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葦原明倫館の休日~丹羽匡壱篇

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葦原明倫館の休日~丹羽匡壱篇

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第5章 戌の刻〜はいなとふさひめのたのみとかことわれるわけがない。


*20時10分*


「匡壱ではないか、いいところにきたでありんす!
 妾の頼みを聞いてほしいのじゃが、よいかのう?」

 廊下の先で、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)が両手をふっている。
 どこかで見た光景……これはもしや、朝の出来事の再来か。

「なっ、わかりました……」
「そうかそうか、素直でよろしいでありんす!」
(またも正夢、今日は厄日でござるな……)

 拒否することなんてできるはずもなく、匡壱はハイナの方へと引き寄せられていく。
 もちろん、佐保も一緒に校長室へ。

「房姫様、なにかございましたか!?」
「匡壱……そなたの協力、たいへん嬉しく思います」

 葦原房姫(あしはらの・ふさひめ)の説明によると、校長室の扉の上にある照明がきれてしまった。
 しかしとりかえようにもハイナと房姫では身長が足りず、手の届く者を探していたのだとか。

「ということで、まずはいまついておる蛍光灯を外して欲しいのじゃ。
 それを持って倉庫へ向かい、同じ型の新品を持ってきておくれ。
 新しいものをとりつけて、無事に明かりが灯れば完了でありんす」
「倉庫の場所はご存じですよね?
 この建物の1階の西側、校長室とは真反対にございますわ」

 にっこりと言ってのけるも、それって結構な移動距離。
 葦原明倫館は1つの建物が1つの城となっているため、1階の対岸というとかなりの距離があるのだ。
 構造上、外側を歩いていけば元の場所に戻る、という利点も存在するのだが。

「そ、それじゃまぁ、はりきってがんばるでござる!」
「佐保、他人事だと思ってないか……」

 ため息1つ、匡壱が蛍光灯を見上げたときだった。

「大丈夫か、手伝うぜ?
 その電気をかえるには、匡壱でももう少し足りないだろう」

 匡壱が背後を振り返ると、そこにいたのは中原 一徒(なかはら・かずと)
 といっても、暗くて容姿は分からないのだが。

「俺に任せてくれ、身長は高いほうだ」

 告げると、いとも簡単に蛍光灯をとりはずしてしまった。
 なんてったって、一徒の身長は188センチ。
 手を伸ばさずとも、対象物は眼前にあるのだから。

「で、替えはどこにあるんだ?」
「それが、向こうの倉庫なんだ。
 ありがとう、そこまでつきあわせるのは悪いぜ……」
「なに、いいって。
 今日は見学ついでに鍛錬に混ぜてもらおうと思ってたんだが、肩透かしでとにかく力が余ってるんだ。
 最後までつきあうし、ほかにもなにかあれば手伝うぞ?
 あ、俺は中原一徒ってんだ、よろしくな!」
「一徒殿、なんといい人でござるか!」

 匡壱と佐保は、一徒の優しさにすっかり感激。
 一路、倉庫へと向かうのである。

「じゃーん☆
 やー兄の肩車だよ♪
 高いなぁー!
 これならどこでも届きそうだよー♪」
「ふふふ〜ええやろう、ちー?
 お、えぇところに。
 最近ちょっと悩んどることがあるんやけど……ハイナ総奉行に房姫さん、相談にのってくれへんかなぁ?」
「へんかなぁ?」

 匡壱達が向かったのとは反対の廊下を、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)日下部 社(くさかべ・やしろ)が歩いてきた。
 ハイナと房姫を認めるなり真剣な表情になり、社は千尋を肩から降ろす。

「なぁ、もし俺が葦原に転校する言うたら総奉行さん達はどう思う?
 東のイルミンから西の学校へ転校するって、怪しく思われんやろうか?」
「ほう……別によいのではないか、自分の信じた道を進むのが『漢』でありんす」
「国をまたいで転校して来る者はたくさんいらっしゃいますし、なにより生徒が増えるのは嬉しいことです」
「そう、か……そうやな。
 俺、『メガネ』、えぇと、蒼空学園校長の山葉涼司のことやねんけど、あいつの動向が気になるけん、西側から見守りたいねやんか。
 メガネとは、ずっとえぇ友達でおりたいねん」
(こんなこと……メガネに聞かれたら、俺らしいない言われそうやなぁ)
「うむ、素晴らしき心意気じゃ」
「美しき友情ですね」

 社の問いかけに、ハイナも房姫も真摯な言葉を返した。
 まっすぐに社を見すえて、思うところを、正直に。

「えっとね、やー兄のことよろしくお願いします!」
「こんな可愛い子にお願いされては、断るわけにはいきませんね」
「任せよ、妾がきっちり鍛え上げてやるでありんす!」
「ちー、ありがとう、兄ちゃんがんばるからな!」

 揺れる社の気持ちを感じとったのか、ハイナと房姫へ頭を下げる千尋。
 純粋な少女のお願いに、ハイナも房姫も表情を崩して。
 感動しちゃった社は、思わず千尋を抱きしめた。

「で、お2方はこんなところでなにを?
 部屋へは入らへんのですか?」

 社に訊ねられ、房姫とハイナが事情を説明する。
 蛍光灯をとりかえなければ、中へは入れないのだと。

「研究に詰まった……陰陽術に詳しい人……思いあたらない……」

 そんな暗闇のなか、どこからかぼそぼそと声が聞こえてくる。

「なっ、なんや!?」
「やー兄……怖いよ……」
「ここの人の能力を把握してそうな人……と言ったら、やっぱり……?」

 しだいに大きくなってくる声、と、廊下を歩くひたひたという足音。
 千尋にハイナと房姫を護るように、社は立ちふさがった。

「こうちょ……お奉行に訊いてみよう……もし知らなかったら……どうしよう……」
「陰陽に詳しい人……私も心あたりがないなぁ。
 てっとり早いのは鈴が言うように、こうちょ……お奉行に訊くことだと思うよ」
「いてっ!」
「わぁっ、いてて……鈴?
 鈴、だいじょぅわっ!」
「おんなのこ、かのう?」

 前方不注意、というかわずかな月光すら逆光になり、見えなかった不可抗力。
 社とぶつかって声を上げたのは御子神 鈴音(みこがみ・すずね)で、鈴音を心配するのはサンク・アルジェント(さんく・あるじぇんと)
 鈴音の頭からころころと転げ落ちたサンクは、ハイナに拾われて。

「あ……ごめんなさい……怪我はありませんか……」
「すっ鈴、お奉行っ!」

 社に手をひかれ、立ち上がってわびる鈴音。
 と、サンクのとんでも声が響き渡る。
 猫のように首根っこをつかまれた状態でハイナの眉間を指さし、手足をじたじた。

「まぁ……お奉行……パートナーがとんだ失礼を……ほら……謝りなさい……」
「指さしてごめんなさい」
「うむ、よくないことじゃがちゃんと謝ったので許すでありんす」
「よかった……ところでお奉行……陰陽術か陰陽道に詳しい生徒とか先生……紹介してくれませんか……?」
「陰陽術か陰陽道に詳しい者か、誰かおったかのう?」
「ハイナ、あの者などいかがでしょうか?」
「あやつか……ふふ、確かに適任じゃ」

 なんやかんやちっちゃな騒ぎは起きたものの、鈴音とサンクは無事に目的を果たした。
 丁寧に礼を述べ、その場を去る。
 あ、紹介された教師には、夜が明けてから会いに行くことにしたそうな。
 少女が2人で出歩くなんて、この時間ではもう危ないから。

「やっぱ、暗いところでは慎重に行動せなあかんよな」
「うん、ちーちゃんも気をつける!」
「ところでおぬし、転校してくる意思があるのならばこれを渡しておこう」
「ちょうどいまいただいてきたところだったのです、私達も読んでおこうかと思いまして」

 ハイナから社へ手渡されたのは、転校希望者向けの案内パンフレットと要項。
 4人は、転校手続きなんかについての話をひとしきりすませ、駄話に花を咲かせていたのであった。


*20時50分*


「ふぅ、遠かったぜ」

 出発から30分、戻ってきたのは匡壱と佐保に一徒……と。

「おい、なにやら増えておらぬか?」
「ん?
 あぁ、なんか知らないうちにな」
「歩いていたら、次々になにをしているのかと声をかけられたのでござる」
「で、総奉行の手伝いをしておると答えたら、皆ついてきてしまったというわけだ」

 ハイナの驚きも無理はない、だって新顔が10名もいるのだから。
 匡壱も、佐保も、一徒も、こんな展開は想定外。
 たかが蛍光灯1つとりかえるのに、こんなに人は要らないのだ。

「だから『2、3名で構わない』と申し上げましたのに」
「っちょ、集めたのは妾ではないぞ!
 そんな眼で見ないでほしいでありんす!」

 房姫の非難の眼差しを浴び、小さくなるハイナである。

(ハイナさんと房姫さんから、こっちの世界の鍛冶の話を聞きたいのよね。
 でもただ教えてって言うだけじゃあまりいい顔されないと思うから、まずはハイナさんの問題を片付けようかしら)
「私がダークビジョンで視た蛍光灯の位置を教えれば、すぐ終わるわ」

 匡壱の背後から飛び出した水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は、スキル『ダークビジョン』を発動。
 該当の場所を見てみて、びっくり。

「きっ、汚い!
 このまま蛍光灯を入れたりしたら火事になるわよ!」
「じゃ、じゃあそれ、私達がお掃除します。
 わ、私だってたまには人助けぐらい……ぁ。
 いえその……正確には私ではなくて、九頭切丸なんですけど」

 緋雨の言葉を聞き、名乗りを上げたのは水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)である。
 と言ってもことにあたるのは睡蓮ではなく、睡蓮の背後に控える鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)のようだが。
 ハイナと房姫に軽く頭を下げて早速、九頭切丸は作業を開始する。

「うん、そこよ。
 そこから右にず〜っと……はい、そこにまたほこりの山があるわ!」
「……」

 緋雨の示す方向へと、雑巾を動かす九頭切丸。
 辺りにほこりが舞わないよう、気をつかいながら汚れを除去していく。
 ちなみに九頭切丸、睡蓮を護るため、いつものようにスキル『殺気看破』を発動していたり。
 いつ危険に襲われるかなんて誰にも判らないのだから、常時警戒を怠らないのは重要なことであろう。

「……あっでも私、機械技術や機晶技術にはそれなりに心得があるので、とり外した照明の修理ぐらいならできると思います!」
「いや、今回はとりかえるだけでよいのじゃ」
「……ぁ、とりかえるだけなんですね……いや。
 そうですよね、普通そんなにおおがかりな改修なんてしませんし。
 だいたい余計負担になっちゃいますよね……」
「なにか、やってみたいことがおありで?」
「……いえ、この際LEDなんかじゃなくて機晶石を使用した照明にしたら、と。
 パラミタらしさも出ますし、特性上長持ちもするのではないかとは思ったのですが……いえ。
 難しいでしょうから、おとなしく見学にまわります……ぐすん」
「待て、それはなかなか名案ではないかのう?」
「ですが、故障してもアーティフィサー以外の者では修理できません。
 専属の者がいれば別ですが……どちらにしても、葦原明倫館所属のアーティフィサーがもう少し増えてからですね」

 九頭切丸の奮闘に感化され、自分もなにか……と睡蓮が動く。
 できそうなことを提案してみるものの、現時点での実現はちょっと難しそう。
 房姫に笑顔でさとされて、ハイナともども納得したのである。

「……じゃ、じゃあ、せっかくだから肩車でもしてとりつけ作業に協力を……ぁ。
 いえ、多分お邪魔だと思います、ごめんなさい……」
(ダメだなあ私、いざってときに全然役に立てないっていうか、九頭切丸に頼りっきりで……強くなりたいなって思うんですけど。
 やっぱり私なんかじゃ無理なんでしょうか……いじいじ)

 今度の案は自分からとり下げて、心のなかでいじける睡蓮。
 積極的になりたい気持ちと、なりきれない気持ちが葛藤して……つらい。
 いつも自分で限界を決めつけて、実行する前にあきらめてしまうから。
 1歩を踏み出せられれば、きっとみんなのように強く、自信を持てるだろうに。
 でも、頼れる相手がいることは素敵なことだし、頼られる気分も悪くない。
 あせらなくても、きっと、大丈夫。

「がんばれ匡壱!
 お前さんならやれる!
 もっとやれる!
 なんだってやれる!」
「クドは応援をしているし……ワイも応援をしようかねぇ」

 ソケットの掃除も終わり、いよいよ蛍光灯とりつけのときがきた。
 最後くらい自分で……とはりきる匡壱を、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)七刀 切(しちとう・きり)が応援する。
 いつもはのんびり口調な切も、このときばかりは熱のこもった言いまわし。

「いろいろやれる!
 とにかくやれる!
 がんばれないならお米を食べればいいじゃない!」
「がんばれ匡壱!
 自分ならやれる!
 なんでもやれる!
 だからついでにワイの部屋の掃除も手伝って!」

 クドを真似て、切も口調を熱血っぽく変化させている。
 だがクドも切も、だんだんよく分からない方向へ……もはや応援ではないような。

「困っている人を放っておけないというそのお心、まことに感服いたします。
 ですが、手を貸さずにそばから応援するだけなど、まったくもって恥ずかしい愚挙!
 切さんも、クドに便乗し、あまつさえ頼みごとを増やそうなんて言語道断です!
 そこへ直りなさいっ!」
「キリキリ〜v」
「トランス!
 説教のときぐらい離れなさいっ!」
「うぅ、ルル姉さまのイジワルぅ」
「っつ……さっさあ、無気力なおふた方。
 真っ当で誠実な人間を目指す第一歩です、がんばりましょう」

 クドも切も、その場のノリで【ぐうたら応援団】を名乗り共闘するものの。
 ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)の怒りを招き、こっぴどく叱られてしまった。
 正座させられている切に抱きつこうとしたトランス・ワルツ(とらんす・わるつ)も、可哀想に巻き添えを喰らうのである。
 しかしながらルルーゼ、トランスの言葉に怒りではない別の感情を抱いたようで、頬を赤らめていたり。
 ちなみにトランスの言う『キリキリ』とは、パートナーの切のことだ。
 トランスはほかにも、ルルーゼのことを『ルル姉さま』と、クドにいたっては『親分』のあだ名で呼んでいる。

「え、協力してあげろ?
 いや、だって面倒くさいんですもの」
「はい?」
「……はい、嘘です冗談ですごめんなさい」
(ま、はなっから協力する気だったんだけれどもねぇ)
「ということなんで、手伝いますぜぃ」
「その声は……クドだったか、恩にきるぜ!」

 ルルーゼの打診を断りかけて……なにかやばい雰囲気を感じとり、全力で前言撤回するクド。
 いまの段階で話したって信じてもらえないだろうから、本心は隠したままにしておいて、匡壱に手伝いを申し出たのである。

「ああ、そうそう。
 ついでにすべてが終わったあとには、切さんのお部屋も掃除しましょう。
 少々散らかっていたみたいですし……ねぇ、クド?」
「え〜、切ちゃんの部屋もぉ!?
 ルルーゼ、もう遅いし、また今度に……」
「なにか問題でも?」
「いえぇ、なにもありません〜」
「ま……まさか、ワイの部屋の掃除もルルーゼが監督するなんてぇ」
「わ〜い、みんなでお掃除、楽しみだね!」

 休日を利用して同志のもとへ遊びに来たというのに、なんだかとんでもなく忙しい1日の終わりになりそうな予感。
 しょんぼり首を縦に振ったクドは、哀れ切と一緒に男性陣から励まされ、なぐさめられる。
 やる気なのは、ルルーゼとトランスのみだった。

「……よしっ、これでどうだ?」
「じゃあ電源を入れるでありんす〜ぽちっ」
「おぉっ、ついたでござる!」
「皆様、本当にありがとうございました」

 匡壱達の作業完了を受け、ハイナが蛍光灯のスイッチを押す。
 ぱりぱりっと数回またたいたのち、無事に灯った白光。
 ばんざいする佐保と皆へ、房姫は心からの礼を述べた。

「葦原明倫館の誇る熱血侍だけあって、婦女子の頼みごとを見事に完遂なされました。
 さすがでございますわ」

 ぱちぱちぱち……匡壱へと、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)からの拍手が贈られる。
 白姫はずっと蛍光灯を腕に抱いており、交換の際に匡壱へと新品を渡したのも白姫だ。

「葉莉、てぬぐいは用意できておりますか?」
「はい、ご主人様、こちらです!」
「ありがとう、葉莉。
 丹羽様、失礼をして汗やほこりをぬぐわせていただきます。
 そのままでは不快でしょうから……」

 土雲 葉莉(つちくも・はり)から、冷水でぬらして絞ったタオルを受けとる白姫。
 疲れて座り込む匡壱の額や腕を、優しくなでるようにふいていく。
 ちなみにこのタオルは、蛍光灯のとりかえ作業中に白姫から言われ、葉莉が準備したもの。
 ただ純粋にひたすらに、白姫の役に立ちたいという葉莉のがんばりが表れていた。

「匡壱殿とか大きいですね……」
「え、俺は小さい方だぞ?」
「ひゃ〜っ」
「これはとんだご無礼を、葉莉は男性恐怖症なのです……なにとぞご容赦を」
「大丈夫、匡壱はこんなこと気にするほど繊細ではないでござるから」
「ん、佐保、なんか言ったか?」
「いや、気のせいでござろう」

 悲鳴をあげたうえ飛び退いてしまった葉莉、匡壱を見てびくびく。
 頭を下げて事情を説明する白姫に、逆に佐保が小声でぼそぼそと告げる。
 見上げられ、佐保は両手を右手と顔をふるふると左右にふって無罪をアピールした。

「わぁー!
 侍のお兄ちゃんすごかったね!
 帰ったらちーちゃんもあれやりたーい☆」
「よっしゃ!
 ちー、兄ちゃんも手伝ったるでぇ〜♪」
「わーい、えへへ♪
 今日はここに遊びに来てよかったね♪」

 匡壱をたたえると、意気込んで社をふりむく千尋。
 みずから家の手伝いを申し出る様子に、社も兄として誇らしげだ。
 肩の上に乗せられると、千尋は社の首につかまって今日1番の喜びをみせるのであった。

「ハイナさんと房姫さんに、お訊ねしたいことがあるのだけれど……」
「なんじゃ、分かることなら答えるえ?」
「そうですね」

 皆が後始末にいそしむなか、緋雨はいよいよ疑問を口にする。
 ハイナと房姫の反応も悪くなくて、ちょっと安心したり。

「まず、マホロバ地方に鍛冶の技術って伝来してるのかな?」
「まさしく、購買に置いてある武器のなかにはマホロバの技術でつくられているものもあるのじゃよ」
(ふむふむ……緋雨がなにやら鍛冶のことについて根掘り葉掘り訊いておるようじゃ。
 昔とったきねづか、わしも拝聴しようかのう)
「ということは、刀匠とかいたり、たたら場があったりするのかな?」
「たたら場はございませんが、刀匠はおりますよ」
「では……経済と技術の発展に、技術官僚を必要としていないかしら?」
「どうじゃ、房姫?」
「いえ、特に必要としてはございませんね」
「そっかぁ……『ワンオブウェポン』の作製は、まだまだ遠そうだわ」

 最終的なハイナと房姫の返答は、緋雨に肩を落とさせるものだった。
 横で聴いていた天津 麻羅(あまつ・まら)も、あまりの落胆に思わず緋雨をなぐさめる。
 けれども神子と総奉行は、この状況をよしとは思わなかったようで。

「ですが、その才能を無に帰してしまうのは惜しいですね」
「うむ……緋雨とやら、葦原明倫館の工房で修行してみる気はないかの?
 いずれは、そちのつくりたいワン……なんとやらも、つくることができるであろうて」
「そなたと同じく志の高い刀匠達がおりますから、切磋琢磨して技術を磨いてみてはいかがでしょうか」
「よい機会ではないか、新たな知識と技術を習得して、目標を達成するのじゃ!
 技術は常に進歩するもの、わしの知識と技術だけではちと古いかもしれんからのう。
 ……とはゆうても。
 昔の賢人達の研鑽があってこそ新しい技術が確立されるわけじゃから、わしの教えも役に立たんということはないじゃろうが」
「おぬし、いいこと言うでありんす!
 まぁ無理せずに、放課後や休日をつかってかようてみればよいと思うぞ」
「はい、私やってみます!
 麻羅もありがとう!」

 房姫とハイナの誘いは、緋雨の心を突き動かした。
 刀鍛冶の師匠である麻羅にも背中を押され、緋雨は工房での修行を決意する。
 麻羅にも感謝を伝えて……ぎゅうっと、強く抱きしめた。