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雪祭り前夜から。

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雪祭り前夜から。

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 ■■■第四章


 雪祭り当日、早朝。
 開幕を告げる火薬の爆裂音が辺りに谺する直前、テスラはネルガル――CHP001即ちクェイルへと乗り込み、街へと繰り出していた。雪祭り前夜に作成した氷製の彩り豊かなチラシに対してスキルである荒ぶる力を用いて、軽量化を図ったのは先程のことである。それらを美しい声でさえずり、軽やかに踊る珍しいペットであるディーバードへと託し、テスラ自身は牧神の笛へと手を這わせていた。このアイテムは、魔法の楽器であり、長さの違うパイプを並べたものである。
 歩行型のネルガルが一足ずつ先へと進む度に、ディーバードが鮮やかなチラシを舞い散らせる。同時に、生来音楽の才に長けたテスラが繰る笛からは、人々を魅了する流麗な調べが降り注いでいったのだった。
 目を惹くイコンと、伴う美しい音楽、そしてチラシ。
 それらに誘われるかのように、一人、また一人と、雪祭りをそれまであまり意識していた様子ではなかった人々が、視線を、足を、会場へと向け始める。
 響いてくる地上の様子に、テスラは一人静かに微笑んだ。
 ――こうして会場に至る道までお客様を引き連れ、それはまるでハーメルンの笛吹きのように……というと不吉かしら?
 そんなことを考えながらテスラは、穏やかに頷く。
 ――このネルガルが、ティーバードが、向かう先にあるものは何?
 そんな期待を抱かせる事が出来るような、それこそ、街中で喧嘩する恋人達も、泣いている子供も泣かせた子供も、今日という日をどう過ごそうか考えていた老夫妻にも、全ての皆に、皆に等しく降り注ぐ雪のような、幸せの歌を奏でることが出来たならば。
 そんな心中で、テスラは牧神の笛へと祈りを捧げていた。


 その頃丁度地上では、さゆみが黒いポニーテールを揺らしながら、テスラが配布した氷製のチラシを手にしていた。
「あれ――やっぱり私が思っていたよりもすごいかも知れない」
 思わず呟いた彼女は、優しそうに茶色い瞳を揺らした。何を着ても似合いそうな彼女は、率直に言って美少女である。地球にいた頃は、その麗しい外見を活かしてコスプレイヤーをしていたものだ。横浜出身である彼女は、両親が最初期のコスプレイヤーで、幼い頃から両親とともに様々なキャラを演じてきたのである。そのため、筋金入りのコスプレイヤーであると言える。コスプレ界では『SAYUMIN』の名で知られているというのは、また別のお話だ。
「やっぱり、雪祭りに行ってみようか」
 綺麗な手を頬へと宛がい、きまぐれな性格をあらわにするようにさゆみが告げると、隣でアデリーヌが僅かに頬を染めた。麗しい外見で、今にも折れてしまいそうなほどの美脚を保つ彼女は、実の所さゆみに対して、淡い恋心を抱いているのである。どちらかといえば穏和で内気に見えるアデリーヌだったが、その外面からは想像もできないほど情熱的な一面を持っているのだ。だから心底、この誘いは嬉しかった。
 とはいえ寒さは苦手なアデリーヌである。
「え……」
「うん、雪祭りに一緒に行こうよ」
 さゆみが改めて朗らかに誘う。すると、アデリーヌは断り切れない様子で俯いた。
 彼女には、かつてともに将来を誓い合った恋人がいたのであるが、自分が原因で喪失してしまったという過去を持っているのである。以来心を閉ざしていたアデリーヌだが、偶然出会ったさゆみに、かつての恋人の面影を見て、二度と失いたくないという非常に強い想いを抱いているのだ。だから、だからこそ、きまぐれなさゆみの言葉とはいえ、ある種のデートであるこの誘いは、アデリーヌにとって、とても嬉しいものだったのである。
 ――反して、その想いに応える自信は未だ、さゆみには無かったのだけれど。


 こうして二人が、テスラのチラシを契機として、誘われるように会場へと向かった近隣の公園では、ファイリア達が、懸命に紙のチラシを配布し続けていた。
「雪祭りは本当に楽しいんですです」
 ファイリアのその声に、頷くようにウィルヘルミーナが隣で首を大きく縦に振る。
 それに笑顔を返しながら、ファイリアは声を上げ続けた。
「とっても楽しいイベントです! ぜひ、見に来てくださいです!」
 彼女達の背後では刹那が、次のチラシを用意するように箱を開けている。
 その場へ、不意に結奈とアイギールが通りかかった。
 反射的にチラシを受け取った結奈が視線を落とす。
「露店? 何コレ、あいちゃん、美味しそうだよね」
 呟いた彼女は、アイギールを見上げる。すると魔鎧であるパートナーは、三つ編みのおさげにした金色の髪を揺らしながら、緑色の瞳で瞬きをした。教会のシスターじみた服の裾に手を添えながら、静かに頷く。
「……行ってみます?」
 アイギールは結奈が、人を疑うことを知らない天真爛漫な性格で、頭で考えるよりも先に体が動くタイプである事を知っている。子供っぽさがのぞくパートナーの黒い瞳へと視線を向けながら、アイギールが尋ねる。すると結奈は無邪気に頷き、同時に茶色いツインテールが揺れたのだった。
「ぜひぜひです!」
 二人のやりとりを見守っていたファイリアが、嬉しそうに後押しした。
 こうして結奈達もまた、雪祭りの会場へと向かうことにしたのだった。


 そんな中、キリルが、テスラのまいているチラシを追うように会場へと足を運んでいると、すぐ傍で博之が丁度チラシを手にしていた。
 ――そうか、雪祭りがあるのか。
 旅の途中でそれを聞きつけた彼は、キリルに勝るとも劣らない勢いで歩き始めた。
 何とはなしに博之のそんな姿を見守りながら、キリルもまた歩く速度を速める。
 こうして二人が会場へと互いにたどり着いた頃には、既に雪祭りは始まっていた。多数の人々が雪像を観覧したり、物見遊山でもする風に露店を眺めているのだった。


 その中の一人が、無事に雪像制作を終えた加夜とノア、そしてリリアである。
 彼女達三人は、一足早く、雪像見学を始めていた。
 喜怒哀楽が分かりやすくはっきりと表情に出てしまう加夜が、感慨深そうに、自分達の手で制作・修繕したロップイヤーを青い瞳で見つめながら頬を持ち上げる。素直な性格をした美少女は、優しげな眼差しで束ねた青い髪を揺らした。
「無事に完成して、本当に良かったです」
 安堵混じりのその声に、雪像造りで加夜に親しみを感じたリリアが大きく頷いた。
「本当です。かまくらも――子供達が遊んでくれてる」
「戦い以外でイコンを使うのって、初めてだったんです。だから、習うより慣れろって思って、少しでも上達すれば良いなと考えていたんです。だけど、ああやって喜んでもらえると、作った側としても嬉しいです」
「すごーい。アクア・スノーもミニ・アクア・スノーも、全部真っ白だから雪に同化してるみたい。なんていうの、忍者気分?」
 加夜のダッフルコートのそでを引きながら、ノアが嬉しそうに唇で弧を描いた。
「ボク、あんまり細かいのってあんまり得意じゃないから、細かな作業は加夜にずっとまかせようと思ってたんだけど、今度からは、大雑把にボーンって雪乗せるのなら、腕を動かすのもやってみたいかも」
 朗らかなノアの声に、リリアが頷く。
「私もまだまだ不慣れなんですが、一緒に頑張りましょう!」
 彼女達がそんなやりとりをしていると、後方から水音が響いてきた。
「わっ」
 一瞥したリリアが慌てて視線を背ける。
 そこは、露天風呂の男湯だったのだから、仕方がない。勿論多いなどもあるのだったが、たまたま位置が悪く、露骨に入浴しようとしている人々の裸体が見えてしまったのだ。


 正直なところ、この露天風呂は大好評だった。
 夜通しの作業、及び戦闘により疲弊した皆は、癒しを求めるように、その温かい湯へとつかる。これは最後に、菜織とカチェアが吹雪のビームサーベルで雪を熔かし、完成した露天風呂だ。初めは混浴の予定で一つだけ作っていたのであるが、余裕があったため、男女双方と混浴の計三つの露天風呂が作成されていたようだ。
 男湯には、雪像制作にいそしんだ真司や、派手な演出を初め戦闘に尽力したエヴァルトの姿などが既にある。眼鏡を外した孝明などは、本当に入るか、返って仮眠を取るか、今後も警備を続けるか、そんなことを脱衣所で思案しているようであった。
 一方の女湯では、シリウスやリーブラ、サビク達三人が、先に体を温めている。そこへ椿もまた、タオルで体躯を隠しながら、現れたのだった。
 そんな彼らの様子を、制作者達も見守っていた。
「良かったな。露天風呂も盛況であるようで」
 呟いた菜織の隣で、カチェアが穏やかに微笑みながら頷いた。そんな光景の中、どこか悲壮混じりの表情で美幸は、俯いている。その時、彼女の隣に政敏が立った。
「すまん。昨日は、言いすぎた」
 菜織達には聞こえない程、小声だったのか、美幸の耳元で囁かれたからだったのか。
「ま、全くですよ!」
 どちらにしろ、しっかりと聴き止めた美幸は、照れるように頬を染めたのだった。


 そんな中、露天風呂の遠方に見える入場門付近では、御空が周囲を見渡していた。
「うん、待っててって言ったつもりなんだけど、当然迷子になってるよね。大丈夫想定してた!」
 先日、一緒に遊びに行く約束を――ある種の初デートの約束を取り付けた相手の姿を探しながら、彼は穏和そうな青い瞳に冷静さを宿して一人頷く。黒い髪が、冬の風にさらわれて僅かに揺れている。彼は、パラミタへ来てからは射撃訓練の面白さに嵌り、自身で銃撃技術研究会と言うサークルを立ててしまう程の逸材であり、イコン戦では『ホークアイ』の通称で知られる生粋の射撃手なのであるが、元来世渡りが下手であり、恋愛に至っては、ごく普通の日本人の学生だ。普段よりも小洒落たセンス有る防止とブラックコートを身につけている彼は、待ち合わせ相手である和葉を探す決意をした。断言して、和葉が逃れたわけではない。なにせ和葉は生来からの、方向音痴なのだ。それに、このような急な状況下でキャンセルをするような人柄ではないことを、御空はよく知っていた。
 ――だから、だからこそ好きになったのかも知れない。
「今日の服装は分からないしなぁ」
 呟いた御空は、『小柄』『ピンクの髪』『元気』『危なっかしい』そして『迷子』そんな、和葉を象徴する単語を念頭におき、探す事を決意した。