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恐怖の五十キロ行軍

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恐怖の五十キロ行軍

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   「平原」

 レイヴ・リンクス(れいう゛・りんくす)は、一人、ビームスプレーガン(レプリカ)を構え、【カモフラージュ】で身を隠していた。偵察として先行して来ていた彼の目に、平原はどこまでも穏やかで平和に見えた。
 少なくとも目に見える罠や敵はない、と彼は連絡をした。
 しかし彼は、同じようにして【迷彩塗装】で隠れている松平 岩造(まつだいら・がんぞう)に、気づいていなかった。


 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は連絡を受け、意気揚々とやってきた。今日ばかりは水着ではなく、迷彩服だ。――下着代わりに身に着けているが。
 パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がこの場にいないのはちょっと寂しいが、何と言っても――あみだクジの結果とはいえ――リーダー格なのだから、ここは頑張らねばと彼女は張り切っていた。それに二年前に入学以来、連続して参戦している、という誇りがある。
「何もない平原ではあらゆる角度、それこそ三百六十度全方位からの攻撃が想定されるので、ツーマンセルを基本単位とするバディシステムを導入するわ!」
 なるほどなるほど、とアキラ・セイルーンは頷いた。明倫館の彼にはない発想だ。
「ならば我が先陣を切りましょう……」
 ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)が進み出た。え、とセレンは絶句した。ネームレスは身長百二十センチほどの女の子だった。体重も――どう見ても、荷物より軽い。よく持てるもんだと感心したが、魔鎧だから人間とは力の出し方が違うのだろう。それでも、
「でも、あなたじゃ、ちょっと」
 セレンは躊躇った。
「問題ありませんよ……」
 ネームレスは即答し、そのとたん、身体が大きく膨れ上がった。セレンたちは目を丸くした。
「流砂でこの重さでは沈むものでね……、軽くしてあったのです。従ってバディはいりませんよ……」
「それは困るわ」
 セレンは顔をしかめた。バディシステムでいくと決めた以上、それをおいそれと破るわけにはいかない。組織とは、軍とはそういうものだ。
「ではバディはわしが務めよう」
 ルシェイメア・フローズンが名乗りを上げた。
「え、何で!?」
 アキラはびっくりした。てっきり自分と動くものだと思っていた。
「それは困りますね……。我一人ならどのような攻撃にも耐えられますが……」
 ルシェイメアは、ネームレスの硬い腹を軽く叩いた。
「だからじゃ。他の者では、攻撃を受けたときにやられる。といって、バディを組まぬわけにいかぬ。幸いわしは魔女じゃ。おいそれとやられたりはせぬよ」
「ふむ……いいでしょう。足手纏いにならないでくださいよ……」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
「じゃ、二人が先頭、その次は――」
「俺?」
と尋ねたアキラを無視して、セレンはジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)を指名した。この二人はパートナー同士である。ジェイコブは元SWAT隊員、こういった「訓練」には慣れている。前後に気を配るのに最適だ。
 そう頼むと、ジェイコブは任せておけ、と口の端を上げた。
 最後にアキラと志方 綾乃(しかた・あやの)を選び、セレンは援護に回ることにした。
 ルシェイメアは出発前に、方角を確認した。コンパスがくるくると回る。
「やはりな、ただの平原のわけがない」
 何もないだけに道を誤りやすいと判断した彼女は、太陽を見上げた。これから西へ沈んでいくはずだ。それを頼りに進めばいい。太陽と周囲の両方を気にかける必要がある。神経を張り詰めることになりそうだった。
 ネームレスとルシェイメアが背中合わせに歩き始めた。ゆっくりと、しかし足取りはしっかりしている。怯えや恐れといった感情は、一切見えなかった。さすがに五千歳コンビだとアキラは思った。
 だがアキラがそう思った瞬間、二人の目の前に岩造が現れた。二人から見ると、土と草が盛り上がり襲ってきた。さながらゾンビのようである。
 姿を現すと同時に、岩造は【則天去私】を放った。拳がネームレスの鳩尾を打った。だが、【龍鱗化】を使っていたネームレスはびくともしなかった。しかし岩造は間を置かず、右手に「龍光輝」左手に「ウルクの剣」を構えて二人の間へ飛び込んだ。
 自然、ネームレスとルシェイメアは離れざるを得なかった。
 岩造は、【ヒロイックアサルト】と【ドラゴンアーツ】を始動した。そこに「怪力の籠手」が加われば、二振りの剣を己の手の如く自在に操れる。
「逃げて!」
 セレンが怒鳴り、アサルトカービンの引き金を引いた。岩造は弾の届かない距離までいったん引いた。
 ネームレスは無事だが、ルシェイメアは背中に傷を負っていた。
「ルシェイメア!」
 駆けつけたアキラが【獣医の心得】を、フィリシアが【リカバリ】で治療する。しゅーしゅーと音を立て、ルシェイメアの傷はたちまち癒えていく。
 ジェイコブは岩造へ向け、【クロスファイア】を放った。岩造のあちこちに付いた草が、ぼっと燃えた。岩造はいったん退くことにした。させじとジェイコブは後を追う。
 だがその時、ジェイコブのこめかみに強い衝撃があった。
「しまった――!」
 ジェイコブは舌打ちした。同時に見事な戦術だ、と思った。一人が前へ出て掻き回し、もう一人が遠距離より攻撃する。定番だが確実だ。狙撃したのは誰だろう――?


 その狙撃手、金住 健勝(かなずみ・けんしょう)は、遥か離れた場所にいた。スナイパーライフルの射程距離、ギリギリである。
 ターゲットの顔はよく分からなかったが、動きからして新入生でも他校生でもあるまい。となると同級生という可能性があるが、ちょっと申し訳ない気がした。
 しかし、少し前まで自分もああして行軍の一団にいたのに、と健勝は物思いに耽った。
 ――我ながらよく昇進できたものであります。
 そう思ったとき、彼の傍らの土が弾けた。
「!?」
 慌ててスコープを覗き込むと、綾乃が真っ直ぐにこちらを見ていた。――否、健勝と全く同じ体勢でスナイパーライフルを構えている。
 これはまずい、と健勝は思った。


「逃がしませんよ!」
 綾乃は、健勝が移動するのをスコープで追った。岩造の攻撃に気を取られ、せっかくの【ディテクトエビル】も役に立たなかったのが猛烈に悔しい。向こうが容赦なく撃ってくるなら、こちらも遠慮するつもりはない。たとえ相手が上官であろうが今は状況中、怪我をしても、
「志方ないですよね!」
 レイヴが綾乃の横に座った。最後尾で警戒していた彼は、唇を噛んでいた。自分より早く来ていたであろう敵に、ちっとも気づかなかった。何のための偵察か。
「とにかく狙って!」
 レイヴには健勝を探すスキルはなかったが、綾乃が撃った方向を狙うことは出来る。綾乃の正確な狙撃と、レイヴの援護で健勝は体勢を整えることが出来ず、次第に二人の視界から遠ざかっていった。
「よし!」
とレイヴがガッツポーズを取ったのも束の間、そこへミサイルが撃ち込まれた。どこからかは分からない。実際、撃ったパティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)も適当だった。
 だが、六連ミサイルポッド×二は、見事に二人を吹き飛ばした。綾乃は【龍鱗化】でダメージを抑えたらしいが、レイヴは地面に叩きつけられてしまった。
「ありゃー」
 遠くから眺めていたパティは、他人事のように呟いた。
「当たっちゃいましたねえー」
 怪我の心配はしていなかった。パートナーの一人であるハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が駆けつけて、治療してくれるのは分かっていた。
「大丈夫ですか!?」
 ――ほらね。
 ハンスは頼りになる衛生兵なのだ。

・レイヴ・リンクス、脱落。
・ジェイコブ・バウアー、脱落。