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地祇さんとスカート捲り

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地祇さんとスカート捲り

リアクション

 イルミンスールの図書館に面した道がある。横幅広く天井も高い一直線の空間だ。
 窓の外から上昇のピークを越えた太陽の光が差し込む中で、
「ちょっ、体がいうこと効かないし、何これ!? ねえ?!」
 男性化させられた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が、焦りをもった顔で洲崎を目で追っていた。
「うるさいのう。ちょっと昭和の心を思い出して貰ってるだけじゃろうが」
「答えになっていないというか、あたし平静生まれなんですけどー!?」
 さゆみの問い返しを喧しいの一言で無効化した洲崎は、
「お、あの嬢ちゃんは良さそうじゃのう」
 約二十メートル程前方、壁に背を預けて立つアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)を洲崎は発見した。
「え? あれは私の……」
「何はともあれ、まずは行ってくるのじゃー!」
 さゆみが口を開き切る前に、洲崎は操作を開始した。
 男性となったさゆみはアデリーヌまでの距離を瞬く間に走破し、
「何かわたくしへの殺気が――って、え?」
 タックル気味に彼女を押し倒した。
「きゃ、何するんですの!?」
 床に背を押しつけられながら反論するも、
「うへへへ、もういいや。ここまでしちゃったらもう後戻りできないし」
「え、何をなさって……そこはスカートっ……!」
 身に付けた布地に手を伸ばすさゆみに対し、アデリーヌは腕を使ってガードする。
 が、男女の腕力の差はあり、そして体勢による有利不利は現場に大きく作用し、
「いえーい。御開帳――!」
 ゆっくりとフリル付きのスカートが捲られていく。アデリーヌの顔には汗と恐れが浮かんでおり、
「ああ、このままでは大変な事になってしまいますわ。これから嬲り者にされた揚句羞恥プレイを強要されて、毎晩毎晩薬を飲まされる憂き目に遭うんですのね。可哀想なわたくし……!」
 彼女が想像する未来を盛大にぶちまけ、その声が襲いかかるさゆみにまで通った瞬間だった。
「んっ?」
 彼女の男性化が解除されたのは。
「なっ!? あなた、だったんですの?」
「あ、いや、まあ、そうなんだけど。解らなかった?」
 戸惑いの視線を見せるアデリーヌに、誤魔化しの視線をさゆみは返す。
 両者のやりとりを遠目で観察していた洲崎は頬を掻き、
「何とか落ち着いたのう。――しかしさっきから活動的な嬢ちゃんばかりで酷い目を見たから清楚な委員長系を狙ったら、妄想爆発系のムッツリとはのう。まあ、別の意味で清涼剤になったから良いのじゃけれど」
 癖の強いものばかりチョイスしてしまうの、とこれまでをそう勘定し天井方向へ浮遊し始めた彼は、
「まあよい。折角の図書館近くじゃ。これよりもっと清純かつ清廉な委員長タイプが続々と――」
「――そこか――――!!」
 背後から桜月 舞香(さくらづき・まいか)のとび蹴りを背中に受けた。
「ぐ……、いきなり何をする!」
 蹴り体勢から風を含んで着地したチアガール姿の彼女は、スカート下のアンダースコートを見せつけながら、
「それはこっちの台詞よ。この乙女の敵が」
 吠え、再度洲崎に蹴りかかった。
 真正面から来る回し蹴りを、しかし洲崎は避け、
「何なのじゃ貴様は? スカートの下にスパッツとは怪しからん」
 許せんことじゃ、と彼は憤りの震えを表して、意気軒高に言い放った。
「昭和のチアは皆、――ブルマじゃったろうが!」
「知るかそんなこと――!」
 洲崎の言葉を飛び超えて、彼女は飛びひざ蹴りを繰り出した。激しい足技でスカートがめくれても気にした素振りは無い。
「……ふん、そんな恥じらいの無い攻撃など当たるもの――ぎゃあっ!?」
 余裕の見下しで返しをしていた洲崎は、またもや背後から蹴りを受けた。
「協力するわよ、そこのチア!」
 による藤林 エリス(ふじばやし・えりす)大上段からのかかと落としだ。靴の硬質な部分が脳天に突き刺さる。
「ぐおおお――。久々の強ツッコミ――!」
 地面にたたき落とされた洲崎は、頭を押さえて床を転げ回る。
「セクハラも良いとこよ、この変態」
 セーラー服をはためかせてそう言い捨てた彼女の後ろからは、
「わー、凄いクリーンヒットだったわねエリスちゃん」
 揃いのセーラー服を纏ったアスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)が拍手とともに、エリスの元へ走り寄っていく。
 桜月も、転がる洲崎に眼をやりつつエリスらに歩み寄り、
「助かったわエリス。このちっさいの中々蹴れなくて」
「ええ、あたしも何となくわかるわ。背中向けてなきゃ、すばしっこくてあたりゃしないわよ」
 は、と吐息する二人の少女とそれを見て笑みを浮かべるアスカ。そんな彼女らの間に割って入る姿があった。
「……わしを目の前に悠長に会話とは随分図太いのう」
 洲崎だ。彼の声に少女らの体感時間が一時的にストップする。
 彼はその小さい体躯を活かし、アスカとエリスの狭間にてスカートを掴んでいる状態で、
「取ったあ!」
 誰かを操る訳でもなく自分自身による捲りを実行した。が、
「きゃ、……なんて言う訳ないでしょうが!」
「右に同じー」
 悲鳴を上げることなくエリスに膝をかち上げられた。それだけではない。
「ダーリンのばかあ、ってね」
「うおっ!?」
 左のアスカから雷撃が放たれていた。間一髪、スウェーと共に浮遊する事で膝蹴りの範囲から逃れる。彼は逃避をこなす数秒の間に、エリスやアスカが何故恥じらわないのかの理由を知った。彼女らが服を脱ぐことによって。
「むう、これは……」
 セーラー服という布地を剥いだエリスはレオタードに、アスカは黒と黄の縞模様で彩色されたビキニ水着に服装を変貌させていた
「あーもう、折角のチャンスだったのにかわされるのね」
「うーん、せめて吃驚くらいはすると思ったのだけど、期待が外れたのかしら?」
「ふっ、嬢ちゃんたち、その考えは甘いのじゃよ」
 前髪を手で撥ねたポージングで洲崎は言う。
「……すっごいムカつくわね、あれ」
「ええ、同意するわ。何か駄目な男が無理やり格好付けているみたいで凄い蹴り飛ばしたいもの」
 エリスと桜月の不評を踊ってかわした洲崎は、
「何とでもいうが良い。ただわしはバニーからレースクイーンまで、昭和の時代が誇る全てのレオタード姿を目に収めた。水着についても同じじゃ。よって、目新しさだけのハイレグでは見とれさせることは出来ぬ!」
 高らかに言い放たれた彼の台詞に女性三人は半目を向け、
「「……早い話、年季の入った変態だということね」」
 完全なユニゾンで、返答した。
「くっ、何で図書館前なのに手厳しい体育会系ばっか集まりよるのじゃ。もっと優しく清楚な人間がいてもよかろうに」
 やや嘆き入りの台詞を吐いていると、
「俺様が加勢してやるぜそこの地祇!」
 禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)が走り込んで来た。身体から酸を振り撒いて、だ。
「喰らえ、長年の研究の末に完成したアシッドミスト服だけバージョン!」
 身体から発生しているそれは眼を見張るものでもなく、靄程度の大した影響力を持つようには見えない代物であったが、
「エリスちゃんエリスちゃん。前、胸出掛けてるわよ!」
「うわ、服が!?」
 霧が触れた布地に、小さな穴が幾つも空いたのだ。
「ほ、見事じゃな貴様」
「どういたしまして、だそこの地祇。……肉体に影響なく、服だけを見ごとにとかす黄金律。これこそ、俺様の集大成――」
 河馬吸虎は力強く拳を天に突き上げた。否、突きあげようと拳を腕に向けたとき、
「このバカ河馬が――!」
 河馬吸虎の横っぱらにリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の疾風突きが突き刺さった。
 出る声はが、でも、ぐあ、でも無く、
「ぬ……」
 という脂汗に浸った様な苦悶の声と共に、河馬吸虎は前のめりに倒れた。
「ああもう、また厄介事になってるし。すいませんホントこの馬鹿がやらかしてしまって」
 リカインは一度河馬吸虎を踏みつけた後、直ぐさまエリスらの元へ赴き頭を下げ始めた。
「うわー、こりゃ酷いね。大丈夫?」
 その後ろでは鎧を着込んだシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が倒れ伏した者を見届けている。
「く、俺様死すとも、女体は死せず……」
「何を言っているかフィスには解らないよ……」
 洲崎は捨て置かれていながらも辞世の句を上げる河馬吸虎とシルフィスティ、そしてリカインを見比べて、
「うっし、じゃあこいつを操ってこ奴らに――」
「ちょっと、そこのあなた。何をなさるつもりですか?」
 洲崎がいやらしい笑みを浮かべていた横から、話しかけてくる者がいた。
 目付きを鋭くした空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)である。
「何って……あの倒れてるの操って捲るつもりじゃが?」
 洲崎の答えを聞いた彼は眉を立て、僅かばかり感情をあらわにしており、
「あなたはこんなことをしていて恥ずかしくは無いのですか? こんな稚拙な行為を繰り返して人様に迷惑をかけるなどと」
「? 何を言っておるのじゃ貴様?」
 首を傾げる洲崎に狐樹廊は吐息し、
「……どうやら、自分の行為を省みられないようですね。同類として手前は恥ずかしいですよ」
「何を言っているのか解らんが、恥ずかしいと思うから恥ずかしいのであって恥ずかしくないと思えば恥ずかしく無い筈じゃぞ?」
「黙らっしゃい。そんな認識論に持ち込もうとしても無駄です。いいですか、大体地祇というものは――」
 指し指付きでの論述を始めた狐樹廊に、洲崎は胡乱な目になって、
「――あーあー、うるさいの。こういう時は撤退するに限る」
「あ、待ちなさい。まだ話は……」
「これはおまけじゃ。とっとけ若造」
 と、洲崎は狐樹廊を操作した。
「!?」
 表情で驚愕する狐樹廊であったが、体は全力で洲崎に答えていた。加速という動作によって。
 彼が走り行くのはシルフィスティとリカインの元。正に一心不乱に直行した。
 両腕をフック状にして捲りの態勢に入り、
「貴様も経験を積めば解るじゃろうて。じゃあの」
 去っていく洲崎の背後で狐樹廊は二人へ突っ込んだ。ここで、狐樹廊は思考した。
 右にはリカイン、左にはシルフィスティがいる。避けてくれとは現状言えないが、既に両者とも気付きかけているので不意打ちで怪我をすることはないだろうし、リカインに関してはフラワシに護って貰えば良いので大して影響はない。
 だが問題は鎧を纏っているシルフィスティだ。確かに彼女はスカートをはいているが、鎧を下に着込んでもいる。
 鎧は堅いものだ。
 そこに捲り手を、貫手の形状にした手を突っ込んだらどうなるか。
「ちょっまっ……!」
 結果は明白。
 体の操作が自分に戻ったときにはもう、狐樹廊の左中指は突き指という負傷を得ることになっていた。
 
 
 洲崎が去り、己の左手指を抑えている狐樹廊を囲む者たちからも遠く離れ、閑散という表現が良く似合う場所に堂島 結(どうじま・ゆい)はいた。
「ちょっとー、誰か一人はいてくれてもいいんじゃないの?  さっきから誰にも出会わないんだけどなーっていうか早く地祇来ーい!」
 独り言を呟きながら辺りを見回し、
「ホント何処に居るのよー。噂の地祇対策でバラバラに探すのは良いけど、これじゃその作戦すら意味無しだよ」
 堂島は足を速め、捜索の速度を上昇させながら、
「もー、こんな埃っぽい所で大声出し続けたら喉痛めるじゃない。私、こういう所駄目なのに……」
 けほ、と彼女は咳を一つし、喉の調子を確かめた後で、
「あーもう! さっさと見つけてこの文の恨みを果たしてやるんだから、待ってろよ地祇!」
 そんな彼女は数分後、リカインらの元で、地祇が逃走したことを知るのであった