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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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第5章 奪還への道標 5

 さて、いずれにしても、これで目的は果たされた。石像の間を出ようと、出口に向かうシャムスたち。
 すると――冷たい声がかかったのはそのときだった。
「そこまでですわよ」
 振り返ったシャムスたちの視界に映ったのは、純白の鎧に身を包む謎の敵だった。禍々しいフルプレートの鎧の奥で不敵な笑みを浮かべる口角だけが僅かに見える。
 純白鎧の横にいるのは、まるで執事のような立ち振る舞いの青年だ。常に純白鎧の後ろに立ち、付き人のような関係であるだろうということがすぐに分かる。
 カチャ……と、無機質な音を立てて、純白鎧は魔道銃を構えた。
「ただの兵士ではないですわね。南カナンの手先かしら?」
「ハハハ、アヤ様。アレが飛んで火に入る夏の虫というものでしょうか」
 アヤ――アルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)にそう呼ばれたそいつは、シャムスたちが兵士に変装していることを見破っているらしい。声色は女だった。
 そこにいる者は誰も知らなかった。彼女が何ら歳のそう変わらぬ地球人の娘――天貴 彩羽(あまむち・あやは)であることを。
 彩羽の身体を包み込むのは、彼女のパートナーであり魔鎧のベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)だ。純白でありながらも闇色濃き力を纏う魔鎧は、ただ従順に彩羽に従って鎧という形を形成するのみ。
「…………」
「黙っているということは肯定ととってよろしいかしら」
 彩羽の声がシャムスたちを追い詰める。ついに、シャムスが口を開いた。
「貴様……何者だ?」
 見たことのない、兵士かどうかもわからぬ女。シャムスは、戸惑いを隠せなかった。
「ようやく喋ったかと思えば、何者だ? ですか。まったく礼儀がなっていませんネ」
「名乗る必要はありませんわ。なぜなら――」
 再び、今度はシャムスに照準を合わせて魔道銃が動いた。そして――
「あなた方は、ここで死ぬのですから」
 引き金が絞られた。
 魔道銃の弾丸が、シャムスへ向けて飛来する。だが、そのときにはすでにクマラの身体が動いていた。
「危ない、シャムス!」
 シャムスを押し倒したその瞬間に、弾丸はそれまで彼のいた空間を穿つ。
「ミネルバ! 行くわよぉ〜!」
「あいあいさー!」
 そして、次の時にはミネルバとオリヴィアが動き出していた。剣を掲げて、純白鎧の敵に飛び出すミネルバ。敵も再び魔道銃の引き金を引こうとするが、オリヴィアの神の目の輝きがそれを防いだ。
「ぐぅ……!」
「いっくよー、そりゃああぁっ!」
 隙を突いて、ミネルバの剣が敵を斬り払う。かろうじてそれを防ぐも、彩羽は刃先の力に弾かれて吹き飛んだ。
 このとき、気づけばシャムスたちは潜入を開始してもう三時間が経過しようとしていた。
 ルカの目配せが、円に繋がる。
「ここまで来れたことは褒めてあげますわ。でも……侵入者は捕まるのが世の常ですわよ」
 彩羽の銃口がシャムスたちを狙った。だが、その瞬間に円の懐中時計が音を鳴らす。
 時間の感覚は、まるでスローモーションを見ているかのように遅くなった。
「今よ!」
 次いで、ルカの声とともにシャムスたちは逃げ出した。追いうちをかけるように放った円のサイコキネシスは、彩羽の足を動かなくしてしまう。
 しかし、彼女は諦めていなかった。
「く……こんなことで――」
 壁にしがみつくようにしてかろうじて体勢を保ったまま、魔道銃は咆哮する。
 銃弾はシャムスの身体を貫く――かに思われた。
「なっ……」
 瞬間――突然現われた少女の剣が、一瞬にして弾丸を真っ二つに斬りおとした。その姿は……砂漠で出会ったあのイナンナにそっくりで。
「イ、イナンナ様……!?」
「違う」
「え、で、でも……」
「いいから! 早く! 時間がない!」
 兵士たちの間も慌ただしくなってきている。とにかく、今は逃げ出すのが先決だ。少女に急かされて、シャムスたちは石像の間を後にした。



 騒動に気づいた兵士は、シャムスたちを追いかけてきていた。先導するダリルのルート選択に従って、逃げ続ける一行。階段を降りて一階にたどり着く頃、あらかじめ待っていたルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)と緋山政敏らが彼らと合流した。
「ルース! お前、今までどこにいたんだっ!?」
 エースの叱責するような言葉に、彼は状況を分かっていないように軽く笑う。
「いやいや、ちーと不安なこともあったもんでですね。ちょっと手まわしを、と」
「手まわし?」
 首をかしげる仲間たちだが、とにかく追手の兵士が近づいて来るのをどうにかせねばならない。すると、ルースが彼らを導いた。
「こっちですよ、こっち」
「ちょ、ちょっとルース、ソフィアたちへの連絡は……」
「それもこっちで済ましておきましたよ。逃走の準備を進めているはずです」
 彼は計画通りと言わんばかりに、シャムスたちを導いて出口の方角へと向かった。しかし……こうも敵に阻まれる状態では、どう脱出するべきか。
 シャムスは不安げにルースへと問いかける。彼は、自信ありげにニヤリと笑った。
「なにか脱出の方法があるのか?」
「……外に優秀なやつが待ってるんですよ」



「ええと、こうかな?」
 軍用バイクの上に乗ったスナイパーライフルを岩の上に設置すると、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は狙撃用の照準レンズから砦を覗きこんだ。
「フリンガー、どうやらシャムス殿たちは追手から逃げているようじゃぞ」
 上空から、魔法翼で飛びあがっていた天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)が声を張って知らせてくる。
「ソフィアさんの言う通り、発見されたのかな?」
「……そうみたいですね。麗夢、援護をお願いしていいですか?」
「最初っからそのつもりだって!」
 フリンガーに軽快な声で答えて、綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)は事前に用意していたギャザリングヘクスのスープを飲んだ。いわば、魔女のスープのようなものである。体内に沁み渡ると、麗夢の魔力が徐々に増幅してくる。
「狙いは……砦の城壁!」
 麗夢の右手が突き出されるとともに、増幅されたサンダーブラストが砦を攻撃する。
 集約された電撃の炎は、砦を揺さぶった。
 同時に、幻舟が飛び出してきた兵士たちの前に降り立つ。
「久しぶりに腕がなるわい。かかってくるんじゃなっ!」
 どう考えても戦うような見た目に見えない老婆が、軽やかな動きで剣を構えた。
 兵士たちは戸惑うが、それの隙をついて幻舟の剣が敵を斬り裂く。
 ただの老女ではない。そう気づいた時に、ようやく兵士たちは老女に立ち向かった。だが、遠方から飛ぶは、スナイパーライフルの弾丸である。
「ぐぁっ……!」
「ぐふ……」
「て、敵の狙撃だああぁ!」
 的確に、かつスピーディに、フリンガーの指先が引き金を引くと、それに呼応するかのように敵の身体が撃ち抜かれる。
 逃走ルートはこの調子で確保できる。あとは、ソフィアやカルキノスたちが逃走手段を用意してくれるのを待つのみだ。その間は、敵を引きつける。
 幻舟のスピードは、老女とは思えぬほど速かった。バーストダッシュで強化される脚力は、砂漠でありながらも砂をまき散らして敵の中央を駆けまわる。
「弓兵、弓兵いいぃ!」
 フリンガーたちの狙撃に対抗するように、敵は弓兵を呼んで矢を放ってきた。しかし、そこは麗夢の魔術もある。
「させないもんね!」
 火術と氷術を組み合わせた魔力の球が、フリンガーのスナイパーライフルとまではいかなくとも弓兵にヒットした。
 燃える敵兵は砦の上層部から舞い落ちる。
 まだか、まだか。フリンガーはシャムスたちの姿が見えるのを待ちわびた。
「お願いします……無事でいてください……」
 そして――



「イ、イナンナ様じゃないんですか……? へー、またえらく似てるんですねぇ」
「朔・アーティフ・アル=ムンタキム――それが、私の名だ!」
 ルースの茫然とした声に気高く答えて、朔・アーティフ・アル=ムンタキムこと鬼崎 朔(きざき・さく)は前方を阻む兵士を烈風の速さで一掃した。
 確かに、よくよく見てみるとイナンナとは似つかぬ部分も多い。瞳の色もそうであるが、刺青や服装も微妙に違う。
 まして――彼女の剣さばきは歴戦を戦い抜いてきた冒険者のそれである。
「しかし……朔・アーティフ・アル=ムンタキム……どっかで聞いたような名前ですね。それに、あんたの雰囲気もどこかで見たような気が……」
「…………」
 幼き少女ながらにこの剣の腕だ。確かにどこかで見たことがあるにしてもおかしくはないだろう。とはいえ……
「今は、それどころじゃないだろう!」
 朔の言う通りであった。
 兵士をなぎ払いながら突き進むシャムス一行。もうすぐ出口付近だ。
 すると、出口の方では何やら騒ぎが起きていた。兵士たちもそちらの騒ぎで手いっぱいらしく、シャムスたちの相手と一杯一杯になっている。
「な、何が起こってるんだ?」
「あれがさっき言ってた優秀な奴ですよ。おっと、きました」
 瞬間――どこかから飛来した閃光のごとき弾丸が、シャムスたちを阻んでいた兵士を一撃のもとに撃ち抜いた。続いて、サンダーブラストの鮮烈な輝きが起こり、砦を揺さぶる。
 そして――シャムスたちはその隙に乗じるように砦から脱出した。
 そこで待っていたのは、ソフィア、カルキノスとエオリアだ。彼女たちは引き連れてきたパラミタホースや軍用バイク、小型飛空艇などを用意していたのである。
「早く! すぐにここから離脱しましょう!」
 それぞれが各々の乗り物に乗りこみ、砦から脱出する。
 あとに残されたのは、城門がかなり破壊されて大騒ぎになる砦だけであった。煙が舞いあがり、城壁は崩れ落ちている。
 城門から出てきた純白鎧の彩羽は、混乱する砦から遠ざかる影を見つめていた。
「貴方たちと私……どちらの力が正しいの……?」
 彼女の呟きを聞いた者は誰もいない。ただ全ては、それが戦いの始まりを告げる夜であると――そんな予感だけが、確かなものであった。