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月夜に咲くは赤い花!?

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月夜に咲くは赤い花!?
月夜に咲くは赤い花!? 月夜に咲くは赤い花!?

リアクション


『エピローグ・想いのチカラ』

 生徒たちと宿泊客たち、スタッフと、ミラとオーナー……この一夜の事件に参加したほぼすべての人々が、ロビーに集まっていた。
 人々の中心にあるのは、ブラッドルビーをはめ込んだピンキーリングだ。
 リングはもう、ガラスケースには収まっていない。ミラが、包帯を巻いた両手で捧げ持っている。
「――この一夜は私にとって、人生で一番長いひと時でした」
 ミラの隣に立ったオーナーは、どこか疲れた、けれど晴れ晴れとした声を、拡声器でロビー中に響かせた。
「願わくばこの一夜が、皆さんにとって人生で一番思い出に残るひと時になりますように」
 ちら、とオーナーはミラを見た。
 ミラがゆっくりと頷いて、指輪を頭上に掲げた。
 割れた天窓から直接降ってくる月の光が、柱のようにミラの上に降り注ぐ。
 白い包帯に包まれたミラの手の中で、真っ赤な光がじわじわと広がっていく。
「思えば、この指輪が、わたくしを一年間の思考の迷路から連れ出してださいました。わたくしにはまだあの人がついていてくれることも、わたくしにはこんなに優しい弟がいてくれることも、わたくしが一人ではないことも、思えばこの指輪が、教えてくださいました」
 オーナーは苦笑して、拡声器をミラの口元に近づけた。
『願わくばこの指輪の光が、皆さんのことも導いてくれますように。あの人が、命の代わりに置いて行った形見でございますから、わたくしだけを導いたくらいで終わるのはもったいないですもの』
 ミラの手の中で、真っ赤な光が弾けた。
 月の光を赤く染め上げ、ロビーを真っ赤な光に浸す。
 拡声器をおろしたオーナーに、赤い光を見上げたままのミラが言う。
「赤い糸の契り、来月からも続けましょうね」
「……いいんですか?」
 意外そうに目を見開いたオーナーに、ミラは微笑んで見せた。
「この指輪は月楼館を訪れる人々を、ひいては、月楼館そのものを、導き生かしてくれるでしょう。それは……わたくしとあの人が、何より望んだことでしたから」

 ※

「いちる? いちるー? ……まいったな、どこ行ったんだ?」
 赤い光が満ちるロビーで、ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)が、声を張り上げていた。
「ああ……そうか。この手があったな」
 ギルベルトは左手を持ち上げて、自分の小指から伸びる光が、まっすぐ指す場所へと駆けだした。
 それはちょうど、月楼館をさまよい歩いていた時のミラのように。

 ※

 歌菜は、赤い光が満ちるロビーで、左手の小指を右手ですっぽり覆い隠していた。
「赤い光、見ないのか?」
 ポケットに手を突っ込んだ羽純が、何気ない口調で聞く。
 歌菜は「へへへ」とはにかむように笑ってから、頷いた。
「うん。……この光が、今はまだどこに繋がってるのか、分かってるから」
「……歌菜。大丈夫……か?」
「へへ……心配かけてごめんね。やっぱり……そう簡単に気持ちは切り替えられないや」
 瞳を潤ませた歌菜は、顔をあげて月を仰いだ。
 涙は、こぼさない。
「でもね、もううじうじ悩むのはやめる。ミラさんのこと、最後まで見届けて分かったの。私のことを心配してくれてる人が、きっと私の周りにもたくさんいるはずから。私が一人で悲しがってるわけにはいかないよ」
「……そうか」
 羽純は右手をポケットから出して、そっと歌菜の頭を撫でた。
「無理……するなよ?」
「……ん。ありがと」
 ふう、と歌菜は月から目を離し、上目づかいに羽純を見た。
「ねえ、羽純くん。ひとつ、お願いしていい?」
「なんだ?」
「羽純くんの赤い糸、見せてほしいな」
 羽純は、あわてたように歌菜から視線をそらした。
「……歌菜、おまえって」
「なあに?」
「案外自信家」
 羽純はポケットから、ゆっくり左手を引き抜いて、小指を見せた。
 赤い光の向かう先をみて、歌菜はゆっくりと、花が咲くように笑った。
「やっぱし、私が一人で悲しがってるわけにはいかないね」
 羽純は、右手でぽりぽりと頭をかいた。
「……まあな。今歌菜の小指に繋がっている赤い糸、さっさと結び直してくれよ」
「あはは。……羽純くんも、案外自信家なんだね」

 ※

 中央階段に腰かけた珠輝の肩に頭を預けて、リアが安らかな寝息を立てていた。
「リアさん、だいぶ疲れていたんですね」
「……んん。おい、珠輝。そっちから追っかけろ……」
「おやおや。そんな夢を見たら、余計疲れるでしょうに」
 リアの寝言に耳を傾けて、珠輝は優しく笑った。
 赤い光が満ちるロビーで、例にもれず、珠輝の小指からも一本の赤い光が伸びていた。
 赤い光が向かう先に目をやって、珠輝は苦笑する。
「おや……これは、リアさんを起こすわけにはいきませんね」
 真っ赤な光の糸で、まっすぐリアと繋がった小指を、珠輝はそっと、右手を乗せて覆い隠した。

 ※

「どうして、ポケットに手突っ込んでるんです?」
 マリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)は、オーバーオールのポケットに手を突っ込んだまま、市井を睨んだ。
「マリオンこそ、手ぇ出せよ」
 スラックスのポケットに手を突っ込んだまま、市井が言い返す。
「嫌ですよ」
「なんでさ」
「なんでもです」
 かたくなにポケットに手を突っ込んだまま、マリオンはツンとした声で言った。
「……だいたい」
 うらみがましい視線を、マリオンは市井に向けた。
「もし、赤い糸が私以外の人に伸びてたら、市井さんはその人になびくんですか?」
「んなことは……ねえけど」
「じゃあ」
 にっこりと、マリオンは微笑んだ。
「私たちに、赤い糸は必要ないですね」
「……だな」
 市井もにやりと笑って、二人はくすくすと笑い合った。

 ※

 霜月とクコは、お互い左手の小指を隠して、そわそわと様子をうかがい合っていた。
 そんな二人の間に立って、アレクサンダー・ブレイロック(あれくさんだー・ぶれいろっく)がにこにこ微笑む。
「どうしたのさ、ふたりとも。赤い糸、見ないの?」
 アレクサンダーに無邪気な声で問われて、霜月とクコは同時に「びくっ」と飛び上がった。
「ええと」
「えっと」
 霜月とクコは、もじもじと顔をそらし合った。
 焦れたように、アレクサンダーが頬を膨らます。
「もー。いいじゃん、どうせ繋がってるんだから!」
「繋がって……」
「るのかな……?」
 霜月とクコは、やっと視線を合わせて、首をかしげあった。
「繋がってるよ。当たり前じゃん」
「……」
「……」
 霜月とクコが、おそるおそる左手を持ち上げた。
 当たり前のように、二人の間を赤い光が繋ぐ。
「ね?」
 にっこりとほほ笑んだアレクサンダーにつられるように、霜月とクコは照れたように微笑みあった。
 霜月とクコ、二人に向かって伸びる自分の小指に目もやらないまま、アレクサンダーは満足げに頷いた。

 ※

「……なんか、照れくさいですね」
 自分の小指から伸びる赤い光を見て、クリス・ローゼンがはにかんだ。
「そうかい?」
 綺人ははにかんで、自分の小指から伸びる光を見た。
 クリスと綺人の小指は、まっすぐに、赤い糸で結ばれている。
「だって……いつもなんだか、家族みたいな感じだから……ええっと」
 クリスは、右手の人差し指でこめかみをかいた。
「えっと……ちゅーとかしますか?」
 綺人は一瞬大きく目を見開いて、それから、まるで娘を見るように優しい笑顔を浮かべてクリスを見た。
「そうだねえ」
 するりと、綺人はクリスと小指を絡ませた。
 真っ赤な光の糸が、二人の指をきつく結ぶようにからみつく。
「今は……こっちのがいいかな」
 柔らかな綺人の笑顔に、クリスも、はにかむように微笑み返した。
「ん……私も、これがいいです」

 ※

 美羽とコハクは、お互いの小指をじっと向け合っていた。
「……」
 美羽はきょとんとして、コハクの小指とコハクの顔を見比べた。
 美羽の小指からは、コハクに向かってまっすぐに、真っ赤な糸が伸びている。
「……ごめん」
 コハクは、美羽の視線から逃れるように、うつむいていた。
 コハクから伸びた光の糸はあまりに細く、儚く、美羽の方に向かっているようで、けれど本当に美和に繋がっているのかは判然としなかった。
「美羽のことが嫌いとかじゃないんだ。美羽と一緒にいるの、すごく楽しいし、他のだれといるより、美羽と一緒にいたいと思うし……ただ」
 一旦言葉を切ってから、コハクは、不安げな顔で美羽と目を合わせた。
「ただ……僕は、恋愛の好きって言うのが、なんていうか……よく、わかんなくて」
 美羽はきょとんとした顔のまま、また、コハクの小指に目を落とした。
「あのっ、でも美羽のことは、ほんとに……」
「えいっ」
 泣きそうな声で弁明しかけた、コハクの言葉が途切れた。
 美羽が、自分の小指とコハクの小指を、きつく絡めたからだ。
「……美羽」
「こうしてる間は、繋がってるよね。私とコハク」
「……う、うん」
 戸惑ったように、コハクは頷いた。
 柔らかく微笑んだ美羽が、コハクをまっすぐ見返す。
「まだ、恋愛かどうかわからないままでもいいよ」
「そう、なの?」
「うん。だけど、たまに私が不安になったら、こうして小指をつないでね?」
「……うん。うん。ありがとう……美羽」
 美羽とコハクの間にある光の糸は、まだ細く頼りない。
 けれど、二人が小指を絡めあっている間だけは、二人の小指に力強く、きつく結びついていて、切れる気配などまるでなかった。

 ※

「いちる!」
 ギルベルトは、ミラやオーナーたちのすぐ近くで、所在なさげにうろついていた東雲 いちる(しののめ・いちる)を呼びとめた。
 不安げだったいちるの顔は、ギルベルトの姿を見つけるや、
「あっ! ギルさんどこ行ってたんですかぁー!」
 もっと泣きそうな顔になって、ギルベルトに駆け寄った。
「迷子になっちゃだめって、あれほど言ったじゃないですかぁ!」
「勝手にいなくなったのは、俺じゃなくっていちるだろうが! 探すの大変だったんだぞ!」
「ううー……」
 大声で怒鳴られて、いちるはしゅんと俯いた。
 ギルベルトは「……またやっちまったか」と小さくつぶやく。
「……なあ、いちる」
 俯いたままのいちるに、ギルベルトはなるべく優しい声で言う。
「どうして俺が、この広いロビーの中でお前を見つけられたか、わかるか?」
「……どうして?」
 いちるはいじけた顔をちょっと持ちあげて、首をかしげた。
「ミラ方式だよ。……ほら」
 いちるの目の前に、ギルベルトは左手の小指を差し出して見せた。
 まっすぐに、いちるに向かって赤い光を伸ばしている小指を。
「……ギル、これって」
 いちるは、ギルベルトの顔と、小指から伸びる赤い光とを、交互に見比べた。
 いちるの頬がみるみるうちに、ロビーを満たす光よりも、赤く染まった。
「いちる。俺はいちるが好きだ」
 真摯な瞳でいちるを見据え、ギルベルトは言いきった。
 いちるの頬が、これ以上ないくらい真っ赤にゆで上がる。
「いつもいつも……意地悪してごめんな。……俺、天の邪鬼だからさ」
 ギルベルトの瞳に、微かに、不安げな光がさした。
「なあ、俺……いちるに嫌われてないか? なあ……いちる」
 短く息を吸って、ギルベルトは続けた。
「俺に……小指を見せてくれるか?」
 いちるが、真っ赤な顔をギルベルトからそらした。
 背中の後ろで握り合わせていた両手をほどき、左手を、ギルベルトの前に差し出す。
「……嫌いだったらさっきだって、駆け寄ったり……しないよ」
いちるの小指から伸びた光の糸も、まっすぐに、ギルベルトのほうを指していた。

 ※

「ああやって」
 いちるとギルベルトが、赤い糸の繋ぐ先を確かめあっているのを見ながら、しみじみとミラが言った。
「この月楼館が、この指輪が、一人でも多くの人を導いてくれるといいわね。……わたくしのように、片思いのまま、誤解したまま、潰えるはずだった想いを、一つでも多く導いてくれたらいいわね」
 そう言って微笑んだミラとは対照的に、オーナーの顔はどこか陰っていた。
「片思いのまま……ですか」
 オーナーは、自分の左手を右手ですっぽり包んで、覆い隠していた。
 ちらと、オーナーはミラの小指に目をやった。
 けれど、包帯に包まれたミラの小指からは、どこへ光が伸びているのか、まるでわからない。
「あの人の残してくれたこの月楼館と、この指輪で……ひとりでも多くの想いを、導けたらいい。……それが、あの人の分も生きるってことだと思うから」
 オーナーは一瞬、泣きそうな顔でミラを見た。
 けれどすぐにかぶりを振って、晴れやかな顔で、赤い光に満たされたロビーを見渡した。
「……ですね。僕も、お付き合いしますよ。僕の一生は、きっと義姉さんよりずっと短くて、導ける思いもほんの一握りでしょうが、それでも」
 大きく息を吸い込んでから、オーナーは続けた。
「それでも、お付き合いしますよ。一生賭けて」
 ミラは、かつてまだ髪の毛が黒かったころ、かつてまだ、前のオーナーと一緒にいたころ、いつも浮かべていた笑顔と同じ、花のような笑顔を、現オーナーに向けて、深く頷いた。
 やがて、空が白み始めた。
 天窓から降る月の光が薄れ、ロビーを満たす、赤い光も消えていく。
 一夜限りの夢のような、赤い糸の契りが終わっていく。
 ミラは細く息を吸い込んで、夜風のような声で歌を歌い始めた。
 紐で結ばれた二頭のラクダが、王子と姫を乗せて、月に照らされた砂漠を歩いてゆく、そんな歌だった。
「王子になるのは無理かもしれないけど」
 オーナーは、ミラの歌声を聴きながら、ふとつぶやくように言った。
「僕は、義姉さんを乗せて歩くラクダになれたらいい。月に照らされたこの館を、の垂れじぬまで歩いて見せますよ」
 それを聞いて、ミラはくすりと笑った。
 歌を止めて、ミラはオーナーの言葉に応える。
「その時は、わたくしもラクダになりましょう。背中にあなたと同じ重さの荷物を乗せて、共に砂漠を行きましょう」
 オーナーの目をまっすぐ見返して、ミラは花のように微笑んだ。
「もうずいぶん、あたなには迷惑かけたもの。これ以上、背中に乗せてもらうのはしのびないわ」
 じっと、ミラを見つめていたオーナーは、やがて照れたようにはにかんだ。
「……僕は、これからも義姉さんを乗せて歩いても構いませんけどね」
「いいえ。あなたがラクダならわたくしもラクダよ。わたくしは、弟にだけ歩かせて、自分だけ楽をするような姉ではありません」
「あはは。……そうですか」
 泣いているような笑っているような、複雑な顔で、オーナーは頷いた。
 再び、ミラの歌声がロビーに響き始めた。
 白み始めた空の下、一夜の夢の終わりを、告げるように。

担当マスターより

▼担当マスター

望月 桜

▼マスターコメント

 お久しぶりの方は、お久しぶりです。初めての方は、初めまして。
 望月 桜です。
 この度は、以前にも増してリアクションの発表が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
 深くお詫びいたしますと共に、反省し、精進いたします。ご迷惑おかけいたしました。
 
 今回のシナリオは、今までの望月のシナリオとは少し作りを変えてみたのですが、いかがだったでしょうか。
 前回の『消えた愛美と占いの館』にて、多くの方がNPC浦深益代に共感してくださったので、今回はそれを参考にして、今まではあえて作らずにいた「物語の中心になる人物&出来事」を明確に設定してみました。
 そのおかげでシナリオガイドが長くなり、作り慣れていない謎解き要素はヒント不足で、読みづらいガイドになってしまったかも知れませんが……、
 それでも、皆さんが提示されたヒントから隠されたものを見つけ出し、多くの方が正解に近い推理をしてくださったことは、本当にありがたいことでした。
 シナリオ本文のほうもかなり探り探りの作りですが、皆さんにより楽しんでいただければ幸いです。
 また、今回のシナリオも途中から読むには適しておりませんので、目次はございません。ご了承ください。

 以前のマスコメの繰り返しになりますが、皆さんがお貸しくださった魅力的なキャラクターと、生き生きとしたアクション、そして貴重なアクション欄を削って書いてくださった前回の感想や励ましのコメントで、望月はなんとか書き上げることが出来たのです。
 心より、感謝しております。ありがとうございました。
 またお会いできる日を、楽しみにしております。

 ※追記 キャラクター描写の不自然な部分と、誤字脱字を修正いたしました。