天御柱学院へ

なし

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ロマンティックにゃほど遠い

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ロマンティックにゃほど遠い

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第12章


「おっ!」
「あっ!」
 校内を縦横無尽に走り回り、手当たり次第に可愛い子をはむはむと噛んでいた月代 由唯は鵠翼 秦に追われながらも足を止めた。同じく校内を果てしなく迷子になりながら好みの相手を噛みまくっていた嘉神 春を見つけたのだ。

 そこに、足を止めた由唯に秦が追いついた。
「やっと捕まえたぞ! いい加減にしろ!」
 と、自身の禁断症状に我慢しながらも説教する秦。だが、その説教も長くは続かない。

 何故ならば、挨拶もそこそこに春が秦の頬に噛みついたからである。
「な、何をする!!」
「ううぅ〜ん、おいしぃ〜」
 と、単純に好きという感情であれば、男女年齢問わず好き春はワリと誰にでも噛みついて来た。
 ただ、年上の見目麗しい男性は特に好みなようだ。

 つまり、秦は大好物であった。

「おお〜、相変わらず可愛いなぁ〜」
 と、由唯もそこに混ざって春の頬を噛み始める。
 するとまた由唯の顔が近くなるので、せっかく我慢していた症状がぶり返して苦しむ秦。

 そこに春のパートナー、神和住 瞬もやって来た。
「なんだ、ここにいたのか。今日はあんまり好みの子がいなかったよ〜、やっぱうちの子は特別美味しいな……あ、でもこっちもなかなか」
 と、秦に噛みついている春に噛みついている由唯を見て、さらに由唯に噛みついたり春に噛みついたり、味見とばかりに秦に噛みついてみたりする瞬だった。

 つまり、辛うじて正気を保っているのは秦一人である。

「だ、誰か……早くこいつらを何とかしてくれー!」


 という秦の叫びも虚しく、ひたすら噛みつかれ噛みつき、を繰り返す一行だった。


                              ☆


「邪魔するよー。順調に難航してるようだねぇ」
 茅野 菫はダイエット研究会の扉をくぐった。
 中にいるのは、エース・ラグランツとエオリア・リュケイオン、火村 加夜、そして入り口で固まったままのクァイトス・サンダーボルトと部屋の隅に転がされた閃崎 静麻。そしてダイエット研究会のメンバー五人だ。

「……順調なら難航とは言わない」
 憮然とした顔のまま椅子に座っているエース。何しろ、捜査に来たはいいが科学室から目ぼしい発見はなし、それどころかクァイトスのミサイル乱射で部屋が更に荒れ、ようやく片付けに一段落したところで捜査が遅々として進まないのだから、イライラする気持ちも分かる。

「ふーん……その様子だと証拠品はなし……か」
 涼司から情報は逐一入ってきている。ルカルカから流れた情報から、ダイエット研究会の会長が不在なことも、街の売人から薬を買った疑いが強いことも分かっていた。

「ここは? ――ふん」
 菫は静麻が見つけたカーテンのかかった薬品棚をめくった。エースが呆れ顔で告げる。中にはまだ残された美少女フィギュアや同人誌が置いてある。
「ああ――ここのメンバーの私物だと。大事なものらしいから……」

 だが、その状態――クァイトスが吹き飛ばしてしまったという事実は除いても、その保存状態を見た菫はエースの言葉を一笑に付した。


「大事なもの? 笑わせるな、こんな薬品や臭気の強いところに変質しやすいフィギュアや本を置いておくものかっ!!!」


 菫は片手でそのフィギュア群をまとめて弾き飛ばした。
「おいおい……」
 さすがに椅子から立ち上がって止めようとするエース。いくら容疑が強い連中とはいえ、そこまで勝手なことをしていいわけではない。
 だが、菫はそれを片手で制した。

「落ち着きなよ……ほら、これだ。本当に大事なのは……これだろ?」
 奥に一体、かなり乱暴に吹き飛ばしたにも関わらず、不自然に立ったままのフィギュアがあった。
 それに手を掛けた時、ダイエット研究会のメンバーの顔色が変わった。

「ま……待て!!」
 菫は無言でそのフィギュアを土台ごと回す。

「あっ!」
 加夜が声を上げた。
 そのフィギュアが連動した仕掛けになっていたのだろう、薬品棚が横にスライドして向こう側にもう一つの部屋が現れたのだ。

「――こういうことさ。本当に大事なフィギュアなら、こんなところでケースにも入れずに飾るわけないもんな」
 菫は呟いた。加夜もエースもこの方面の趣味には疎いため、そういう心理までは思い当らなかったのだ。

 奥は、もとは準備室のようなものだったのだろう、狭い作りになっている。
 だが、狭いなりにきちんと薬品や器具が並べられたその部屋は、本来の化学室よりもこちらの部屋がメインの部室であることを思わせた。事実、その奥には今も一人の男子生徒が机に座って薬品の調合をしているのが見える。

「――やはり、時間稼ぎ程度にしかならなかったか」
 男子生徒は振り返り、椅子を立った。やや太った、小柄な男だ。化学室の方からダイエット研究会のメンバーが声を掛ける。
「会長!!」

「……するとあなたが……」
 加夜は一歩前に出た。会長と呼ばれた男は頷く。
「はい……俺が、ダイエット研究会の……まあ、会長ってことになるのかな……」
 男の声はくぐもって小さく、聞き取りにくい。
 加夜は、ダイエット研究会のメンバーを振り返り、一応確認を取った。

「会長さんはどこに行ったか知らない、って言っていませんでした?」
 ふん、と男は首を振った。
「そんなことは言っていませんよ。この部屋を出て行ったところまでしか見ていない、と言っただけです。こっちにいることは知っていましたけどね。僕は会長がどこに行くかとは『聞いてませんでした』から」
 堂々とした詭弁であった。
 まあ、そんなことだろうとは思いましたけど、と加夜はため息をついた。
「そこまでして会長さんをかばう理由はなんですか? これほど多くの人に迷惑をかけておいて……!」


「そこまでにしてくれ……俺が彼らに頼んだんだ、解毒薬が出来るまでの時間稼ぎをしてくれって」


 会長が呟いた、その一言に全員が振り返る。
 エースは、部屋の様子などを観察しながらも、会長に言った。
「じゃあ、全校に放送をかけたのはおまえか……解毒薬を本当に作っていたのか?」
 こくり、と会長は頷いた。
「ああ……今、すこし時間をおく必要がある……もう30分もして、仕上げをすれば完成だ。放送は、俺が勝手に流したんだ。職員室の鍵の場所は知っていたし、声はコレで変えた」
 と、会長は空になった容器を示した。手書きのラベルには、『He』の文字。
「……ヘリウムガスか。ある意味もっとも単純だな」
「そう……声を変えたのは、少しでも時間を稼ぎたかったから……ここは今あまり使われていない古い化学室だったからね。俺たちが使えるように準備室を改造したんだ」
 そこまで聞いたエースは、最も気がかりだった質問をした。
「そもそも、あのガスを校内にばらまいた理由は何だ? 自分でやっておいて解毒薬は作る、では辻褄が合わない」

「――ばらまいたワケじゃない。思ったよりも気化率が高くて、気付いた時は校内に流れてしまっていた……」
 エースはふん、とため息をついて呆れ顔をした。
「じゃあ、単純な管理ミスか。自分であれだけの効果の薬品を作れるのは大したものだが、それじゃあ薬品に手を出す資格はないぞ」
「……分かってる」
 だが、菫がずい、と前に出てそれを否定した。
「いいや分かってないね。分かってたらさっさと警察なり救急なりに連絡して、然るべき処置をとってもらってた筈でしょ?」
 確かに正論だ。返す言葉もない、と会長はうなだれた。
「……その通りだよ。でも、やっぱり俺は自分の手でせめて解毒薬だけは作りたかった。未認可の薬品だから警察が調べても解毒薬を作るのには時間がかかる……その間、学園のみんなを苦しめたくなかったんだ……」

 はん、と両手を挙げて大げさなジェスチャーで肩をすくめる菫。エースと加夜に向き直った。
「で、どうするんだいこいつ? 今すぐとっ捕まえて警察行き? 別にあたしはそれでもいいんだけどね」
 会長はその言葉を聞くと、小さい菫にすがって頼みこんだ。
「た、頼む! あと30分、それだけ待ってくれ! そしたら解毒薬ができるんだ、そうしたら自首するから……頼むよ……」
「ええい、触るな気持ち悪い!!」
 と、菫は涙を流して懇願する会長を突き飛ばして一歩下がった。代わりに加夜が口を開く。

「ええと……会長さん。そもそも、あのガスはどうしてできたものなんですか……?」
 しゃがみ込んでうつむきながらも、会長はぼそぼそと答え出す。
「ダイエットにおいて、噛むことはとても重要なことなんだ。だから、あの薬を使って『噛む』ことそのものを『好き』になるように調整したかったんだ。それにより健康的に食事の量も調整できるし、歯や脳への刺激にもいい……だけど調合が間違っていたんだろうな、感情をコントロールする部分がおかしくなって、『好き』なものを『噛む』薬に変化してしまったんだ」
「もうひとつ……どうして、皆さんはダイエット薬を作っていたんですか? 皆さん男性ですし……そこまでダイエットが必要というわけでも……。まして、違法な薬物に手を出してまで」
 すると、会長はやや自嘲的な笑いを浮かべた。

「ああ……きっかけは簡単なことだったよ。ダイエットの研究とかしてるとさ、女子と話しやすいんだ。サプリの組み合わせとか、ダイエット方法の科学的根拠とか……そんな話でアドバイスもできるし、頼りにもしてもらえる。そうしたら次はもっと効果のあるものを……ってね」
 エースはより一層、呆れた顔をした。
「おいおい、まさかそんな下らない理由で研究に没頭してたって言うのか?」
 会長は、うつむいたまま首を横に振る。
「分かってないね……あんたみたいに格好いい男にゃ分からないだろうよ……ブ男が一回女子に嫌われだしたら、もうまともな会話なんかできねぇんだ……俺たちみたいなのはずっとそうさ……それに、ダイエットが上手くいったって教えてくれる女の子はみんな、可愛くって、眩しくって……そんな娘たちが『ありがとう』なんて言ってくれることなんて、他にないんだ」
 確かに、思春期の少年少女は、時としてどんな大人より残酷だ。偶然が重なり合えばそういうこともあるだろうが……と、エースは考え込んでしまった。

「……で、結局どうすんの、こいつ?」
 菫は、会長の座っていた机を覗きこみ、書いてあるメモ書きや化学式などを読んでいる。
 エースは答えた。加夜はエースの瞳をずっと見つめている。
「ふん……警察に突き出すとなると、この部屋の全部が証拠品だ。警察が来るまでこの部屋でこいつら六人を見張ってなきゃならん。まあ、その間に解毒薬を作るくらいは、多目に見てやるさ」
「エースさん……!」
 加夜はエースに駆け寄って、頭を下げた。心根の優しい加夜は、エースがあくまで厳しい態度を貫こうと言うなら、何らかの進言をするつもりでいたのだろう。

 菫はやや呆れたような笑顔を浮かべて、泣きながら例を言う会長のお尻を蹴っ飛ばした。
「やれやれ……同情かい? お涙頂戴の判官びいきって奴? あたしは忙しいんだ、ホラさっさと作るよ! そろそろ30分くらい経つだろ!」

 その様子を見て、加夜はくすりと笑うのだった。


 そこに遅ればせながら現れたのが影野 陽太(かげの・ようた)だ。

「えーと、こちらがダイエット研究会ですね?」
 と、ややとぼけた様子で入ってきた陽太に、全員が驚きを隠せない様子だ。
 何しろ、しっかり防毒マスクで完全防備の陽太、パッと目で一番怪しい姿にすら見える。

「……今、取り込み中だ」
 エースはいかにも怪しい奴が来たな、と陽太の格好を眺める。陽太は慌てて挨拶をした。
「ああ、すみません……俺、山葉校長に言われて来たんです……ええと、今は解毒薬を作ってるみたいですね……じゃあこっちか」
 と、持って来た材料で何かを作り始める陽太。
「おいおい、何をしてるんだ?」
「ええ、できる限りお手伝いをしようと思って……薬ができるようなら、校内に効率的に散布できるようにしようと思って」
 答えながら、陽太はアーティフィクサーの能力と技術を活かして、軽快にマシンを作っていく。

「ああ、お気になさらずに、どうぞ続けて下さい」
 と、お構いなしに作業を続ける陽太に、ぼかんとした呆れ顔を作るしかない一行だった。