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豆の木ガーデンパニック!

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第1章 夢の国ムアンランド 3

「待ちなさいこの悪党! もう悪さをしないように、私が引導を渡してあげるわ! っていうか、あのあと私がどれだけ苦労したことか、わかってんのっ!?」
「しつこいってーの! というか、私怨がめっちゃ混じってるしっ!」
「デブ猫め……ここで会ったが百年目! 今度こそ、その毛を剃り、皮を剥いで三味線にしてやるッ!」
「カ、カァー!」
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)とカーネにまで執念を燃やすエヴァルトに追い回されて、夢安はとにかく逃げることに精一杯だった。その腕に抱えられるカーネは、エヴァルトの般若面に悲鳴を上げている。更には、
「待ちなさーい! どうしていっつも植物に悪戯ばかりするのっ!?」
 空飛ぶ箒に乗ったアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)までもが彼を追いかけてくる。
「悪戯とは失敬なっ! これはビジネス! マネーゲーム! 経営戦略! 俺は政治経済の実習をしてるだけだ!」
「そんな言い訳、通用するはずないでしょ!」
 まるで母親から逃げる悪戯息子であった。
「おらおらぁっ、どけえ!」
 夢安たちがなんとか逃げ切れているのは、トライブが刀を駆使して壁や建物をぶった切っているからだ。とはいえ、それが迷惑極まりないのは言うまでもない。
「おいおい、やりすぎだってっ!」
「コレぐらい派手にしないと逃げれねぇっての! いいからさっさと行けッ」
 うーん、あいつを雇ったのは失敗だったか。派手に暴れまくって楽しげに笑うトライブから離れて、夢安は蔓と葉っぱを自在に駆使して道を作っていった。この場では、魔法使いのような能力が使えるのが幸いである。
「逃げられると思わないでよー!」
 しかし、それを追いかけるセルファが、飛行能力とバーストダッシュの合わせ技で夢安を追い詰める。このままいけば捕まる。こりゃあ、右に逃げないとダメかな。と、夢安が右方向に脚を動かそうとした瞬間――
「っ!」
「あっ……」
 嫌な予感に立ち止まった彼の前を、雷術の電光が迸った。立ち止まるのがあと一歩遅ければ、直撃は免れなかっただろう。
「うーん、失敗ですか」
「なにやってんのよ、真人!」
 セルファに気をとられすぎたのがいけなかった。彼女のパートナーである御凪 真人(みなぎ・まこと)は、先回りして待ち伏せていたのだ。更には――
「うわっとっ……!」
 ブン――という風を切った音とともに、どこからか勢いよく飛び掛ってきた刀真の蹴りが、夢安のそれまでいた空間を叩いた。
「ちぃ、避けられたか……。本当に逃げ足だけは一流だな!」
「げ……あんたカンナの……」
 刀真の姿に見覚えがあったのか、夢安は非常に嫌な顔をした。しかもその横にはパートナーの月夜までいるではないか。
「かーねー、こっちにおいでおいで」
「カァ〜」
「つーかまーえた♪」
 抱き寄せたカーネの頭を、月夜はよしよしと撫でてあげた。
「いい子いい子〜」
 ――まあ、カーネに夢中になってお金を餌にしている月夜はさておいても、刀真が相手は面倒臭いことである。
「懲りずにまた環菜に迷惑かけやがって! また簀巻きにして吊るしてやる!」
「へっ……出来るもんならやってみやがれ! 俺だって伊達にこうして遊園地作ったわけじゃねえ! 見てろ、秘儀――」
 夢安がバッとポーズをとると、何か秘策でもあるのかと刀真たちは身構えた。しかし、
「とにかく逃げるの術!」
 彼は背を向けて走りだし、すぐに見えなくなった。どんだけ早いんだ。
 ぽかんとなっていたセルファたちは、はっとなる。
「……馬鹿っ! さっさと追いかけるわよ、真人!」
「え、俺のせいですか?」
 理不尽な責任を押し付けられながらも、真人はセルファたちと一緒に走った。」
 負け惜しみ的に言い捨てた夢安と、蔓を使って新しい道を作り上げていた。その場を駆け抜ける彼を、刀真たちが追う。しかし、道を作るとは、豆の木の上では、まるで神様のような芸当をこなす男である。
 道を自分把握して作る夢安と違って、刀真たちはその場その場で対応せねばならず、なかなか追いつくのが難しい。それでも彼に食らいつくことが出来ているのは、空飛ぶ箒に乗った機動性の高いアリアだけであった。
 夢安の横まで張り付いた彼女は、怒りにひきつった笑顔で首筋に剣を突きつける。
「こわっ!? 危ない危ない危ないっ!」
「言いなさい、今すぐ言いなさい! アリア様と!」
「こんなん突きつけられたらそれどころじゃねぇだろっ!」
「言えば終わるのよっ! ほら、さっさとっ!
 アリアは夢安が自分を主人――つまり格上だと認めれば豆の木を操れると踏んでいるようだが、端から見れば完全にSっ気豊かな女王様であった。様をつけなさい、様を!
 そんな過激なアリアからもなんとか逃げ切れるのは、その類まれな逃げ足と蔓道のおかげであった。
 徐々に差を広げていく夢安は、続けざまに蔓の迷路を作り上げる。それは、アリアたちの前をごっちゃに絡み合って視界を奪い――
「くそっ! どこ行った……!」
 抜け出たときには、夢安の姿は見事に見失われていた。



「誰かが正義を呼んでいる! 通りすがりの正義の味方バニー☆スリーが悪者さんにおしおきよ!」
 ジャジャーン!
「どんどんパフパフー♪」
 ところ変わって遊園地の中心部では、まるでヒーローショーよろしくばりに名乗り口上をあげた霧島 春美(きりしま・はるみ)がいた。彼女の横の一見すればペットのように見えるディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)は楽しそうに効果音を口にしているが、後ろのカリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)はくたびれた様子で簡易SEを鳴らしていた。
「もう……ほ、ほんまボク疲れたわ……」
「まったく、お兄ちゃんはだらしないわね。ちょーっと走っただけなのに」
「あ、あないトラップだらけやと……誰でもこうなるわ」
「……?」
 春美は気づいていないようであるが、カリギュラの身体はもうボロボロである。HPにすれば残り10を切るところだ。なにせ、トラップなどお構いなしに突撃するこの無茶苦茶な妹たちを守るため、兄ちゃんは必死だったのだ。
 ドカーン! アーレー。
 チュドーン! グシャッ!
 誰が仕掛けたか知らないが、踏み込むと同時に巨大豆が襲ってくるのは勘弁願いたい。
「ご苦労様、兄貴。ふふふ……さて、じゃあさっそく夢安を捕まえる準備しないとね」
「とりあえず、トリモチおいとこうよー、トリモチ。夢安ホイホイの完成♪ 真ん中にアイスティとケーキと……きっと疲れて喉かわいてるからひっかかっちゃうよ、あの人」
 くすくすと笑うピクシコラ・ドロセラ(ぴくしこら・どろせら)とディオネアと。カリギュラは顔しか知らないまでも、夢安を妙にかわいそうだと思った。
「あ、キタキタ!」
 夢安の影を発見すると、春美たちはとっさに隠れた。どうやらやってくるのは夢安一人だけではないらしく。
「どこに行ってたと思ったら、罠なんて仕掛けてたのか」
「そっ。だから追っ手はある程度撒けたでしょ? 感謝してほしいわね」
 カリギュラが見事に引っかかったトラップの元凶――羽瀬川まゆりは自慢げに胸を張った。うーん、見事な胸のハリ。夢安は一瞬その色気に誘われながらも、ぶんと首を振って話を戻す。
「んで、どんな罠を?」
「落石ならぬ落豆トラップ! 恐怖! あみだくじエレベータートラップ! 蔓が吊るし上げるつるつるトラップ! などなど」
「……ちょっと待て。あみだくじ? お前、エレベーターにそんなのつけたのかっ!」
「悪い?」
「客も一緒に登ってこれなくなるだろ!」
「あ……」
 まゆりも夢安の心配に気づいたようで、彼女は誤魔化すように笑った。
「あ、あはは、まあいいじゃない? どうせすぐに壊れるようなトラップだし、お客にまで被害出ないって」
「あのなぁ……」
 夢安は呆れたように声を漏らした。
 ふと、そんなとき彼は鼻に漂う甘い匂いに気づく。これでも犬に負けないぐらいの嗅覚は自負しているつもりだ。
「おおっ! あれは……!」
 いかにも――というべきか。ご自由にお飲み下さいと書かれてあるフリップとアイスティにケーキ。誘い込もうとしか思えないその罠を見て、まゆりは顔をしかめた。
「ったく、あんな馬鹿げた罠に引っかかる馬鹿がどこにいるかっての、ねぇ……あれ?」
 それまで側にいたはずの夢安の姿が見えず、嫌な予感に向き直ると、
「がつがつむしゃむしゃちゅーちゅー……ぐわっ、なんだこれ! ぬあああぁ、はずれねぇ」
「……あの馬鹿」
 飲み物とケーキに食いついた夢安は、見事にトリモチに引っかかっていた。疲労した体では、考える頭もなかったというところか。いや、むしろ最初から馬鹿か。
「引っかかったわね、夢安京太郎! さあ、観念してお縄につきなさい!」
 しかも今度は白スーツにゴーグル姿でうさぎ耳をぴょこぴょこと動かす少女が出てくるではないか。なんだこの寸劇は。
 いずれにしても夢安は助けないといけない。まゆりが彼のもとへと駆け寄ろうとしたとき、それを追い抜いて小さな影が夢安へと張り付いていたトリモチを切り裂いた。
「だ、だれ……っ!」
「あれは……」
 人知れず彼を見守っていた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が飛び出してきたのだ。これまでどこにいたのかと思っていたら、こんなところで出てくるとは。
「……仕事じゃ。悪く思うな」
 幼い少女の外見をしながらも、まるで刃物のように研ぎ澄まされた瞳をした刹那が春美たちを見据える。服の袖と裾に手足を隠されたその容姿は、きっと黙っていれば人形のようにも思えるはずだ。
 しかし……いまは夢安を守る用心棒の一人である。
「うぬぬぬ……悪人の味方をするなんて、バニー☆スリーが許さないわ! ピクブラック! ディオイエロー! いくわよ!」
「ファンタスティックビューティー、ピクブラック!」
「食いしん坊なニクい奴、ディオイエロー!」
 色気のあるポーズからイエローの愛くるしいポーズまで、三人が集合する。
「えっと、すんません、とおります」
 まゆりの前を過ぎて定位置に着いたカリギュラは、運んできたBGMのCDをプレーヤーに差し込んで音楽を鳴らした。第14話「謎の敵現る!? バニー☆スリーピンチ!」の回であった。
「えーと……とりあえず、刹那ちゃんがんばれー」
 その場のノリに身を任せることにしたまゆりの声が、僅かに響いた。