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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション


断章三


・3days ――黒と銀――


 三日前。
「ノインに会ったのか!?」
 ヒラニプラの遺跡を出る際に、鈴木 周(すずき・しゅう)は刀真からの連絡を受けた。その内容は、無貌の仮面を被った人物が、刀真達の前に現れた事。
 その姿は、以前『研究所』で会った時よりも幼いように思えた事。
「刀真、さんきゅー! 急いで迎えに行くぜ!」
 こちらには案内人がいる。
 有機型機晶姫の一人、モーリオン・ナインだ。
「ついてきて」
 彼女に従い、彼とエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)、そして各々のパートナーであるレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)片倉 蒼(かたくら・そう)の四人は移動を始める。

 そこは、大荒野にある廃墟だった。
 外からは単なる瓦礫にしか見えない。しかし、中に足を踏み入れると、驚くべき光景が広がる。
「どうなってんだ、これ?」
 中は普通の住居として機能していた。家具の類は見当たらないが、埃一つ存在しない。
 一番目立つのは何らかの法則によって配置されたらしい魔法陣である。
「きっと、ノインさんの魔法じゃないかな」
 レミが言う。
 遺跡の本来の姿を誤魔化す事が出来るほどの魔力を持っていたノインだ、この程度の廃墟など造作もない事だろう。
「ちょっとまっててね」
 リオンが奥の部屋に行き、何かを取ってきた。
「こんなものしかないけど、はい」
 座布団のようなクッションであった。実際は岩にそう見えるよう術式が施されているだけかもしれないが、感触は本物と変わらない。
 それに座り、一息つく。
「あの時、助けてくれてありがとうございます」
 エメが改めてモーリオンに礼を言う。
 機甲化兵ウーノにやられそうな時、突如現れた彼女によって彼らは救われた。
「へへ、お礼なんていいよ」
 モーリオンは少し照れくさそうだ。
「それと……本当に、無事でよかったです。私達の事も覚えていたのですね?」
「うん!」
 モーリオンが元気よく答え、笑顔を浮かべる。
「忘れるわけないよ。おにいちゃんのおかげであたしはこうしていられるんだもん」
『研究所』が消滅する瞬間。
 突然苦しみだした彼女を抱きしめ、転送され気を失う瞬間も決して離さなかった。目が覚めた時にはモーリオンの姿はなかったが、彼女も無事に送り出されていたのだ。
「もう、身体は大丈夫ですか?」
 今度は蒼が尋ねる。
「もうへーきだよ!」
「あの時のように苦しむ事はありませんか?」
 エメが念のために確認する。
「だいじょーぶ!」
 彼女の様子からしても、以上はなさそうだった。
――いや、大きな変化があるではないか。
「リオンちゃん……って、その姿に対してう言うのもなんですね」
 何て呼んで欲しいか、彼女に問う。
 そう、今の彼女は『研究所』にいた十歳くらいの、金髪ゴスロリ少女ではない。黒いドレスを身に纏った、十八歳くらいの美女へと変貌を遂げているのだ。
「リオンでいいよ、おにいちゃん」
 元気に答えるモーリオン。見た目は成長したが、口調はまだ子供っぽいままである。
「しかし、あの後一体何があったんですか?」
 エメにはずっと気になっていた。なぜ彼女が急成長したのか。
 その質問をしたまさにその時である。
「あ、かえってきた!」
 室内に突如現れた人影。
 無貌の仮面と、肩より少し短いくらいまでの長さの銀髪。
「ノイン!」
 周がその人物に呼びかける。
 声は返ってこない。仮面を外す行為が、返事の代わりだった。
 そこにあったのは、無表情な少女の顔であった。人形のように整った造形と底の見えない漆黒の瞳は、以前より幼くなっていたとしても見紛う事はない。
『研究所』の守護者ノインその人である。
「いやー、心配したぜ。今までどーしてたんだ――ってかどうしたんだよその身体は?」
 彼が知るノインは、二十歳くらいの、銀の長髪をした美女だったはずだ。
 今の彼女は十三、四歳くらいに見える。
『見知った者達があの魔力炉の近くにいたが……ここを突き止めるとは』
「あたしが連れてきたんだよ、会いたいっていうから」
 モーリオンがこれまでの経緯を説明する。ノインは声を失っているため、思念での受け答えをしている。
『把握した。では、貴様の質問の答えだが――』
 表情一つ変えず、周を見据える。
『転送術式の発動直前、我が身体もあの場所から飛ばされた。貴様に腕を取られていたからな。あの時、我が魔力は完全に尽きようとしていた』
 ノインが続ける。
『転送の際、我が力が尽きれば正確な座標へ全員を送る事は不可能だった。システム制御下にあった全魔力を完全解放し、一度我は消滅した』
「じゃあ、どうして……」
『あの中にいた全員を送る代わりに、身体はそのまま分解された。だが、転送中だった事が幸いし、魔導力連動システムの魔力の残滓が再び身体を構成し、外へと放出された』
 彼女による転送術式の説明によれば、人も物も一度粒子化し、指定座標で復元されるということらしい。それが空間を跳躍して移動する原理のようだ。
『しかし、その魔力の総量では本来の身体を完全に復元する事は出来なかった。この姿はそのせいだ。言うなれば――我はバックアップだ』
 ノインである事に変わりないが、『研究所』の時とは違う。彼女はそう告げた。
 周はばつの悪そうな顔をした。
「あー、その、何だ。色々大変だったみたいだけど……助けてやれなくて悪かったな」
 その言葉に対し、意外な答えが返ってくる。
『あの時、貴様がこの手を取っていなければ、今頃は完全に消滅していた事だろう。それに……』
 そして、彼女が――口を開いた。
「声が出るようになった。これが『話す』という事なのだな。ありがとう、礼を言おう」
 彼女の見かけより少し大人びた、落ち着きのある澄んだ声だった。それまで聞いていた凛とした響きのある声は、彼女のイメージとしてのものだったのだろう。実際の声とは異なっている。
 彼女が魔導力連動システムを得る代償として失った物には他に、色覚と感情がある。声に抑揚がなく単調なのはそのせいだろう。
 だが、周に対しては好意的なようにも見える。声だけでなく、わずかであるが感情も戻りつつあるのではないか。
「いや、そうやって言われるとなぁ」
 守りきれなかった事を悔やんでいた周ではあったが、まさかの感謝の言葉、しかも本人の生の声で言われたとあって、嬉しくも戸惑う。
「でも、次こそはちゃんと護り抜いてみせるぜ。なんせ、まだ――」
「周くん!」
 そこへレミが割って入る。
「いや、別にナンパがまだだったとかそういうわけじゃ……ってせっかくの再会なんだから、分かった、分かったって!」
 もっとも、感情のないであろうノインにナンパが通じるかは甚だ疑問ではあるが。
「ああ、ノインさん、急にごめんね。でも、あたしもまた会えてよかったよ」
 ノインを気にしていたのは、何も周だけではない。周のパートナーであるレミも、おそらくは『研究所』最深部にいた顔ぶれはそうであろう。
 最初は絶大な力を持つ敵として立ちはだかったが、最後に助けてくれたのもまた彼女なのだ。
「ノインさんがその姿になったのは分かったけど、この四ヶ月間どうしてたの?」
 レミが尋ねる。
「外で最初に発見したのが、ナインだった。あの研究所の中にいたはずだが、なぜ転送されたのかは分からない。だが、あの地を護るのが使命であった以上、そこに収まっていた成果もまた護らねばならない」
 それで、彼女を連れ出したというのだ。
「だが、あの地が消滅した以上、ナインを護る事以外の役目は我にはない。それでも主なら何かしらの使命を与える事だろう。我は主を探す事にした」
 それから、二人の旅が始まったらしい。
「しかし、ナインに異変が起こった。失敗作である彼女は酷く不安定であり、いつ暴走しても不思議ではなかったのだ」
 ここで、途中で遮られてしまったモーリオンの話になる。
「暴走の状況次第では、やむを得ない手段に出る必要もあった。だが、彼女は――乗り越えた」
「どういう事ですか?」
「その姿を見ての通りだ」
 エメが一番知りたいのは、モーリオンが成長した原因だ。
「あたしにもよくわからないの。苦しくて、でも負けない、ぜったいに負けないって思ってたら、こうなってた」
 当の本人でも自分の変化に理解が追いついてないようだった。

――それには、ボクが答えるよ。

 部屋の奥にある扉から、一人の人物が現れた。
「あなたは――司城先生!」
 現在行方不明になっているPASDの責任者、司城 征であった。
「主よ、まだ安静にしていた方がいい」
 司城の顔や手には包帯が巻かれており、怪我をしている事が分かる。
「主!? では司城先生が」
「そう、ボクがジェネシス・ワーズワースだよ」
 臆面もなく答える。
「それについてはちゃんと話すよ。まずはモーリオン・ナインの事だけど……」
 説明を始める。
「彼女は体内の多くが生身、厳密には生体部品を使ってる。機械なのは体内の機晶石とエネルギーの循環系統と、翼周りだよ。他の五機精や有機型機晶姫は、身体の五〜六割が機械なんだ。これが、彼女と他との大きな違いかな」
 モーリオンは二割ほどらしい。
「彼女が成長出来たのは、まずそれが一つ。だけど、そもそも成長する事になったのは、彼女が自分の力を制御するために、身体を適応させるためだよ。元々の十歳の姿では、自分の持つ力をコントロール出来ず、その結果暴走してしまう。だけどモーリオンは、それを乗り越えて、自分の力を使うのに適した年齢にまで身体を急成長させた」
 ただ、どうしてそれが可能になったのかについては司城――ワーズワースにすら分からないようだった。
「どうしてそんな現象が起こったのか、それは分からない。だけどきっと――彼女に強い『想い』を抱かせる何かがあったんだろうね」
 それは一つの奇跡なのかもしれない。
 苦しむ自分を助けてもらった事により、今度は自分が苦しむ人を助けたい、純粋無垢な少女のそんな願いが、彼女を『失敗作』という烙印から解放したのだ。
 生みの親のワーズワースですら、予想だにしなかったのだろう。今の彼女は、もはやワーズワーズの創造物という概念さえも打ち破った、一人の超越者と言うべき存在だ。
「ありがとう」
 司城がエメと蒼に頭を下げる。
「キミ達がこの子を助けてくれたんだよね。きっと、それがきっかけになったんだと思う」
「礼には……及びません」
 そう答えるほかなかった。
「それじゃ、ここからはどうしてボクがワーズワースなのか、今五機精の彼女達を巡って何が起こってるのか、それを話そう」
 落ち着いて聞いてくれ、と四人を見遣る。

            * * *

 三日が経った。
 ノイン、モーリオン、司城のもとで四人は過ごした。
 三人と話すべき事は多かったのだ。
「話は大体分かりました。ですが、そんな事が……」
「信じ難いだろうけど、全部事実だよ」
 改めてこの三日間で司城から聞いた話を反芻する。
 リヴァルト失踪の報せが入ったのは、そんな時だ。
「リヴァルトはきっと、内海の『施設』に行くはずだよ。多分、『あの人』も」
 司城が立ち上がる。
「リヴァルトの奴……無茶してねーといいけどな」
「彼はボクを責めるだろうね。もちろん、許してもらおうとは思わない。十一年、罪滅ぼしのつもりで彼を育ててきたけど、それでも彼を利用していたのだから」
 ノイン、モーリオンも準備をする。
「座標確認、転送準備に入る」
 ノインが内海の施設に直接移動するため、術式を組む。
「今回は、きっと今まで一番危険だよ。本当にいいのかな?」
 司城が確認をする。
「ええ、どうか私達に守らせて下さい」
「リヴァルトもいるんだ、全てを知った以上、じっとなんてしてらんねーよ」
 それを聞いて、司城は静かに微笑みを浮かべた。

「転送、開始!」