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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

リアクション

 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が疾走していってからずっと後、前方から数えて三列目の車両にて。
 二列目を偵察に行っていた、三池 みつよ(みいけ・みつよ)グレイス・ドットイーター(ぐれいす・どっといーたー)が戻ってきた。
「遅かったわね。どうだった? 何かあったの?」
 何かあったのではないかと僅かばかり募った不安を、なんとか生来の脳天気な性格で抑えていた片野 永久(かたの・とわ)は、パートナーの二人に対し、そう声をかけた。
「それがさぁ、ボクびっくりしちゃったよ。肌が青白いを通り越して凍ってるみたいに蒼い……なんだろう、本当に凍っているのかも。その氷ゾンビが、前の方から押し寄せてきて、みんなの事を襲ってたんだよ。ね、グレイス」
 みつよは永久に騒動の顛末を話してから、同意を求めるように共に見てきたグレイスへと視線を向ける。
「グレイス――……どうかし……なっ!」
 それまでグレイスの異変に気づかなかったみつよは、不意にグレイスから口づけされて声を飲み込んだ。確かに口数は減少していた彼女だけれど、それは前方の車両の喧噪に由来する物だろうと、みつよは考えていたのだ。
 だから唐突なことに目を開いたまま、グレイスの柔らかな唇を、己の口でみつよは受け止める。そして――あまりの事に声を上げようとしたのが、運の尽きだった。
口腔へと入ってきたグレイスの下に、みつよの舌もまた絡み取られ、甘噛みされたのである。それで充分だった。既に氷ゾンビと化していたグレイスの歯が、みつよの舌を傷つける。だが続いて歯列をなぞられその違和ある感覚に、みつよは甘噛みされた事実のことなどあまり意識はしなかった。
「どうして……」
 唇が離れた時、みつよが尋ねた。
 呆然とするようにその光景を永久が見守っている。
「どうして……?」
 おうむがえしに呟いたグレイスは、緩慢に緑色の瞳を揺らした。
 先程見廻りに出た時に噛まれた、左の手首を静かに押さえる。
「気持ちよかったんです」
 グレイスがそう応えた時には、みつよの体もまた、氷ゾンビへと代わり始めようとしていた。
 だから――永久とみつよにも体感してもらおうと思ったんです。
 グレイスがそんな内心を吐露する前に、みつよが恍惚とした表情で呟いた。
「兎を探さないと」
「え、ちょっと二人とも……?」
「ごめんね永久、体が勝手にー!」
 唖然とした様子で立ち上がった永久の体を、後ろからみつよが羽交い締めにする。
「さぁ、皆で同じになりましょう?」
 グレイスがそう告げて穏和な微笑を浮かべた。緑の髪が揺れている。
「ちょ、待って離してぇ!」
 驚愕で硬直した永久の首筋へと、静かにグレイスの唇が近づいていく。
 慌てて永久は暴れ始めるが、時は既に遅く、グレイスの犬歯が彼女の白い首筋へとゆっ くり突き立てられた。赤い永久の瞳が見開かれる。
 僅かばかり飛んで白い肌を汚した紅い血液は、すぐに氷のように姿を変えて体へと戻っていく。
「氷ゾンビって気持ち良いわぁ……なんかひんやりしてるし……」
 曖昧模糊とした、霞がかかった思考に永久の体は包まれた。どこかぼんやりとした様子へ代わり、気持ち良さそうな表情をする。
「そうだわ、兎。兎を探さないと」


 こうしてまた一人氷ゾンビが増えたその車両では、丁度後方から石化をもたらすパラミタウサギ通り過ぎていった。
 事態を冷静に把握したジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が静かに呟く。
「前門のゾンビ、後門の兎か。中々にタフな状況だな」
 いささか短気なところもあるとはいえ、根本的に熱血漢である彼は内心考えていた。
――どちらか一つでもどうにかしないと、全滅するだけだ。
 それは実に的確な判断である。
「テロか……?」
 端緒こそ、そう口にした彼だったが、力強そうな両腕を組みながら、首を捻る。
 襲いかかってくる氷ゾンビを既に数体倒していた彼は、静かに唇を噛んだ。
「四肢を砕いてもすぐに元通りになるところを見ると、実質倒すのは不可能に近いようだ」
 氷ゾンビの特性をいち早く理解した彼は、パートナーであるフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)へと、茶色い瞳を向ける。凛々しい金色の髪が、暮れようとしている陽光の最中、輝いていた。
 シャンバラ教導団に属するジェイコブ達は、任務のために空京へと向かっている最中にこの騒動へと巻き込まれたのである。
「どうするのですか?」
 フィリシアのその声に、ジェイコブが、かぶりをふる。
「倒す事が無理だとしても、少しでも進行を遅らせることは可能だろう」
 彼の金色の短髪が静かに揺れる。
 フィリシアはそれを見て取って、ゆっくりと頷いた。
「分かりましたわ。では、わたくしは乗客の安全確保に動こうと思います。状況が状況なだけに、パニックに陥っている乗客も少なくないだろうと思いますから、まずは彼らを落ち着かせた上で、後方の比較的安全な客車へと誘導しましょう」
「後方にも石化させるウサギがいるらしい。それも熟考してくれ」
「勿論ですわ」
 二人はそんな話しをした後、役割分担をした。再会できる事を願いながらも、ジェイコブは、フィリシアの緑色の瞳を見守っている。


――その頃。
 写真撮影のため、前方の車両へと向かっていた国頭 武尊(くにがみ・たける)は、いち早く異変に気がついていた。
「何が何だか訳の分からない状況だが、オレは生き延びるために足掻いてみせるぜ」
そんな事を口にしながらも、彼は、人々の避難誘導を率先して行っていた。


 その傍らで輝石 ライス(きせき・らいす)が、銀色の短髪の奧に蒼い瞳を隠しながら、氷ゾンビに対して武器を向けていた。丁度パートナーの、ミリシャ・スパロウズ(みりしゃ・すぱろうず)と共に訓練の帰りに問題のSLに乗り合わせた彼は、嘆息する。
「帰りぐらい少し寝て……って、何だ!?」
 安眠に微睡もうとしていた彼は、疲れて眠りかけていたところ、氷ゾンビに襲われたのだった。ライスが気づくよりも先に、ミリシャが顔を向けた。
 彼女はパートナーのライスよりも一拍早く立ち上がり、ライスを含む乗客を絶対に守る事を決意したのだった。
「しっかりしてもらわねば困るのだ」
 口ではそう言いつつも、彼女はウォーハンマーの柄を握りしめて、ライスを優しく見据える。パートナーを守り、支えたいと感じて契約したミリシャは巨大な両手鎚を手に、今度は厳しい瞳をゾンビへと向けた。豊満な胸が妖艶に揺れる。


 各車両で様々な見て取りながら、国頭 武尊(くにがみ・たける)が、カメラを携えたままその車両へとやってきた。
「穏やかに桜を撮影するために来たのに、こんな事になっちまってな」
 それは聴いていた誰しもが思うことだった。
「君達も早く避難した方が良いぜ」
 彼がそう続けると、二両目から避難してきていた人々が顔を見合わせる。
 そんな中アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)もまた姿を現した。
 そうしたやりとりと氷ゾンビの姿に、走ってきたパラミタウサギが、方向を転換した。
「あ、兎」
 見つけた彼女の声に、一同の視線が後方へと向けられる。
 カメラを向けながら武尊が、呟いた。
「あれが石化の原因らしいぜ」
 彼は各車両から漏れ聞こえてきた情報から口にした。
 同様に姿を現しながら葉月 可憐(はづき・かれん)が首を傾げる。
 可憐とアリスは、用心の為にブラックコートで気配を薄め、ベルフラマントで身を隠していたのである。光学モザイクで更に背景に同化して周囲の様子を見守っていたのだ。
「……兎さんが石化の原因?」
 薄茶色の髪を揺らし可憐が、アリスの緑の目をじっと見る。
「石像にされてしまった人々を調べながら、探しに行きましょう。兎が走ってきた後ろのほうに何かあるのかも知れません」
 可憐の声に、パートナーが褐色の顔をわずかばかり引きつらせた。
「え、可憐本当に行くの……?」
 こうして二人の探索は、始まったのだった。


 そんな二人の様子を見送りながら、アサルトカービンを撃って、また一体の氷ゾンビの足を止めたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を見る。
「兎も問題だけど、このままゾンビの相手をしていても埒があかないわ」
 真摯な緑色の瞳でセレンフィリティは続けた。
「ここはやはり原因を突き止めないと、根本的解決にはならないわ」
――石化の原因である兎は他の者に任せるとしても、ゾンビの発生源という問題が残っている。トンネルから出ることがない上、SLという閉鎖された空間の中でこのような状況に陥ったことから発生源が車中であることは間違いないだろう。
 セレンフィリティは、そう考えていた。
「最初にゾンビたちが現れた方向から発生源を推測すると……」
 茶色いツインテールを揺らしながら、彼女は首を捻った。その緑色の視線が向く先は、前方の車両である。メタリックブルーのトライアングルビキニのみを着用し、その上にロングコートを羽織るだけの、いささか大胆すぎる様相のパートナーの言葉に対し、同様に妖艶な服装をしたセレアナが頷いた。
「最前列の車両かもしれないわね」
 彼女は彼女で、黒いロングコートの下にホルターネック型の銀色のメタリックレオタードを着用しているのである。
「最前列には――車掌がいるはずだわ」
 セレアナがそう続けると、セレンフィリティが頷いた。
 外見は凄艶すぎる二人ではあったが、その判断は真に的を射た物である。
「行ってみよう、解決するかも知れないわ」
 セレンフィリティの言葉に、セレアナもまた深々と頷いたのだった。