。ミネルバ円を指差す。
『え、ちょ、マスター!?』『楽しそうだわぁ〜』
 オリヴィアは円を見ながら恍惚とした表情をしていた。

 ということだった。
 真人は何も言わずにポンポンと円の肩を叩く。円の方も何となく相手の事情を察して、一緒に肩を落とすのだった。夏樹もなんだか諦めた様子で肩を落としていた。
 そんな彼らの前に、餌らしき人物が落ちてきた。
 やれやれまたかとそちらを向いた三人は、さすがにギョッとさせられた。
 格好が異常だったのである。その人物は、目隠しを付け轡を噛ませられ鍵付き手錠と足鎖で動けなくさせられていた。ちなみに女性(プロポーション良し)、名前は志方綾乃(しかた・あやの)といった。
 そんな彼女の格好は、パートナーの袁紹本初(えんしょう・ほんしょ)の仕業だった。
「クモサンマも完全武装のゴツい男よりたおやかな美女の方が好みの筈!」という彼女は、出発直前に義妹の綾乃を背後から襲撃、先程のエライ格好にしたうえで釣竿に付け、釣りのエサにしたということだった。
「名付けて『美女連環の計』ッ! わらわの策に誰も彼も溺れるのは必然じゃ! ははは」
 雲海の上でそんな風に笑う本初に、近くにいた人たちは軽く引いていた。
 もっとも、理不尽なやり方で相方を餌にしている点ではほとんど皆同じなので、さして何を言われるでもなかったが。
 そして当の綾乃は。どういう状況かは目隠しされているのでわからなかったが、明らかに空中に浮かび上がってるようなので、泣きながらもどうにか拘束から抜けられないかと小刻みに身体を動かし抵抗を試みていた。
 アーデルハイトやルミーナ、そして円は『趣味は人それぞれだし……』みたいなノリで特に気にしていなかったが。夏樹と真人は目の前の光景に頬を染めて、助けた方がいいのではと悩んでいた。
 その時。彼らは、こちらに近づくいくつかの影に気がついた。
 最初に近づいてきたのは魚……ではなかった。ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)である。
「んふ。なかなかにそそられる餌がおるようじゃのう」
 根っからの少女スキーである彼女は、むしろ自分がかかりそうな勢いで綾乃や円を見つめていた。それゆえに、彼女はまだ気づいていない。
 背後から迫る影、十メートルもの全長のそれを。細長い体躯。背部は濃い青藍色、腹面は煌めく銀白色。その魚は、
「クモサンマだ! いきなり来たぞ!」
 叫んだのは誰かはわからないかったが、その声で雲海の下と上、両方が沸き立った。
「キタキタキター! ジェーンさんにハマちゃんのソウルが降りてきたであります!」
 中でも一番テンションのあがっているのは、ファタのパートナーであるジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)だった。どうやら釣り初挑戦なのが、傍目にもなんとなく伝わった。なぜならヒットしたかどうかの確認も無しに、早くもリールを大回転させているのだから。
 しかし確かに、何人かの竿はグイグイ引っ張られている。
 引きが強いのはセルファ、本初、そしてジェーンの竿もだった。
 そして、三人が竿を引き上げると――
 雷術を使ってクモサンマを気絶させた真人と、綾乃と絡まってお祭り状態になっているファタの姿が白日の下にさらされたのであった。