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【相方たずねて三千里】西シャンバラ一人旅(第2歩/全3歩)

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【相方たずねて三千里】西シャンバラ一人旅(第2歩/全3歩)

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1 空京

 空京大学の正門前で鳥丘ヨル(とりおか・よる)は足を止めた。
「大きいねぇ」
 と、前方に広がる校舎を見上げて言う。黒崎天音(くろさき・あまね)は彼女の隣へ立つと、同じように校舎を見上げた。
 秋晴れの下、空京大学はいつもと変わらず学生たちで賑わっていた。どこからか情報を手にしてきたヨルが天音に話をしたところ、共に空大の見学をすることになったのだった。しかし、その人物よりも先に空京大学へ着いてしまった。
「空色の髪は目立つから、すぐに分かると思うんだけど……」
 そう言って、辺りをきょろきょろと見回すヨル。天音は彼女を真似るように首を回すと、それらしき人影を見つけた。
 空色のショートカットに男装をした目賀トレルである。
 トレルはこちらを見つめるヨルの視線に気がつくと、ちょっと首を傾げた。
「大学の見学に来たんだよね?」
「……」
 ヨルの問いに無言で頷くトレル。
「ボクたちも一緒していいかな?」
「……良いけど」
 思わぬ出逢いにトレルは困惑した様子だ。ヨルが「じゃあ行こう!」と、元気に歩き出す。トレルはその後に付いて行く天音と彼のパートナー、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が気になるようで、ちらちらと視線を送っていた。
「あ、ボクは鳥丘ヨル。で、あっちが天音」
「黒崎天音だよ。彼は僕のパートナーのブルーズ」
 と、遅い自己紹介をする。トレルは彼らを改めて見ると、口を開いた。
「俺は――」
「トレルでしょ? 知ってるよ」
 ヨルがにこにことトレルを見つめて言う。手間が省けたと思い、トレルはただ頷いた。

 佐々木八雲(ささき・やくも)は掲示板を見た瞬間からそわそわし始めた。トレルが一人旅、だと……?
 心配でしょうがないのか、その心の動きは精神感応で佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)に伝わってしまっていた。
 出かける仕度を始めた八雲を見て、弥十郎はさりげなく応援してやろうと思う。
「兄さん、これ」
 と、弥十郎はラングドシャの入った紙袋を八雲へ手渡した。
「昨日作ったんだけど、良かったら……」
 弥十郎の思いが伝わったのか、八雲は素直にそれを受け取る。
「ああ、ありがとう」
 そして仕度をすませた八雲は、すぐさま空京へ向けて出発して行った。
 特に何も言わず見送った弥十郎だが、すぐにこっそりとその後を追いかけていく。やはり兄のことだから、気になるのだ。

「薬学部ってどっちかな? でもすごいね、トレル」
「何が?」
「だって、ここ受験するんでしょ? 優秀なんだねぇ」
 ヨルとの会話は楽しかったが、優秀と言われて反応に困った。トレルはそんなに頭が良くない。受験許可だって、父親が裏から手を回せそうだということで決まったのだ。
「ボクは大学入試なんて一生無理そうだよ。天音ならいけそうだけど」
 と、天音を振り返るヨル。
「さあ、どうだろうね」
 と、天音は返した。妙に大人びた彼を振り向いて、トレルは簡潔に尋ねる。
「っつか、ドラゴニュートとどうやって契約したの?」
 未知の生物であるドラゴンはトレルに限らず憧れるだろう。天音はトレルに目を向けると、その小型結界装置を指さした。
「そうだね、君が持っているそれと同じ物を持って、父親と一緒に大荒野の近くにある、とある場所を訪れた時に、偶然目が合ったんだよね」
 そして小さく思い出し笑いを浮かべる天音。
「ブルーズが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてて面白かったよ」
「余計な事は思い出さなくていい」
 と、ブルーズは溜め息まじりに言うと、トレルへ尋ねた。
「ところで、お前は契約相手を探しているのか?」
「え、ああ、一応」
「そうか、君は契約者になりたいんだね」
 と、天音が言う。その意図は分からなかったが、とりあえず聞きたいことが聞けたので満足するトレルだった。

 大学は見た目に比例して広かった。どこにどの学部があるか分からないトレルたちはそれらしいところを回っていたが、トレルはふと何かを見つけて立ち止まった。
 視線の先には研究室らしき部屋があった。目指す薬学部は近そうだ。
 この辺なんじゃないかと声をかけようとして、トレルははっとした。
「……」
 ヨルたちがいない。まさか、置いて行かれた……? 困ったな。
 ぼーっと立ち尽くすトレルだったが、ふと背後から知り合いに声を掛けられて我に返る。
「トレルさん、こんなところで会うなんて奇遇ですね」
 湯上凶司(ゆがみ・きょうじ)セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)だった。
「ああ、きょーじくん」
 知り合いの顔を見て少しほっとするトレル。だが、彼はここの生徒ではなかったはずだ。
「何でここにいるの?」
「いや、ちょっと用があって。そっちこそ、何故こんなところに?」
 聞き返された。
「うーん、旅に出たんだけどはぐれた。パートナー探して、西をぐるっと回る予定なんだ」
 素直に返事をすると、凶司は「それなら……」と、手にしたノートパソコンを起動させた。
「旅先で役に立つサイト、お教えしますよ」
 てきぱきと操作し、西シャンバラの名所や店の情報が載っているレビューサイトを開く。
「こういったサイトが充実してきているので、見ておくと良いですよ」
「ふぅん」
 画面を覗きこんだトレルは大して興味を示さない様子で頷く。セラフは口を挟むことはせず、ただ二人の様子を見守った。
「あと、地図や乗換の案内サイトなんかもあります」
 と、それらのサイトを順に見せていく。携帯電話でも見られるサイトだったので、トレルは覚えておくだけはしようと思った。
「それと、ついでに僕のブログを紹介しますね。何かあった時に書き込んでくれれば手助けしますよ」
「ほうほう」
 凶司はトレルの反応を窺って、パソコンを閉じた。
「それでは、良い旅を」
「変な相手に騙されないよう、気をつけるのよぉ?」
 と、セラフが凶司の方を見て忠告する。
「あいよ」
 と、トレルは適当に返事を返し、凶司とセラフが遠ざかっていくのを見送った。……見送っては、いけなかった。
 はっと気づいたトレルは慌てて彼らの後を追ったが、遅かった。
 再び迷子である。

 仕方ないので周辺をうろうろしていると、前方から見たことのある顔が歩いてくるのが見えた。
「あ」
 相手もトレルに気づいたらしく、にこっと微笑んだ。
「りょーすけも来てたのか」
「ええ、今日は学校見学です。そちらは?」
 と、本郷涼介(ほんごう・りょうすけ)は歩みを止めた。
「俺も受験許可が下りたから見学に」
 涼介は納得すると、トレルへ尋ねる。
「志望はどこなんです?」
「もちろん薬学部」
 魔術の研究にも興味はあるが、実際に学ぶなら薬の方が良いと思っていた。
「それなら、一緒に見学しましょうか」
 と、涼介が歩き出し、トレルも付いて行く。
「りょーすけは?」
「私は医学部です。実家が、江戸時代から続く医者で、今は親父が切り盛りしてるけど、将来的に私が継ぐことになるので」
 と、涼介は言った。そんな風に真面目に未来を考えた事のないトレルは、言葉を返せなかった。
「だから、トレルさんが行ったちーとさぷりやマジカルみかんの件は許せなかったんだ」
「……ぐう」
「でも、今じゃ反省してるみたいだから、こうしていられるのかもしれないね」
 と、涼介は笑う。やはり、素人が見様見真似でやるには危険だった、と改めて思うトレルであった。

「どうした? こんなところをウロウロして」
 涼介と別れた途端、トレルは嫌な声にびくっとした。
「げ、会いたくない奴に会った」
 と、背後にいた夜薙綾香(やなぎ・あやか)へ言う。綾香は意地悪な顔で言った。
「迷ったんだろう? 案内してやろうか」
「……その通りです」
 やはりトレルは、綾香には勝てない。
「はは、じゃあ早速行くか」
 と、歩き出す綾香。トレルは出来るなら涼介と別れたくなかったのだが、相手にも都合があるのでそうもいかなかった。別れ際に手作りクッキーを渡されたが……それにしても、ヨルたちはどうなっただろう?
 思い出して気が気じゃなくなったトレルは、綾香に教育学部や法学部を案内されたがあまり記憶に残らなかった。
「で、ここが私の属する理学部だ」
 と、綾香がトレルを振り返る。理学部に興味はなかったが、将来を考えるなら有りかもしれないな、とトレルは思う。
 それから場所を移すと、綾香はトレルへ尋ねた。
「で、どうなんだ? パートナー探しは」
 お茶とお茶うけを出しながら、綾香はふと気付く。
「ああ、まだ始めたばかりだったか」
「初日です」
「そうだな。もし興味があるなら、悪魔の召喚術式を教えようか?」
「は?」
 悪魔の召喚と聞いて、トレルがびくっとする。
「実はな、この前召喚術の実験をしていたら、変なモノを呼んでしまったんだ。勢いで契約したんだが……会った方が早いか」
 と、綾香が席を立つ。
【汝、背教の紅き竜。我が呼びかけに応じ、来たれ】
 綾香がそう唱えた直後、どこからともなく赤い髪の美女が現れた。アンリ・マユ(あんり・まゆ)である。
「人にペットの世話を押しつけておいて、いきなり呼び出すとは」
 と、アンリは不満そうに言う。一般的に想像する悪魔とは、あまりにも形がかけ離れていた。
「まあ、いいでしょう。それで、何かありましたか?」
「トレルに私と契約した時のことを聞かせてやってほしい」
 と、綾香。アンリはトレルの顔を見つめると、あまり乗り気でない調子で語り始めた。
「そう言われましても、大したことなかったのですが……単にザナドゥの果てで私を封じていた結界を、あなたがブチ貫いただけでしょう?」
「まあ、そうだな。道具も揃ってるし、やるだけやってみるか?」
 と、綾香がトレルへ問う。
「この子には、扱えるものではないと思いますが」
 アンリの言葉にトレルは思わずむっとした。素人同然のトレルが召喚術を行ったところで、綾香のように何か呼び出せるはずがないことくらい分かっていたが、はっきりそう言われるのは気に障る。
「それに、この程度の術師に抑えられる悪魔など、たかが知れているというものですわ」
「……」
 もう嫌だ、帰りたい。悪魔にも催涙スプレーって有効かな? そうトレルが思った時だった。
「探したよー、トレル!」
 大きな声で言いながら、ヨルがこちらへ駆け寄ってきた。良かった、無事に再会できた。
「あー、ごめん。嫌な奴に捕まっちゃって」
 と、トレルは言うと、綾香に舌を出してからその場をさっさと離れて行った。タイミング良くあの場所から離れることが出来て、ほっとしていた。
 綾香は「大人げない奴だな」と、その背中を見送る。

 大学の外へ出ると、八雲がそわそわしながら待っていた。
「トレル!」
 その姿に気付いたトレルは表情を明るくさせた。
「あ、やっくんだー」
 八雲はすでに彼女のそばについているヨルたちを見たが、構わずに言った。
「これから葦原まで行くんだろう? 付いて行っても良いか?」
「んー……別に良いよ」
 また何か美味しいものをくれるのではないか、という期待からトレルはそう返した。八雲はすると、トレルのすぐ隣に立って歩き始めた。