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【空京万博】海の家ライフ

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第五章:君がいた夏
 突如出現したS☆ルシウスという謎のドラマーについての公式な発表は、ミスコン委員会、そしてメンバーである美羽達ですら決して語ろうとはしなかった。
 ここで彼の足跡を辿る旅に暫しお付き合い願いたい。尚、最後まで本名を明かさなかった彼の名前は、『男』と描写する。

 話はやや時間を遡る。
 男が目を覚ましたのは、波打ち際であった。
「お、気がついたか? けど、まだ暫く寝ているんだぜ。何しろ、たんまり水飲んでたからな」
 ラルクの声に、男は体を起こす。
 ひどく重たい体……挙句に細長い縄か何かで締め上げられていた様な痛みが全身にある。
 ラルクは「救急車を呼びに行ってきてやる! じっとしていろよ!」と言い残し、男の傍を離れていく。
「私は……一体誰だ? く……な、何も思い出せん!!」
 男は自分が何者であるか、それを探すため海岸を彷徨い歩く。



 男が最初に出会ったのは、青の短パン水着、袖なしパーカー、サンバイザーといった姿で、浜辺で弁当売りよろしく飲み物販売を行なっていた海の家の店員、藍園 彩(あいぞの・さい)であった。
 彩の左肩には大きめのクーラーバックがかかっていて、その中に商品の飲み物が入っている。
「ここ(海の家)から離れた場所だとさ、いちいち歩いて買いに来るのを面倒臭がる人がいるだろう? 出張販売を行なえば売れるんじゃね?」
 彩の提案を受けた、海の家の経営者たるセルシウスは、即座に「いいだろう! やってみたまえ!」とOKしていた。
 自分で提案したにも関わらず、彩はいつまでも天高い太陽をやや恨めしそうに見上げ、汗を拭う。
「小遣い稼ぎとはいえ、オレも暑い中、面倒なことしてるなぁ。まぁ、本家でも何か爆発騒ぎがあったらしいし、巻き込まれなくて良かったとも言えるんだけど」
 面倒臭い、と彩が言うにはもう一つ理由があった。
 目につく悪質なナンパを撃退していたのだ。
 元々、説教とか説得が下手な彩である。悪質なナンパをしている相手には、
「はーい、そういうことはやめやがれー」
と、面倒くさそうな顔で横からいきなり脇腹をヤクザキックする。
 バイト中で思い切り戦えず、やる気がない彩であるが、特技の武術により、威力は大き目なヤクザキックである。当然、相手の肋骨とかは折らない程度の加減は忘れないが。
 大体の相手は、そのヤクザキックで彩の実力を認め、スゴスゴと引き下がったものであるが、中には反撃を試みる輩もいた。
 そんな時は決まって、両肩に彩と同じ大きなクーラーボックスをかけたブラックファング・ウルフェイル(ぶらっくふぁんぐ・うるふぇいる)の出番であった。
「主に手出しする輩は許さん」
 黒の半パン水着、袖なしパーカー、サンバイザー。ボサボサの黒髪ポニーテールという姿の二メートル近い巨体と精悍な見た目、特技【威圧】を利用したブラックファングがにらみを利かせると、それでカタがついた。
「くろ、ありがとうな」
 彩は、そんなブラックファングに感謝の意を込めて頭をガシガシと撫でてやる。
 すると、かつて彩の愛犬だった頃の記憶からか、頭を下げる姿勢のブラックファングは、今は無い尻尾がブンブンと振られる幻が見えそうな位、嬉しそうな様子を見せるのだった。
 ただ、少年のような彩に二十歳後半らしきブラックファングが頭を撫でられている姿は、それはそれで一部の数寄者の関心を集めていたのだが、二人は知らない。


 そんな迷惑なナンパ野郎がいなくなった後、一人の客を連れて戻ってきたのはドラゴニュートのビート・ラクスド(びーと・らくすど)であった。
「お客さん連れてきたよ〜!……あれ? 何かあったの?」
 ビートが彩とブラックファングを交互に見やる。
「気のせい気のせい」
「何もなかったでござるよ」
 明らかに棒読みである二人の様子にもビートは気づかず、
「そっか〜、よかった」
と、持ち前の無邪気さで笑う。
 白の短パン水着、袖なしパーカー、角用に穴が開いた大きめの麦わら帽子という姿のビートの首には『出張! 海の家』と商品名・値段が書かれた看板がかけられている。
「で、その後ろの人が客……って……」
 彩がビートの背後にいるワカメがトーガにくっついた男を見て驚きの表情を見せる。
 男が重い口を開く。
「貴公は私が誰だか、知っているのか?」
「逆に、何で忘れるんだ? ホラ、オレだよ! オレ!!今は、前髪をおろしてポニーテールにしているけど……海の家で働いてるだろ?」
「その手には乗らない……オレだよ、オレ!という言葉は、蛮族共が人を騙す常套手段だという事は知っている」
「対面していたら、それは意味をなさないでござる……」
 ブラックファングが男に突っ込む。
 ジッと男が彩の持つクーラーボックスを見つめる。
「喉が渇いてるのか?」
「一つ……貰おう……いや、私は今や記憶どころか、金すら持っていないのだ」
 彩が無言でクーラーボックスから冷えたミルクティーのペットボトルを取り出し、男に押し付ける。
「ホラ! お代は後で貰うから!!」
「しかし……」
「ビー!」
 彩に呼ばれたビーが振り返る。
「何?」
 ビートを呼び寄せた彩が耳打ちする。
「様子がおかしいから、ちょっとアイツを海の家まで連れて行ってやってくれないか?」
「いいけど……僕一人で?」
「頼むよ、後でオレがカップケーキ作ってやるから!」
「本当!!」
 彩に大好物をチラつかせられたビートは、謎の男を連れて海の家まで行軍を開始する。
 だが、暫し歩いた頃、道中でビートが振り向くと、先程まで後ろを歩いていた男の姿は忽然と消え失せていた。砂浜に残った男の足音を辿り、追おうとしたビートであったが、海水浴客達の足跡に紛れた箇所で、その追跡を中止せざるをえなかった。