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絵本図書館ミルム(第2回/全3回)

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絵本図書館ミルム(第2回/全3回)

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1.ミルムに射す影


 冬の空気は吐く息を白く浮かばせるほど冷たいけれど、その分澄み切っていた。
 静かに射す陽は、普段は忘れがちな太陽の恵みのありがたさを、そのぬくもりで感じさせてくれる。
 けれど……今の絵本図書館ミルムは、陽射しが雲に遮られているかのように、薄ぼんやりとした暗さに包まれていた。
 図書館を火の海にとの犯行声明が掲示されて以来、めっきりと来館者は減っている。人の数が減れば活気もまた失われ、活気が失われればまた人の足も遠のく。そんな悪循環。
「はぁ……」
「地球では溜息をつくと幸せが逃げると言うぞ。おぬしが塞いでいてどうするのじゃ」
 絵本の回収希望のリストを眺めて何度目かの溜息を吐いたサリチェを、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)がやんわりとたしなめる。
「そうね、ごめんなさい」
 また口をついて出そうになる溜息を呑み込み、サリチェは弱い笑顔を作ると回収に向かう学生たちにリストを手渡した。
「分かり辛そうな処には簡単な地図をつけておいたわ。お手数だけどお願いね」
「お任せ下さい。街の方々のお声も合わせて聞いて参りますので、どうか元気を出して下さい」
 リストを受け取るのにかこつけてサリチェの手に手を重ね、明智 珠輝(あけち・たまき)が請け合う。
「回収するにあたって、どんなことに注意すれば良いでしょうか。子供たちに聞かれそうなことは一応調べてみたのですが……」
 菅野 葉月(すがの・はづき)は回収に行く学生たちに注意する点を確認する。絵本のことやミルムの現状等、聞かれた時に齟齬がないようにしておきたい。
「注意というか……オレら生徒がいきなり押しかけたら、怪しまれるのがオチじゃねえか?」
 絵本図書館に対する犯行声明が出ているこの状況で本の回収に動いたら、逆に疑われてしまうかも知れないと、瀬島 壮太(せじま・そうた)は回収人に目印となるものをつけることを提案した。
 制服の目立つ場所に統一したマークをワッペンのようにつけていけば、一目で図書館関係者と分かってもらえるだろう。複雑なものを作るのは大変だから、図案は簡単に、ハードカバーの本を開いた柄。
「回収しに行く奴らが、訪問先で追い返されて嫌な思いすんじゃねーか、って思うからさ。とりあえずこれを仮のマークとして、本の回収に行く奴らにつけてもらうってのはどうだ?」
「あら素敵。私も欲しいくらいだわ」
 壮太が図案を簡単に描いてみせると、サリチェは手を打ち合わせた。
「余分に作るか? けど、まずは回収人の分が先だな」
 ちょっと待っていてくれと、壮太はワッペンの布を切り、器用な手つきで図案を刺繍していった。簡単な図案とはいえ、回収に向かう人数は多くその分ワッペンの枚数も必要になる。
「私も手伝うわ。みんなで作れば早いから、裁縫が出来る人は手を貸してくれる?」
 サリチェが針箱を持ってきて呼びかけると、
「手芸は好きよ。これを縫えばいいのね」
「家事仕事なら手伝おう」
 早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が針を持つ。
「あたし、布を切るねっ。えっと……こうかな」
 遠鳴 真希(とおなり・まき)も家事に関することならと、壮太の図案と見比べながら布を裁断していった。手が多ければそれだけ作業も進む。
「あれ、ねーちゃんは手伝わないのか?」
 佐々良 睦月(ささら・むつき)はその場を離れていこうとする佐々良 縁(ささら・よすが)を振り返った。
「私は……ほら、本の整理とかいろいろやることあるしー」
 犯行声明なんて事件があっても業務はきちんとしないとね、と言いながら、裁縫が苦手な縁は睦月を引っ張って、書架の方へと歩いて行く。
「縁さん、業務につかれるのでしたらこれをどうぞ。私お手製の三角巾ですわ。縁さんの分も持ってきましたので、結んで差し上げますわ」
 早足で歩く縁の後をクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)がいそいそと追いかけた。



 ワッペンをつけて出発してゆく絵本回収に携わる学生を見送ると、図書館内外の警備にあたる学生たちも行動を開始する。
「さあ、はりきって巡回しよ〜」
「あ、外は寒いから、ちゃんと暖かい恰好しないと駄目ですよ」
 飛び出して行こうとする秋月 葵(あきづき・あおい)に、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)はコートを着せかけ、マフラーを巻いてやった。葵が巡回警備をするのは心配だけれど、やりたいことはやらせてあげたい。
「巡回中、もし不審者を見たらこれで連絡するといいと思います」
 プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)は警備にあたる者たちに、ホイッスルを配った。
「不審者を見たら、ホイッスルを思いっきり吹くのです。そして、音がしたら近くに居る人は其処に駆けつけて下さい」
 取り逃がしてしまえば、犯人を捕まえる機会は失われてしまう。確実に捕らえる為に人手は多い方が良い。
 葵はプリムローズから受け取ったホイッスルをコートのポケットに入れた。
「ありがと〜。放火されることはないと思うけど、やっぱ嫌がらせは止めさせないといけないよね」
「放火されることはない?」
 毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が繰り返すと、葵はうんと肯く。
「別の場所で燃やした布を置いただけで、犯人は最初から放火するつもりなんかないんだと思うよ。なんとなくなんだけど……犯人は本の好きな人な気がする」
 嫌がらせの理由は分からないけど、と葵は首を傾げた。脅迫してまで図書館を閉めさせようというネガティブな感情が、素直な葵には理解出来ない。
「それにしても根暗なやり口だぜ。冗談にしても笑えねぇな。……胸くそ悪い話だ」
 ロア・ワイルドマン(ろあ・わいるどまん)は顔をしかめた。放火するつもりがあろうとなかろうと、それによって図書館が打撃を受け、利用者に不安が広まったのは事実。さっさと捕まえて、さっぱりと事件を片づけてしまわないと気持ち悪くて仕方がない。
「俺は夜間を主に巡回するつもりだが、起きてる間は昼間も手伝うから何かあれば呼んでくれ」
 ロアはホイッスルを受け取ると、ふらりと皆から離れていった。

 一式 隼(いっしき・しゅん)リシル・フォレスター(りしる・ふぉれすたー)、そして広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)ウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)の4人もホイッスルを受け取り、美少女戦士部として、図書館の平和を守る為の巡回を開始した。
 けれど……。
「とっても寒いよ〜、この衣装〜」
 黒を基調としたミニスカートの魔女服。とんがり魔女帽に結んだリボンには星を飾り。『ハッピー☆ウィッチ』ことウィノナが寒風に身をすくめ、傍らを歩く隼を羨ましそうに見やる。
「隼、その着ぐるみとっても暖かそうだね」
「これは貸せません」
 隼は即答した。着ぐるみの中にいて外からは見えないが、隼は実は女装させられている。紅のセクシースリット全開のチャイナ服に、二つ結びにした髪にピンクのリボン。着ぐるみを脱いでこの美少女戦士ぶりを外部にさらす訳にはいかない。
「寒いんだったら、何かあったときに変身すればいいんじゃない?」
 まだ『閃光の乙女リシル』の衣装になっていないリシルがそう言うと、ファイリアは強く首を振った。
「美少女戦士部が見張っているんだぞー! ってアピールして、犯人さんに活動させないようにするのですっ。その為にはこの衣装が必要なのですー」
 ファイリアが着ているのは、『ハッピー☆メイド』の黄緑色を基本としたフリルたっぷりのミニスカートメイド服。
 図書館にやってきた女の子たちは憧れの眼差しで見てくるけれど、男の子の中には茶化す子もいて。それに対してファイリアは真剣に言い返す。
「図書館が燃えたら、楽しみにしている子供さんたちが悲しむし、周りに延焼でもしたら街の人たちにも迷惑になるです! ふざけてるのはファイたちじゃなくて、ここを閉めさせようとしてる人なのですっ」
「ファイ、気持ちは分かるけど落ち着いてー」
 力説するファイリアを、ウィノナが抑えた。気合いが入りまくりなファイリアをフォローするのが、今回のウィノナの役割だ。
「だって、ひどすぎるのですっ。サリチェさんの図書館、みんなの力で温かくて安らげるいい場所になっているはずなのに、どうしてそういう場所を壊そうとするのか、理解できないですっ!」
「確かにここは本に触れあえる良い場所ですし、これからも賑わっていって欲しい場所になっていると思います。美少女戦士部の力で守りたいですね」
 ファイリアの言葉に隼は肯き、葵も同意する。
「私も絵本は好きだから、こういう場所はあって欲しいな〜。ちっちゃい頃はメイドさんたちに読んでもらったりしてたんだけど、色んなお話聞くと、心があったかくなるって言うのかな……心地良い気分になれたんだぁ」
「良いことですね。リシルにもこの機会に色々な本を読んで欲しいのですが……シャンバラの恋物語なんてどうです?」
 隼はサリチェから聞いておいたお薦めの本を打診してみたが、リシルはそれを綺麗にスルー。さらっと別の話題を振った。
「ねえ、そろそろお腹空かない? この辺りで美味しいものが食べられるところってあるのかな?」
「表通りに洒落た店があるそうだが……」
「事件が解決したら食べ歩きしたいですね」
 大佐とプリムローズが掛け合いのように答えた。
「表通り? そういえば煉瓦造りの店がたくさんあったね。図書館の中にも、本持ち込み禁止で軽食できるスペースがあるといいのになぁ」
 そんなたわいもない会話をしている処に、ロアが魔法瓶を持ってやってくる。
「そろそろ冷えて来たんじゃねぇか? 俺の奢りだ、温かいコーヒーでも飲んで元気出せや」
 ロアは皆にカップを手渡し、湯気の立つコーヒーを注いだ。薄着の者も多いから、温かいものは嬉しい。皆が早速コーヒーに口をつけた瞬間、ロアは手をぬっと差し出した。
「飲んだな? 1杯1000G貰おうか」
 思わず大佐がコーヒーを吹き出しそうになると、ロアは大口を開けて笑った。
「冗談、冗談だってよ、がははは!」
 ……ほんの少しだけ、本気だったのは秘密だ。
 そんな和やかな雰囲気の中……巡回する者たちの背後で小さく草を踏む音がした――。


 一方、館内。
 こちらでも、館外同様に巡回警備が行われていた。
 大岡 永谷(おおおか・とと)熊猫 福(くまねこ・はっぴー)は、巡回時に光学迷彩を使用することを警備仲間の皆に伝えた上で、館内の警備についた。
「姿を消していれば、子供たちからの攻撃はないから安心だね」
 そう言いつつもちょっと寂しい気もして、警備が終わったら後で少し子供たちと遊んであげようかと福は思う。思いっきり来られると大変ではあるけれど、無邪気になついてくれる子供は可愛くもあるから。
「逆に、姿を消している間にうっかり音を立てたり、子供に触れてしまったりしないように気をつけるんだぞ」
 図書館にお化けが出る、なんて噂は嬉しくないし、何より怖がらせてしまっては子供が可哀想だ、と永谷は注意する。光学迷彩は10分ほどで切れてしまうので、効果時間にも気を付けなければならない。いきなり目の前で現れたり消えたりしたら、子供たちはびっくりだ。
「分かってる。それより、警備を手伝う報酬、忘れないでよ」
 食べ放題を4回。それは警備の報酬として高いのか安いのか。まあ、美味しいものが4回もお腹一杯食べられるならそれで良いのだろう。
「絵本専門の図書館なんて素敵♪ 多くの子供たちの夢を叶えてくれそうなこの場所、護ってあげないとね!」
 図書館を守る為……とやってきたはずのセレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)は、巡回を開始してすぐ、絵本に目を奪われてしまっていた。
「うわぁ……絵本がたくさん。どんなお話が描いてあるのかしら」
 メルヘンなおとぎ話が大好きなセレンスにとってここはまさしく、底無き憧れが集結する場所だ。あの絵本も読みたい、こっちも気になる、と目移りしながら本を選び、展開される物語を夢中になって読む。
「あたしもこういうの好きなのよー。わぁ、この絵綺麗だなぁ……」
 一緒に来たアスパー・グローブ(あすぱー・ぐろーぶ)も座り込んで絵本を開いた。アスパーの方は物語ではなく絵の方に興味があるようで、ページをめくるたびに広がる色彩の世界にうっとりとしている。
 そんな2人にやれやれと肩をすくめると、ウッド・ストーク(うっど・すとーく)も絵本の背表紙を眺めた。ウッドが好むのは歴史絵巻物の類だが、眺めている範囲にはそれらしきものは見当たらない。
 仕方なく、ウッドはシャンバラの古い伝説を元にした絵本を手に取り、ぱらぱらとめくってみる。歴史と重なる部分もあれば全く違う部分もあり、その比較をするのも案外楽しい。
「このお話、地球で読んだ本に似てる! こっちにもこんな絵本があるのね」
「セレンス、声が大きいぞ」
 絵本を見ている間もウッドは、はしゃいだ声を挙げるセレンスたしなめ、あるいは付近に不審者がいないかどうか目を走らせ、と忙しい。アスパーがやけに静かだと、気になって手元を覗いてみれば。
「……これ、ちょっと大胆かも……」
 王子と姫の絵にどきどきと見入っていた。
「警備を忘れていないのは俺だけか……」
 ウッドはもう一度やれやれと呟くと、周囲に目を配るのだった。

「何も起きないわねぇ」
 一般客を装って警備をしていた雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は、退屈そうにのびをした。その傍らでは南西風 こち(やまじ・こち)が、熱心に絵本を読んでいる。
「こち、それ面白い?」
「………はい」
 最近、リナリエッタのお陰で文字が読めるようになったこちにとって、本がいっぱいの図書館は興味深い場所だ。手当たり次第に絵本を選んでは読みふけっている。
 文字が読めるようになって知識欲も増してきたのだろう。この分ならもっと難しい本も読めるかも知れない……と考えていたリナリエッタは、不意に良いことを思いついてにんまりと笑った。
「こち、もっと難しい本探して見てみない?」
「………絵本じゃない本もあるのですか?」
「ふふ。こういう場所には禁書が眠っていたりするものなのよ」
 リナリエッタの目的はヴァイシャリーもしくはパラミタの歴史に関する秘密が書かれた本。一般利用者立ち入り禁止になっている区域へ立ち入って、あちこち探索する。
「ここでもなさそうねぇ」
 扉を開けて中を確かめては閉じていると、こちがリナリエッタを振り返った。
「………マスター、鍵のかかった扉があります」
「あらそう。じゃあここかしらぁ、ふふふ」
 リナリエッタは逡巡もせずにピッキングで鍵を開ける。が、いざ入ろうとした矢先に、館内を巡回していた橘 恭司(たちばな・きょうじ)に見つかった。
「そこで何をしているんですか」
 警戒を見せながら問う恭司の青いショートヘアから、ひょっこりと犬耳が覗いている。超感覚を使用できるのと、どこか和む雰囲気になるのとの一石二鳥だ。
「もしかしたらここにある本が狙われるかもしれないじゃないですかぁ。だから警備してるんですよ」
 侵入しようとしていたのがばれても、リナリエッタは悪びれない。
「ピッキングして、ですか?」
「だって、わざわざ鍵を借りに行くのは面倒だものぉ」
 そう言いながら開けた部屋を覗き込み、リナリエッタは曰くありげな古い本が収められた書架に素速く目を走らせる。
「………難しい本ですか?」
「難しい本ではありませんが、古い希少な絵本です。まだ公開方法が決まっていないので、ここで保管されているんです」
 こちの問いに、リナリエッタではなく恭司が答えた。
「なぁんだ。ただの絵本なのね」
 つまらなそうに言うリナリエッタに質問を重ねようとした恭司は、ふと背中に触れた柔らかい感触に息をのんだ。
「脅かしてごめんね。あたい、福だよ」
 光学迷彩を解くと、福は恭司に廊下の向こうを指さした。
「トトがあっちで怪しい言動をしてる人を見つけたんだ。ちょっと手を貸して欲しいんだけど、いいかな?」
「ええ」
 恭司はリナリエッタを振り返り、扉の鍵をかけ直しておくように言うと、福の指す方向へと急いだ。
「ここだよ」
 福が開けたのは、図書館の端の方にある部屋の扉だった。いやに寒いと思ったら、窓が開いていて冷たい風が入ってきている。その窓辺にいた男が、入ってきた福と恭司に探るような視線を向けてきた。
「何をしているんですか?」
「……外の空気を吸っていただけだ」
 男はむっつりと答えて窓を閉めたが、立ち去ろうとはせず窓に背をもたせかけ、手持ち無沙汰に立っている。
「外に何かあるんですか?」
 恭司は外を見ようとしたが、窓はほぼ男の背に塞がれてしまっている。
 その時。
 窓越しの外から、鋭いホイッスルの音が聞こえた。


 図書館の窓の下でプリムローズはホイッスルを吹き鳴らしながら、手近にあった如雨露を投げつけた。その先にいる男へと、大佐は警告なしにハンドガンを撃ち込む。発射されるのはゴム弾とはいえ、当たればかなり痛い。
「ちっ」
 不審な男は籠のようなものを抱えたまま、身を翻した。庭に立つ木々に隠れるようにして逃走を図る。
 下見でもしてあったのか、男の逃げる足取りに迷いはない。
 大佐とプリムローズは攻撃を追跡に変えて男の後を追った。
 男は素速く庭から街路を目指して走る。街に紛れ込んでしまおうという腹なのだろう。
 が、その行く手に4つの影が立ち塞がった。
「ハッピー☆シスターズが長女、ハッピー☆ウィッチ、参上!」
「美少女戦士部の名にかけて、逃がさないですっ!」
 ウィノナが名乗りを挙げ、ファイリアがポーズを決める。
「乙女の裁き、とくと味わいなさい!」
 リシルがファイティングポーズを取る横には、ふかふか着ぐるみの隼。
 美少女戦士たちの間を突っ切る勇気は無いのか、男は逃げ道を探して視線を彷徨わせた。左方の木の陰に……と一歩足を踏み出せば、そこからはひょっこりと葵が現れる。
「わぁ、本当に来た。犯人は現場に戻ってくる、って何かで読んだ通りだね」
「あまり前に出てはいけませんよ。危険です」
 興味津々で近づいて行ってしまいそうな葵を、エレンディラがそっと押しとどめた。
 いよいよ焦る男の背後から、駆けつけたロアが飛びかかる。
「おっしゃあ! 背中ががら空きだぜ!」
 捕獲チャンス。
 ロアに押さえ込まれた男へと、外を巡回警備していた者たちが次々に走り寄った。


 一方図書館内部。
 ホイッスルを聞きつけた男はなりふり構わず逃げ出したが、出口は扉ただひとつ。恭司が奈落の鉄鎖で逃走を妨げているうちに、永谷と福が男を取り押さえた。
「放火未遂と脅迫状。今度は何をするつもりだったんだ」
 仕事中は丁寧な恭司の言葉が、犯人に対する淡々とした冷たい口調に変わっている。
「な、なんだお前等は。おれが何をしたって言うんだ? ただ、忘れ物を思いだして急いで家に帰ろうとしただけだ。暴力はやめてもらおう」
 男は逆に怒鳴りだした。彼がしていたのは、窓を開けて外を眺めていたのと、急に部屋を出ようとしたことだけ。怪しくはあるがそれ自体には問題ない行動だ。横暴だと騒ぎ出す男の前に、永谷は携帯電話をつきつけた。
「残念だが、あなたの犯罪のすべてはここに写っている」
 再生される動画には、男が籠に本を入れて窓から下ろしている姿が撮られていた。言い逃れのできない証拠だ。

 観念してうなだれた男を連れて庭に行けば、そこで外巡回の者に捕まっていたのは……以前もこの図書館で本を盗もうとしようとして、捕まったことのある男だった。自身はもう入館できない為、協力者を送り込んだのだろう。
 問いつめると本を盗もうとしたことは認めたが、放火未遂や脅迫状については頑として首を振った。
「お宝を燃やしてどうするってんだ。それに閉められたら盗みにも入りにくくなるだろう。そんなもったいないことするかよ!」
 男の弁解の道理は通っているようだが……。
「根本的な問題はその考え方だな」
 その性根を今度こそたたき直してやらなければと、恭司は男を物陰に連行していった。

 放火犯ではなかったが、本の盗難を未然に防げたのは巡回の成果だ。
「やったね〜」
 本を守れたことを喜ぶ葵を、続きの巡回は少し身体を暖めて疲れを取ってからにしましょうと、エレンディラはお茶休憩を提案した。
「庭でお茶すれば警戒にもなりますし。よろしければ皆さんもどうぞ」
 寒さにかじかんでいれば、捕り物もままならないからとエレンディラは皆にもお茶とお菓子を振る舞った。
 その横を、図書館で本を借りて出て来たセレンスがはしゃぎながら通って行く。
「たくさん借りられて良かった。せっかくだから少しお庭で読んで行こうよ」
「返却期限は必ず守ると約束したんだから、忘れるなよ」
 本に夢中のセレンスに、ウッドが釘を刺す。
「だいじょうぶだよ。ここの図書館気に入っちゃったから、またすぐに遊びにくるんだもん」
 セレンスのように笑顔で絵本を抱える人もあれば、懲りない盗人のように絵本に値踏みの目を向ける人もいる。
 読み物として、目を楽しませるものとして。
 売り物として、高価な物品として。
 本は読み手によって解釈が変わるだけでなく、どう見るかによってもその意味合いが変わってしまう。
 脅迫状を送りつけてきた犯人の目には、ここの絵本は、そして絵本を読む人々はどう見えているのだろうか……。