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【サルヴィン川花火大会】東西シャンバラ花火戦争!?

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【サルヴィン川花火大会】東西シャンバラ花火戦争!?
【サルヴィン川花火大会】東西シャンバラ花火戦争!? 【サルヴィン川花火大会】東西シャンバラ花火戦争!?

リアクション

 日没の時刻になった。日輪がいまだその炎の残滓を地平線の向こうに残しているが、筒先を並べてその時を待つロケット花火たちのそばに点火用の篝火が用意され、会場は完全に夜になるのを今か今かと待ち構えていた。
 日の残るうちに、カップル達が集められ、中洲へと運ばれる。
 その間にカップルたちに渡されたカプセルは待機状態に入り、時間になれば光に反応を示してエラーを叫ぶ。
 大会本部のほうでそのビーコンは管理されていて、ごまかしの効かないシステムになっているのだ。

 鬼院 尋人(きいん・ひろと)はパートナーの西条 霧神(さいじょう・きりがみ)呀 雷號(が・らいごう)を呼び、手を繋がせてこう言った。
 ちょっともったいをつけて、『実はこのイベントは…』と切り出す内容はとても深刻だ。
「東西のシャンバラの今後を決める、重大な闘いなんだ。それぞれの民を戦わせ、東西シャンバラ同士憎しみ合わせようという恐ろしい計画だという。霧神と雷號にはその内部に潜入して、力を合わせてできるだけカップルを守ってやって欲しいんだ…」
 霧神は、真実かはともかくとりあえずそれにノった。雷號のほうはどこまで真剣に受け止めているのかはわからないが、尋人の言うとおりにするようだ。
「さすが尋人です、何事にも隠された裏の意図があるのですよね、おそろしい…」
「…薔薇の学舍の学生が考えることは、よくわからないな」
「オレは東側の川岸で、イベントを超えるような危険な行為をする者がいないか様子を伺っている。霧神や雷號の方に攻撃が行かないようなんとかしてみるよ。いってらっしゃい、仲良くね」
 そうやって送り出され、中洲に行って見れば、周りがカップルだらけなため、霧神はとりあえずそれっぽく「きゃー」などと言ってはみたが、すぐにやめた。
「………勘弁してくれ」
 とかく雷號の眼差しが痛いのだ。
「なぜお前などと」
「そう言われても、命令だからな、尋人が見ている」
 二人の視力は、川岸でこっちを見ている尋人を捕らえていた。二人はひとまず仲良いふりをした。
 その後尋人は、見回りに行ってしまったのか人ごみにまぎれて見えなくなる。
「…いつのもようにすばやく動けないというのは、やりにくいな」
「そちらも私の足を引っ張って欲しくはないな」
 霧神は雷號をひやりと睨んで、ロケット花火戦争の開始を待った。

「やってるなあ、これでほんとに仲良くなってくれるといいんだけど。さて、屋台で何食べようかなー」
 尋人は彼らに伝えた役目などどこ吹く風で、屋台のひやかしに行ってしまった。
「オレも、誘いたい人はいたけど無理だったからね。せっかくだから皆で花火を楽しみたかったんだ、許してね」
 試練をクリアしたあとに見る花火は、きっと格別だと思うのだ。

 ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)は中州で志位 大地(しい・だいち)と共に勢い込んでいる。しっかりと互いの手を繋ぎ、カプセルを握り締めて互いの意思を確認している。
 真剣な彼女のまなざしに、大地はとろりと蕩けそうな気分だ。このままぎゅっと抱きしめてしまいたい…キスしてしまえたら、どんなにいいだろう…
 生成りのシフォンワンピがふんわりと彼女を包み、すんなりした足をスキニージーンズが包む。ヒールのないグラディエーターサンダルが中洲の石をしっかり踏みしめるが、どうか転ばないで。
 編みこみのストールがゆれ、ティエルの艶めく唇が言葉を紡ぐ。
「大地さん、がんばって生き延びましょうね!」
「はい! 命に代えてもティエルさんを守りますから!」
 ティエルは、多分お互いのことを真剣に考えていたのだろう、離れたくないという思いが確かにあるのだろう。
 (正確には『手を離してはいけない』というルールが頭にあるだけなのだが)
「これで、きっと大丈夫ですっ!」
 そうして取り出したものが、瞬間接着剤である。
 それを二人の手のひらにべったりとつけ(チューブ全部絞った!)ティエルのほうから大地の手のひらをぎゅっと握った。
 一瞬ひやりとした手の感触に、大地は夢見心地から少し覚めた。
「そそ、それは接着剤ですか!?」
「こうすれば離れることはありませんから! ねっ?」
 大地はくらくらとめまいがした。ちょっと力をこめれば壊れてしまいそうなほど華奢な彼女が、何一つ傷ついて欲しくないと思っている大事な人が(そのせいで大地はいろいろな意味で強く出ることができなかったけれど)、今彼女の方から力いっぱい自分の手を握り、身を寄せてくれているのだ。
 多分めまいは、接着剤の揮発成分のせいではないだろう、きっと。

 シーラ・カンス(しーら・かんす)は二人の様子をカップル達の影からこっそりと眺め、あらあらあらと見守っている。メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)と組んで、中州で彼らを守ろうと潜入していた。
「接着剤まで出してきちゃって、ほんとにラブラブねぇ…」
 きゃっ、と光条兵器の大戦斧(注:ほんとにでかい)を片手でかわいらしく軽々ブンまわし、二人の微笑ましさに身もだえしている。
「そこまで考えた努力は、認めますわ」
 青い鳥は着せられたベルフラドレスとマントを指先でなんとなくいじっている。表面上はなんともないようだが、どうやらこの格好が気になっているらしい。
「さあ、千雨ちゃん、行きますわよぅ」
 しかし、光条兵器だから可能とはわかってはいるが、たおやかな女性の片手で軽々巨大な戦斧を振り回されるというのは、なかなかに視覚の暴力である。

 ウィルネスト著 『学期末レポート』(うぃるねすとちょ・がっきまつれぽーと)は、大地とティエルの様子を川岸から観察していた。
「あーあ…ほんとにあいつ、接着剤出しちまったな…。ここで俺様の懐にあるこの最終兵器が火を噴くぜ?」
 焼きそばを啜りながら、レポートはニヤニヤと笑う。ティエルが瞬間接着剤をもって出かけたのを見て、とりあえずアセトンのビンを掴んで追いかけてきたのだ。これがあれば瞬間接着剤など屁でもないが、なければ大地は確実に困窮すること間違いない。
「さて、大地からいくらせしめられるかなー」
 まあその前に、次はあのカキ氷の屋台で何味を食うかである。

「ねーちゃん、かき氷全部味!」
「え? 全部いっぺんに頼む、とかじゃなさそうだね?」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は一瞬ぽかんとして、氷をかく手を止めて、飛び込んできたレポートの言い分を咀嚼している。
 並べたシロップの瓶を全部指さして、一つにまとめるジェスチャーで確認をしてみた。
「ああ、全部コミコミチャンポン!」
「うーん、うちはそういうのはやっていないんだよ、せっかくだからちゃんと味わってもらいたいからねえ」
 シロップは果汁から絞って作っているのだ、かき氷は必然的に大味になっていくから、そこを妥協せずに屋台を出している。
「そうか、無茶を言って悪かった」
 そのかわり大盛りにしてもらったのでウィルのレポートは上機嫌だ。

 和原 樹(なぎはら・いつき)は中洲をうらやましそうに見つめながら川岸を歩いている。フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)はその様子を眺めながら半ば監視状態だ。
「中洲、楽しそうなのになあ」
「それは許さんぞ。あちらはカップルさん御用達だ」
「別にカップルだけじゃないと思うけど…うん、わかったよ、わかったって」
 それならばとセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)と二人で行こうとしたが、それこそ本気でセーフェルに抵抗されたのだ。中洲が一番眺めがよさそうなのに残念だ。
 躍起になって止めにかかられて、彼はちょっとふてている。大事に思ってもらっているのはわかるが、過保護すぎて時々うんざりしてしまう。
「そんなに中州に行きたかったなら、その真似事だけでもしてみるか」
「あ…」
 フォルクスがぐいと樹の手を握り、足並みをそろえる。
「では行くぞ」
 セーフェルは、後ろから二人を眺めながら歩いていた。気をきかせて距離を置きたいが、それはそれではぐれて迷子もいやなのだ。
「どうみても、あなたたちカップルですよねえ…」
 二人はそのまま、近くのかき氷屋に立ち寄る。
「天然果汁のシロップだって、何味にしようかな」
「あんたたちカップルだね!? そういう人には大サービスさ!」
 店主のミルディアはカップに山盛り氷をかいている、よく見ればカップはまるいハートの形をしている。
 ミルディアはセーフェルにも視線をやった。
「あんたはカップル…じゃなさそうだけど、がんばんな。いい人見つかるよ! プチサービスしてあげるからさ」
 こっちはふつうのカップだが、ちょっと多めに氷を入れてもらった。
「あー…いいなー、彼氏かー…」
 ミルディアの呟きに、しかしセーフェルは曖昧な微笑みで答えるほかはなかった。
「カップルに見られちゃったけど、ラッキーだったね」
 樹は上機嫌だが、その鈍さにフォルクスは苦い顔だ。
 その時、時間になったようで、ロケットのそばにある篝火に火が入れられた。
「花火が始まったよ」
 サルヴィン川の両岸がにわかに沸き立ち、夜空がたちまち火に焼かれた。
「樹。飛び交う火花に魅せられるのも分からなくはないが…我はお前と川辺で穏やかな時間を過ごす方が好みだ」
「うん…ありがとう」
 それにあのような儀式に参加せずとも、自分と樹は永遠に結ばれると決まっているのである。
 フォルクスは再び樹と手を繋ぎなおした。

「来るよ!」
 いくらかは対岸へまっすぐに流れるものの、大量のロケット花火が夜空を引き裂いて中洲へと飛来する。
 面白がっているのか、嫌がらせか、それとも妬みであるのかはわからないが、それらは全て自分達や、愛し合うものたちをを裂こうとする障害なのだ。
 芦原 郁乃(あはら・いくの)は愛するパートナーである秋月 桃花(あきづき・とうか)に声を張り上げた。
 桃花は左手に女王のバックラーを、右手に郁乃の手を握り、郁乃は左手に桃花の手を握り、右手に栄光の刀を構えている。
 早速ロケットの襲撃をバックラーで叩き落し、栄光の刀が立ちのぼる煙を切り裂いた。
「こんなもの!」
―これしきのロケット花火では、私達のつながりを絶つことなどできない!
 ふたりはそう確信した。郁乃の超感覚はロケットの存在だけでなく、桃花の息遣いまでも克明に感じ取り、桃花は汗で滑る予感のする手をさらに強く握りなおし、互いの鼓動を全身で聞き取っていた。
 そんな彼女たちにロケット花火は容赦なく振りくだり、いくつかが避けられずに郁乃の足元に着弾、たまらずに姿勢を崩し、相方を巻き込んで中州に倒れこんでしまった。
「郁乃様! 危ない…」
 とっさにディフェンスシフトで覆いかぶさるように身を乗り出し、庇ったひとが目を見開くのを安心させるように笑い返す。
「桃花、だめよどいて!」
 郁乃は肩越しに飛来するロケットをみとめ、必死で桃花を押しのけようとしても、華奢なくせに抱きこまれてびくともしない。
 ロケットがぶつかる、そう思ってぎゅっと目をつぶってしまった時だ。
 リターニングダガーがロケットを撃ち落し、氷術が壁のように展開した。
「大丈夫ですか? お嬢さん方」
「大事ないか、お二方」
 男性二人が彼女達を庇ってくれたのだ。霧神と雷號のコンビである。
「ありがとうございます!」
「貴方達も、がんばってくださいね」
 お礼を言われて悪い気はしないが、やっぱり勘違いをされているな、と彼らは思った。
 霧神は、少し八つ当たりのように雷號に釘を刺す。
「尋人の第一アシスタントは私ですからね。でもまあ、たまにはこういうのもいいかもしれませんね。表彰してもらえたら、尋人も喜ぶでしょうし」
 氷にぶつかったロケットが、火花を散らして落ちていく。ダガーにはねつけられた花火が、はじけるように軌道を変える。
 危険物が降り注ぐ中、、雷號はぼそりと呟いた。
「火は好きではないのだが、花火というものは美しいものだな。こういうときに花火を称える掛け声があると聞いたのだが…」
「ああ、それは」
 そしておもむろに『た〜まや〜』と叫びだす雷號がいたとかいなかったとか。

「助けていただいたし、気を取り直していきましょう」
 力強く立ち上がった郁乃達は、今度こそ息を合わせてロケット花火をかわし、撃墜していった。
 背中合わせにくるくると位置を入れ替え、時に片方を抱きしめるようにして、まるでダンスホールにいるように二人は誇りかに踊り、艶やかに戦った。

「さあ、行きますか」
「ええ、付き合っていただいてありがとうございます」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)はそれぞれ地獄の天使とヴァルキリーの翼で中洲を飛び立った。
 ロケットが本格的に投入される前に高度を稼ぎ、しっかりと互いの手を繋いで互いの存在に飛行と推進を安定させる。
 時々ひやりと彼らの翼にロケットが掠めるが、遙遠が片割れの手を強く引き、抱きしめて飛行を肩代わりし、さらに高度をとることで回避して、二人は存分に空中散歩を楽しむことができた。
「何があっても、遥遠を離したりはしませんから、ね」
「遥遠も、あなたを離したりなんてしませんよ」
 彼女が腕の中で肩越しに空を見て、三日月が綺麗です、花火を見に来たのにね、と笑うものだから、遙遠はそのままくるりと身体を回転させて、自分も月を見ることにした。
「ふふっ、綺麗でしょう?」
 少し高度が落ち、互いに惜しみながら遙遠は抱擁を解いた。高度を取り戻してまたゆったりと中洲を睥睨する。時折ぱしぱしと光が強まるのは、中州で叩き落されたりぶつかり合ったりなどして、ロケットの慣性で火薬がブレークアップするためだ。
「ほら遥遠、すごいですよ…」
 眼下で飛び交うロケットはひゅうひゅうと喘ぎながら、ただエネルギーを費やしてまっすぐに飛ぼうとするだけだ。
 ロケット自身に罪はない、その筒先をどこに向けられようが、ロケット自身にはどうすることもできない、点火されればただちにそのように疾駆する、光の駆動体なのだ。
「空というのはやっぱり素敵ですね…。
 こうして遙遠と一緒に過せる素敵な場所と、花火によるこんなに綺麗な光景をプレゼントしてくれるのですから…」
 そしてそこに感じる一抹の寂しさを、二人で共有できるとは…

「もう少し高度を上げましょうか、体力は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
 その後二人のフライトは、二人の体力が尽きるまで続き、誰に邪魔されることもなく川岸のはずれに降り立ち、静かにその手を解いて棄権した。
 もし空を行く彼らをはっきりと認識できたものがいたとすれば、その姿は星空を行き、月をくぐろうとするつがいの鳥と映ったことだろう。