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<part2 南のビーチ>


 巨大タコとの決戦も終わり、海岸は落ち着いた静けさに包まれていた。
 皆が流れ着いたところはタコの肉片や漂流物で散らかっているが、百メートルも離れれば、綺麗な砂浜が広がっている。
 寄せては返し、白いしぶきを上げる波。鮮烈な陽射が砂を熱し、爽やかな潮風が吹いている。
 海辺では戦いの汗を流す者や、仲間同士でふざけ合って遊ぶ者たちが溢れ、無人島であるのを忘れるような南国ビーチの風景になっていた。
 そんな中、セファー・ラジエール(せふぁー・らじえーる)は砂浜で仰向けに横たわっていた。
 即席水着の皆と違い、きちんとブラックガウンを身に着けている。目の前には美しい青空が見えるのだが、彼はそれを鑑賞するどころではなく、差し迫った危機を感じていた。
「……皆さん? これは確か、私を砂に埋める遊びでしたよね?」
「え、はい。そうですけど。だから埋めてます」
 アレット・レオミュール(あれっと・れおみゅーる)がせっせと深緑の槍でセファーの体の下を掘りながら答えた。
「いや、だったら逆でしょう? 普通は、私の上に砂をかけて固めるんでしょう? そして、嫌がらせに胸や恥ずかしい形を作ったりして。これでは本当に生き埋めですよ?」
 そう、セファーは砂浜に掘った穴の中に横たわっていた。穴の深さは既に二メートルを超している。
 刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)は短剣で砂を掘り、邪魔な砂をセファーの体の上にかけていく。
「まあ、細かいことはこれが完成してから考えればいいんじゃないかな?」
「だから、これって結局なんなのですか? 私の墓ですよね? 完成したときには遅いですよね?」
 セファーは真剣な口調で聞いた。
 まさか〜、と刹那が笑う。彼女は貝殻と海草でこしらえた水着を身に着けていた。均整の取れた肢体にはよく似合い、店で買った水着とも遜色ない。
「わぷっ。そして、澪はさっきからなにをしているのですかっ」
「あなたの鼻と口を浮き輪で塞いでるよ〜」
 遊馬 澪(あすま・みお)は難破船から持ち出した浮き輪をセファーの顔にぐいぐい押しつけながら言った。ゴム製品の臭いがセファーの鼻を圧迫する。
 刹那が苦言を呈した。
「そんなことしてないで、澪も掘るの手伝ってよ」
「えー、めんどくさいー……」
「めんどくさがらない。澪だけなんの役にも立ってないでしょ」
「セファーを窒息させる役には立ってるよ〜」
「ならよし」
「良くないですよ刹那!? やはり皆さんの目的はそれなんですか!?」
 セファーはいよいよもって仲間への疑惑が高まるのを感じた。

「いる! いるいる! 可愛い子がいっぱいいるわ!」
 アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)はデジタル一眼POSSIBLEを手に、テンションが上がりまくっていた。服の代わりに破れた帆布を体に巻き付け、島で見つけたツタで縛っている。
 最初はデジカメで無人島の風景を撮っていたのだが、これだけ美少女揃いでは、そっちも撮っておかないとフィルムが泣くというもの。急きょ被写体を変更し、浜辺の天使たちを激写する。
「あら? あなたたちも可愛いじゃない? 無人島の思い出に一枚いかが?」
 アルメリアは砂浜にできた大穴の上から刹那たちを見下ろした。
「よろしくー!」
 元気に手を振る刹那。
「ぶい」
 澪がVサインを作る。アレットはもじもじとうつむいている。アルメリアは小さく笑って促す。
「あなたも恥ずかしがってないでこっち向いてちょうだいよ!」
「は、はい……」
 アレットはためらいがちに顔を上げた。
「いいのが撮れたわ! 写真はあとで渡すからね!」
 アルメリアは次の被写体を求めて駆け去る。助けてください……、と後ろで男の声がしたが放っておいた。

 そのとき、アレットの槍先が固い物にぶつかった。金属のような音と手応え。それ以上はどんなに力を入れても掘り進められない。
「あれ? なんでしょうか?」
 アレットが戸惑いながら物体の周りを掘っていくと、急に地面が振動してせり上がり、セファーを弾き飛ばす。
 その下から砂を辺りに散らしながら浮上してきたのは、サソリの形をした魔導機械だった。魔導機械はセファーに襲いかかり、左右のハサミで胴をガッチリと掴む。
 仰天するアレット。
「きゃーっ!? なんか発掘しちゃいましたーっ!」
 澪は一足先に無言で砂壁を登っていく。刹那は宙に涙を躍らせながら、アレットの手首を握る。
「アレット、逃げるわよ! セファーがオトリになってくれているあいだに! ありがとう、さようなら、セファー! 私たちはあなたの犠牲を忘れない!」
「ちょっと待てお前らあああ!」
 セファーは猫を被るのも忘れて怒鳴った。

「ううむ、巨大タコは確保されてしまったでありますな……」
 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は腕組みして残念そうにうなった。海パン一丁の姿で、武器はなにも持っていない。
 彼の先祖の大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)が、隣に同じポーズで仁王立ちしている。こっちはフンドシ一丁である。
「行かんでよかったわい。あんな化け物と丸腰で戦っておったら無傷じゃ済まんかったぞ」
「自分は海賊の秘宝を捜しに行くであります。捜すだけなら危険はないでありますゆえ」
「絶対にイカン! 海賊の霊に祟られたらどうするんじゃ!」
「では、どうすればよろしいでありますか。あれもイカン、これもイカンでは無人島に来た意味がありません」
「そなたという奴は……」
 藤右衛門は皺だらけの手で額を押さえた。我が子孫ながら剛太郎の朴念仁ぶりにはため息が出る。
 藤右衛門は剛太郎の顔を引っ張り寄せ、砂浜に座って待っているコーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)の方に向かせた。コーディリアには聞こえないよう小声で叱りつける。
「コーディリアがそなたと遊びたそうにしておるじゃろうが。今日ぐらいは海でのんびりして来い」
「はあ、そうなのでありますか。自分、コーディリアも海賊の武器などを見てみたいのではないかと思って」
「そんなわけあるかい!」
 藤右衛門はコーディリアに呼びかける。
「おい、剛太郎がそなたを遊びに連れて行ってくれるそうじゃぞ! 二人で行ってこい!」
「本当ですかっ? 是非!」
 コーディリアは立ち上がり、嬉しそうに剛太郎に駆け寄ってきた。
 その反応を見た剛太郎は、自分が彼女の望みについて勘違いしていたと気付く。
「じゃ、じゃあ、行くでありますか」
「はい、剛太郎様!」
 ぎくしゃくと歩き出す剛太郎に、コーディリアが並んだ。
 二人は人の多いところを離れ、水際沿いに海岸を散策する。コーディリアが派手な彩色の海草を見つけて指差す。
「剛太郎様! ピンクの海草ですよ! 蛍光色です!」
「あれはシャンバラヒジキでありますな。栄養豊富で、僻地の作戦のときは頼りになるであります」
「剛太郎様! 手が生えたお魚が泳いでます!」
「それはサカナモドキ。タンパク質が多いので、肉がないときは便利なのであります」
 剛太郎は言いつつも、味気ない会話しかできない自分に嘆息していた。
 今日のコーディリアはいつものゴスロリドレスと違って、露出の多いワンピース水着。普段隠している素肌は透けるように白く、直視するにはあまりにも美しい。
 剛太郎は変に緊張してしまい、しゃれたセリフを考える余裕もない。
 二人をつけていた藤右衛門が業を煮やし、岩陰からこっそりと剛太郎の背中を突き飛ばす。
「うわ!?」
「きゃっ!?」
 剛太郎とコーディリアは折り重なって砂浜に倒れ込んだ。剛太郎がコーディリアに覆い被さるような格好になってしまう。
 コーディリアは目を大きく見開き、声が震えた。
「ご、剛太郎様……?」
「い、いや、これはでありますな、じ……」
 事故だと剛太郎が言おうとしたとき、コーディリアのまぶたが閉じられた。
 まさか、キスしてもいいという合図なのだろうか、と剛太郎の鼓動が速まる。
 そのとき、近くにアルメリアが通りかかった。
「んー!? この辺から浜辺の天使の気配がするわ! 夏の思い出に一枚むぐぐ!」
「嬢ちゃん! 今はいいところなんじゃからこっちに来い!」
 藤右衛門がアルメリアの口を塞いで引きずっていく。
 途端に甘いムードが霧散し、剛太郎とコーディリアは体を起こした。どちらからともなく深いため息をつく。
「え、えーと、少し一休みするでありますか」
「そうですね……。なんだか疲れました」
 二人は海辺に並んで座った。
 今日は厄日だと剛太郎がうなだれていると、左腕にひんやりした感触が当たった。見れば、コーディリアが顔を赤くして体をもたれさせている。
 やっぱり今日は幸運な日なのかもしれない、と剛太郎は思い直し、一緒に仲睦まじく海を眺めた。