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なし

校長室

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■7


 蒼空学園の屋外には、相も変わらずヘイズを銃撃する音が谺している。
 そんな最中、ブリジットの迷推理を耳にした後、イルマが蒼空学園のデータベースへとアクセスし、戻ってきた。テクノクラートである彼女は、艶やかな薄茶色のセミロングの髪をなびかせながら、千歳の隣に立つ。
「念の為、イゾルデさんの身元を調べてきました」
 蒼空学園の制服を纏っているからとはいえ、その生徒とは限らない。
 そんな含意を滲ませるパートナーの声に、千歳が視線を向ける。
 無論イルマ個人の心情としては、
――デートの約束を破るような男は、死刑でもいいと思いますけどね。執行猶予ぐらいはつけてもいいですけど……――
だなんて考えてはいたし、これらの情報はブリジットにも送付してある。
 しかし、明らかになった事実に、何度か瞬きをしながら彼女は、青い瞳を千歳へと向けたのだった。
「イゾルデさんは確かに、蒼空学園へと在学しています」
「で、相手は?」
 千歳が先を促すと、イルマは小首を傾げた。
「その前に。イズールトという生徒は、現在蒼空学園に在学していないことをお伝えしても宜しいですか」
「……ああ、始めに教諭と一緒にいたという生徒だよな。それで――現在?」
「ええ。過去には、在学していた記録がありました。しかし……亡くなっているそうです」
「じゃあ見間違えか、聞き間違いなんじゃないのか」
 千歳が純粋に首を傾げると、イルマが眉を顰めた。
「そうかもしれませんが……」
 どことなく腑に落ちない様相を醸し出している彼女の正面では、アキラがイゾルデの隣でカレーパンを食べていた。彼のパートナーであるアリスは、続いて、『ロリコンの極み』という題を授けられたエヴァルトの氷像へとよじ登っている。
「気になる情報ね」
 セレンフィリティが促すようにそう告げる。するとアキラもまた頷いた。
「そのイズールトって奴は本当にいるのかい?」
 その声に肉まんを頬張りながら、武尊もまた腕を組む。
「少なくとも我は目にしていないな」
 セレアナもまた頷いた時、イルマが続けた。
「……それだけではありません。実は、いないんです。アインハルト先生という方も臨時講師としては――」
 イルマがそう続けようとした、その時のことだった。
「ちょっと待って下さい」
 現れた舞がそう声をかけて、強引に腕を引きながら、駅から連れてきたマルクを正面へとおしだした。
「っ」
 息を飲みながら一歩前へと躍り出たマルクは、バイト先から支給された帽子を手で押さえながら、何とか踏みとどまる。
「マ、マルク!」
 その姿に、イゾルデが顔を上げる。
「おぅ、イゾルデ。久しぶり!」
「久しぶりじゃないわよ、どうして来てくれなかったの、そんなに私の事が嫌いなの!?」
「ちょっと待って、何の話しだよ。昨日のメール、さっき見た。その件だよな?」
 同意を求めるように、駅でバイトをしていたマルクは、舞を見る。
 伴って訪れた彼女は、嘆息混じりに頷いた。
「イゾルデさん。どうやら彼は忙しくてここの所、スマートフォンをみていなかったらしいの」
「なんだ雪女の仕業じゃなかったのか。いやむしろ雪女の仕業にしておいた方が良いんじゃないのか」
 どこか呆れ混じりのブリジットの声に、イルマが苦笑する。
「迷探偵は、名探偵じみた意見を口にしない方が良いのではありませんか、お嬢様」
「メイド風情がそんな口をきくことは許されない――だが、先程遠くから、イズールトはいないと聞こえたわ。どういう事かしら?」
 ブリジットの高飛車な声に、イルマが溜息をつく。
「そのままです、言葉の通りですわ。お嬢様達こそどうしていきなりこちらへ?」
「その、存在しないはずのイズールトに促されたんだよ」
 ブリジットのその声に、千歳とイルマは再び顔を見合わせたのだった。
「アインハルト教諭から連絡を受けたのは間違いないんだよな」
 千歳が尋ねると、舞が首を振った。
「いいえ、蒼空学園の校長先生から連絡があったと……」
 そんなやりとりに、皆が息を飲む。
「なんだか、トリスタンさんが関係在るみたい」
 そこへいち早く訪れた歩がそう声をかけた。
 一同の視線が彼女へと向く。
 だが、それには構わずイゾルデは続けた。
「ずっと、ずっと、待って――」
 泣き出した少女を前にして、慌てたようにマルクが首を振る。
「ごめん、本当ごめん。携帯見てなかったんだよ」
「嘘。嘘なら止めて。本当は来たくなかったんでしょう?」
「そんなこと無いから」
「本当?」
 二人のそんなやりとりを見守りながら武尊が腕を組んだ。
「つまりイゾルデ殿は、マルク殿が来なかったからこのような暴挙に及んだのか」
「……暴挙、なのかな」
 イゾルデが唇を噛む。
「まぁ氷像を構築するのは、暴挙ね」
 セレアナの応えに、イゾルデが俯いた。
「だって、だって……」
「どうして今日を待ち合わせの日にしたのであろうか」
 武尊が、そう呟く。
「今日は補講の日ですから。彼女が亡くなったのも、同じように補講がある雪の日でした」
 そこへ少し遅れてやってきたトリスタンのそんな声音が谺した。
 ヒルデガルトやテスラに促されて訪れた騎士は、とうとうと懐かしむようにそう告げたのだった。
「――補講? なにそれ、今日は私、補講なんて無いけど」
 だが、イゾルデは周囲からかけられた声に首を捻ったのだった。
「あるいは何かに感化されたのかも知れませんね」
 トリスタンは、久方ぶりに樹を離れ、訪れた蒼空学園の景色を見渡すように、周囲を眺めているのだった。