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二星会合の祭り

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二星会合の祭り

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 星への捧げ物 
 
 
「ではそろそろ開始致しましょうか」
 夕刻になるのを見計らい、琴子が開始の合図をすると、七夕会場となっているホテルの中庭に、七夕の曲が流れた。
 静かに流れるその曲と、庭に立てられた笹飾りが、いかにも七夕らしく会場を彩る。
 乞巧奠を模して作られた星の座には茄子、ささげ、梨等の山海の産物が供えられ、奥に琴が飾られている。
 その前に、猩々緋の着物を着たクラーク 波音(くらーく・はのん)が進み出た。着物にはぽつぽつと散らされた撫子柄が品のある可愛さを醸し出している。
 出てくるまでは、着物を着た自分を大和なでしこみたいだとはしゃいでいた波音だったけれど、さすがに一番手とあって今は少し緊張した面持ちだ。
 波音に次いで出てきたのは、紫紺の着物を着たアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)。波音に宿の女将さんのようだと茶化された落ち着いた色の着物だけれど、花丸紋が華やぎを添えている。
 そして最後に登場したのは、鴇色に紫の葉の着物を着たララ・シュピリ(らら・しゅぴり)だった。葉に小さなてんとう虫の赤がアクセントになった着物を着たララは、2人と一緒なのが嬉しくてたまらないのか、にこにこと自然な笑顔を浮かべている。
 3人の出し物は、連作の歌。連歌とは少し違うけれど、関連する歌を順番に3人で詠んでいこうというのだ。
 一番手は波音。こちらを見ている客の向こうに見える七夕の笹に目をやると、みんなのハッピーな願いが叶うように、と元気いっぱいに詠みあげる。

    「七夕に
      そよぐ笹の葉
          願い事
        色とりどりの
            短冊に乗せ」

 それを受けてアンナは、頭上にかかる天の川を見上げた。七夕の願いごとは、天の川の星のように沢山あり、また星のようにそれぞれの異なる想いで瞬いている。文字は生き物……と一言一句をかみ締めるようにアンナは歌を詠む。
 
     「短冊に
        秘めた思いは
           天の川
       星の数だけ
          たなびいている」
 
 三番手はララ。七夕は織姫と彦星が1年ぶりに出逢える日。逢いたいという願いが叶った2人はきっと空から、みんなの願いも叶うようにと見守っていてくれるに違いない……そんな気持ちをこめて、地上と空と両方に届くように大きな声ではっきりと詠みあげる。
 
      「織姫と
         彦星さんも
           見てるよね
        叶うといいな
            みんなの願い」
 
 詠み終えて3人揃ってお辞儀をすると、会場から拍手が贈られた。
 披露して戻ってきた波音たちを、琴子が迎える。
「お客様にも分かりやすい歌で良かったと思いますわ。お疲れさま」
「んっふっふ〜、ちょっと緊張したけど楽しかったよっ」
「ララも頑張ったんだよ〜」
 ね、と顔を見合わせて笑う波音とララを、アンナが優しく見守った。
「次はボクだよね……間違えずに弾けるかな」
 演奏の為に琴がセッティングされてゆくのを眺めつつ、カレンが不安そうにうろうろと動き回る。
「間違っても構いませんのよ。ただ、1音1音を大切にして丁寧に弾いてくださいましね」
 それが演奏する楽器への礼儀だから、と琴子が言えば、ジュレールもカレンを励ます。
「今更じたばたしても仕方が無い。我もフォローする故、存分に弾くが良いぞ」
「う〜。そうだよねっ。ここはやっぱり度胸でいこう!」
 よしっとカレンが気合を入れた時、場が整ったとの合図があった。
 名前が呼ばれ、出を待つ拍手が起こる。
「行ってくるね」
 着物を着ているにしては元気良くカレンは歩き出し、ジュレールはその後について客の前に出た。
 演奏するのはカレンが琴、ジュレールが横笛だ。琴を前に大きく深呼吸すると、カレンは習いたての曲をゆっくりと爪弾き始めた。
 地球ではよく聞かれる星に願いをかける歌が、パラミタの七夕に流れる。その演奏はたどたどしく、時折弾き間違えることもあったけれど、それをジュレールの横笛が即興でフォローしてくれる。
 息をつめて演奏しているせいか、着慣れぬ着物の帯のせいか、弾いているうちにどんどん暑くなってきたけれど、それをこらえてカレンは、ここにいる全ての人の願いが叶うように、と懸命に演奏をした。
 訥々とした弾きぶりも、琴の音色ならば風情があるとも言える。笛の助けもあって、弾き終えたカレンがほっと顔を上げると、会場からは拍手が起こった。
 お疲れ様と迎える琴子の処に、カレンは元気に戻る。
「ただいまっ。難しかったけど楽しかったよ。ジュレもありがとね」
「はらはらもさせられたが、和楽器というのは良い音色だな。自然と心が和んでくるぞ」
 カレンとジュレールの感想に、琴子も顔をほころばせた。
 
 次の演奏は、上杉 菊(うえすぎ・きく)の琴と典韋 オ來の沖縄胡弓だ。
「典韋様、どうぞ宜しゅうに」
 菊に言われ、オ來は慌てたように手を振った。
「か、勘違いすんじゃねーぞ。別に、誰かの為とか、そういうんじゃないんだからな。あたしが久しぶりに聞きてぇってだけでよ」
 そんな動作はあらけなかったけれど、いざ客の前に出る段になると、オ來は普段の所作は隠し、優美な仕草を心がけた。
 胡弓を構えると、オ來はテンポの速い情熱的な曲目を演奏し始めた。
 武勇一辺倒では優秀な将にはなれない。多少文化人としての嗜みがあるくらいが丁度いい。そんな考えを持つオ來だから、演奏する様も堂に入っている。
 それが終わると今度は菊がしっとりと頭を下げ。
「わたくしの琴の音色は、父・信玄も大層気に入っておりました。それを皆様の前で披露できるのは、望外の喜びに御座います」
 そして、琴を前に菊は星に願いをかけた。
「織姫と彦星の伝承の様に、わたくしたちも今は離れ離れの身。叶うなら、わたくしを愛おしむ御方の下へ導き賜れ――」
 菊が弾くのは、オ來と逆にゆっくりとした情感的な曲。
 交互に何曲かを披露したオ來と菊が場を辞すと、入れ替わりに燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が登場した。着物は裾にかけて涼しげな水の流れを表した柄を配した涼を感じる薄藍だ。
 客の前に立つと、ザイエンデは教えられた通り、ゆっくりと一礼した。それを見守る神野 永太(じんの・えいた)の方が、ザイエンデより余程緊張した面持ちだ。
 ザイエンデに戦闘だけではなく普通の女の子らしい体験をさせたいと考えた永太が、祭りで詩歌を詠んでみないかと誘ったのが、この参加のきっかけだった。歌を知って変わり始めているザイエンデだからと勧めてみると、彼女は思いのほか乗り気になった。
 といっても、オリジナルを考えるのは永太には難しい。だから、日本古来の歌をネットで検索し、七夕にふさわしい歌を選ぶことにした……のだが。
 当然と言うべきか、七夕の歌には恋歌が多い。恋、というものを理解しているとは思えないザイエンデが、ただそれを文字のままに詠むのでは、聴く人々に伝えられるものはないだろう。だから……と永太は気恥ずかしいのを我慢して、ザイエンデにその歌の意味、そしてそれがどういう想いなのかを出来る限り説明したのだった。
 それがどのくらいザイエンデの中で理解され、解釈されたのか。それはこの先の披露に表れることだろう。
 見守る永太の視線の先で、ザイエンデは少しの間目を閉じて呼吸を整えた。
 脳裏に、永太から教えてもらった歌の意をしっかりと描きながら、詠みあげる。

「万葉集 巻二十 大伴家持――。
  『 初尾花 花に見むとし 天の川
      へなりにけらし 年の緒長く 』」
  (初咲きの尾花ではないが、毎年初花のように新鮮な気持ちで逢おうと、
    私たちは天の川を隔てて過ごしてきたらしい、長の年月)

 2首目に選んだのも同じく万葉集から。七夕の歌に限らず、万葉集には恋歌が多い。それだけ、今も昔も人は恋に悩み、恋に迷い、恋に喜びを感じるのだろう。

「万葉集 巻八 山上憶良――。
  『 天の川 いと川波は 立たねども
     さもらひかたし 近きこの瀬を 』
  (天の川の波はそれほど立ってはいないけれど、逢えるかどうか、いてもたってもいられないのです。
    こんなに近い瀬なのに)

 ザイエンデが歌うようにのびやかに詠み終えると、おおという声と共に拍手が沸き起こった。日本の古き時代に詠まれた歌の意味を解した人がどのくらいいるのかは分からないが、そこにこめようとした気持ちの幾らかは、聴く人々に届いたのだろう。
 控えの場所にザイエンデが戻ってくると、琴子はお疲れ様でしたと柔らかく微笑んだ。
「皆さまのおかげで七夕の気分も盛り上がったことでしょう。ではそろそろ、一般の皆さまにも参加していただける催し物を始めましょうか」
 和楽器と詩歌を楽しんだ後は、短冊を書いたり流しそうめんを食べたりの、誰でも参加できる七夕の始まりだ。
 琴子が簡単にアナウンスを入れると、七夕気分の高まったホテルの客や、浴衣を着た生徒たちが待ちかねたように動き出した。