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リアクション
第3章 新たな誓い
ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)は、アガデ郊外にある巨大な石碑の前に立っていた。
人々の生活する居住区からは少し離れた小高い丘の上。
本当ならここには一面芝生があったのだと、道を教えてくれた門番が教えてくれた。だが大地の力が枯れて遠ざかった今は、こういった小さなものから失われていっている。
丘から下生えが消えたぐらい、どうってことないと思う人もいるかもしれないが…。
「やっぱ、寂しいよなぁ、こういうのは」
だれに言うでもなく、こぼした。
カラカラに乾いた土を蹴り、砂を巻き上げる。シャンバラから持参した酒瓶を置き、そうして、あらためて石碑をながめた。
「こんなに遅くなっちまって、すまん。もっと早く、お前らに会いに来なくちゃならなかったんだろうが、気持ちの整理がつかなくてな。
本当は、墓に直接行ってやりたかったんだが…」
反乱軍兵士は、そのほとんどが辺境の出の者だった。故郷の惨状を憂う者たちが、立ち上がったがために。それゆえ彼らの遺体は既に故郷へと送り出されてしまっていて、東カナン中に散ってしまっていた。そう説明を受けて見るからに落胆したケーニッヒに、門番が、ここに来ることを提案してくれたのだ。
下級兵士たちの共同墓地。ここに葬られるのはほとんどが故郷のない者たちか都の出の者たちだが、その一角に石碑があるということだった。
アガデでの合同慰霊祭に使用されるこの石碑には、死んだ兵士の名前と没年、死亡した場所が刻まれているという。
カナンの文字で、何が彫られているかは分からない。また、彫られている文字を知ったとて、それがだれの名と、自分に分かるはずもない。
しかし最近新しく刻まれた場所は分かった。
今彼の立つ位置、そこから先、ずっと末尾までのほとんどが、おそらくは反乱軍兵士の名前…。
それを、指で1つ1つたどっていると。
「ファウスト、お待たせーっ」
門の方から走り寄ってきた神矢 美悠(かみや・みゆう)が、ばさっと足元に大きな花束を置いた。
「見つかったのか」
「へっへーん。なめちゃ駄目よ、人間ってたくましいんだから。商売しようと思ったら、たとえ大地が枯れ、砂が降る土地でだって咲く花は見つけてくるんだから。……まぁこの花は、多分外の国からの取り寄せだろうけど」
色とりどりの美しい、繊細な花びらに触れ、うっすらと積もった砂を払い落とした。
「――あたしたち、カナンではどういうふうにお参りするのかよく知らないから……違ってたらごめんね。こんなお供え物しかできなくてごめん…。でも、今度来る時はきっと、東カナンの花を持って来るよ。あなたたちが守った土地に咲く、美しい花を」
そっとつぶやき、身を起こすと、ケーニッヒの隣に並んだ。
「ここで、見ててくれよ。オレたちはもうすぐキシュに乗り込む。ネルガルとあの女神官をブチのめして、お前らの無念を晴らす。そして、カナンに、もう二度と砂が降る事の無いようにするッ!」
ぐっとポケットの中でこぶしをつくった。
これは誓いだ。
同じ戦場でともに剣をとり、一緒に戦った仲間との、神聖な誓い。
ずっと石碑を見続けるケーニッヒの袖を、やがて美悠がそっと引っ張った。
「……行こ、ファウスト。亜衣たちが待ってる」
「ああ。そうだな」
もう1つの花束を手に歩き出した美悠に続こうとしたとき。
ふと、花束に隠れて何か、下に変な物が見えた。
「なんだ? これは。……木片か?」
ピキーーーーーン。
聞きつけた美悠が固まる。
よく見ようと、花束を横にどかせてそれを拾い上げようとしたケーニッヒだったが。
「おーっとよろけたあーっ!!」
どーーーん!
かなりわざとらしく、美悠が体当たりをかました。
「いっ……てーな!! 何すんだよ!? てめッ…!!」
かがみ込んでいたものだから、盛大に石碑に頭突きしてしまったケーニッヒが怒り心頭振り返る。
「おほほっ。ごめんなさーい。足がグキっていっちゃったのよ、グキって」
「そんなヒールのある靴履いてくるからだろっ!」
「いいじゃないの! 休みのときぐらい好きな靴履いたって!」
「それで捻挫でもしたら、自分で面倒見れるのかよ? 大方オレに背負わせようって魂胆だろっ」
「なによ? 女1人担ぐのがそんなにつらいの? 全然鍛え方足りないんじゃない?」
並んで言い争いをしながら去っていく2人。美悠の目論見通り、ケーニッヒはすっかり木片のことは忘れてしまったらしい。
石碑の前では、彼らの手向けた花束と一緒に美悠の手製の木彫りの花が並んで供えられていた。
この花は、決して枯れない。
決して破られない誓いのように。
東カナン領主ハダド家の霊廟は城内、奥庭――空中庭園――の一角にあった。
奥庭は、その美しさを城内の多くの場所からも愛でられるようになっているが、領主一家の居室のある棟にも面しているため、通常入れる者はごく一部の者に制限されている。
12人の騎士と将軍位にある者、ハダド家縁者。召使いにも厳しい試験が課せられ、三代以上城仕えをしている一族の者でなければ資格を得られない。
だが今回、国賓として招かれたコントラクターたちにその制限はなかった。
「あっ、ヴェーゼルたちよ」
回廊から空中庭園に入り、小一時間ほども歩いたころか。ハダド家霊廟を取り巻く白い鉄柵の前に亜衣とハインリヒの姿を見つけて、美悠は大きく手を振った。
近づく美悠とケーニッヒに気づいた2人も応じるように手を振る。
その横には、緋雨と麻羅の姿もあった。
「みんな、考えることは同じってことかしら?」
北カナンで人質となり、石化されていたエリヤのことを、美悠たちは直接には知らなかった。
しかし3カ月前、戦いに赴いた者たちは皆、彼が救出されることを望み、東カナンの解放を望んだ。それが、幼い彼の死による解放とは思いもかけなかったが。
だから、その死にはわずかなりと関係していると思うのは、傲慢だろうか?
「きれいな花」
美悠が抱え持った花束を見て、緋雨がほほ笑む。
「ほんと。すごいじゃん、美悠。きっとエリヤくんも喜んでくれるよねっ」
ハインリヒから受け取った袋をガサガサ掻き回して、買ってきたお供え物を取り出しながら亜衣が言う。
「そうね、きっと喜んでくれるわね」
けれどそれもわずかな時間。
柵のアーチをくぐって中へ入り、真新しい、小さな天使の像が脇に据えられた墓碑――エリヤの名前、生没年、そして碑文の刻まれたそれを前にしたとき、緋雨は言葉もなくうなだれた。
『わが善なる光 最愛の弟エリヤへ
真実の想いは月日に寄ることはない
それは永遠なのだ』
「――緋雨」
麻羅が気遣うように手を握ってきて、初めて緋雨は自分がどう見えているかに気がついた。
「なんでもないの。ただ…」
首を振り、本当だからと笑みを見せる。
「ただ、あのときのことを思い出していただけ。
私はエリヤさんを守ると誓っておきながら、果たせなかったわ。この腕に抱いていたのに…」
「エリヤは病気だったのじゃ」
彼は病死だった。その命運は半年以上前に尽きていて、どうしようもなかったのだとも聞いた。
「でも、私は誓いを果たせなかったの。だから――これがエリヤさんの遺志にそうものかどうかは分からないけど――東カナンの再生には、積極的に協力させてもらうわ。きっとエリヤさんは、荒廃する東カナンの現状を悲しんでいると思うもの。ひとの苦しみが分かる、とてもやさしい子だったから…」
緑あふれる東カナンが再生されれば、きっと、喜んでくれるはず。
「東カナンを、守ってみせるわ。決して人の住めない地なんかにさせたりしない」
「そうじゃな」
それが、私の誓い。
この誓いは必ず守ってみせる。
「ねえねえ、2人ともーっ。こっちきて一緒に食べないー?」
広げた敷物の上で、亜衣が声をかけてきた。
「おいしそうなの、いっぱい買ってきたんだ。エリヤくんと一緒に食べて、飲んで、一緒に見送ろう」
お通夜にも、お葬式にも、告別式にも、あたしたちは出られなかったから。
今日はあたしたちでエリヤを見送ろう。
「そうね」
緋雨は笑顔で頷いた。
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