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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第1回/全3回)

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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第1回/全3回)

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第二章 言葉を使わない会話のしかた

「おお……」
「白だ……」
「ああ、紛れもない」
「確かに、白だ」
 イルミンスール魔法学校。
 魔術研究の中心、叡智の集う場所。
 学問の塔、その入り口。
 クイーン・ヴァンガードの来訪で集まっていた数多くの生徒達から感嘆の声がもれた。
 特に、男子生徒から口をついて出たその声はほとんど祈りに近かったと言っても良い。

「なぁーっ!?」

 代わりに、テティスからは大きな悲鳴が上がった。

 たった今まで通話をしていた携帯電話はそのままに、呆然と宙を仰ぐ。
 そこには、メモリープロジェクターによって、テティスのスカートの中身がばっちり、でかでかと投影されていた。
 テティスの頬にはポッと赤みが差し、すぐにぐんぐんと広がって顔全体を真っ赤に染める。
「おわっ! なんだこれっ――って、お前だなっ!」
 皇彼方がすぐにその投影元に飛びかかった。
「ふうん。この道具、なかなか使い道はありそうね」
 テティスの足下に立って上を見上げていた身長20センチ程の機晶姫霧雪 六花(きりゆき・りっか)は彼方の手が近づくのを見て、シュタッと素早くその身をかわした。
「ああああ〜」
 それで映像はかき消えたが、テティスは頭を抱えている。
「ああ、よしよし。かわいそうにな。よし、おいで」
 と言って、そのむしろテティスに近づいたのは呂布 奉先(りょふ・ほうせん)
 なぐさめるようにその肩を抱きしめ、ぽんぽんと背中を叩く。
 相手が女性であったこともあり一瞬気を許したテティスだったが、

 フワっと。

 首筋に熱い吐息がかかるやいなや呂布を突き飛ばした。

「ななななななななっ!」
 その頬はもう真っ赤に染まりきり、目はグルグルと渦を巻いている。
「奥ゆかしいな。別に遠慮しなくていいんだぜ?」
「な、な、な……」
「ん? いや、目の前に魅力的な美少女の頬があるんだ。口づけするのが礼儀ってもんだろ?」
 一応会話は成立しているらしい。
 呂布はテティスに軽いウィンクを飛ばした。
「ああっ!? 次は何だっ!」
 ツカツカと、彼方が呂布に迫る。
 ひょいっと、その間に割り込んだ影があった。
「ま、その辺で。さて、深呼吸でもしてみましょうか」
「ふざけるなよっ! さっきから言ってるだろ俺たちは急いでるんだ! くだらないお遊びに付き合っている暇はないんだっ!」
「まあまあ。あ、自己紹介くらいはしておきましょうか。私はシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)。シャル、と呼んでもらっても結構ですよ」
 彼方の剣幕にも動揺した様子はない。シャーロットはハッカパイプを一口吸い込んだ。
「さて、と。君たち――いや、君ですか。君にちょっと冷静さを取り戻してもらおうと思ってのことだったのですが……肩の力は抜けましたか?」
 シャーロットは彼方の顔を覗きこんだ。
「お気には召しませんでした?」
「当たり前だろ。なんだよこのやり方は」
 彼方は憮然として顔を背ける。
 シャーロットは苦笑を浮かべた。
「そうですね、六花と奉先はちょっと――いや、だいぶ? やりすぎましたか。過剰分はすみません、お詫びしましょう。しかし――冷静さを取り戻していただきたいと言ったのは本心ですよ」
 シャーロットは指を立てみせた。
「二人ともそれなりの立場があるのでしょう? クイーン・ヴァンガードと十二星華による我が校への襲撃――そう捉えられかねませんよ? ああ、ちなみに、君達の行動・言動は六花のメモリーに記録しています」
 試すように言って、上目遣いに彼方を見上げたシャーロットだったが、それで彼方がひるんだ様子は無かった。
「勝手にしてくれよ。記録されて困るようなことをしてるつもりはない。とにかく入らせてもらうぞっ! グズグズなんてしてられないんだっ」
 シャーロットの脇を抜け、彼方はイルミンスールのキャンパスに足を踏み入れた。
 クイーン・ヴァンガードの隊員がその後に続いていく。
「むぅ。やや逆効果でしたか」
 その背中を眺めながら、シャーロットは腕を組んだ。

「こんにちはっ! クィーン・ヴァンガードの取材に来ました! 強くてかっこいいってことで話題沸騰中ですが?」
 キャンパスを奥へ、ほとんど駆け足で進む彼方に羽入 勇(はにゅう・いさみ)が追いすがった。
 カメラを手に、腕には腕章。
 パートナーのラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)がその勇の後ろから、気遣わしげな表情でついていく。
「……ここじゃ、大分嫌われたみたいだけどな」
 彼方は勇には振り返らず、前を向いたままで足も止めない。
「そうですか?」
 確かに周辺には好意的とはいえない感情の渦が満ちている気がする。
 勇はその重い空気を吹き飛ばすようににっこりと笑った。
「でもあっちこっちで大活躍のクイーン・ヴァンガードですよ? 働きっぷりを見れば、みんな納得するんじゃないかなあ。ってことで取材、取材です。今回は怪盗カンバス・ウォーカーを追っての来訪ということですが?」
「ああ」
「カンバス・ウォーカーが美術品を壊している――今回の話の出所、まずそこからお聞きしたいですね。やっぱり『タレ込み』ってやつですか? 『カンバス・ウォーカーって奴が空京で騒ぎ起こしてる』って、そんなこと言ってきた人がいるんですか?」
 グイッと迫る勇をはじめてチラリと見て、彼方は怪訝そうな表情を浮かべた。
 走る速度が少し落ちる。
「なんか勘違いしてないか? 空京で女神像のレプリカが次々壊されてる――レプリカとは言え女神像。だから俺たちが警戒に出た。そしたら丁度事件が起こってあのカンバス・ウォーカーって奴が現場の近くからから飛び出してきたんだよ」
「はへ? そうなんですか」
「おまけに声かけたらさらに逃げ出すから――追ってる」
 それを聞いて、今度は勇が速度を落とした。
「どうしました、勇?」
 心配そうな顔をして、ラルフが尋ねた。
 勇はあごに手を添えて考え込んでいる。
「ちょっと考えてたのと、違うかも。キミの方はどう」
「そうですねえ、観察していましたが……少なくともクイーン・ヴァンガードの中に勇の取材でおかしな反応を示した方はいないみたいでしたよ。他の生徒となると――こう野次馬だらけではなんともわかりませんね」
「そっかぁ」
「どうします?」
「んーもうちょっとくっついてみよう。ジャーナリストは、自分の目で確かめなくっちゃね」
 勇はそう言って、抱えたカメラのレンズを指差した。
「あ、その写真を撮ってないやっ! すいませ〜ん、写真撮らせて〜」
 再びクイーン・ヴァンガードに追いすがる勇。ラルフは小さくため息をついてそれに続いた。

「捜査権限は? 令状は? ……ったく、刑事にこのセリフ言わすかよ……ああ、そこ、マスコミの人? ダメだよ勝手に写真撮っちゃ」
 そのクイーン・ヴァンガード達はと言えば、校舎の入り口で足止めを食っていた。
「俺達の邪魔をするのでも流行ってるのかこの学校は。なんだ、お前は?」
 クイーン・ヴァンガード一行の中から斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)が進み出て声をかける。
 邦彦の眼前では冷たい風にあおられて、トレンチコートがはためいている。
「俺かい? 俺はマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)。刑事だ」
 トレンチコートの主は、見せつけるようにゆっくりとした動作で懐から手帳を取り出すと、再びゆっくりとそれを内ポケットに戻した。
 明らかに――それはただの生徒手帳だったのだが。
「ワウッ! ワウッ!」
 マイトの足下で犬型の機晶姫ロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)がその行動に抗議をするように吠えた。
「いやわかってるって! 雰囲気だ、雰囲気」
「……イルミンスールにはそのようなクラスがあるのか? 聞いたことは無いが」
 邦彦がいぶかしげな表情でマイトに尋ねる。
「ないよ。あるのは俺の――ここ」
 マイトがグッと、自分の左胸の辺りを示してみせた。
「……話にならん」
 邦彦は二回、三回と頭を振るった。
「彼方、先に行け。ここは私が引き受ける」
 それに答えて、彼方達クイーン・ヴァンガード一行が校舎の中に流れ込んでいく。
「おおいっ! ちょ、ちょっと、勝手やってくれるなぁ、君っ!」
「勝手は……どちらだろうな。権力、権限、そんなものを振りかざすつもりはないが……自称とはいえ刑事なら分かるだろう、こちらも、仕事でな。カンバス・ウォーカーとやらが逃げるなら、追わなければならん。付け加えておくなら、私はめんどうなのが嫌いでね。お前がそこをどいてくれるのが一番効率的なのだが……その次は、どうも実力に訴えるのが魅力的に見える」
 ニッとマイトが唇の端に歯をのぞかせた。
「へえ。俺の仕事の仕方とは真逆だな。俺は足で稼いで、捜査するのが好きだ。でも君、仕事だってんなら尚更わからないか? 自分のなわばり荒らされて、いい顔する奴なんかいないだろ? 俺も中途半端な気持ちでやってるわけじゃないぜ。ま、権限はなんにもないけどな」
 今度は邦彦が、ニヤリと片頬で笑った。
「なるほどな」

「何だか楽しそうですね、あなたのパートナーは」
 マイトと邦彦のやり取りを傍で眺めながら、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)はロウに向かって声をかけた。
「うむ。活き活きといったところだな。活き活きしすぎて困るくらいだ」
 ハンディコンピューターによる筆談。
 ディスプレイに躍る文字が、ネルの言葉に答えた。
「でも学校のことを思っているのが、よくわかりますよ?」
「ふむ。そう言ってるくれるのであれば……ものは相談なのだが」
「なんでしょう?」
「私やマイトとしてもクイーン・ヴァンガードとことを構えるのが目的な訳ではないのだよ。彼方やテティスに悪意が無いのは承知だ。もちろん君や君のパートナーもだがね。そこでどうだろう『カンバス・ウォーカーは「容疑者」ではなく「保護対象」として扱う』『カンバス・ウォーカーの身柄はこちら主導、但しその上でヴァンガードに「像を守る」為協力を求める形とする』この辺、のんではもらえんだろうか?」
 宙に視線を漂わせてネルはしばし考え込んだが、
「ワタシひとりでは決められませんね」
「であろうね」
「でも、提案はしておきます」
「十分だ」
 ディスプレイに躍る文字は満足そうだった。
「でもどうしてワタシですか? 交渉するなら、斎藤の方が早いですよ」
「ふむ……」
 今度はロウが考え込んだ。
「君のパートナーも、何だか楽しそうに見えたのでな」
 ロウの視線の先では、相変わらずマイトと邦彦がやり合っている。
 しかし心なしかそれは、キャッチボールでもしているような雰囲気に変わりつつあった。

「見つけたっ! あそこだっ!」

 彼方の叫び声が廊下にこだます。
 それで、カンバス・ウォーカーがきびすを返すのが見えた。
 追って、クイーン・ヴァンガードたちも速度を上げる。
「彼方っ! 落ち着いて!」
 テティスが制止させようとするが止まらない。
「落ち着けるかっ! だってあいつ、また逃げたぞっ!」
「それは、追いかけるからかもっ!」
「んなこと言ったってなぁ――」

「シス軍団突入にゃっ!」
 彼方のセリフを遮って、黒い影が躍った。

「おわぁっ! な、なんだ!?」
 妙な衝撃に彼方が背後を見れば、ズボンのちょうど尻のあたりに、犬が噛みついてぶら下がっていた。
「こらっ離せっ! このっ!」
 バタバタと振り回すが、意外や、犬はがっちり噛みついている。
 と今度は、その顔をネコが襲った。彼方は思わず顔をかばう。
「か、彼方、ネズミが服の中にぃ!」
 隣ではテティスの悲鳴。
「彼方、装備に異常が!?」
 クイーン・ヴァンガードに波状的に混乱が広がっていた。

 その混乱をよそに、悠々とした動きで現れたのは艶やかな毛並みの黒猫。
 シス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)は目の前の状況に満足そうに目を細めた。
「よーし、間に合ったってところだなぁー」
「っしゃっしゃっしゃ、やるじゃねーかちっこいの」
 ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)坂下 小川麻呂(さかのしたの・おがわまろ)が駆け込んでくると、シスの背中をパンパンと叩いた。
 それからくるりと、揃ってカンバス・ウォーカーの方に振り返る。
「カンバス・ウォーカーたんが来てるって聞いて飛んできたけど、今回もこれまた可愛いお嬢さんだねー? さあクイーン・ヴァンガードの奴らは足止めしたぜ。こっから先は、俺の箒で一緒に逃避行といこうぜー?」
「おいおい、そいつはどうかなー? オレの飛空艇の方がきっと早いと思うぜ?」
 ウィルネストと小川麻呂がそれぞれカンバス・ウォーカーに手を差し出た。
 カンバス・ウォーカーは突然の闖入者にどう対応したらいいものかきょろきょろと二人の顔を見比べている。
「ここはイルミンスールだぜ? おまえこの迷宮校舎を案内できるのかー? こっちには超感覚だってあるから、警戒も完璧――」
 ウィルネストの頭からひょこっとネコミミが生える。
「――ま、大人しく俺にまかせときなって」
「待て待て、今誰のおかげであいつらを混乱させられたと思ってるんだよ? オレの情報攪乱の活躍のおかげだぜ?」
 小川麻呂はウィルネストに負けてたまるかとばかりに胸を張った。
「そうだっ! おまえ情報攪乱なんてつかいやがってっ! 俺まで影響受けたらどうしてくれるつもりだぁ?」
「おわっ! よく見りゃクイーン・ヴァンガード装備じゃねぇか! なんでこっちにいるんだ? さっさとあっち行けよ!」
「俺はカンバス・ウォーカーたんの味方なんだよっ! あんな最低限の礼儀もなってねーのといっしょにしてんじゃねーぞぉ?」
 にらみ合ったふたりが火花を散らす。
「ふざけんにゃー! MVPは俺様だにゃー!」
 キシャーと、シスがウィルネストと小川麻呂の間に割り込んだ。
「図々しい奴らだにゃー! さっさとカンバス・ウォーカーちゃんの前から消えるにゃー! 護衛は俺様ひとりで十分だにゃー」
「チビに任せられるか」
「デカイだけの奴がやかましいにゃーっ!」

「わかったわかった」
 熱を上げ始めた騒動を、やれやれ、とウィルネストが両の手のひらで制した。

「いいかー? 俺は前にカンバス・ウォーカーたんと夜明けを一緒に迎えた仲なんだぜー? な、諦めついたかー?」
「その他大勢と一緒だったと聞いてるにゃ」

 結局、わめき声は三人分に膨れあがって尚もまき散らされることになった。

「あー、謝らないぞ。俺は謝らない。こいつらみんな同じ種類の人間だ。シスが迷惑かけてるわけじゃない……むしろ俺が一番の被害者なんだ」
 青い顔でぶつぶつ呟きながら現れたのは緋桜 ケイ(ひおう・けい)
 そのまま若干うつろな目でシスの首根っこをつかんでひょいと持ち上げた。
 騒ぎが一瞬止む。
「あー。あのさ、あいつらクイーン・ヴァンガードだぜ? そういつまでもみっともなくバタバタしてないと思うけどな」
 ウィルネスト、小川麻呂、シスの三人が弾かれたように、揃って首を巡らす。
 ケイの言葉通り、クイーン・ヴァンガードは混乱から復帰しつつあった。
 ザッ。
 三人は揃って後方を確認。

『カンバスは!?』

 声まで見事に揃った。

「に、逃げたぜ。あんたらが騒いでる間に他の誰かが案内してさ……」
 勢いに圧倒されるようにしてケイが答える。
「よっし、じゃー俺たちも逃げようぜー。もちろんカンバス・ウォーカーたんが逃げやすいようにしてなー。罠は俺に任せとけー」
「じゃあオレは引き続き情報攪乱ってとこか。おいネコ、まだ使い魔がいるんだろ?」
「任せるにゃー。五郎丸、六郎丸、セブン!」
 シスの呼びかけに答えて、カラスにフクロウ、そして紙ドラゴンが姿を現した。
 そして、
「最後はイチロー。人の恋路を邪魔する奴は、こいつに蹴られるがいいにゃー!」
 シスの声に応えるようにして、現れた馬は高らかないななきを上げた。
「よっし、いくぜぇ!」
 ウィルネストの声を合図に、シスは使い魔を解放し、四人は校舎の奥へと逃げ込んでいく。 
「なんか俺、今回でかい貧乏くじ引かされてるよなぁ」
 ちらちらと不安そうに背後を振り返りながら、ポツリとケイがこぼした。