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オーダーメイド・パラダイス

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リアクション

 ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)弥涼 総司(いすず・そうじ)は、ある一人の女性を取り合っていた。
 というとすごくオトナな響きがするが、もちろん18禁はいけませんので、そういうことではない。
 どちらがヒパティアを連れ出すか、ここでゆっくり話し合うか、相容れない要望に互いに譲らないだけである。
「オレは君と遊園地一緒に遊びたいと思っているんですよ、心の初心者ならまず子供らしく、思いきり遊びましょう」
「いや、オレも君とお話がしたい、とある秘すべき視聴、およびそれにまつわる熱意の可能性について語り合いたいんだ!」
「…わけわからんですよ…」
 そしてそこに未沙と野々のメイド二人が、
「ヒパティアさん、これをどうぞ!」
 と競って飲み物や軽食を持ってスライディングしてくるわけだ。
 明らかなキャパシティオーバーに、居合わせた一同がどうすべきか考え始めたときだった。
「今まで見てきた風景も、島全体もおまえ自身だというなら、お前は一体何人いるわけだ?」
 それまで傍観していた総司の愛馬、いや獣人の志波 三四郎(しば・さんしろう)はずばりと斬りこんだ。
 来る前にひととおり辺りを見て周り、これらすべてがAIが作り上げた世界であり、またAI自身という話を聞いて、素朴な疑問を素直にぶつけただけである。
 ヒパティアは、それこそ皆と接するインターフェイス(すなわち今皆と話しているこの個体)を、わざわざひとつと限定する無意味さに気付いた。
 大慌てで不意に空中から現れたフューラーは、彼の腰ぐらいしかないヒパティアに合わせてしゃがみこみ、なにごとか秘密の会議をはじめ、結果AIの能力はそれを可能にできる、と肯定したようだ。
「お待たせしました皆様。これで皆様の希望をかなえることができます」
 ヒューラーの後ろから、ヒパティアがもうひとり現れた。
「おおっ…!」
「お待たせしました、こうすれば、私は皆様全員とお話することができます。皆様が望めば、私はいつでもそこにおりますのに、未熟故に気付かずに申し訳ありません」
 遊園地へ行こうと言っていたルースの前にヒパティアのひとりが進み出たが、少々お待ちくださいとフューラーに止められた。
 ヒパティアの前にしゃがんだフューラーがさっとハンカチを振ると、ヒパティアの衣装が変わったのだ!
 アンティークなふわふわのドレスから、キャスケット帽子とブラウス、サスペンダーとあわせた半ズボンとブーツという、運動性を考えた、ボーイッシュかつかわいらしいデザインだった。しかもフューラーは、髪までちゃっちゃと編みこんでリボンでまとめてしまった。手馴れすぎている。
「あら、こちらもかわいいですわね」
「ありがとうございます」
 気のせいかずっと力強くフューラーは応えた。
「それでは、私を必要とされる方がいますので、これにて失礼いたします、また後ほど」
 また唐突に姿を消した。他のプレイヤーのサポートで本当に忙しいらしい。

 しかし、一同の心の中にはぬぐえない疑問が残る。
 もしかして、彼女の服は全部、フューラーが選んでいるのだろうか、と。

 改まって総司はヒパティアと会話を試みる。
 どうして人間に近づきたいのか、この世界についてとか、いろいろ聞きたいことはあるのだが、やっぱり自分が聞くべきことはこれである! と用意していた台詞を取り出した。
「率直に聞きたいんだけど、【のぞき】という行為についてどう思う!?」
「今私があなた方にお願いして、感情を学ばせていただいている、この行為のことです。今の私にはなくてはならない手段です」
 やっていることは同じはずなのに、あまりに動機がまっすぐで、総司は後ろめたいダメージをうけた。

 橘 恭司(たちばな・きょうじ)桐生 ひな(きりゅう・ひな)はデートしながら、この世界を探索していた。
「あの謎の少女はヒパティアさんなのですよね〜」
「みたいだな」
 ヒパティアの望みは夢を叶えてやるから、モニターさせろということである。この世界が彼女自身であるなら、要するにそのまま脳味噌をスキャンされてるような感じになるのだろう。
 あんまり、気持ちのいい想像じゃないなと思ったひなは、蒼空学園の友人達を巻き込んで、手分けしてこの世界を調べることにした。
 チーム名【スカイヴァンガード】、このデートだって、違和感なく調べまわるためのチームメイトとの偽装だ。
 先の総司もそのメンバーだが、彼はヒパティアを探る担当である。彼がもう玉砕していることは彼女らはまだ知らない。
「にしても、違和感てもんがないな、しいて言えば人がいないだけ」
「この植物や、建物や、いろいろなものがそっくりにできてますー」
 建物に入ってみたり、レストランにはさすがにウェイトレス役がいたりしたが、特になにもない。正直つまらない。

 うろうろを続けていると、アリスの格好をした美少女が、二人の前に現れた。
「すみません、ここいらで老人を見かけませんでした?」
「そういえば最初のときにいたかもしれないですねー、誰のことだろう」
 恭司は必死で記憶を巻き戻す。友人のパートナーがいたような気がしたのだ。
太上 老君(たいじょう・ろうくん)なら、ビル街のほうに最初に歩いていったのを見たような…」
「そいつだー! あのじじい!」
 突如美少女が豹変した、二人は目を丸くして美少女を見つめる。
「…もしかして、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)さん?」
「君が!? なんでそんな格好に…」
「あのじじいの悪戯だっ! あいつを見つけないと元に戻れないんだ!」
 入ったらすでにこの格好だったのだ。フューラーを呼び出したが、老人のお望みなので、私の一存では詳細を教えることはできません、とかわされたらしい。
 それにしても可憐な美少女が、うがーっとがさつに喚く姿は、とてもシュールだ。
 電脳世界って、なんでもありなんだ、二人はそう思った。実は楽しまないほうが損なのかもしれない。
 牙竜はいつの間にか走り去っていた。かなり本気で健闘を祈りたい。

 フューラーを呼び出した渋井 誠治(しぶい・せいじ)は、遊園地のゲートから中を覗き込みながら、何があるのかを首を伸ばして見回した。園内のパンフを差し出され、ありがたく受け取る。
「オレのダチとヒパティアさんとここで一緒に遊びたいんだけど、彼女連れ出してもかまわないかなあ?あ、そいつルースっていいます」
「かまいませんよ、たった今解決策を見つけてしまいましたのでね…。そろそろ彼女をつれてルースさんがこちらにお見えになるでしょう」
 微妙なニュアンスには気付かず、無邪気に誠治は喜んだ。
「よかった!お話するのもいいと思うんだけどさ、やっぱ小さな女の子と何話せば喜んでもらえるかわかんなかったし、どうせなら一緒に遊ぼうと思ったんだよ。それだとただ観察するよりもずっといいしさ」
 それから、息を潜めてフューラーにささやいた。
「あとオレ、ぶっちゃけ怖がりだから、いい感情のサンプルになると思いますっ」
「それはありがとうございます、うれしいですねえ」
 笑い返すフューラーを、ふと誠治はじっと見つめた。
「やっぱ思うんだけど、なんでフューラーさん、ここで執事やってんの? …いやここにいるのがおかしいっていう意味じゃなくてさ」
 どういう関係なのか気になっちゃって仕方ないんだよー、と腕を組む誠治に悪意は見当たらない。
「兄妹かと思ったけど、フューラーさん生身だしねえ。オレ一人っ子だけど妹がいたらとか考えて、そのあたりわかった! …ような気がしたんだけど」
 結局どうなのさ?とかなり真剣に迫られるが、フューラーはあくまで貼り付けた微笑を崩さなかった。
「親子、とは思わないんですか? 私が彼女の製作者だとは?」
「なんでだろう、そうは思わなかったなあ」
「多くは語れません、しかし一つ言えることはありますよ」
 答えは欲しかったものの、はぐらかされるだろうと思っていた誠治は驚いた。
「私は彼女に全てを捧げています、彼女の成長が私の喜び。…それが真実です」
 それ以上はもう質問も雑談もできず、フューラーは立ち去った。
 ルースは、遊園地のゲートの前に待っていた誠治とその後すぐに合流した。
「オレ渋井誠治! ヒパティアさんよろしくな!」
「こちらこそ、本日はお誘いまでしていただき、ありがとうございます。」

「さて、何から乗ろうかねえ」
「オレ、ジェットコースター!」
「それなら、ジェットコースターを」
「おいおい、今日はヒパティアちゃんがメインなの、まあ彼女がそういうならね」
 遊園地は広い、乗りたいものはちゃんと揃っているようで、パンフレットを見ながらジェットコースターへ移動する。
 ルースが、今だけはオレをお父さんと思っていいからねと言い出したので、誠治はじゃあオレはお兄さん!と乗ってきた。
 きょろきょろと二人を交互に見回すヒパティアに笑いかけながら、誠治はひょいと彼女を抱き上げてぐるぐると回った。お兄ちゃんて、多分こういうことするよね、と考えたからだ。
「気をつけろよー」
 一人だけで目を回した誠治のパフォーマンスに笑うルースをみて、ヒパティアは控えめに笑ってみる。
 ジェットコースターでは案の定、誠治が回転や落下に驚いてわめきっぱなしだ。
 コースターが終わって誠治はよろよろしながら、
「こ、これがおどろきって感情なんだ!」
「いや、恐怖混じってる気がするんだが」
 お化け屋敷では、やっぱりおびえまくる誠治である。
「こっちが、まさしく恐怖だね」
 メリーゴーランドではルースがおおはしゃぎである。
 馬やかぼちゃの馬車に乗せては、娘を持ったお父さんになりきってメルヘンを追求するらしい。
「ヒパティアちゃんかわいいよー最高! お姫様!」
「…ルースそれ、超はずかし…いたたまれねえ…」
 誠治は年上の友人を尊敬していたのだが、ちょっと改めたほうがいいのかもしれないと思った。
「お二人の活発なやり取りは、参考になりました。そうですね、楽しいということです」
「そりゃよかった、人間っておもしろいだろ?」
「大丈夫、君もちゃんと感情がある、成長はもうあるよ」
 ヒパティアは半ズボンをつまんで淑女の礼をとり、微笑んだ。