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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3
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第4章 対話



 4日目。ロスヴァイセ邸、正門前。
 ヴァンガード隊が警護のため配置に付く中、同隊員の水上 光(みなかみ・ひかる)は壁にもたれ、ため息を吐いた。
 フリューネの元へ行くべきか否か、それが問題であった。ヴァンガード隊としては交渉にいくべきなのだが、どうもそれは気の進まない事だった。女王器ためにフリューネに近付いたと思われるのが、彼はとても嫌だったのだ。
「(……かといってセイニィが動いている話もあるし、このままにしていれば二人がまた巻き込まれる可能性がある)」
 些細な事だが、彼にとっては苦渋の選択である。
「一体どうすればいいんだろう……」
 踏ん切りがつかずにいると、土方 伊織(ひじかた・いおり)と相棒のサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が、正門に向かうのが見えた。ヴァンガード隊に所属する仲間であり、そして、フリューネとも縁のある二人だった。
「なかなか複雑な状況になってしまいましたね」
 ベディヴィエールが言うと、伊織は「はわわ」と困った顔を浮かべた。
「環菜さんもユーフォリアさんの事を考えて、もー少し時間を置いてから交渉すれば良かったですのに……とほほ」
「二人だけの逢瀬の時を邪魔するのは流石に無粋でしたね。ですが、余り時間が経ちすぎますと後手に回る事にもなりますし難しい所です……。一概に彼女の行動を非難する事は出来ないでしょうね」
「でも、クィーンヴァンガードの印象がすっごいがた落ちなのです」
「まぁ、此度は女王器に関しての交渉よりも、その前段階……お話を聞いてくれるように交渉するのが一番でしょう」
「はい、少しでも今の状況を理解して貰わなきゃなのですよ」
 そう言って、門を叩く。光はそんな二人に近付いた。
「……もしかして、交渉にきたのかい?」
 二人が肯定すると、彼も心を決めた。赤信号、みんなで渡れば恐くないの精神だ。
 門が開くと、ハルバードを持ったフリューネが。難しい顔で立っていた。その傍らには、門番を務めるカークウッドも立っている。威圧感のある組み合わせに、光と伊織は思わずおののいた。
「……久しぶりね、二人とも。今日は遊びにきた……わけじゃなさそうね?」
 緊張する二人の気配を察したのだろう、フリューネは胸の内を見透かすように言った。
「はう。おかしな事言ったら、棒でぶたれそうな空気ですぅ……」
「お嬢様、ふぁいとです。このベディヴィエールがついております」
 伊織は勇気を振り絞り口を開く。まずは現在の状況を知ってもらおうと思った。各地で十二星華達が女王器を求めて活動している事、その長のティセラが女王の座を狙ってミルザムと対立している事を伝える。
「……だから、一度、ミルザムさんのお話を聞いてあげて欲しいのです。何故女王に即位したいのか、即位してどーしたいのか、そんな想いを聞いてあげて欲しいのですよ」そう言って、付け加えた「はわわ、少しでも僕を信頼していただけているのなら、一度だけで良いので考えて欲しいのですよ」
 完全に接続詞的な感じで『はわわ』を使う伊織だった。
「あの……、あくまで噂なんだけど、セイニィがこの街にいるらしいんだ」
 伊織に続き、光も説得を行う。
「もしまたセイニィが襲ってきたら……、ボクらはともかく、ユーフォリアさんを巻き込むことになる。勝手な言い分に聞こえるかもしれないけど……、ボクは二人をこれ以上巻き込みたくないんだ」
 フリューネは二人の言葉を黙って聞いた。
 その横で、伏見 明子(ふしみ・めいこ)が、二人の話に相づちを打っている。
「……って、誰?」
 見知らぬ女子に、フリューネは怪訝な視線を送った。
 彼女は屋敷の中から出てきたような気がする。いや、確実に出てきた。着ている服も使用人が着る制服だ。洗濯カゴを抱えている事からも、彼女が屋敷で働いている事は紛れもない事実だった。だが、知った顔ではない。
「お嬢の知り合いじゃないのか?」とカークウッド「手伝いをしたいと言うから、中に入れたんだが……」
「初対面よ。あのね、カークウッド。そんなザルな仕事じゃ門番を任せられないわよ」
 フリューネが説教を始めようとすると、彼は大きな手でそれを制した。
「急用を思い出した」と言って「とても遠いところに」と加えた。
「ちょっと、逃げるんじゃないわよー!」
 その間の抜けたやり取りに、明子は思わず笑ってしまった。
「あはは……御免なさい。私はヴァンガードです。正面からだと話も聞いて貰えないかな、と思って」
 それから、大事な人が静養中なのに騒がせて本当に申し訳無い、と謝った。
「それで……、キミも女王器を渡せって言うの?」
「あーうん、渡したくないなら、暫く女王器はそのままでも良いです」
 思わぬ発言に伊織と光は顔を見合わせた。
「ただ、出来れば、友人や使用人に混ぜて、女王器を守る人を入れさせて貰えないかな。貴女にとってユーフォリアが大事なように、私達にとって女王器は大事なの。それこそ、命を張っても良いぐらいにね……」


「ヴァンガード隊にも少しは話せるやつがいるようだな!」
 不意の声に振り返ると、門の上にウッド・ストーク(うっど・すとーく)が腰を下ろしていた。
「五獣の女王器を護るって意見には賛成だ。今、ティセラに黙って奪われる訳にもいかないからな」そう言うと、明子からフリューネに視線を移す「んで、白虎牙はあんたが護ったほうがいい、って言うのがうちの姫さんの考えだ」
「姫さん?」
「俺のパートナーさ」と外を指差した。
 外に集まったヴァンガード隊を前に、ウッドの契約者セレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)が弁を振るっている。
「もし彼女にその意思があるなら、白虎牙はフリューネが護ったほうがいいと思うの!」
「フリューネに……?」
 隊の前面に立つのは、分隊長の鷹塚だった。
「ユーフォリアを護りたいって気持ちは彼女が一番強いはずでしょ? その気持ちが力になるって私は思ってる! だから彼女に協力して欲しいの! フリューネを白虎牙の守護者に推薦してもらえないかな? 私はヴァンガードじゃなくて、イルミンスールの魔法使い。けど、私もパラミタを守るために協力したいと思ってるの」
 隊員達が顔を見合わせる中、鷹塚は口元に手を当て、なにやら思案を重ねた。
 威勢の良いセレンスに感心しつつ、ウッドは呟く。
「子どもってのは、時に本質を突く。案外いい意見だと思うぜ……」
 彼はもともと『女王システム』に懐疑的だった。女王候補が五獣の女王器を全て集めた時、国民から絶大な支持を得られる、それは多くの人の意思を捻じ曲げる事になるのではないか、と。
「(それにあのシステムは単純に危険だ、悪人が女王になる可能性もあるわけだしな……)」
 女王はこの国に必要なのだろうか、と彼は思う。
「(俺は地球を旅した事がある、地球に女王なんてシステムはない。それでも人は国を……文化を築いて来た。シャンバラも女王器に頼らなくても人は協力し合える……国を築けると俺は信じたい)」
 だからこそ、女王器の管理を中立の人間に任せる事を、彼は支持しているのだろう。
「……だが」と鷹塚は言った「何をするにせよ、まず対話は必要だ」
「ええ、その通りです」
 ヴァンガード隊の一団から樹月 刀真(きづき・とうま)が前に出た。
「初めに言っておきますと、今日はクイーンヴァンガードとして、女王器の交渉の件で来ました」
 フリューネの前に立ち、臆する事なく彼は言う。
「ヴァンガードに対する感情は予想できるので、黙っていた方が良いはずなんですけどね。君に嫌われても俺の都合だけで隠し事をしたくないんです」まっすぐにフリューネの目を見つめる「ヴァンガードを名乗る事に対する覚悟もありますよ。塩ならいくらでも被ります、骨を折るならどうぞ、槍で叩きのめしたいなら応じます、ただその後……」
 言いかけたところで、フリューネはハルバードでぶん殴った。
「文句があるなら、かかって来いってこと? 他に殴られたい奴はいる?」
 一同はふるふると首を振った。
「そんな事言うわけないでしょう……」頭から大量に血を流しながら、刀真は立ち上がった「俺はここに立った決意を話してるんです。どんな目にあっても、君を含めロスヴァイセ家の皆さんに必ず話を聞いて貰うって言うね……」
「……そう。そう言えば、キミは信念を貫く男だったわね」
 己の早計を恥じ、フリューネはハルバードをおさめた。
「俺たち以外にも女王器を狙う勢力がある事は、先ほど説明があったと思います」刀真は説得する「ですが、彼らが穏便に事を運んでくるか確証がありません。ミルザムならそちらの都合に合わせて交渉を行う用意があります。環菜やミルザムが信頼に値する人物かどうか、その場で見極めても遅くはないでしょう」
 そう言うと、伊織と光に視線を動かす。
「俺や彼らのような、信頼出来るヴァンガードが護衛を行い、君達の安全は保証します」
「でも……」
「フリューネさん、一度、お話を伺いましょう」
 対峙する彼らの前に、よく通る落ち着いた声が響いた。一同は声の主を目撃し息を飲む。長い髪を風になびかせ、そこに立っているのは、ユーフォリアその人であった。古王国時代の英雄とその腕に輝く女王器を間近に触れ、ヴァンガード隊からはざわめきが起こった。フリューネもまた驚いた様子で口をパクパクさせている。
「ゆ……、ユーフォリア様っ! だ、だめです、このような所においでになっては……!」
「今、話しているのはこの白虎牙の事です。ならば、わたくしには聞く義務があります」
 その口調は穏やかではあったが、有無を言わせぬ強さもあった。
「目覚めてわたくしはシャンバラが滅んだ事を知りました。とても悲しい事でしたが、今、シャンバラを復活させる動きがある事も知り嬉しく思っています」彼女は一同を見回す「五獣の女王器の一つ、白虎牙の正統な所有者として、わたくしには次代の女王を見極める責があると考えております」
 フリューネは複雑な表情をしていたが、やがて彼女の意思を尊重する事に決めた。
「……わかりました。ですが、どこへ行かれる時でも、私がついて行きますからね」
 ユーフォリアの承諾を得、鷹塚はヴァンガード隊に指示を発した。
「通信班は至急ミルザム様と御神楽校長へ連絡したまえ」鷹塚はユーフォリアを見て「ご協力感謝する。今日は大勢で詰めかけ申し訳ない。これで失礼するが、会合の詳細な日程が決まるまで、引き続き邸宅の警護を続けさせてもらう」


 引き上げていく隊員の波に逆らうように、刀真のパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が来た。
 ラベンダーの花束と、ミス・スウェンソンのドーナツ屋……略して『ミスド』のドーナツを持っている。隊員を見送るフリューネとユーフォリアの前に来ると、持参した品を差し出した。
「これ、お見舞いみたいな物、刀真が選んだ」
「え……、本当に?」隊員に紛れ帰る刀真の背中を、フリューネは見つめた。
「苛立ってるだろうからって甘い物と、療養中のユーフォリアは食べれないかもしれないって花を。公私の公で来たから、友人としては動かないって、刀真は持って来なかったから、私が内緒で買ってきた」
 そう言うと、押し付けるように渡す。
「要らないなら捨てて良い、あとコレは私が勝手にやった事で刀真は知らない。出来れば黙ってて欲しい」
 小走りにその場を後にする月夜を、フリューネは呼び止めた。
「ありがとう」
「……ああ、なんだか良い話」と、隣りでしみじみと呟いたのは明子である。
「あれ? キミは一緒に戻らないの?」
「彼らが外の警護をするなら、私は中の護衛をしようかなって。相棒も張り込んでるし」ニコリと使用人スマイルを浮かべると、フリューネの耳にそっとささやいた「……秘密だけどね。最初の交渉、突っぱねてくれて良かったと思ってる。ミルザムはね。貴女みたいな気概のある人を説得出来るようにならないといけないのよ」
 成長しないとね。彼女も、私も……。暮れかけた空に、明子は想いを馳せた。