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今年最後の夏祭り。

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今年最後の夏祭り。
今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。

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第三章 それぞれに夜は訪れ。? 〜素敵な言葉〜


 イエス・キリスト(いえす・きりすと)ことヨシュアに、夏祭りに行こうと誘われたのは昨日のこと。
 なんだかひどく思いつめたように、挙動不審で噛み噛みで、見ていてとても可愛いヨシュアに誘われて、綾瀬 悠里(あやせ・ゆうり)は即座に頷いた。
 そして、今日。待ち合わせ場所。
 いつもなら待ち合わせ時間より早く来ている彼女が、待ち合わせ時間を過ぎても来ないことに、悠里は不安を覚えていた。不安と言うより、心配か。
 大丈夫だろうか。事故や事件に巻き込まれてはいないか。迎えに行こうか。
 悩んで、ケータイを見て、かけてみようか。そう決心したとき、走ってくるヨシュアの姿を見た。
 藤色の浴衣に身を包み、普段は降ろしている長い髪を綺麗に纏め上げて。
 必死で走ってくる、可愛いヨシュア。
 目を奪われて、ぼうっとしてしまう。
 はっと我に返ったのは、ヨシュアに袖を引かれてからだ。
「あ、あの? 悠里さん……、怒っています? 待たせてしまったから……」
「え、あっ? あ、いや、今来たところだから。全然待ってもいないし、怒ってもいないよ。
 ……ところでその浴衣……」
「変、かな? こういう場だし、おめかし、してみようかなって思ったんだけど……」
「いや、すごく似合っていて、綺麗だなって……」
 言った瞬間、ヨシュアの顔が赤くなる。
 つられて悠里も顔を赤くして、二人の間に落ちる沈黙。
「悠里さん。……ありがとう」
「いや、えっと。こちらこそ、おめかししてきてくれて。嬉しい。
 ……行こうか」
 言って、手を差し伸べた。その手をヨシュアが取って、歩きだす。
 出迎える、祭り囃子の心地よい喧騒。
 歩きまわって、食べて笑って楽しんで。
 時間があっという間に過ぎていく。
「……あ」
 ヨシュアが何かを呟いて、足を止めた。
 一緒になって止まって、悠里はヨシュアの視線を追う。その先には、紅の瞳をした黒猫の人形。
「射的、か」
「悠里さん。挑戦してもいい?」
「どうぞ」
 一歩引いて、待つ。真剣な顔をしたヨシュアが、人形を狙う。
 一発目。外れ。二発目。外れ。
 外していって、最後に当たった。……と、思って浮かれたのも一瞬で、
「落としきらなきゃ賞品はあげられないよ」
 と店主に言われてしまって、ヨシュアが肩を落とす。
「……だめでした」
 残念そうなその声に、半ば反射的に射的の銃を取る。そして、当てていく。
 当たってもなかなか落ちないその人形に苦戦しつつも、なんとか落とすことができて、安堵。
「やるじゃないか、兄ちゃん」
「ありがとう。……ほら、ヨシュア」
 店主から受け取った人形をそのままヨシュアに手渡して。
 ヨシュアの笑顔が見れたから、それだけで嬉しい。

 楽しい時間はあっと言う間だ。
 帰ろう、ということになって、道を歩く。その道で、ヨシュアが躓いた。
「大丈夫か?」
「平気、……っ」
 差し伸べた手を取って、立ち上がろうとしたヨシュアの顔が苦痛に歪む。足を見ると、捻挫しているようだった。
 仕方ないかな、と呟いて、悠里はヨシュアを抱き上げる。いわゆる、お姫様抱っこで。
「ゆ、悠里さん!? あの、恥ずかしい……」
「いやだった? ごめん、でも、足くじいているみたいだから。我慢して」
「で、でも、私重いでしょう?」
「それは平気。だから大人しくしていてね」
「……はい」
 遅くなった歩み。遠のく祭りの音。
 聞こえるのは虫の声、一人分の足音。
「……自分は」
「?」
「祭りに、行ったことがなくて」
「えっ……」
「今まで、行ったことがなかったんだ。祭り。遠くから聞こえる、祭りの音を聞きながら。楽しそうな人の声を聞きながら。それを想像することしかできなくって。
 だから、今日がすごく楽しみだったんだ。そして、すごく楽しかった。
 ヨシュア、誘ってくれてありがとう。できれば来年、今度は自分から誘わせてほしい」
「……はい。私で、良いなら……来年も、再来年も、これからもずっと。楽しい時間を過ごしていきましょう」

 
*...***...*


 白地に赤い椿の柄が入った浴衣を着たディオニリス・ルーンティア(でぃおにりす・るーんてぃあ)と、無地で小豆色の浴衣を着たナイト・フェイクドール(ないと・ふぇいくどーる)が楽しそうに笑って歩いているのを、サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は微笑んで見ていた。
 サトゥルヌスよりもやや前方を歩く二人の手には、綿飴とじゃがバター。ナイトがディオニリスに綿飴を食べさせて、ディオニリスがナイトにじゃがバターを食べさせて。
「ねぇお兄ちゃん、お兄ちゃんも食べない?」
「わたあめ、とーってもおいしいですよ!」
 くるり、振り返ってはいあーん、と。
 二人が同時に突き出してきて、少し戸惑う。
「僕がここで立ち止まってそれを頂いたら、通行の邪魔になるからね」
 またあとで頂戴。そう言って、微笑んだ。
「お兄ちゃんは、やりたいことないの?」
「やりたいこと?」
「ナイトちゃんみたいに、いろいろ食べて回るとか。あとはー、射的とか、輪投げとか」
 ないの? とディオニリスが首を傾げる。問いかける間にも、ナイトは林檎飴を買いに走っていた。続いてタピオカジュース。とことん甘いものに目がないようだ。
「イリス、今楽しい?」
「え? 突然なぁに?」
「僕は、イリスやナイトが楽しければ、それで嬉しいし楽しいよ」
「それでいいの?」
「うん。……あ、じゃあたこ焼きが食べたいな。並んでくるから待っててね」
 言って、列に並んだ。
 やりたいこと。祭りの屋台で好きなものや、おすすめできるものは金魚すくいだけれど。
 ディオニリスも、ナイトも、食べ歩きをメインにしているみたいだから。
 気が向いたら提案してみようかなぁ、くらいで。
 夏祭りと言ったら、楽しむこと。楽しく一緒に、遊ぶこと。
 だからこのままでいい。

「……、ナイトちゃん、よくそんなにいっぱい持てるね」
 ディオニリスの言葉に、ナイトは満面の笑みで頷いた。
 林檎飴と、タピオカジュース。その後にも買いに走ったチョコバナナ。かき氷まで持っている。どうしてそんなに持てるのか。ディオニリスは疑問符を浮かべているが、持てているものは持てている。
「食べませんか? チョコバナナ!」
「見た目の色が、面白いのね……」
「ミントチョコがトッピングされてるからなのです」
 ナイトは見慣れた、ミントブルーのチョコがコーティングされたバナナ。けれど、夏祭り初体験のディオニリスからすればなかなか食欲の無くなる色かもしれない。
「だまされたーって思って食べてみてください! おいしいですよ」
「うーん」
 怪訝そうなまま、ディオニリスはぱくり、一口。
「……、あ、本当だ。美味しいね」
「なのですよー。チョコとバナナの相性は抜群なのです。……あれ? そういえば、サトゥルヌスさんは?」
「たこ焼き買ってくるんだって、言ってた。焼きたてのあつあつが美味しいって」
「たこ焼き! たこ焼きもおいしいですよね、あつあつとろーりで、お口の中がヤケド注意報なのです。気をつけて」
 注意しながら列を見た。黒地に赤い金魚柄の浴衣。サトゥルヌスはすぐに見つかった。手を振ると、気付いた彼が振り返してくれる。なんだか嬉しくなって、へらっと微笑んだ。
「お待たせ二人とも。たこ焼き、食べない?」
「食べたいですっ」
「食べる。お兄ちゃん、あーんして」
 屋台から戻ってきたサトゥルヌスにすり寄ると、食べさせてもらえた。
 ソースの香り。マヨネーズの風味。外側のカリッとした部分と、中のトロリとした部分。熱くて、はふはふと火傷しないように必死になって。飲み込んで。
「おいしい、ですっ」
 満足感に、笑んだ。好きな人と美味しい物を食べられることは、幸せだ。ディオニリスもにこにこしている。
「そういえばね、今日、花火が打ち上げられるらしいよ」
 たこ焼きを食みながら、サトゥルヌスが言った。
「さっき列に並びながら花火が見えそうな場所を見つけておいたから。行ってみない?」
「花火?」
「お空でドーンできれいなのですよ!」
「きれいなの? お兄ちゃん、花火ってきれい?」
「綺麗だよ」
「見たい! 行こうっ!」

 ディオニリスを真ん中にして、三人で手を繋いで。
 楽しさと、嬉しさと、これから上がる花火への期待と高揚と。
 全部が全部ごちゃ混ぜになって、今日が最終日なんて言わずに、もっとずっと、お祭りが続けばいいのになぁ、なんて。
 思いながらも、終わるからこそある美しさが、夏祭りなんだろうなぁ、とも思った。


*...***...*


「せーか! 夏祭り行こーぜ」
 多分、夏祭りなんて行ったことないだろう。
 そう思った椎堂 紗月(しどう・さつき)小冊子 十二星華プロファイル(しょうさっし・じゅうにせいかぷろふぁいる)に提案を投げかけると、思った以上に嬉しそうな顔をしたので。
 これは楽しませてあげられるのではないか? と、紗月は内心で笑んだ。

「紗月は夏祭りに行ったことがあるのですか?」
 ゴスロリ調の浴衣に身を包んだせーかが、紗月に問う。
「あるよ。昔は毎年行ってたけど……こっちじゃあんまなかったからな。全然行ってないけど経験してる」
「わたくしだけ一方的に知らないと言うのも嫌なものですわ」
「え、参加したくない?」
「そ、そんなことありませんわよ!」
 だよなぁ、嬉しそうだもの。と頷いてから、自分の恰好を見て苦笑。
「せーか、俺この恰好で行くわけ?」
「? 何か問題が?」
「だってこれ女物の浴衣だろ?」
 紺色の生地に、トンボの柄。鶯色の帯には、流水と紅葉。
 華々しい、女性的なものではないが、男性用のそれとは全然違う。
「可愛らしいと思いますわよ? とてもよく似合っているとも」
「俺男なんだけどなぁ……」
 そういえば、昔行った祭りでも、男物の浴衣を着せられた記憶は一切ないことを思い出した。
 そんなに俺に女物を着せたいか? と思いつつも、着慣れ、魅せ慣れている自分が居ることにも気付く。結いあげた髪にかんざしまで挿して、嫌ということもない。自分でわかっている。
「せーか、楽しい?」
「紗月に女性用浴衣を着せられて、まずは満足ですわ」
 せーかと契約してだいぶ経った。けれど、彼女は魔道書としても『十二星華プロファイル』という本としても、生まれてまだ間もない。
 それなのに自分よりもしっかりしていて、いつも助けられて。
 お礼だとか恩返しだとか、そういうわけではないけれど、彼女が楽しめたらいいと思うし。
「ならいーや」
 笑って、歩く。
 人混みが見えてきて、見たと思えばすぐに揉まれる。
「人混みはあまり好きではないのですが」
「何っ!?」
「こういう活気のある、楽しげな人混みなら悪くもありませんわね」
 続いた言葉に安堵。よかった、雰囲気も楽しんでもらえそうだ。
「そうだ、紗月! わたくし、わたあめ? とかいうものの実物を見てみたいですわ。あれば、食べてもみたいですわね」
「そーいやせーか、甘い物好きだっけ」
「べっ、別に甘いお菓子が好きとか、そんな子供みたいな理由ではありませんわ!」
「ムキになって否定しなくていーじゃん。甘いのなら林檎飴アンズ飴チョコバナナカキ氷。クレープにベビーカステラ、あとは……」
 列挙していると、くいっと浴衣の袖が引かれた。
 ん? とせーかを見ると、彼女は大きな瞳をきらきらと輝かせ、
「知識のため、全てを回りましょうっ!」
 興奮気味に宣言するのだった。
 しかし回るのはいいが、この人混みでははぐれそうである。それに、せーかは小さい。体力もないし、疲れたらおんぶしてやることも視野に入れておく。
 ん、と手を差し伸べると、
「……こ、この人混みですものねっ!」
 仕方ありませんわ! と、大きな声で、何かを否定しながらせーかが紗月の手を握る。
「いいこと? 恥ずかしいけれど、紗月が迷子にならないように仕方なく繋いであげているだけなんですからね!」
「はいはい」
「ぜ、絶対わかってないでしょうっ……!」
「疲れたら言えよー、おぶるから」
「……むぅ」
「あ、ホラあった。あれわたあめの屋台だぞ」
「なっ、あんなに大きな白いもふもふ……!」
 なんだかんだ言いながら、せーかはとっても楽しそうで。
 こっちまで嬉しくなった。

 食べ歩いて、はしゃぎまわって、後半案の定せーかをおんぶすることになって。
 人混みから少し離れたところで花火を見ることにした。
「打ち上がるなんて本当ですの?」
「本当。ホラ、言ってる間に上がるぞ」
 打ち上がる音に反応して紗月が呼びかけると、せーかは空を見上げる。
 それから間もなく夜空に咲いた花を見て、せーかはぽかんと口を開けたまま微動だにしなくなった。
 幾輪もの花が、咲いて、散って、咲いて。
「きれい……ですわ」
「だろ?」
「……紗月。今日は、ありがとうございます」
「え」
「その、あの。……す、すごく、その、楽しかった……ですわ」
 まいった。
 先に言われてしまった。
 普段なかなか言えない、『いつもありがとう』の一言を、この期に及んでいつ言うか悩んでタイミングを図っていたら、先に言われてしまった。
「……紗月? 何を不満そうな顔して……」
「ありがとうは、俺のセリフだったのになぁ、あーあ」
「えぇ?」
「なんでもねっ。……いつも、ありがとな」
 ああ、でも言ってしまえばなんてことない。
 せーかが恥ずかしそうに笑う、素敵な言葉だった。


*...***...*