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黒ひげ危機脱出!

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黒ひげ危機脱出!

リアクション




6.とびだせ! おっさん


 未だタル状突起からの脱出のかなわない黒ひげは、だんだんと間違った場所に刀剣を刺されても反応が鈍くなってきた。
 感覚と認識を鈍化させることで精神を生き延びさせようという無意識の働きだ。もしかしたら、黒ひげの昔の記憶が曖昧なのも、当時はひどい精神的ショックを受けたために、テレビの向こう側の出来事のように受け取ることで実体化した己の精神を守ろうとしたのかもしれない。
「――これ、大丈夫か」
 氷室 カイ(ひむろ・かい)は、自分で集めてきた日本刀を、黒ひげのタル状突起に突き刺すことにためらいを感じ始めた。
 伝説的な刀である村正は、いうまでもなくほしい。
 しかし、そのためにひげのおっさんをくるしめていいのか?
「――」
 カイの逡巡は止まない。そのあいだにも別の誰かが黒ひげのタル状突起に刀を突き刺す。
「ちがまーす――」
 黒ひげはもはや村正判定器のような存在になっている。タル状突起に刺された瞬間に、その刀が村正であるか否かがわかるらしい。
「それにしても、これだけ村正をイメージした刀が多いとは」
 カイは足下の刀を見て眉を寄せる。
 刀身の美しさで知られる村正は、その後の日本刀の一つのモデルとなった。現代の金属加工技術ならば、少なくとも見た目上は伝えられているとおりの波紋を再現することができる。
 そもそも村雨の贋作として打たれた刀は、本物以上に本物らしく見えるよう様々な手管を労している。
「――いっそ、突起の破壊を試みるか?」
 カイは腰から下げた二振りの刀に触れる。竜の鱗から鍛え上げられし刃であれば、あるいは飛行ガメの甲羅も破壊できるかもしれない。
「――」
 彼の腕ならば、黒ひげの身体に傷をつけることなく突起だけを切ることもできるかもしれない。
 しかし、タル状突起の構造は不明だ。刃自体が黒ひげに触れなくても、突起の中で何が起こるかわからない。
「早く助けなければ、この人は――」
 カイは唇をかむ。夕日はもうすぐ地平線の下に隠れようとしている。夜が来れば、甲羅に突き刺された刀を細かく検分することは難しくなるだろう。
「なんだか似たような刀ばかりですね」
 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は、自分の見つけてきた刀に対してサイコメトリを使用して来歴を探ることで村正を見つけ出そうとしている。
「これは――想像以上に。辛い」
 幸せそうなカップルたちが永遠の愛を誓い合って突き刺すイメージ。
 はじめの五回ほどは優しい気持ちで見守ることができた。しかし、今はもう胸焼けがする。パートナーにつきあって空京のホテルで行われたケーキバイキングにつきあったとき以来の胸焼けだ。
 霜月のサイコメトリは、時間をさかのぼるようにイメージがわいてくる。そのため、その刀の来歴を知るためには一本あたりそれなりの時間がかかるのも、霜月の精神をじわじわと消耗させていく。
「穴の方を、確定させようかな」
 霜月は、黒ひげのはまっているタル状突起に触れながらサイコメトリーで正解の穴を探す。
「あー」
 黒ひげはうつろな目をして薄笑いを浮かべている。もはや一刻の猶予もないようだ。霜月は深呼吸をして気分を落ち着けると、まぶたを閉じて精神を集中した。
「――だめか」
 五分ほどもじっと精神を集中していたが、サイコメトリーで正解の穴を見つけることができなかった。
 サイコメトリーは生物に対しては効果がない。タル状突起は飛行ガメの甲羅の一部であるために、サイコメトリーが通用しないのだろう。
「やはり駄目じゃったか」
 グラフ・ガルベルグ著 『深海祭祀書』(ぐらふがるべるぐちょ・しんかいさいししょ)は最初から結果がわかっていたらしく、落胆した様子もなく言い放つ。
「駄目ってわかっていたなら止めてくれ」
 霜月は立ち上がる。その拍子にタル状突起にはまった黒ひげと目があった――ような気がしたが、黒ひげの焦点は、ここではないどこか遠くにあった。
「貴殿ら人間は、理屈の上ではではどうにもならないことに挑戦し、乗り越える不思議な力を持っているからな。人間がもっとも美しくある瞬間を、わしは見てみたい」
「――」
 『深海祭祀書』は、いつかそんなものを見たのだろうか。
「こまったことに、敵の中にそんな美しいものを見つけてしまうこともある。霜月、気をつけろよ」
 『深海祭祀書』の言葉は、長い年月を経てきたもの独特の重みがある。
「――」
 果たして自分は、相手の中に美しいものを見つけてなおそれを踏みつけて高みへと進んでいけるだろうか。霜月はタル状突起にはまった哀れなひげの男を見る。
 ほんの数時間の間で、壮年の男から老人に変わってしまったように見える。
「自分は――」
 こんな気持ちでは、村正を見つけることなどおぼつかない。『深海祭祀書』はすべてを見透かしたような笑みを浮かべると静かにうなずく。
「貴殿が完全な人間なら、わしなど必要とせぬじゃろう」
 『深海祭祀書』は励ますように霜月の背中をたたいた。気落ちしていたせいか、霜月はバランスを崩してつんのめる。
「これは……?」
 霜月が手を突いたまさにその場所に、剣が埋まっている。つきたっているのではなく、刀身を甲羅に対して水平に叩付けたかのように、剣全体が甲羅の中にめり込んでいるのだ。
 それはまるで、永遠の愛を誓うのではなく、自らの思いを埋葬するためにそうしたかのように思える。
 霜月は剣の上に堆積したチリやコケを丁寧に取り除く。V字型の刀身を持つ、飾り気のない剣だ。彼は、剣を手に取った。まるでワインのボトルを持ったように、手の中で質量が揺れる感覚がある。
「空洞に水銀が詰められておるのじゃろう……振り上げたときに軽く、振り下ろしたときには重く、と考えてな」
 『深海祭祀書』の言葉に、霜月は手の中の剣を振ってみる。なるほど振り上げたときより、振り下ろしたときの方が重く感じられる。刀身の中の水銀が振り上げたときは柄側に、振り下ろすときは切っ先側に移動するため、重心の移動によってそのように感じられるのだろう。
「水星姫……」
 霜月は自覚のないままにサイコメトリーを用いたのか、脳裡に浮かんできた剣の名をささやいた。

 国頭 武尊(くにがみ・たける)は飛行ガメの甲羅の上で繰り広げられる出来事をぼんやりと眺めていた。
 太陽はほとんど沈み、西の空に赤い光を残して消えようとしている。後数分で、太陽の光は完全に消え、夜がやってくるだろう。
 空にはひときわ目立つオレンジがかった赤い星が輝いている。地球でサソリの心臓と呼ばれる星によく似ている。
「そろそろか」
 武尊はその場で簡単に身体をほぐすと、村正の探索を開始した。
 村正の精神である黒ひげは、未だに飛行ガメのタル状突起にとらわれている。
 タル状突起にはまっていた海賊黒ひげの英霊、エドワード・ティーチは奇しくも、パートナーによって突き刺された百本目の剣で、タル状突起から解放された。
「あぁ、新しい世界が見れました」
 解放された後、エドワードが一番はじめに話した言葉がこれだった。
「もう一度はまってみる?」
 とパートナーである水神 樹に問いかけられたエドワードは、アルカイックスマイルを浮かべ小刻みに振動するばかりだった。
 もう一人、タル状突起にはまったものがいた。天空の露天風呂に挑戦したレティシア・ブルーウォーターは、未だにタル状突起にとらわれている。お湯は冷めたが、こんどは寒そうにしている。
 武尊は、甲羅の上をゆっくりと歩く。特定の目標を探すのではなく、まんべんなく視線を配りじっくりと進んでいくやり方だ。
 ずっと昔に所属していた機関で受けたジャングル行軍訓練を思い出す。泥の中を這って蛇の生き血を文字通りにすすったのも今ではいい思い出だ。かといって、もう一度やりたいとも思わないが。
 そんな武尊と同じように、捜し物というよりは間違い探しでもしているかのように甲羅の上を歩いているものがあった。蒼空学園に籍を置くエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。銀色の髪が、宵闇の中でかすかにきらめいている。
「やぁ、彩祢さん」
 エヴァルトは日本刀を探してきょろきょろとしていたひびきに声をかけた。エヴァルトとひびきはこれまでに何度か肩を並べて戦ったことがある。
「あ、エヴァルトさんだ。よかった、今日は怪我してなかったんだね!」
 エヴァルトはひびきと会うときは肋骨が折れたり腕が折れたりとさんざんな目に遭うことが多い。
 ひびきとしては単純に今回は怪我をすることもなさそうだとエヴァルトの無事を喜んだだけなのだが、なんだか『前振り』をされたようでどうにも落ち着かなくなってしまう。
「見つかりそう?」
「さて、村正の特徴である表裏で揃った、大きく波打つ刃紋、を探しているんですが、なかなか……」
 エヴァルトは肩をすくめる。
「そのような刃紋を持つ刀は何本かみかけたのですが、業物が持つすごみがなくて」
「なるほど……詳しいんだね」
 ひびきは感心したように何度も頷く。彼女自身も日本刀マニアのはずなのだが、有名すぎる村正のことはかえって勉強していないようだ。
「もしエヴァルトさんが見つけたら、ボクにもちょっと振らせてもらってもいいかなぁ?」
「あぁ、もし俺が見つけたら彩祢さんに進呈するよ」
「えぇ〜、悪いよ。お返しするもの……タタミイワシくらいしかないし」
「彩祢さんはタタミイワシが好きなのか」
「う〜ん。知り合いがタタミイワシ食べると剣豪になれるって教えてくれたんだ」
 ひびきの答えに、エヴァルトは内心首をかしげる。そんな話聞いたことがない。『野菜を食べると身体が丈夫になる』のと似たようなりくつなのだろうか。
 エヴァルトはひびきからタタミイワシのすばらしい効能を危機ながら村正探索を再開する。
「……」
 武尊はそんな二人の声を聞くともなしに村正を探す。エヴァルトの声量はごく普通だが、ひびきの声はやたらと元気がいい。聞こうと思わなくても聞こえてきてしまうのだ。
 武尊とひびきも今までに何度か遭遇しているが、ひびきのぱんつには興味がないのである。硬派なのだ。
 巨乳でもなく、かといってロリでもない。貧乳かといえばそうでもない。実に微妙な境界線上にとどまり続ける彩祢 ひびきなのである。吸血鬼ということは、(誰かに殺されなければ)あと百年や二百年はあのままの姿かもしれない。実に。微妙だ。
 武尊は人類がぱんつを賭けて争った哀しい歴史に思いをはせながら歩いていると、メノ奥がうずくような奇妙な感覚があった。
 半自動的に左右に揺れていた視線の動きが定まる。武尊の視界の中心には長さ七十センチほどの朽ちかけたコケだらけの木の杭が突き刺さっていた。
「女性はジャンプーリンスのほかにヘアパックなどというものをするのですか!」
「そうともさー。エヴァルトさんのパートナーはみんな髪きれいなんだからほめてあげなきゃだめだよ!」
 エヴァルトとひびきは村正と全く関係ない話で盛り上がっている。清潔にしていればそれ以上は求めないエヴァルトに、女性の髪の手入れの大変さを説いていたらしい。
「む――」
 エヴァルトも、武尊が目とつけた腐りかけの木の杭に目をつける。なぜかはわからないが、気に掛かる。
 二人の男の視線が絡み合う。二人の実力はほぼ伯仲している。
 ひびきも二人が同時に何かを見つけたのに気づいて黙り込む。
 エヴァルトも武尊も、あえて武力でもって人から奪おうとは考えていない。しかし、相手が仕掛けてくるなら応戦しなくてはならない。
 他人の考えはわからない。
「――――」
 エヴァルトはためらいながらも、ゴム弾を装填したショットガンに触れる。
「よしっ! この龍滅鬼 廉がやったぞ!」
 普段は冷静さを欠くことがない廉が、思わず声を上げる。彼女の突き刺した剣が、正解の穴を貫いたのだ。
「「なに!?」」
 エヴァルトと武尊の声がユニゾンする。場よ〜ん、という間の抜けた音ともに天に向かって射出されたのは――。
「うぅぅ――水でふやけちゃったよ〜」
 タル状突起で天空風呂を満喫していたレティシア・ブルーウォーターだ。すっかりさめた大量のお湯とともに星空に漂う……。
「まずい!」
 エヴァルトは駆け出す。タル状突起からの射出は想像以上に高速だった。打ち上げられたレキは、意識がもうろうとしているようだ。このままでは体勢を崩して落下し、大けがをするかもしれない。
 エヴァルトはドラゴンアーツを使い、一気に跳躍する。そのまま、空中でレティシアを抱きしめる。
「ん……」
 レティシアは、タル状突起内でさんざん身をよじったせいで着込んでいた水着がほとんど脱げかかっていた。間近で見る少女の肌の白さと、その柔らかさ、暖かさに、エヴァルトの鼻の奥から鉄の匂いがあふれ出てくる。
 エヴァルトは大量の鼻血を吹き出しながら自らが出現させた粘体のフラワシの上に落下した。
 エヴァルト・マルトリッツ。鼻血の大量出血により、ダウン。
 レティシア・ブルーウォーター。タル状突起より、帰還。
「……これ、俺がとっていいのか?」
 いささかげんなりした表情で顛末を見守っていた武尊がひびきに尋ねる。
「最後に立っていたあなたがとるべきだよ」
「そういうものかね」
 いいながらも、武尊は腐りかけの木の杭を調べる。
 腐りかけの木の杭と見えたものは、コケと蔓状の植物が絡み合ってできたものだった。蔓状の植物から分泌される樹脂が、長い年月をかけて固まり、その上にコケが、さらに蔓が、と何層にも重なり、腐りかけの木の杭のようになっていたようだ。
「よ……」
 武尊の肩の筋肉が大きく盛り上がる。武尊の手の中で樹脂がくだけていく。
 やがて、星の輝きを受けて輝く刃が現れる。偶然なのか故意なのか、樹脂によって外気や水に触れることのなかった刃は、さびることなく今日まで眠り続けたのだ。
 柄を抜いて銘を確かめる必要もない。
 武尊は村正を手に、黒ひげのはまったタル状突起へと向かった。
「う……あ」
 黒ひげは、焦点を失った瞳と、それでも武尊の手にある刀へと向ける。
「南無三!」
 武尊はもうほとんど残っていないタル状突起の穴に村正を突き刺す。
 次の瞬間、黒ひげの男は射出された、としか形容のできない速度で空へと打ち上げられた。
 思わず空を見上げたものたちは、星空をバックに黒ひげのいい笑顔を見たという。
 ひびきも、黒ひげの消えていった夜空を見上げていた。
「ん?」
 なにやら赤いものがひらひらと舞っている。長さ六尺ほどもある長い布だ。
 ひびきは自分の頭上へとゆっくりと落ちてきたその赤い布をつかもうとする。しかし、気まぐれな風が吹き、ひびきの手から赤い布は逃げ、彼女の顔全体に巻き付く。
「ぎにゃー!!!!!」
 ひびきはその赤い布が発するすさまじい匂いに思わず悲鳴を上げる。
 自分の残していった忘れ物を恥じるように、武尊の手の中で村正が恥ずかしげに震えた。


担当マスターより

▼担当マスター

溝尾富田レイディオ

▼マスターコメント

溝尾富田レイディオです。
参加者の皆さんへ、ご参加感謝いたします。
シナリオガイドのミスでは皆様に多大なご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません。


このごろは、昼間は蒸し暑く明け方は寒いですね。
皆様も体調を崩されませんよう、どうぞご自愛ください。
  ‘アカミミガメが日本の亀じゃないことに驚いた’溝尾富田レイディオ。