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ネコミミ師匠とお弟子さん(第3回/全3回)

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ネコミミ師匠とお弟子さん(第3回/全3回)

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3章:ネコミミダンディズム


 肉球陣営では、監督のゴビニャーがマネージャーのジュリエットたちと試合前の準備を進めていた。彼女達は並木の試験の内容を聞き、パートナーが無事に写真にうつれるよう試合は控えるようだ。
「ジュスティーヌさん、そっちの荷物は持ちますにゃ」
「あら。ありがとうございます、監督さん。……お姉さまもずいぶん丸くなったものですわ」
 こちらでは主にユニフォームの破れを直したり、道具の手入れを担当している。ジュリエットは大きな虫眼鏡で差し入れに毒が入っていないかを鑑定しているようだが……それで分かるのか!?


「テント張りとかは力仕事だし、俺たちがやらないとな」
 向こうでは和原 樹(なぎはら・いつき)フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)がテント張りをしている。最初はジュリエットたちがやっていたのだが、瞑須暴瑠を観戦しにきた樹たちが手伝ってくれたのだ。
「瞑須暴瑠か……。何が起こるか分からんのが面白いといえば面白いが、試合の度に選手が潰れるので定期開催は難しい競技だと聞く。……大丈夫なのか?」
「なんかルールとか結構すごいらしいけど。まぁ、パラ実だから」
 ハニーブラウンの髪をくるくるといじりながら、フォルクスは選手の練習風景をちらりと見た。どうも、肉球側の方が殺る気満々に見えるのだが……。
「これも野球……? 本に載っていたのとだいぶ違うのね」
 釘バットを拾いながら首をかしげるショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)。重いものは兄さんたちがやってくれたため、観戦席をアンドレ、湖畔、セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)と整えていた。
「ボク、マネジの仕事もちゃんとやるよ! ……でも、お嬢ちゃんのお弁当、美味しそうだね」
 湖畔が気にしているのは、ショコラッテが作ってきたお弁当のにおいである。梅おにぎり、から揚げ、海老フライ。さらには野菜たっぷりのサンドイッチまで! 
「観戦しながらつまめるものを中心にしたの。……樹兄さんたちの分があれば、ちょっとなら食べていい」
「やったじゃん!! いただきますじゃん!!」
 ショコラッテの許可が出ると、湖畔より先にアンドレが飛びついてきた。パラ実式野球に参加できず拍子ぬけしていたため、ご馳走には人より貪欲なようだ。口もとに飯粒をつけながら梅おにぎりをほおばっている。
「アンドレ、湖畔。ご厚意に甘えるのはほどほどにしなくてはいけませんわ。もう……聞いていますの?」
 弱弱しく注意をするジュスティーヌに対し、セーフェルは境遇の近さを感じたようだ。他人が苦手なため積極的に話しかけるのは難しいが、氷術で冷やした飲み物を控えめにすすめた。
「これ、いただいてよろしいですの?」
「マスターは日差しに弱いですから……。本人の自覚が少し乏しいようなので、私たちが気をつけておかないと」
「くすっ。私たちのお姉さまは儚げとはほど遠い人ですの」
 ジュスティーヌはセーフェルから飲み物をもらった。……後で、この方たちに何かお返しを差し上げなければ。
 暇があればゴビニャーの肉球をぷにぷにしているジュリエットを見て、深くため息をつくのであった。
 
「ゴビニャー先生……いえ、監督。いよいよですわね」
「相変わらず毛並みがいいですね!」
「ふかふかじゃん!」
 ジュリエット、アンドレ、湖畔にもみくちゃにされながら、ゴビニャーは老眼鏡をかけてルールブックを確認していた。観戦席は樹たちのおかげで立派に整い、救護班の準備も問題ない。
「あ、暑いですにゃ……」
 ふかふかの毛並みの姿の方が可愛いと言われ、頑張ってはいるものの……夏バテ気味のゴビニャーだった。うぐいす嬢の桐生 ひな(きりゅう・ひな)が試合がそろそろ始まる旨を伝えている。さあ、グラウンドに集合だ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

【2回裏 0−0】

 試合が始まり、1回は表・裏とも慎重に過ぎて行った。現在は2回裏でひなが拡声器でバッターや交代のコールを読み上げていることこだ。
<1番、ピッチャー、ナガン。善人フラグゲッター>
<6番、ショート、椿。のぞき忍者放浪中>
<8番、センター、桐生。脅威のAAA>
 野球に馴染みのない人のために説明すると、打順とポジションでは別々の番号が割り振られるのが一般的だ。たとえば、6番・ショートというのは6番目にバットを振る順番が来て、ショート(遊撃手とも言われ、2塁と3塁あたりを守る)を守備する人、という意味だ。守備にはそれぞれピッチャーなら1、レフトなら7と専用番号があるのだが、今回の瞑須暴瑠でそういった細かいことは気にしないでほしい。事前に配られたメンバー表で1の場所に控え、中継などとあるのは1がピッチャーを示す番号だからだが、そんなことより試合しようぜ!! とりあえずナガンさんがボールを投げる番です。


 円は言った。
「奴らに104対103で負けたからさ、極めれると思ったら極めて、折れると思ったら躊躇なく折る必要があると思うんだ」
 去年、人質を取るという暴挙に出た彼女はセンターで鍛えに鍛えた俊足を披露している。1回裏では送りバント狙いだったものの、ナガンの渋い投球に抑え込まれていた。オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)はゴビニャーとコミュニケーションを取ろうとうきうきしていたが、アルメリアにガードされてまだ手が出せないでいる。
「ううっ。野球のルールよね、解ってるわー。必殺魔級と必殺魔法及び必殺守備能力の応酬よねぇー。漫画で読んだわ〜」
 円の番になったので、オリヴィアは彼女の打順を見守ることにした。
「ナガン……!!」
「フフフリ」
 特性のロジンバッグで5色の魔球を打ち出す準備をするナガン。先ほども同じ技で1アウトを取られていた。封印解凍で打ち出される魔球、2投目は闇術だった。景色に紛れたボールをバントしようとするが、2アウト。
「待て、お前に見せたいものがある!!」
「なんだァ?」
 円がすっと手を挙げると、自称タイタンズ2軍の湯島 茜(ゆしま・あかね)エミリー・グラフトン(えみりー・ぐらふとん)が両手足を拘束されてマウンドに転がされた。
「ほ、本来は試合前にタイタンズ2軍が出て戦うと聞いたので……」
「……ひどいであります」
 この2人、伝統を引き継ぐために2軍をひきつれて殴り込みに行って返り討ちにあったのだ。諸先輩方の引き立て役になろうという、心優しい気持ちが仇になってしまった。
「あっはっは! 愉快愉快、善人のナガンやタイタンズでは出来ない作戦だよね。これ以降、面倒な球でも投げてごらんよ。生爪を1枚1枚、丁寧にはがして差し上げるよ」
 それを聞いた和希はぐっと腕に力を入れた。『卑怯なことや暴力はダメだぜ』それは常日頃からパラ実性に言い聞かせている言葉だ……。だが、こいつはいくらなんでもあんまりってもんじゃないか!?


 絶望に打ちひしがれるタイタンズ……。
 その時、沈黙を破る若い獣の咆哮が球場にこだました。


「誰が呼んだか大東京ミミニャー! 美人の猫さんの望みを断りながら、未成年とイチャつく55歳に個人的な鉄拳を下しに参った!」
 あれはどう見てもサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)!! 半獣化にユニフォーム、お面を合せたその姿はまさにサクラコ・カーディー!!
「おーっと、手がすべったぁぁぁぁ!!!!!!」
 もう彼女が何をしたいのかさっぱり分からない。転んだふりをして大地が凹むほど踏みしめると、大きく振りかぶってゴビニャーめがけて時速160キロのストレートを投げた。他人のふりをしている白砂 司(しらすな・つかさ)はそんな姉の様子を内心ハラハラと見守っている。
「……チャンスでござる! ひゃっはぁぁぁでござるー!!」
 薫は茜とエミリーのもとへ急ぐと、ピッキングを応用して手足の拘束を外してやった。普段は控えめな薫だが、今日はパラ実生として殺る気満々!! 根がまじめだから武器とか忘れて保健体育の教科書しか持ってないけど、いや、数学の教科書もあるけど!!
「円殿は言ったでござる……。スポーツマンシップとは手加減をしないことだと!! それなら自分は紳士でござるゆえ、全力でお相手するでござるよ……っ」
「加勢するよ。勝っても負けても、暴れたり暴れられたりすればOKなんでねぇ……」
 ライトを守備していた菊は、スパイクシューズにユニフォーム、褌と一般的な野球の格好をしていた。たまたま、本当に偶然木刀を所持していたためそれを片手に殴り込みに行く。


「「ヒャッハー!!!!」」


 とりあえず殴りやすい雰囲気の巽、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)あたりを狙うことにした。肉球軍団は血の気が多い割に女の子が多くてやりづれぇ!! 変熊は両手を広げて、いつでも受け入れる体制を整えていたが当然無視された。
「もう、こうなったら直談判です!!」
 ゴビニャーにすべての球をたたき落とされたサクラコは、菊の力を借りて本陣まで直接殴りに向かっていた。菊の煙幕ファンデーションにより単身での殴り込みでもゴビニャーの元までたどり着けそうだ……。
 いた!!
「やれやれ、元気なお嬢さんですにゃ」
「ふっふっふ、先日は不覚を取りましたが、これだけ近けりゃ逃げられませんよっ!」
 至近距離での変装解除にも、目よりにおいに頼るゴビニャーは動じない。いや、申し訳ないがあれだけ派手だと変装の意味がない! 気づけ、サクラコ! 設定に無理がある!
「円君の件は監督の責任……。お望みどおり、肉球拳法の極意をお見せするですにゃ!!!」


 その時、虎猫の獣人はつぶらな瞳をカッと見開いた。
 超感覚でサクラコと目線が合う高さに跳躍すると、手首のスナップを利かせて光の速さで強烈な平手打ちをお見舞いした。これが肉球拳法のオリジナル技第2、猫ビンタである。耳の鼓膜に衝撃を与え、相手を戦闘不能にするゴビニャーとっておきの技だった。


「ミーがルールブックヨ!!」
 茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)のパートナー、キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が丸い体を揺らしてぷんぷんと大声をあげている。
「……これ、受け取ってくれ。あたしらからのほんの気もちさ」
 朔とメンチを切り合っていた菊は、青ちまき赤ちまき黄ちまきをそっとキャンディスの手に握らせた。高価ではないが……貴重な品ではある。
「世の中、セイイが大事ネ! まったく、不景気でイヤンナッチャウ!」


「まだ暴れ足りないでござるよ〜!!! ……ぐー」
「スキルを使うのは瞑須暴瑠の試合中だけにしろ。乱闘でスキルを使って誰に功を誇るんだ」
 雷術でエヴァルトと乱闘中だった薫は、武尊にヒプノシスで強引に眠らされてしまった。小柄な薫を担ぐとマウンドを横切ってナガンと拳をガツンとぶつけ合う。
「はんっ、いい人の集まりは言うことが違うねぇ」
 円はやれやれ、とバットに寄りかかって事の一部始終を傍観していた。ナガンはにやにやとチェシャ猫のように笑い続けて、通り過ぎようとする武尊に待ったをかける。
「なんだよナガン。ボクに文句でもあるって訳?」
「イイヤァ? それより、この粉見おぼえないかァ?」
 ナガンが持ち上げたロジンバッグ、円と武尊が目を凝らすと……見慣れた自称小麦粉のロゴが!! キャッチャーの久は事前に聞いていたらしく、薄手のマスクをつけている。効果が出るまで時間を稼いでいたらしい。
「は、謀ったなぁ!!!! ナガァァァン!!!!」
 バットから重心を戻し一歩を踏み出そうとするが、ゼリーの上を歩いているかのような感覚にずしゃりと崩れ落ちる円。武尊は心得たとばかりに円に近寄り、ガシリと小さな頭をつかんだ。

「……悪い子には、お仕置きだ。いい夢見ろよ」
「放せェ!! ヤ、ヤメロオオオオオ!!!!!!!!!!!!!」
「やァやァ、楽しい思い出になる写真をとろうナァ。ハイー、チーズ☆」
 
 その身を蝕む妄執。
 少女の甲高い絹を裂くような悲鳴は、蛮族の雄たけびの中にかき消されて行った。容赦なく降り注ぐ日の光……まだ試合は2回裏、両チームともに得点は無し。