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リアクション
第2章 追いつ追われつ戦いつ傍観す 1
理事長である環菜様の言うことに逆らえる者は、少なくとも、蒼空学園には数えるほどしかいない。そういうわけもあり、カーネが学園外に出ることを危惧した御凪 真人(みなぎ・まこと)から連絡を受けた、環菜様の命令――『とにかくカーネたちを逃げ出さないように封鎖しなさい』という言葉によって、学園は見事に封鎖されたわけである。
ひとまずはこれでカーネが逃げ出していくことを防いだわけだ。
真人は教室に逃げ込んでいるカーネたちを前にして、興味深そうにその生態を調査していた。
「うーん、どうやら電子マネーには反応しないようですね」
真人は残念そうに呟き、仕方なく今度は地球のお札と硬貨を出す。
カーネは真人を見上げて、きょとんとした顔をするだけだ。
「ということは、パラミタの金銭だけに反応するということですか」
一人で片手に持つレポートに調査結果を纏めている真人。
そこに、バタバタと騒がしい音を立ててやってきたのは、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)だった。彼女はいかにも沸点に達したお湯のようにk怒り心頭の顔で震えている。
「真人っ! 私の財布知らないっ!?」
「い、いや……」
「くそーっ! じゃあ、やっぱりカーネがとったんだ! ……って、あー!! そのカーネっ!?」
セルファは、ちょうど真人の近くにいたカーネを指差した。
その口は何かをもぐもぐと食べており、とぼけた表情で愛くるしい視線を送っている。とはいえ……セルファはそんな視線にやられないほどに憤怒しているわけで。彼女は怒りを通り越して凍りつく笑みを浮かべ、カーネにじりじりと近づいていった。
「ほら、怖くない。怖くない。ダイジョウブ……」
怖がらせて逃げることを恐れているのか、ゆっくりと笑顔で近づいていくセルファ。
その背後には、悪魔が宿っているかのような黒い炎がゆらゆらと。
真人は思わず、「うわぁ……」と身を引いた。こっちまで巻き込まれてはたまらないとばかりに、こそこそと彼女から距離をとる。
カーネに一歩、二歩、三歩と近づき、そして――
「捕まえたぁっ! さぁ、ほら、返せっ! 私のお小遣い〜!」
セルファは、炎を宿した瞳でがんがんとカーネを上下にシェイクした。
目を回すカーネが痛々しい。うーむ、ご愁傷様だ、と真人は思って苦笑いしていた。
やがてカーネは暴れ回って何かを吐き出し、セルファの手から逃れると、そそくさと逃げていった。カーネの吐き出したのは……中身がすっからかんになったお財布。
「くそおおぉ〜! なんでじゃあぁぁ!」
思わず口調が鬼のように男臭くなったセルファは、牙をむき出しにしてガルルルと唸っていた。
触らぬ神にたたりなし。真人はセルファから逃げようと廊下に出たが――その前を駆け抜けていこうとするのは、とある一団だった。
「大量大量〜♪」
「よし、逃げるぞっ」
「カカカ、楽しいなぁっ!」
真人は、大量にカーネが詰め込まれている網を、サンタクロースよろしくばりに抱えた青年――夢安京太郎がその一団の先頭にいるのを見た。あれは、確か環菜が言っていたこの騒動の原因を作った張本人。
そんな夢安のプロフィールを思い出していた真人の前を、今度は風のように突っ切る者たち。
「待て夢安、大人しく捕まれ!」
樹月 刀真(きづき・とうま)は警告のために夢安の背中に叫ぶ。その後に続くは、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
「こらー! 待ちなさーい!」
美羽はマイクロミニのスカートを翻しながら、バーストダッシュを利用して駆け抜ける。
「これでもくらえっつの」
英禰は振り返り、刀真たちに向けて、家庭科室から盗んできたサラダ油を撒き散らした。まるでマキビシよろしくばりのオイル攻撃に、美羽や刀真、月夜は思わず滑りそうになる。
「すべるすべるすべる〜!?」
美羽は慌てた声を上げて、刀真は仕方なくオイルのかかっていない道を突き進んだ。
「くそっ、邪魔だこのサッカーボール猫っ!」
「あー!? 刀真酷い事したら駄目!」
刀真は、廊下に群がって通行の邪魔をする猫を蹴飛ばしながら突き進むが、それを快く思わない月夜が、横から弾丸を撃ち込んできた。
「とっ、危なっ! スカートで蹴ったら下着が見えるぞ、今日は黒っ……て撃つな撃つな!?」
「大丈夫、ゴム弾だから痛いだけ」
「痛くても駄目だっつのっ!!」
パートナーだというのに、容赦なく引き金を引く月夜。
高速で身体に叩き込まれるゴム弾の痛みは、まるで木刀で思い切り殴られているかのようだ。ボール猫を蹴っただけでこれなんて、割に合わない!
「あほんだらぁ! 今はそれどこじゃないだろっ! ほら、あいつが逃げちまう」
「……大丈夫、私に秘策アリ」
スッ――と月夜が取り出したのは、いつの間に拝借されていた刀真の財布であった。
紐をくくりつけてある財布を、投擲の如く狙いをつけて、投げる。ビュン、ビュン……! と、狙いに向けて鋭く飛んだ財布は、前方にいる夢安に見事に絡みついた。
「げっ、なんだこりゃっ!?」
スプリングの要領で夢安を縛り付ける紐(財布)。
それでも何とか逃げ切ろうとする夢安に容赦のない追撃を企てるのは、学園の爆弾娘である美羽だった。
「ここは蒼空学園のアイドル、美羽ちゃんにおまかせだよ! ――追いついたーっと!」
「……ぐへっ!?」
決め台詞もバッチリ決まったところで、美羽はお得意にジャンピングキックをお見舞いした。ミニスカの下に見える美脚がなんとも眩しい。
脳天に蹴りを叩き込まれた衝撃で、動きが止まった夢安のもとに、財布の金をかぎつけたカーネたちが一斉に群がってくる。
「あ、ばか、うおぉ……!」
「うん、流石、俺の財布……って財布!?」
刀真は自分の財布の偉大な仕事に感心するも、よくよく懐を見れば確かに自分の財布がない。
「……流石刀真の財布、ちゃんとお金が入ってる」
「さすがじゃねええぇ!」
慌てて、刀真はカーネに埋もれる夢安、もとい、愛しの財布を探した。
「やった、見つけ――って金がねえぇぇっ!?」
夢安に絡みついた財布の中身はすっからかん。それでもって、カーネはすでにもぐもぐとお金を食べつくそうとしていた。
カーネに押し潰されて憔悴している夢安の胸倉を掴み、刀真は悲痛に訴える。
「おい夢安! カーネを何とかする方法を教えろ、あるんだよな! 何とかする方法! あるって言ってくれ、頼む、言え!」
「う、うおおぉ、ゆ、揺らすなっ!? 痛い痛い痛い痛い!!」
がくがくと揺さぶられる夢安は、なんとか刀真を落ち着かせる。つかまれていた首もとは、窮屈から開放されて呼吸を求めた。
「げほっ、げほっ!」
「さぁ、どうすりゃ俺の金は戻ってくるんだ!」
「あー、そりゃあ、魔法で作った生物のことだから、元を断ったらいいんじゃないか?」
「ってことは、カーネのなる木か……」
刀真はカーネが生まれる元凶となった木のことを考えた。さて、だとすると。
「おい、夢安、カーネのなる木はどこに――――あれ?」
振り向くと、ついさきほどまでそこにいたはずの夢安がいない。
目にもとまらぬ速さで去っていった夢安の背中が廊下の先へと消えて、あとは駆け抜けた煙だけが残されていた。
な、なんつー速さだ。思わず感嘆と呆れが入り混じるほどである。
と、嫌な視線を感じて更にまた振り返ると、そこには怒りの表情の月夜と美羽。せっかく捕まえたのに、何を逃がしてるのよ。彼女たちの目はそう語っていた。
刀真は、なんとか苦笑いでその場をやり過ごすしかなかった。
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