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 第七章

 ベニヤ板でできたドアのように、分厚い門扉が消し飛んだ。
「ゴブリンの王とお見受けする。教導団、ノイエシュテルン所属。相沢洋。貴殿の首級を挙げさせてもらおう」
 内部を確認するより早く洋は声を上げていた。一か八かだ。これで動揺するようであれば正解、そして敵――門の内側にいた大量のゴブリンは、目に見えて動揺した。
「みと! 魔力増幅後、砲撃実施だ!」

 何百匹いるのだろう。門扉の内側は広大なホールになっており、そこに無数のゴブリンがひしめきあっていた。寄せ手を見るや口々にわめき武器を取り、怒濤の勢いで攻め寄せてくる。無論、一行も果敢に斬り込み、かくて阿鼻叫喚の乱戦へと突入したのである。突入側に子幸、莫邪、朱曉がいる。円も辿り着き、ミネルバ、オリヴィアとフォーメーションを組んでいた。
 この状況下で王を見つけるのは、砂浜に埋められた針を探すようなものといえよう。なかなか見つからない。だが王には特徴があった。緑の冠と、不格好で大きな赤いマントを身につけている。
 その姿をいち早く見出したのは菫と道真だ。しかし彼らは王を殺しに来たのではない。むしろ逆だ!
「陛下、我々はあなたにお味方します。その証拠をお見せしましょう!」
 あろうことか菫は王に背を向け、人間側にサンダーストームを浴びせようとしたのである。
 だがその肩口に、あるいは膝に、胴に、次々とゴブリンたちが攻撃を加えてくる。見る間に白い制服に、赤い染みが広がっていった。
「違います。我々は味方です。誰でも平和に暮らせる国を作ろうと……」
 道真も無数のゴブリンに組み敷かれ、集中攻撃を浴びている。
「ええい、話くらい聞いても……」
 それ以上の言はなかった。道真の姿はゴブリンたちに埋もれてしまう。
「だから敵じゃないって言ってるでしょう! ゴブリンでも平和に暮らせる国を作るために来たって」
 素の口調に戻って菫は叫ぶのだが、それはゴブリン王に笑い飛ばされていた。
「よくぞ申したり、『ゴブリンでも』、とはな。人間風情が馬鹿にするでないわ!」
 赤みがかった眼球を細め王は叫んだのである。
「我々は人間どもの住む地上に攻め入る算段をしている。誰でも平和に暮らせる国などと虫酸が走るわ! 支配者は我ら、貴様らは狩りの対象……そして貴様は、その手始めよ!」
 八つ裂きにして内臓まで喰らえ、と言い残すやゴブリン王はマントを捨て、乱戦のなかに飛び込んだ。他のゴブリンたちに紛れる気だ。身の危険を察したためだろう。
 だがその姿を、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が発見している。
「おっと、あれがゴブリン王だな!」
 待て待てと大きな声を上げ、魔力を駆使して前方の道を空ける。炎が海の如く走り、雷撃が爆撃の如く落下した。
「ええい、待って俺とタイマン勝負しろー! そして俺が、ゴブリンの王になる!!!」
 無論、王にとってそんなウィルネストは脅威以外の何者でもない! 王はしきりと手勢を呼び寄せ、ゴブリンの濁流の中に姿をくらませてしまった。
 だが、暴走気味のウィルネストの働きも決して無駄ではなかったのである。
「あー、もう、どこ行った−? あっ……菫!?」
 ゴブリンが追い散らされたその跡に、ぐったりと横たわる菫と道真を発見したのだから。
 二人とも息はあった。

 戦いは混戦の極みだ。ヴィッセルとファタもその中に身を置いているが、二人とも決して、これに呑み込まれたりはしなかった。
「これだけいれば戦い甲斐があるってもんだ!」
 さざれ石の短刀の能力で、ヴィッセルは邪魔なゴブリンを石化させてゆく、石になったものを蹴飛ばすと、割れて粉々になった。
「見たか! 信じるものは『すぐ割れる』ってな!」
「信じた上に割り砕かれておっては悲惨の極みじゃのう……」
 じゃが、とファタは白い歯を、きらりと光らせて笑った。
「そういう悲惨を見るの、わしは大好きじゃ! んふふふ」
 ファタはゴブリンに兇悪な幻覚を見せ、互いに争わせているのである。
 だが二人はついに、王を発見できなかった。乱戦のなかにいたはずだが、どこかに姿をくらませたのか……?
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)も王を探していたが、ここで発想を転換してみる。
「王っていうからには財宝を溜め込んでたり、粗末ながらも飾り立てた部屋とかを持っているんじゃないかな?」
「ふむ、それはどういうことだ?」
 カレンをかばって奮戦しつつ、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は振り返った。
「いま、ゴブリン王って姿を消してるよね? どこかに逃げて隠れてるのかも。手下だけ戦わせてね」
「ありえる話だ……冴えておるな、カレン」
「あはは、そんなに褒めても何も出ないよー」
 考えるより前に行動するのがカレンの信条だ。即座に実行に移す。二人は乱戦を巧みにしのぎながら広間の隅の扉を開け、中庭と思わしき場所に出た。外に出ても、広間の戦いの音は耳を聾するほどだ。カレンとジュレールは連れだって走った。前方に小ぶりの建物がある!
「おっと! 本当にいたよ!」
 建物の扉を叩き壊し進入すると、そこに王が側近と思われるゴブリンと共にいるではないか。実際に宝物殿だったらしい。決して広くない部屋の内部は、金銀や宝石で、悪趣味なくらい装飾されていた。
「くっ、貴様らの狙いは余か!」
 ここまで追ってくるとは思っていなかったのだろう。緑冠のゴブリン王は凄まじい表情で側近をけしかける。ゴブリンの中でも特に筋骨隆々としたのが何匹も、牙を剥いて飛びかかってきた。しかし、
「邪魔させないよっ!」
 火龍の杖を勢いよく振ると、カレンは高濃度に凝縮した酸を放射する。強烈、酸の雨は標的を呑み込み、哀れゴブリンの側近は、まともに浴びて白骨になってしまう。
 そればかりではない。直後、王のけしかけた側近の首が出し抜けに、玩具のようにコロリと落ちた。切断されている! 既に室内には、カレンと同じ結論に達した者達がもう一組進入していたのである。
「ゴブリン王さんとやら、こうなりたくなかったらお覚悟を」
 にこりと笑う彼女はメイド、自ら仕立てた制服に、理知的な伊達眼鏡も似合う。その姿、口調、いずれも陽性の色彩を帯びているのに、言葉の節々に空恐ろしいものを感じさせるのはなぜだろうか。彼女は騎沙良 詩穂(きさら・しほ)、平素は清楚なメイド、されどひとたび戦いに身を投ずれば、美しき夜叉へと変貌を遂げる。
「さて、討ち取るほうがずっと簡単ですが、捕らえると決まりましたので」
 セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)も同時にゴブリンに迫っている。盾を構えてにじりより、詩穂と共に王の姿を前後から挟むようにして近づく。
「殺しはしないけど……できるだけ怖い目は見てもらう?」
 くくっ、とサディズム溢れる笑みをこぼれさせる詩穂である。もうこれだけで十分怖いかもしれない。
「くっ!」
 王はセルフィーナの方向へ駆けた。
 セルフィーナは盾を突き出す。攻撃を防ぐのか? 否、この盾は攻撃のための盾、そこから数え切れない程の小昆虫が噴き出すのである。虫の群れは黒いガスのようになってゴブリン王に襲いかかった。
「まさか盾から攻撃が来るとは初見ではわからないでしょう」
 セルフィーナの言う通りではあるのだが、彼女にも予想外のことがあった。
 王は自身の側近を、つかんで虫の群れに追いやったのだ! これで難を逃れて扉から逃げ出す。
 王だけあって悪運は強いのだろうか、ゴブリン王はこれで宝物庫から脱することに成功した。側近は捨ててきたから既に身一つ、追いつかれる前に身を隠そうと、左右を見回した王は、突き飛ばされて地面に這いつくばった。
「ヒャッハァー! こんなところにいやがったぜ〜!」
 地面からそれを見上げたゴブリン王の目に、塔の如くそびえ立つ、凄まじいモヒカンのシルエットが飛び込んで来た。鋲を打ったブーツ、恐ろしく威圧感のある大型バイク、ばかでかい火炎放射器をがちゃりと下げて、その発射口を突きつける。なんという世紀末! このモヒカン男こそ世紀末からの使者、恐るべき南 鮪(みなみ・まぐろ)である。
「逃げるために手下を置いてきぼりとは、いくらなんでも卑怯すぎるなあ! 俺は卑怯な行動が嫌いだぜ!」
 火炎放射器の先を動かさずに鮪は言った。卑怯な行動が嫌い……どの口がそれを言う、というツッコミを入れてくれる人は今日はいなかったりする。かわりに地獄のエンジン音が唸った。
「ドルルルルルルルッドルンドルンドルン、ブォォォォン……ブォン!」
 棘の装飾がほうぼうになされたバイクが、凶暴にいなないたのである。アンチエコロジーの超排気量、野太いタイヤ、本体のごちゃごちゃしたメカニックも完璧だ。このバイクこそ、鮪の相棒ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)! ダンジョン地形を非常識なまでに無視して爆走、ここまで鮪を連れてきたのである。トラップも片っ端からはまって泥だらけ傷だらけだが、それも勲章に見えるこの堂々たる様よ!
「まさか……そのモヒカンは……?」
 這いつくばったまま王は呟いた。どうやら鮪は、これまでの活躍によりゴブリン社会でも名が知れているらしい。
「ヒャッハァ〜! 知っているなら話は早い。俺は人とゴブリンの区別なんかしねぇぜ、博愛主義者だからなァ〜! だから選択肢を与えてやる!」
 がぱっ、と持ってきたものを鮪はひろげる。まだ湯気を上げている唐揚げがたっぷりつまったバスケットだ。それに、アルコール度数大爆発なウオッカの瓶、これを右側に置いて、
「まずはこっちだ。降参して戦いをやめさせりゃ、こいつをくれてやるぜェ」
 だが! と声を上げて火炎放射器を頭上に向け引き金を引く。熱くて死ぬ勢いで、龍の炎の如く焔が噴き上がった。
「どうしてもやる気ならこっちだァ! 博愛主義者だから全身くまなく丸焼きにしてやるぜェ!」
 唐揚げ(食べる)か、丸焼き(にされる)か!? 
 ゴブリン王は、両手を上げて降参の意を示した。
「よーし、物わかりの良い子にはこいつもプレゼントしてやろう」
 鮪はモヒカンヘッドのカツラを取り出し、王の頭にすっぽりと被せた。
「似合ってるぜ! さあ、一緒に叫ぶぜェ! いち、にー、さんっ」
 ヒャッハー!
 カレンとジュレール、詩穂とセルフィーナは追いつき、ゴブリン王がこんな妙な状態になっているのを見て目を丸くしている。
「最悪の事態はまぬがれた……か」
 万が一のときは物陰から飛び出すつもりの天音だったが、誰もゴブリン王を処刑しようとしないのを見て安堵の吐息を漏らした。
「だが安心はできん。……問題はここから、どうやって戦いを終わらせるかだ」
 ブルーズは、大広間への道へと顎をしゃくった。

 腰縄をつけられた王とともに広間に戻る。
 戦いをやめるよう呼びかけるが、そう簡単にはいかない。王自身、弱々しい声で停戦を命じるが効果はなかった。確かに、王が囚われたことでゴブリン集団は動揺しているのだが、興奮しており歯止めがきかないのだ。どう対処すべきか迷っているようなゴブリンも、結局は戦いを選んでいる。
 この事態に、レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)ら三人は適切な対処を取った。
 真っ先にゴブリン集団の只中に、ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が飛び込む。
「うっし、気合入れていくぜ!」
 ウルフィオナの行動は素早い。ゴブリンの中でも体格のいい者を見つけ出し、その首をつかんで、片手でぐいと持ちあげた。
「本当は、ぶん殴る……いや、蹴りとばすっていう肉体言語に頼りたいところだがな。今日は説得に来たんだから仕方ない!」
 女性にしては身長が高いとはいえ、華奢な体格のウルフィオナであるのに、軽々とゴブリンをぶら下げて、かける言葉はシンプルに一言、
「おい、話を聞け!」
 これだけだ! ただし、触れずとも人が殺せそうな目で睨みつけている。
「あれが説得といえるのかしら? 野蛮ですね」
 リリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)の手法はウルフィオナとは真逆だ。つづいて、
(「どこぞの駄猫よりお嬢様の役に立てるということを証明してみせます!」)
 飛びかかってきたゴブリンに足をかけて転倒させ、取り出したるはバスケット、優雅な微笑を浮かべながら提示する。
「どうでしょう? 王様も降参されたようですし、もう誰のために戦っているのかわからなくなったのでは? これでも食べて落ち着きませんか?」
 バスケットに入っているのは、甘い香りするチョコレートだった。金や銀の包み紙にくるまれたものが山盛り、こういう地下では絶対にお目にかかれないもののはずだ。
 ダンジョン中途で遭遇したのならまだしも、既に包囲殲滅されつつあり、しかも王まで捕まったとあって、戦意が挫けつつあったゴブリンである。たちまち軟化……とはいかないものの、攻撃を控えて不安げに顔を見合わせている。
 ゴブリン相手には飴と鞭、と決めてかかったわけでもないのだが、自然、そうなっているリリとウルフィオナである。同じチームにあってしばしば張り合う二人だが、結果的にコンビネーションを作り上げている。
 かくて心に隙の生じたゴブリンたちに向け、絶妙のタイミングでレイナが口を開いた。
「もう戦いはやめませんか。ワタシたちは殺戮のためだけにやってきたのではありません。ダンジョンの進入権と、それに伴う訓練を認めてくれるのであれば、これ以上の戦いはやめると約束しましょう」
 王も、ゴブリンも、レイナの発言にざわめいた。受諾されたわけではない。だが、主張は届いた。
 さあ、ここからがレイナたちの交渉術の見せ所だ!