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なし

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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

リアクション


第1章


「えー? 超帝だめですか、超帝?」
 ラビットホール総合管理室の中。湯島 茜(ゆしま・あかね)がこの台詞を口にするのは何度目だろうか。
「折角の仮想宇宙なのにもったいない。巨大校長出しましょうよ!」
 そう言って、周囲の管理メンバーをつかまえては懇願してみるが、
「ただ校長のアバターを出すんならともかく、超帝はないと思うなぁ」
「どれだけのデカさになるのか分かってますか? あの仮想宇宙に入りきらないですよ?」
と、相手にされない。
「ねぇねぇ、あなたも思うでしょ? 宇宙超帝見たくない?」
 自分と同じように、外部から手伝いに来た学生に話を振ってみても、例えば天御柱学院から来た柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、
「システムに過剰な負荷をかけるような事には、俺は賛成できない」
とぶっきらぼうに答えるし、蒼学のエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)に至っては、
「悪い。俺今忙しいんだ」
とむべもない。
 茜は溜息をついた。
「……みんな夢がないなぁ」
「そこまで言うなら、な」
 見かねたエヴァルトが、室内の一段高い席を指さした。
「統括席にいるトップを説得してきたらどうだ? それで断られたら、いい加減あきらめろ」
 壁に大小様々なサイズのモニターや、操作盤や作業机が並んでいる大きな部屋を見渡せるその席には、今はエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)と、ひとりの青年――と呼ぶには少し歳を食っているような、貧乏学者といった風情の男が並んで座っている。
(あの男が、ゼレン・タビアノス――今回の「宇宙飛行」の仕掛け人か)
 茜は小走りに統括席へと向かった。
「失礼します。空京大学の湯島茜と申します」
 まずは丁重にお辞儀をする。
「早速ですが、宇宙超帝エリザベート校長を出しましょう! 引力異常による地球崩壊等のアクシデントが危険というなら、質量はそのままでもいいですから!」
 熱を帯びた弁に、ゼレンは逆に問い返して来た。
「質量増大がなしだと面白みに欠ける気がするんですけどね? 引力の影響とかが出てこないと、せっかくの仮想宇宙に巨大なものの登場する意味が無いのでは、と思いますが」
 この反応に、茜はわずかな手応えを感じていた。完全な拒否、ではない。
「ゼレンさん。女の子に対して『質量』とか『体重』を訊ねたり、それを『増やす』なんていうのはデリカシーに欠けるでしょう?
 それにこう言っては何ですけど、イルミンスール魔法学校校長の要望を無碍にするのは、相当な失礼に当たるのではないか、と」
「私は失礼だなんて全然思ってないですぅ」
 傍らにいたエリザベートがそう答えた。が、彼女の眼差しには、全く別なサインがあった。
 ――もっと言ってやれ。
 眼のサインを茜はそう読み取った。
 ゼレンは溜息をついた。
「湯島さん。そこまであなたは宇宙超帝エリザベート様が見たいですか?」
「見たいですね。ぜひとも見たいです」
「何があなたをそこまで駆り立てるんですか?」
「リアルはもちろん仮想現実内と言えども、身長が1万キロメートル単位の巨人を拝む機会なんてもう一生無いでしょうからね。これはもうロマンですよ、ロマン」
「……ロマン、ねぇ?」
 ゼレンは再び溜息をついた。やれやれ、とでも言いたげに頭を振る。
「なるほど……なら仕方ありません」
 そう呟くと、机のブックエンドからファイルを一冊取り出し、茜に渡した。背中には「ボツ案・ボツ企画」とラベルが貼られ、木口には色とりどりの付箋がびっしりと並んでいる。
「確か、緑系統の付箋のどれかが、『超帝』についての資料だったはずです」
「……はい」
「最初のシミュレーションは30分後に開始されます。それまでにできますか?」
「……やって見せます!」
「20分で終わらせて下さい……すみません! 手空きの方、どなたかこちらの人に手を貸してあげてくれませんか!?」
「やれやれですぅ。私はどうでもいいんですけど、遠方の客人の要望ならば、仕方ないですぅ」
 口元の緩みを必死に抑えている風で、エリザベートは答えた。
 茜は統括席から辞する時、横の机に並べられている資料を、ちらりと一瞥した。
 宇宙物理学の教科書や専門書、研究書に加えて、航空力学やロケット工学、「NASA」や「JAXA」のロゴが入った書物がずらりと並んでいる。
 それだけでも壮観だが、その脇に乱雑に散らばっているスペースオペラもののDVDや、宇宙を舞台にしたゲームが気になった。
(――そうか。仮想宇宙があんな設定になったのはこういうのも理由だったんだ)
 軍事要塞化した機動惑星との戦いにならなかっただけ、まだ大人しかったのかも知れない。

(おぉ――)
 成り行きを横目で見ていたエウァルトは、小さく声を上げた。
「やってみるもんだなぁ。大したもんだ」
(なら、こっちも負けちゃいらんないな)