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なし

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ロマンティックにゃほど遠い

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ロマンティックにゃほど遠い

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第2章


「ふみゃうっ!?」

 中庭で変な声を上げているのは匿名 某だ。結局その場で結崎 綾耶に首筋をかぷっと噛まれたのだからまあ仕方ないが。

「い、いや綾耶! ちょっと待とうか!!」
 とはいえ、いつまでも首筋を噛ませているわけにはいかない。綾耶の行動の意図はさっぱり掴めないが、12歳くらいの少女に首筋を噛まれている高校生の図はどう見てもおかしいのだ。
 とりあえず綾耶の頭部と片手を押さえ込んで引き剥がそうと努力する。

 だが、綾耶は瞳を潤ませつつも抗議した。
「……待てません、私は某さんをかぷかぷしたいだけなんです〜! 離してください〜!!」
 普段の彼女からは想像もできない腕力で暴れる綾耶を、何とか取り抑えようとする某だった。


                              ☆


 同じく、愛しい誰かに噛みつこうとするのを抑えるのに必死な者がいた。セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。
 ただし彼女の場合、抑え込みたいのは自分の心に湧きあがる衝動であったが。

「……どうしよう……どうしたらいいのかしら……」
 ご多分に漏れず彼女もガスに感染している。ターゲットは恋人でありパートナーでもあるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)。用足しのついでに学園のカフェテラスでお茶を楽しんでいたのに、どうしてこんなことに。

「ちょっとセレン、どうしたのよ一体?」
 何だか妙にそわそわしているセレンフィリティを気遣う彼女。
 とりあえずカフェを出て、学内に入る。なんだか周囲が騒がしいが、今はパートナーの具合が優先だ。

 だが、当のセレンフィリティはそれどころではない。
 もう一気に襲いかかって押し倒してそのキュートな頬を噛んだらどんなに気持ちがいいだろう。だがそんなことをするわけにはいかない。

 いくら恋人で日常的にキスもしている仲であったとしても、こんなところで押し倒していい筈がない。
 この獣のような衝動を押し付けて、万が一恋人を傷つけるようなことがあったら自分が耐えられないだろう。
 それならば、自分一人がこの正体不明の衝動に耐えればいいだけの話、とセレンフィリティはこの衝動に耐えていたのだ。
 普段からトライアングルビキニの上にコート一枚という格好で出歩き、セレアナにはホルターネックのメタリックレオタードという格好をさせている彼女にとっても、そこら辺の常識観念はあったらしい。

 その時、全校放送が流れる。
「――噛みついて……原因は薬品……ガス……あと一時間……」

 セレアナはハッとセレンフィリティを見た。まるで麻薬の禁断症状に必死に耐えるかのように息を荒げているではないか。
「ちょっとセレン、あなたまさか……」
 事態を確認しようと、セレアナはセレンフィリティの肩に触れた。

 それが引き金となった。

「――きゃっ!?」
 もう我慢できない、とばかりにセレンフィリティはセレアナを押し倒した。
 場所な学園の廊下だが、気付くと周囲の生徒も似たような状態で、今さら彼女らを気にかけるような生徒はいない。

 本人達以外は。

「――だめ!!」
 だがセレンフィリティは驚くべき精神力を発揮した。一度は押し倒してしまったものの、辛うじて立ち上がる。
「ちょっと、大丈夫? ガスに感染してるのよ、落ち着いて」
 ガス? そういえばそんな単語を放送で聞いた気がする。だがその情報はセレンフィリティに何の解決ももたらさなかった。
 一言で言うと。


 落ち着いてる場合か。


「あーっ!!!」
 ついに我慢できなくなったセレンフィリティは頭を振り乱し、廊下の壁を拳で乱打し始めた。少しでも気を紛らわさないと、またさっきのようにセレアナを押し倒してしまうだろう。
 それはあくまでも彼女の本意ではないのだ。ガスせいだからと言って、はいそうですかというわけにはいかないのだ。

「ちょ、ちょっと、何してるのセレン!!」
 その腕を取って、壁を殴るのをやめさせるセレアナ。

 だから触っちゃ駄目だって。

「だめよ、押し倒したりしちゃダメー!!」
 といいつつ、セレンフィリティの体は勝手にセレアナを押し倒していく。


 ――ガン。


 鈍い音がした。
 押し倒した勢いで、セレンフィリティが頭を床に打ちつけてしまったのだ。
「――セレン、大丈夫!?」
 心配するセレアナをぎゅっと抱き締めて、しかしセレンフィリティは笑った。
「そうよ……どうしてこんなことに気付かなかったのかしら」
「どうしたの……何を言っているの!!」
 セレアナの叫びももうセレンフィリティには届かない。
 そして、その絶望的な一言が、セレンフィリティの口から漏らされた。

「――気を失ってしまえばいいのよ」

 ガン、ガン、ガンとそのまま床にヘッドバットを連発する。額が割れ、ぽたぽたと鮮血が飛び散った。

「――やめて!!」
 このままでは本当に気を失うまで頭を強打するだろう、そう思ったセレアナはたまらずセレンフィリティを抱き締め返した。
 ようやく、セレンフィリティの動きが止まる。
「大丈夫……大丈夫よ、そんなことしてくてもいいの……」
「……セレアナ」
 そのまま、セレアナはセレンフィリティの頬に唇を寄せた。

「……ほら。こうしたいんでしょ? 遠慮しなくていいの」
「セレアナ、セレアナぁ……」
 もう我慢などできるはずもない。
 結局、抱き合ったままお互いの頬を耳をと噛み合って、次第に多幸感に浸る二人だった。

「あぁ〜、セレアナのほっぺ〜」
「……セレンのほっぺも、おいしいわぁ……」
 つまるところセレアナも感染していたのだが、それはまた別の話。


                              ☆


「くくく……はぁーっはっはっは!!」
 蒼空学園の廊下、ほとんどの生徒が互いに頬を噛みあったりしている状況下で高笑いを上げるのは月代 由唯(つきしろ・ゆい)だ。


「――ようやく、時代が私に追いついた!」
 ゆらりと、廊下の惨状を眺めて微笑む彼女。


 由唯は普段から可愛い子が大好きで、自分の欲望や本能に逆らうことがない。友人や仲間連中でも可愛い子と見ればちょっと過剰なスキンシップくらいは日常茶飯事であった。
 つまるところ、今の蒼空学園は彼女にとってパラダイス以外の何者でもないのである。

「ありがとう運命の神様的な誰か! いただきま〜す!!」
 こうなった由唯を誰も止められない。手当たり次第、次々と可愛い子に噛みついていく由唯だった。

「う〜ん、噛みたいぃ〜もっとぉ〜。おいしいぃ〜。……あっちの子はどんな味ぃ〜?」

 その状況で頭を抱えるのがそのパートナー、鵠翼 秦(こくよく・しん)

「お、おい、由唯。どうしたんだ? ……そうか感染するとこうなるのか!」
 なんとやっかいな、と秦は可愛い子を見つけては次々と噛みついていく由唯を追いかけて引き剥がしていく。

「何をする、私を止めるなー!」
 由唯は羽交い絞めにされてじたばたと暴れる。
「無茶言うな! この状況で止めないわけにいくか!」
 無理やり押さえつけると、秦が由唯を後ろから抱きかかえるような格好になった。


 ふわりと、由唯の髪の香りが漂った。秦の心臓が高鳴る。
 そう、由唯のみならず、秦も感染していたのだ。


 由唯には想い人がいる。この場にはいないので噛みつくわけにはいかず、そこらの可愛い子に噛みついて気を紛らわしているのが現状なのだ。
 ところで、秦の想い人は由唯である。そして、今現在由唯の想い人はここにはいない。

 つまり、ある意味でこの状況は秦にとってチャンスなのだが、実際にはそうもいかない。
 なぜならば、由唯の幸せを願う秦は、彼女の恋がうまくいくならと自らの想いを封印して見守り、彼女のことは諦めようと決めていたのである。
 それはそれで美しい友情であり、泣かせる話だがこの状況下においては不幸の種でしかない。

「ゆ……由唯……」
 押さえつけた秦の目に、由唯の柔らかそうな頬が映る。その白い肌に唇を這わすことができるなら――

「? 今だ!!」
「げふぅっ!?」
 迷いが秦の拘束を緩めた。一瞬の隙を突いた由唯は秦のみぞおちに肘を入れて、再び可愛い子を目指して突撃していく。

「由唯……待て……」
 激しく咳き込みながらも、症状に耐えながら由唯を追う秦。
 ふらふらと揺れる視界に残るのは、由唯の白い頬。
 さっきは思わず噛みつきそうになってしまったが、勢いで髪つかずに済んで良かったような残念なような。

「――!!」
 秦は頭をブンブンと横に振った。何を考えているんだ、良かったに決まってるじゃないか。
 もし一度でも噛んでしまったなら。


 ――諦められなくなってしまう。


「待てよ由唯! 待てって!!」
 様々な想いを振り切って、由唯の後を追って秦は走る。由唯はというと、ところ狭しと廊下で絡み合う男女の群れに飛び込んで行って、もうその姿は見えなかった。


                              ☆


 一方、梅沢 夕陽(うめざわ・ゆうひ)は迷っていた。
 自分のパートナー、ブリアント・バーク(ぶりあんと・ばーく)に噛みついていいものかどうかについて、である。

 結論から言うと、もの凄く噛みつきたい。ドラゴニュートであるブリアントの固そうな皮膚がどんな味なのか確かめたい。その横顔を見ているだけで衝動が抑えられなくなるのを感じる。
 だが、夕陽は先ほどの放送も聞いていたし、周囲の状況から情報を得てもいた。

 誰かに噛みつくということは、その相手に好意を寄せていることを知られてしまう、ということ。
 まだちゃんと想いを伝えていない彼――ブリアントとの関係が壊れてしまうのが怖かった。下手をすると今まで通り一緒にいることすらできなくなってしまうかもしれない。

 それだけは避けなくては。

 その迷いに身体を震わせる夕陽、ちなみに彼はそこそこの肥満体であり、現在の体重は、身長162cmに対して100kg。


 ところで、ブリアント・バークは迷っていなかった。
「ふむ……なにやらおもしろ……いやすばらし……ゲフンゲフン、どうやら大変なことになったようだな」
 ようやく言い直したブリアントは、ちらちらと自分の頬に熱視線を送る夕陽に向き直った。

「おまえは大丈夫なのか?」
「……え、いや……その……」
 まだ迷いがある夕陽は、ブリアントの顔をまともに見ることもできない。少しだけ視線を逸らして、どうにか自然に振舞おうとブリアントとの距離をとる。
「この拡大状況では誰が感染してもおかしくない。そう……誰が……」

 はたと気付いた。誰が感染してもおかしくないのであれば、誰が誰を噛んでいてもおかしくないということではないか。

 夕陽は意を決した。このままでは状況に流されてしまう、一度ブリアントの側を離れよう。
 だが、そう思った矢先にブリアントが夕陽の両肩を掴んだ。
「――え」


「夕陽。感染した。噛ませろ」
 何というまっすぐな嘘!!


「え、ちょっと待って、自分はそんな!」
「いいから噛ませろ、減るもんじゃあるまい!!」
 この機会を逃してなるものかと夕陽に迫るブリアントだが、何とかその両腕をすり抜けて逃げだす夕陽だった。

 二人は、その辺で抱き合う恋人たちを蹴散らしながら猛鉄な勢いで逃げて行く。

「いたっ」
「どうしたの?」
「ううん、何でもない。それより……」
 その際、セレンフィリティの足を踏んで行ったようだが、踏んだ方も踏まれた方も気付かなかった。


                              ☆


 ――ふむ、どうしたものでしょうかね。

 と、御凪 真人(みなぎ・まこと)は考えていた。
 確かに、廊下や教室の惨状を見ると酷いありさまではあるが、冷静に考えるとそこまで慌てるほどのことはない。

 まず、この事態はガスの製作者にすれば想定外の出来事だったのであろう。想定していたのであれば解毒薬などの対処はできているはずだし、放送だって現象が発生してからすぐに流されただろう。
 つまり、事件というよりはただの事故。もし故意による事件であればそもそも放送を流さないだろうし、解毒薬など作るはずもないのだ。

「とすれば、ここは嵐が過ぎ去るのを待つべきですね……って聞いてます?」
 真人は話し掛けていた筈のパートナー、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の様子を見た。
 頬が赤く上気し、息が荒い。肩を上下に震わせて何かに耐えるようにこちらを見ている。

 その視線はすでに可憐な乙女のものではなく、獲物を狩る獣の視線。

「セルファ……君、まさか」
 真人の問いかけに、セルファは首を振った。
「ううん……何でもないの。……でも……」
「……でも?」


「――真人って、おいしそうよね」
 感染決定!!


 危険を察知した真人はクルリと後ろを向いて走り出した。
「あ、こら! 待ちなさい!!」


 ――誰が待つものか、三十六計逃げるにしかず、だ。


                              ☆


 桐生 円(きりゅう・まどか)は蒼空学園を訪れていた。同じ百合園女学院生である真口 悠希(まぐち・ゆき)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)との待ち合わせだ。
 ことのついでにミルザムさんの巨乳を拝ませてもらおうかと思っていたのだが、どうも今学園はそれどころではないらしい。

 何だか騒がしくバタバタしている学園。待ち合わせの二人は大丈夫だろうかと、移動する。

 歩はいた。まだ待ち合わせの時間には早いというのに、しっかりその場所で待っている歩。

「歩ちゃーんっ!」
「あ、円ちゃん」
 ぶんぶんと手を振って、円は歩に駆け寄って行く。


「何か騒がしいね、何かあったのかな……あとほっぺ噛ませて」
 素晴らしくスピーディな感染!!


「え、ええ? 何!?」
 歩は面喰った。
 普通、待ち合わせた友人からいきなり頬を噛ませろとは言われないので、その戸惑いも当然と言えるだろう。

 狩人のような素早い動きで歩の頬を狙う円。
 だが歩も負けてはいない。取り出したお盆で顔面から突っ込んでくる円をガードした。

「ちょ、ちょっと。円ちゃんどうしちゃったの!?」

「かみたいかみたい、歩ちゃんおともだちだからかみたい、だいすきだからかみたい!」
 どうやら言語能力を一部落としてしまったらしい。

 ちょっとでも隙を見せれば本当に噛みつかれかねない。
「か、噛みたいの、噛みたいのね? じゃあこれ、これなら噛んでいいから」
 荷物の中からおしゃぶりや歯がためなどを取り出して円に差し出す。
「んー……あむあむ」
 円はとりあえずおしゃぶりなどに噛みついてみるが、どうもご不満の様子。

 ごそごそと自分の荷物からパッフェル人形を出して噛みついてみる円だった。
 だが、その瞳はあくまでも歩の頬に注がれる狩人の目である。
 一瞬たりとも油断ならない、と歩は本能で感じとった。


「歩さま、円さまー!」
 そこに真口 悠希がやって来た。
 息を切らせて歩に近寄ると、円の様子にはっと息を飲む。

「歩さま……円さまは感染してしまったのですね……歩さまは大丈夫ですか?」
 どうやら、一足先に学園に入っていた悠希は、先ほどの放送を聞いたらしい。歩と円に一通り状況の説明をする。
「なるほど……じゃあ、円ちゃんはそのガスに感染しちゃたんだね。じゃあ解毒薬を貰いに行かないと」
 と、悠希に話しかける歩。悠希はその歩の頬をうっとりと見つめた。

「……悠希ちゃん?」

「はっ! な、何でもありません!!」
 焦りつつも何とか体裁を整える悠希。

 ろくりんピックの時、飛空艇レースで落ち込んでいた悠希を励ましてくれた歩。
 それ以来、悠希は歩に対して尊敬と憧れが入り混じった気持ちを抱いていた。

 いつか、あの時のお礼をしたい……そう、その柔らかな頬をじっくりと噛んで。

「……悠希ちゃん?」

「はっ! な、何でもありません!!」
 明らかに感染している悠希だった。


                              ☆


「待ちなさいよ、真人ぉっ!」
 その頃、学内ではセルファと真人の追いかけっこが続いていた。
 もともと運動能力ではセルファが圧倒的に勝るものの、ガスの影響かそのポテンシャルが活かされていない。
 真人も彼我の能力差は認識しているので、彼女の直情的な性格を利用してのらりくらりと逃げまわっていた。

 近づかれると光術で目をくらまし、バーストダッシュで距離を稼ぐ。

「もうっ! 待ちなさいったらーっ!!」
 それでも真人を追いかける彼女、逃げる真人に段々イライラしてきた。
 そもそもそんなに噛みたいわけじゃない。でもこのイライラを納めるためには噛むしかない。


 でも噛んだらまるで真人のことを好きみたいじゃない? と脳の片隅で理性がささやくが、彼女には聞こえない。


「いいから大人しく噛まれなさいよーっ!!」
 業を煮やした彼女はレプリカ・ビックディッパーを振り回して乱撃ソニックブレードを放った!!

「でえぇぇっ!?」
 さすがに攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。真人は咄嗟に横に飛んで攻撃をかわす。

「――きゃあっ!!!」
 だが、真人が避けた攻撃が壁を砕き、その破片が飛んだ。その破片がちょうどダウジングで事件の原因を探ろうとしていた西尾 桜子に当たった。
 相変わらず西尾 トトに噛みつかれていた桜子は破片に気付くのが遅れ、倒れてしまった。

「大丈夫ですか!?」
 すぐに真人はバンランスを崩した桜子に駆け寄る。どうやら破片にぶつかったわけではなく、びっくりしただけらしい。
 特に怪我がないことを確認して、胸を撫で下ろす真人。トトはというとまだ桜子に噛みついてままだ。
「は、はい……大丈夫です……」
「良かった。俺は蒼空学園の御凪 真人です、ウチのパートナーがすみません。もし怪我でもあったら言ってきて下さい。」
「あ……はい、ありがとうございます。でも、大丈夫です」

 ところで、収まらないのがセルファだ。
「な……何よ……私からは逃げるくせにそんなどこの誰とも知らない女に優しくしてっ!!」
 そういう問題ではない、と真人は思ったがもはや正論が通じる相手ではないのも明らかである。
「セルファっ! 俺を追いかけるのはともかく他人に迷惑をかけるような攻撃はやめさない!!」
 ここにいては桜子に飛び火しかねないと思った真人は、またセルファの注意を引くように逃げ出した。

「あーっ! 逃げるなーっ! 真人のばかーっ!!」
 嵐のように過ぎ去っていく二人だった。


 ところで、さきほどの破片が当って倒れた梅沢 夕陽だが、角度の問題か真人も桜子も気付かなかったようだ。
「――ん」
 目を覚ました夕陽は、自分が誰かの腕の中に抱きとめられていることに気付いた。
「気付いたか」
 当然、夕陽を抱きかかえているのはブリアント・バークだ。
「あ、ああ……」
 見ているとやはり噛みつきたくなってしまう。ガスの効果はまだ切れてはいないのだ。

「さあ、介抱してやったんだから噛ませろ」
 と言いつつ、夕陽にのしかかっていくブリアント。こうなってはもう逃げられない。
「ああ……もう……ん……」

 ブリアントに頬と言わず耳と言わず噛みつかれた夕陽は、ぼんやりと思った。

 それでもブリアントが自分に噛みつきたいと思ったということは、少なくも自分に好意を抱いているということでいいんだろうか、と。