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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第1回/全3回)

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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第1回/全3回)

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第3章 ワーム出現

 カイが奄月を抜き、その場を離脱するとほぼ同時に、巨大ワームが広場の舗装を突き破って現れた。
 噴水が破壊され、油が飛び散ってワームにかかる。そこに、すかさずレン・オズワルド(れん・おずわるど)の放った銃弾が火をつけた。
 ワームを燃やし尽くすには油の量も火力も全く足りないが、皮膚を焼き、呼吸を困難にさせるには有効だ。
 驚いたワームが暴れて火を飛ばすのを封じるべく、奈落の鉄鎖も放ったが、レン1人分では全然封じきれない。それと見てとるや、各地で避難誘導をしていたアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)瓜生 コウ(うりゅう・こう)六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)、そして礼拝堂の窓から淳二が、次々と奈落の鉄鎖を放った。
「ほらほら、今のうちにさっさと横断して、あそこの礼拝堂にでも逃げ込みなさい」
 ワームの動きが、止まらないまでも鈍ったのを確認して、鼎が向かい側の礼拝堂を指差す。
「無理よ……たどり着く前にやられちゃうわ」
 子どもを抱き上げた女性が今にも泣き出しそうな声で言った。
 もう片方の手には、ひくひくとしゃくり上げる男の子とつながれている。
「もうおしまいだ……反乱軍なんか受け入れたりするから、こんなことになるんだ…」
 がっくりと肩を落とし、つぶやく夫らしき男。
「ばかを言うんじゃありません!」
 ガッと胸倉を掴み、引き寄せる。鼎の赤眼が、真っ向から男を見据えた。
「彼らを受け入れる前、あなたたちは平和だったとでも言うんですか? 何不自由なく暮らしていたと?」
「だけど、これはみんなあいつらのせいだ!」
 男の手が、ワームを指す。
「分からないやつですねぇ…。だれのせいとかいう問題じゃないんです! 破壊がなければ、それは町の脅威じゃないんですか? 食物の不作や水不足による餓死は、町への侵略じゃないとでも?
 キミたちはとっくに襲撃されていたんですよ、ネルガルによってね!」
 キミたちが自覚していなかっただけで!
 そこまで言って、ぽい、と男を放り出した。
 説得に飽きたらしい。あるいは、言うだけ無駄と思ったか。
「あそこまで走るか走らないか、キミたちの好きにしなさい。私は行きます」
 少し先でとめてあった飛空艇へと歩を進める。またがって、ちらと背後に視線を飛ばすと、ワームをちらちら伺いながら礼拝堂へ走り出す家族の姿があった。
 最初からそうしていればよかったのに。ふん、と鼻を鳴らして、飛空艇を浮き上がらせる。
 その先では、レオナ・フォークナー(れおな・ふぉーくなー)が真下のワームの口内目がけて機晶キャノンと六連ミサイルポッドを同時に叩き込もうとしていた。
 重火器で一気に内部から破壊するつもりだ。
 1発でもはずれれば、町に被害が出る。スキル・シャープシューターを発動させ、確実にしとめようとした刹那。
 1匹目を押しやるようにして、2匹目の巨大ワームが出現した。



「ちくしょう、ここじゃ狭すぎる」
 互いを威嚇・牽制しあい、口をガチガチいわせつつ伸び上がった2匹のワームを見下ろして、天城 一輝(あまぎ・いっき)はうめいた。
 先の1匹を追うようにもう1匹もすぐ横へ出現してくれたまではよかったが、ワームはあまりに巨大で、広場は小さすぎた。
 少しふらついただけで――互いが互いにぶつかった反動だけでも、周囲の家屋を破壊してしまうだろう。臨時避難場所となっている礼拝堂は言うに及ばず。
「町長と接触はできたか?」
 銃型HCを介して町のどこかにいるユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)に呼びかける。
 まさか通じていないのでは、と思える十数秒の沈黙のあと、ユリウスから返事が返ってきた。
『南西の端だ。そこに無人区がある。そこならばと、どうにか許可がもらえた。ただし、外壁に近いから気をつけてほしいとのことだ』
「分かった」
 南西の方角へ視線を流す。南と西の避難場所からは十分距離がある。
 だが、そこに通じる道は人間サイズだ。このことを町長は気づいているんだかどうだか。
(仕方ないよな。こればっかりはどうしようもないし。
 こっちはわざわざ確認しなくても、無言の了解をもらったということにしとくか)
 というより、確認をとっていたら先の許可まで引っ込められる可能性が高いので、一輝はあえてそう理解したことにした。
 もしあとで追及されたら、すっとぼけよう。
 飛空艇の高度を下げて、地上に向かう。
「本当に無人か、一応確認しとけよ」
 子どもが隠れていたりとか……ありがちだ。
『今ほかの者たちと一緒に向かっているところだ。だが、できるだけ時間稼ぎをしてくれ』
 ユリウスの通信はそこで切れた。
「時間稼ぎねぇ…」
 さあどうしようか?
 機関銃を撃って気を引くにも、移動しながらは撃てないし。
 ふと、瓜生 コウが屋根からスナイパーライフルで狙撃しているのが見えた。
 ワームからの毒液攻撃を、フックのついたロープで移動することでかわし、次々と場所を変えながら攻撃している。常に同じ場所を的確に狙っているためか、既にワームの1匹からは目をつけられているようだ。
「コウ!」
「なんだ」
 着地点を読まれ、吐き出された毒液を氷術で凍らせて防ぎながら応じたコウに、一輝は手早く計画を説明した。
「了解。おとりになればいいんだな」
 町の地図は頭に入っている。
 コウは銃撃の後、いくつか屋根を渡って、南西の無人区へと続く道へ飛び降りた。
「頼む。俺は何人かに先回りを頼んでから合流する」
「分かった。
 ――おとりになるのはいいが、できるだけ時間を稼ぎつつとは……面倒な注文をつけてくれるものだ」
 離れていく一輝を見ながら、コウはひとりごちる。
 振動もワームには効果があるだろうから箒はやめて走るとして……背後が心もとない。毒液をくらったらアウトだ。
 そこにふと、真上から人型の影が落ちた。緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が、地獄の天使を用いて浮かんでいる。
 2人の会話を聞いていたのは、自分を見ている目を見れば分かった。
 そしてここにいる。
 コウは、ニッと笑った。


「こっちだ! 来い! でかぶつめ!」
 コウの大音声が広場に響き渡った。
 2匹を引き離す作戦は、一輝によって周知済みだ。
 放たれる銃弾と氷術、そしてブリザード。攻撃をしているのがその2人だけというのもあって、奈落の鉄鎖を受けていない1匹が、あきらかに2人へと向き直った。
「かかった! 行くぞ!」
 走り出すコウ。
 その背を狙って放出された毒液を、遙遠の罪と死が吹き飛ばす。
 ワームは舗装路をめくり上げ、左右の家屋を押しつぶしながら2人を追って広場から離れて行った。

*       *       *


 ワームの咆哮、建物が破壊される音、攻撃音や振動がひっきりなしに起こる中、礼拝堂では大勢の一般市民が肩を寄せ合って震えていた。
 広さにはまだ余裕があるのだが、みんな中央に集まって、互いに触れ合うことで落ち着きをとろうとしている。ほとんどが老人と子どもで、あとは彼らに合わせて避難していたために逃げ遅れた保護者たちだ。
 ここが礼拝堂ということもあってか、彼らはひたすら女神イナンナに祈っているようだった。
(こんなの、よくあることじゃない)
 彼らの姿に、玲奈は鼻を鳴らした。
 たしかに揺れてギィギィ鳴ったりパラパラ埃を落としてくるこの建物は、別の意味でおっかない。町の建物は耐久性があまりないみたいだし。だが少なくとも自分はワームごときにびびったりはしない。
(でも、これってチャンスじゃん?)
 全員注意は外へ向いていて、こちらを振り返りそうにない。多少物音をたてても、外の騒がしさにまぎれて気づかれないだろう。
 こういう所には、秘密の抜け道とか隠し扉とか、あるのがお約束ってものだし。
 玲奈は抑えきれない口元の緩みを隠そうと手で覆うと、こそこそ祭壇へ近づき、周辺を物色し始めたのだった。


 一方で、彼らの気をまぎらわせる意味もこめて、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)はすぐそばにいた中年女性に語りかけた。
「え? 領主さまのことだって?」
「ああ。どんな人か、知らないか?」
「さあねぇ…。こんな小さな町じゃ、視察のときに遠目から見るぐらいしかないからねぇ。滞在されるタイフォン家のお館つきのメイドとかなら、知ってるかもしれないけど……それもどうだかねぇ」
「そうか」
 考えてみれば当たり前か。ここはそもそもタイフォン家の領地だと言ってたし。
 ネルガルが台頭する前後に彼の周りに何か変化は起きていないか、彼の周囲に不審な人物が出入りしていないか――訊いたところで無駄だろう。
「あんた、反乱軍なんだろう? セテカさまにお訊きするといいよ。あの方はお小さいころからずっとお側におられたんだから」
「ああ、そうだな」
 あきらめかけたとき。
「……いいおぼっちゃんだったよ、あの方は」
 ぽつり、右奥に座っていた老女がつぶやいた。
「何か知ってるのか?」
「ずっと昔さね。セテカさまと、何度か休暇をすごしに来られていた。ご両親と来られたときもある。仲のいい親子だった。そうそう、3年ほど前に1度、エリヤさまも連れて来られたことがあるよ」
「エリヤ?」
「歳の離れた弟君だよ。領主さま自身まだお若いのに、両親を一度に失って、重責ある領主の地位につかれて。さびしかったんだろうねぇ。残された赤子のエリヤさまを、とても大切に可愛がっておられるようだった。
 エリヤさま自身、領主さまを慕っておられてね。まだ5つだったのに歳のわりには妙に落ち着いてるというか、もの静かというか…」
「覚えてるよ、おれ」
 母親に抱かれていた少年が、母親の胸に顔を押しつけたまま言った。
「エリヤだろ? いくら遊ぼうっておれたちが誘っても、本読んでる方がいいって、遊ぼうとしなかったんだ」
「そうそう。追いかけっこしてても、すぐ息切れしてやめちゃうんだ。こんなの面白くないって。
 本ばっかり読んでて、つまんなかったな」
「……なんか、さっきからみんな、過去形で話してないか?」
「人質に差し出しちゃったからだよっ」
 ふてくされた声で、横の少女が言った。
「西や南みたいに抵抗もせず、わが身可愛さでさっさと渡しちゃった。とんだ弱虫だよ、うちの領主さまは。なさけないったら…。
 この襲撃だって、領主さまは知ってたんだ。なのに何もしてくれなかった! あたしたちを見捨てたんだ!」
「そんなことはない!」
 立ち上がったのはジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)だった。
「俺たちはバァル・ハダドの命により、救助にきた冒険者だ。なぜ今度の襲撃が分かったと思う? 彼が知らせてくれたからだ。そして、この町の民を救ってくれと。
 ちゃんと彼はきみたち領民のことを考えている!」
 うそだ、とトライブは沈んだ心で思った。
 襲撃を知らせたのはアガデにいる反乱軍の仲間だ。
 だが必要なうそなのは、ジークフリートを見上げる人々の表情で分かった。またたきもせず、一心に見入っている少女の目から、ぽろりと涙がこぼれる。
 避難を促しているときから、ジークフリートにはうすうす分かっていた。
 反乱軍を受け入れることを決めたからといって、彼らの心が領主から完全に離れたわけではない。彼らが、強気を口にしながらもこれは領主に対する裏切りではないかという後ろめたさを抱えていることも、透けて見えた。
「ほ、本当に領主さまはわしらのことをお考えで…?」
「ああ、大丈夫だ。安心しろ」
 ジークフリートは、自分の手をぎゅっと握り込んだ老人の肩をさすって、気持ちを落ち着かせようとする。
 そのとき、何かが彼の頬をかすめて通りすぎた。
 ありがとう、というささやきが聞こえる。
 かすかな風と、やわらかな絹の感触。
 褐色の肌の少女が、扉に両手をあてて、こちらを振り返っていた。
「ああ……まさか…」
 老女が目を見開き、よろよろと立ち上がる。
「そうだよ、みんな。彼の言う通り。だれもあなたたちを見捨てやしない」
 少女はにっこり笑うと、扉を開き、外へ駆け出して行った。
「あ、おいっ」
 あわてて駆け寄ったが、止めようにもすでに少女の姿はどこにも見あたらない。後ろ手に扉を閉めたジークフリートは、祭壇でわなわな震えている玲奈に気づいた。
「う、ううううううそっっ! やだ! あた、あたし、見ちゃったっ!! あれ、こ、ここの女神像だよ!?」
 パッと指差された祭壇の台上からは、たしかに、そこにあったはずの女神像が消え失せていた。