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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

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第3章


「よしわかった。今から俺とシヅルはカップルだ」
「え、ちょ、まっ!」


 と、瞼寺 愚龍(まびでら・ぐりゅう)シヅル・スタトポウロ(しづる・すたとぽうろ)に迫った。
 愚龍とシヅルは元よりの友人で男同士。愚龍には男性趣味はない。
 というか、パートナーの宇佐川 抉子(うさがわ・えぐりこ)にホの字だ。
 その抉子は今、シヅルのパートナーであるエパミノンダス・神田(えぱぴのんだす・かんだ)と手錠で繋がれている。
 つまり、シヅルが拾った手錠でエパミノンダスが遊んでいたら抉子と繋がれてしまった、のだが。

「おーゥ、エブリバディ、ラブね!! ウサ子ちゃん、アイ ハグ ユー!!!」
「わ、ちょっとエピちゃん、どうしたの!?」

 早速何かが高まってしまったのか、エパミノンダスは見事なまでの博愛精神を発揮して抉子に抱きついている。
 抉子はというと多少気分がフワフワするものの、持ち前の天然鈍感スキルが自動的に発動したのか自覚症状はない。
 だが、むぎゅむぎゅと抱き締めてくるエパミノンダスの抱擁を振り払う気が起きないのも事実。
 ところで、全く収まりがつかないのが愚龍である。


『どうして俺の相棒とエピが繋がれてるんだよ! というか俺とじゃねえのかよ!! 空気読めよ手錠!!!』


 という内心を本人は隠しているつもりだが全く隠しきれていない。
 周囲を見渡すとどうやら手錠を配っている連中がいるようなので、そいつらをシメて手錠を外させよう、と考えた。
 つまりはいつもの通り囮捜査なのだが、カップル向きの抉子は大絶賛ハグられ中。
 ならばここは手の空いている自分とシヅルの出番だろうと!!

 というわけで、まさかの愚龍&シヅルカップルが誕生したのである。


 まあ、色々見失っている気がしないでもない。


                              ☆


「うわっ!?」
 ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)は驚きの声を上げた。突然、街中を飛んできた手錠が自分の手にはまり、隣を歩いていたセス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)と繋がれてしまったのだ。
「……何ですかね、この手錠」
 と、セスはアイリと繋がった手錠を観察する。
 そのセスの横顔を手錠と共に眺めたアイリは、思った。


 ――ああ、俺のパートナーは今日もかっこいいなあ、と。


「え?」
「はい?」
 自分の思考に驚いたアイリは思わず声を上げてしまった。
 当然、セスは反応するが、ぶんぶんと手を振って誤魔化すアイリ。
「な、ななななんでもない!!!」
 見ると、アイリの顔は真っ赤だ。眼鏡の奥の瞳からセスの横顔をちらちらと見る。セスがかっこよすぎて直視できないのだ。
 しかし今日はおかしい。いつもは普通に接しているはずのセスがどうしてこんなに気になるのだろう。
 誤魔化そうとしてつい変な反応をしてしまった。セスは変に思っていないだろうか。

 ……そういえば、セスは自分のことをどう思っているのだろう。確かにセスはパートナー、契約の時にずっと一緒にいて欲しいと約束もした。
 でもそれはあくまでパートナーとしてのことで、人生のパートナーとしてのことではないかもしれない。
 ああ、しかしそれにしても。


 ――今日のセスはどうしてこんなにかっこいいんだろう。


「――!!!」
 ぶんぶんぶんぶん。
 突然自分の頭を振り出すアイリに、今度はセスが驚きの声を上げた。
「ど、どうしたのですアイリ? 今日はなんだかおかしいですよ?」
 と、道端のベンチにアイリを座らせる。手錠を繋がれているので、自分のその横に寄り添って座る。

 もちろん、アイリがおかしいのは手錠の効果で愛情が高まってしまっているせいなのだが、アイリもセスもそれには気付いていない。

「あ、ああ……今日はなんだかおかしいんだ」
 と、アイリは額を押さえた。身体が火照っている。自分の顔が赤いのが自分でも分かる。
 いつもはガラの悪い少年っぽいアイリだが、こうなってしまうともうただの胸キュン乙女だ。
「風邪でも引きましたか……? 熱があるかもしれませんね」
 セスは熱を測ろうとして、アイリのおでこに手を当てた。
「――!!!」
 もちろん、それでアイリの熱がさらに上がるのは言うまでもない。蒸気でも噴き出しそうな勢いで顔を赤らめたアイリは、その手を振り払った。

 いや、振り払えなかった。

「――アイリ?」
 そっと、セスがおでこに当てた手を取り、きゅっと握った。
「……何だか、今日は、ほんっとうに……おかしい……セスが、やたらとキラキラして見える……」
 その手を握りしめ、上目遣いでセスを見つめるアイリ。眼鏡の奥で、瞳がうるうると揺れていた。
「……アイリ……」

 やたらと自分の感情に素直になってしまったアイリに、セスは戸惑いつつも思った。
 そういえば、この間街中でアイリが酔っ払ったような状態になったことがあった。結局それはおかしな花粉のせいだったようだが、アイリは酔っ払っている間のことをすっかり忘れていた。


 これからもずーっといっしょにいてほしいんだ。


 ろれつの回らない口調で、しかしはっきりとアイリはそう言った。セスはもちろんだと答えた。
 だが、アイリはそのことを憶えていない。ということは、アイリの中ではその事実はなかった事なのだ。
 だから、セスの返事もなかった事。だから、これは改めて確認しておくチャンスかもしれない。

 アイリと、セスの関係について。

「――アイリ、聞いてもらえますか?」
「えっ?」
 セスは、アイリに握られている手をこちらからも握り返し、アイリの瞳を真っ直ぐに見つめた。
 それでもうアイリはセスから目が離せない。見つめられるのは恥ずかしいけど、それよりもセスの瞳をずっと見つめたいと思った。
「……この間、貴方は私に『ずっと一緒にいて欲しい』と言いました。私はそれに答えましたが、貴方は酔っていたから、憶えてはいないでしょう」
「……え、そんなこと……言った? ……うん……憶えてない……」
 アイリは少し俯いた。そんなことがあっただなんて。しかもしれを憶えてないなんて。
「――だから、今度は私から言わせて下さい」
「え……」
 再び、視線を上げるアイリ。セスの真剣な瞳がまぶしくて――視線が痛いほどに真剣だ。


「契約したあの日から――ずっと貴方を想っていました」


「……」
 もう、返す言葉もない。何を言っていいのか分からない。
「私も、この先の人生を貴方と共にありたいと思っています。
 ……どうか……私と添い遂げてはもらえませんか?」
 改めて告白を受けたアイリは、首をぶんぶんと縦に振り続けた。

「ひゃ、ひゃい!! よ、よろしくお願いいたしますぅ!! 病める時も健やかなる時も!!」

 緊張のあまりかなりおかしなことを口走っているが、この際そんなことは気にしてはいられない。
「あ……ありがとうございます!!」
 感極まったセスは、嬉しさのあまりアイリを抱き締めた。
 抱き締められたアイリは、もうヒートアップ寸前なのでどうすることもできずに硬直しているが、もちろん嫌じゃない。
 そのままベンチの上で抱き締め合いながら、互いの想いを確認する二人だが――


 その様子を影で見つめていたのが、バン・セテス(ばん・せてす)である。
 実は最初から一緒に歩いていたのだが、アイリとセスがなんだかいい雰囲気になってしまったので少しは鳴れて様子を見ていたのだ。

「むぎぎぎ……何だよ、もう二人だけで盛り上がっちゃってさー。
 確かに二人の仲がいいのはいいことだけど、放っとかれたら面白くないよ。
 俺だけ仲間はずれかよ、ちぇーっ!!」
 さらにベンチでいちゃつく二人に念を送るバン。

「そうだ、爆発しろ爆発!! リア充なんて爆発しちゃえーっ!!」


 ちゅどーん。


「……え?」
 一瞬、バンの中の潜在能力か何かが開花したのかと思ったが、違った。
 アイリとセスを繋いでいた手錠のタイムリミットが来て、爆発したのだ。
 二人もバンも手錠が爆発するものとは思っていなかったので、まるで外そうともしなかったのだから当然とは言える。

「わあああぁぁぁ!! 律儀にマジ爆発しなくいいんだって!!
 あ、ひょっとして俺のせい!? マジでなんか目覚めちゃった!?
 うわあ二人ともゴメンよおおおぉぉぉ、今すぐ救急車呼んでやるからなあああぁぁぁ!!!」
 半泣きになって救急車を呼ぼうとするバンだが、狼狽しきっているため、どうしていいか分からない状態だ。

 そんなバンの叫び声を聞きながら、しっかりと抱き合いながらベンチに倒れるアイリとセス。
 セスの腕の中で、アイリは呟いた。


「……なあ……手錠は壊れたみたいだけど……さっきの言葉は本当だよな……?」
「今度は憶えていてくれましたか……良かった」


                              ☆