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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

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                              ☆


 ところで、これだけの人数が探しているのも関わらず、ブラック・ハート団の首領である独身子爵はどうして見つからないのだろうか。
 答えはここにあった。

「で……この手錠って、どうすれば外せるんだっけ?」
 と、茅野 菫(ちの・すみれ)は呟いた。
「……愛情が高まってカウントが始まれば、自動的に爆発する。もしくは、その間に絶縁宣言をしてどちらかが多少なりとも絶望感を感じる必要があるのだが……」
 それに答えたのが独身子爵だ。

 街で陣頭指揮をしていた独身子爵は偶然近くを歩いていた菫と手錠で繋がれ、戦線を離脱していた。
 彼の目的はこの世から恋人という関係をなくすことであり、その手始めとして恋人を作り出そうというブラックデーを破壊することである。
 もちろん、自分に手錠が掛かっても大丈夫なように鍵は持っている独身子爵であるが、その手錠はたまたま不良品だったのだろうか、どちらの愛情も高まらないままだった。
 愛情が高まらないとカウントが始まらない。カウントが始まらないと爆発しない代わり、絶縁宣言でも外れない。鍵も、カウントを無効化してそのついでに手錠を破壊する仕様のため、この手錠を外す方法がない、という現状であった。

 とりあえず夕方のカフェテラスや公園のベンチなどで休憩しながら、カウントが始まらないかと期待していたのだが、まさかこんな形でブラック手錠の構造的欠陥が露呈するとは独身子爵も思っていなかったのであろう、すっかり途方に暮れてしまっていた。

「……やれやれ、うまく行かぬものだ。しかも、こちらはこんなオマケつきとはな……」
 と、ため息を漏らす独身子爵。
 菫と繋がれたもう反対の手はというと――蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)と繋がれている。
 つまり現在、独身子爵は両手で女の子二人と繋がれている状態であり、まさか敵のボスがこんなところであまり嬉しくない両手に花をしているとは誰一人予想しなかったので、今まで誰にも気付かれなかったのだ。

 独身子爵がしていた仮面は、目立つからと菫が捨ててしまった。

「なんだろう……おじさんを見ていると、胸がドキドキするの……」
 夜魅と子爵を繋いだ方の手錠はしっかり作動しているようで、カウントは20を示している。
「……ドキドキか……。まだ年端もいかぬ少女だというのに……恋心……感情というものは本当にやっかいだな」
 独身子爵は呟いた。
 いつもラブラブな両親役であるコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)を見ている夜魅、誰かを好きという感情は知識として知っているものの、実際の恋愛体験はない。
 手錠により独身子爵への愛情が高まりつつも、それが何であるか理解できないのだ。

 だが、夜魅の理性がそれを理解できなくとも、身体の仕組みとして胸は高鳴り、背中の漆黒の羽根はピンク色に染まって行くのだった。

「……え?」
 そのピンク色の羽根を見て、独身子爵は呟いた。
 何か、その羽根がピンクに染まって行く部分に、魔力の流れのようなものを感じる。

 そして、その正体はすぐに分かった。

「ぐあああぁぁぁーっ!!!」
 突然、独身子爵は絶叫した。
 夜魅の羽根がピンクの輝きを増して行くにつれ、二人を繋ぐ手錠を伝って電撃が漏れているのである。
「え、何!?」
 これにはさすがの菫も戸惑った。
「ど……どうやら……この娘の体質のようだな……これは、将来付き合う男が可哀想だ……。
 ほ、本当に……本当に恋心というやつは……やっかいなものだ……!!」
 そんなことを言いながらも独身子爵はビリビリと痺れていく。
「ね、ねえ……!! そっちの手錠は動いてるんだろっ? 絶縁宣言で外せるんじゃないの……!?」
 痺れる独身子爵に問いかける菫。だが、独身子爵は夜魅を指した。
 夜魅はというと、初めて体感する恋心とそれによる電撃の初体験に意識を失っている。
「意識がなければ……無意味だ……」


 数分後、羽根に溜まった電撃を解放し切ったのか、ようやく電撃は収まり、夜魅はベンチに横たわった。
 辛うじて助かった独身子爵は、持っていた白い鍵を使って夜魅との手錠を壊した。

「――夜魅!!」
 と、そこに現れたのがコトノハである。
 独身子爵と菫は、ベンチに駆け寄るコトノハから一歩引き、夜魅をコトノハに任せる。
「一体何が……あなたたち、夜魅に何をしたんですか!?」
 コトノハはキッっと独身子爵を睨みつける。
「……何も。その娘は怪我ひとつしておらぬ。こちらは黒コゲだがな」
 と、独身子爵は苦笑いを浮かべた。
「その娘――どうやら恋愛愛情が高まると羽根から電撃を放射するみたいだね……その娘の親なら、今後気をつけたほうがいいよ」
 と、菫が補足する。

「恋心……いったい……?」
 とコトノハは困惑の表情で夜魅を見つめた。
「ふむ……その内、その娘の中の恋愛感情についてしっかりと理解してやることだな……我々、独身貴族評議会のようにならぬように……」

 独身子爵はそう言うと、菫と共に立ち去った。
 コトノハは、その男性が街を騒がしている独身子爵であることに気付いたが、コトノハ自身も妊娠8ヶ月の身重の身体。
 まさか、その状態で気を失った夜魅を抱えて立ちまわれるわけもないので、大人しくそれを見送るのだった。

「ところで……独身貴族評議会って……鏖殺寺院と関係あるのかしら……今までの事件ってなんだかんだで寺院関係が多かったですし……」


 鏖殺寺院が聞いたら、泣いて怒るぞ。


                              ☆


 一方その頃、ルーク・クレイン(るーく・くれいん)シリウス・サザーラント(しりうす・さざーらんと)もまた、手錠で繋がれてしまっていた。

「あ……シ、シリウス……」
 ルークは戸惑いの声を上げた。
 普段はシリウスのことを好きなわけではないと思っているルーク。
 だが、今は手錠の効果でシリウスへの感情が高ぶってしまい、自分ではどうすることもできない想いに苦しんでいた。

「……なんだこれ……外れないな」
 と、シリウスは手錠をガタガタと動かすが外れない。
 ルークは、そんなシリウスに抱きついて、その手を止める。
「……ルーク?」
 シリウスはルークを見た。
 ルークは瞳に涙を溜めてシリウスを見上げる。
 この手錠で繋がれていると胸が苦しい。苦しいけれど、外されたくない。

 少しでも長く、シリウスと繋がれていたいのだ。

「は、外さなくてもいいじゃないか……。
 これをしてればすっと一緒だよ……このままでいいよ。
 ねえ……おねがい……外さないで……」
 ふん、とシリウスはため息を漏らす。
 もともと、ルークとは暇潰しで契約したようなシリウスは、ルークに特別な感情を抱いてはいない。
 ルークの様子がおかしいことは分かっていたが、それは彼にとってはどうでもいいこと。
「ふん……何を期待してるんだい?
 君は俺がいなくなることを恐れているだけだろう?
 こんな手錠があってもなくても俺は自由さ、それは変わらない。
 それとも、君が欲しいのは手錠で束縛されたような強制的な関係なのかい?」
 ルークの瞳が涙に揺れた。
 潜在的に孤独を恐れているルークは、内心ではシリウスがいつか離れて行くことを心配している。
 
「ち……違うよ……僕はっ!! ……シリウスの……ことがっ……!!」
 だが、シリウスは両手でそっとルークの頬を優しく包んで、その続きを言わせない。
 極上の笑顔で、冷酷に言い放った。

「……まったく興ざめだね、いいかい? 俺にとって君は玩具なのさ……退屈を紛らわすためのね。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 だから、代わりなんていくらでもいる。俺をこれ以上、煩わせないでくれよ」

「……そんな……」

 それは、ルークの心に絶望感を刻み込むには充分な一言だった。
 その絶望に呼応して、ルークとシリウスを繋いでいた手錠は粉々に砕け散る。

 ようやく解放されたと喜ぶシリウスは、一時とはいえ自分の自由を奪ったブラック・ハート団を八つ裂きにするため、嬉々として街に消えていく。


「あれ……おかしいな……手錠は外れたのに……どうして僕……泣いてるの……?」
 その場に打ちひしがれる、ルークを独り残して。


                              ☆


 ――ときめく心、もしもなくしたら。

「はぁ……」
 しばらくして落ち着いたルークは、とぼとぼと独りで歩いていた。

 見えないのさ、空には何も――。


「分かっていたつもりだけど……やっぱりはっきり言われると堪えるなぁ……」
 夕暮れの街をとぼとぼと歩く。
 シリウスはどこなにいったまま戻らない。
 独り、ツァンダの街を歩くが、気分は晴れないままだ。

 ぼんやりと、俯いたまま歩いていたら、前方を同じように歩いていた同じくらいの年の少女とぶつかってしまった。

「――あっ!!」
 二人とも前を向いて歩いていなかったうえ、ぼんやりしていたところも同じだったのだろう。
 どちらともなく地面に倒れて、膝をついてしまう。

「あ……ごめん……大丈夫……?」
 と、膝をついたままで謝るルーク。
「う、うん……こっちこそ……ごめんね」
 同じように膝をついた蒼空学園の制服の女子――四葉 恋歌も謝った。

「……大丈夫か、二人とも?」
 と、そこに声かけた男性がいた。
 ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)だった。


「……なるほど……片想いの男子と……」
 しばらく後、公園の噴水脇に腰掛けて、ルーツは恋歌とルークの話を何となく聞く流れになっていた。
 恋歌はルーツが良く行くツァンダのお気にいりのカフェの常連であり、特に親しい間柄ではなかったが、顔と名前くらいは知っていた。

 恋歌もルーク同様に片想いの男子と手錠で繋がれた上で絶縁宣言されており、分かりやすく落ち込んでいたので、ルーツが話し相手を買って出た、というわけだ。
 ルークもまた独りでこのまま帰る気分ではなかったので、その流れに乗って自分も恋歌同様の立場であることを少しだけ話した。

 その中で、ルーツは恋歌に問いかけた。
「しかし……恋歌? 以前カフェで聞いた話では……その、チョコレート事件の時と片想いの相手が違うようだが……?
 それに……その前にも別の男子が好きだったような……?」
 ルーツは言葉を濁した。
 バレンタインから2ヶ月。
 確かに年頃の女子としては好きな相手が変わるくらいのことはあるだろうが、それにしても節操がなさすぎないか、と言いたいのだ。

 だが、特に悪びれる様子もなく、恋歌は下を出した。
「あ、うん、別な子。だってしょーがないじゃない? 脈ないって分かったんだし、ムダな恋愛に時間かけてる暇ないのよね、あたし」
 そこまで派手な外見ではない恋歌から、意外な言葉が飛び出し、ルーツとルークは二人とも驚いた。
「ムダ……って」
 と、ルークも初対面の相手にしては珍しく渋面を作った。
 だが、恋歌はルークに対してももう一度言った。少しだけ寂しげな笑顔で。
「うん……時間……ないの。あたしを好きになってくれる人……作らないと。友達でも彼氏でも……誰でもいいから」


「何か……事情がある……のだな」
 と、ルーツは言葉少なく尋ねた。
 だが、恋歌はあくまで明るく、はっきりと答えた。
「事情……ってほどのもんでもないけどねー。
 でもね、あたしはさ、特に取りえもない、契約者の中でも落ちこぼれだから。あたしは自分で力をつけることをやめたの。
 自分に力がないなら助けてくれる人を作ればいい――恋人でも、友達でもね。
 もしもの時には、その人たちがあたしを助けてくれるでしょ?
 そうやって、あたしは友達や恋人を……利用して……生きて行くんだ。
 チョコ事件の時もそうだったし……その代わり、あたしはその人たちの友達や恋人として、できる限りのお返しをしなきゃいけない。
 特に恋人なんて大変よね……もし……こんなあたしを愛してくれる人がいたなら……。
 もし、あたしを生涯かけて助けてくれる人がいたなら……。
 あたしはその人に……一生を捧げてお返しするんだ」


「……」
 ルークは黙ってしまった。何と言葉をかけていいか分からない。事情は人それぞれだ。恋愛観も友情観も人の数だけあってしかるべき……だが、恋歌のそれは、どこか足元の定まっていない危うさを感じさせた。

「……」
 ルーツもまた、黙って恋歌を後ろから抱き締めていた。無言のまま、その頭を撫でる。
「……どうしたの、ルーツさん?」
「昔……双子の弟が泣いた時には……よくこうやって撫でてやったものだ。
 人の体温は不思議と落ち着くものだから……こうするとすぐに泣きやんだものだよ」
 恋歌は、少しだけ視線を落として、応えた。

「やだな……あたし、泣いてないよ……泣いて……ないんだから……。
 それに……」

 ふ、と恋歌はルーツの腕を外した恋歌は、たたっと2、3歩離れた。
 ルーツと距離をとって、振り向く。
「それに、あんまりあたしに優しくしないで……利用、されちゃうよ?」

 そのまま、恋歌は夕暮れの街を走り去って行く。

「あの……」
「?」
 その後姿をため息と共に見送ったルーツにルークはおずおずと話しかけた。
「僕の頭も……撫でてみてくれませんか?」
「……ああ……」
 と、ルーツは求めに応じてそっとルークの頭を撫でてやった。

「……うん……ありがとうございます……」
「……少しは、落ち着いたかな」
「ええ……でも……やっぱり……僕がこうして欲しい人は……やっぱり、別の人なんだな、って」


 そう言うと、ルークは空を見上げた。
 夕暮れの空はまた一段と暗くなり、一番星が輝いているのだった。