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黎明なる神の都(最終回/全3回)

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黎明なる神の都(最終回/全3回)

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第17章 エピローグ

「ごめんなさい」
 火村加夜に謝られて、キアンはきょとんとした。
「何が?」
「あんたが拉致られたの、俺達の責任みたいなもんだしな。悪かった」
 トオルが答える。
「私が、もっと注意していれば……。
 それに私、あなたに攻撃して、負傷させてしまいましたし……」
 くく、とキアンは笑った。
「親切を受けて、助けて貰って、あんたらのお陰でこっちは晴れて呪いから解放されたのに、その上で謝られてもな。
 何を許したらいいんだ?」
「……私達が、何かの役に立てたのでしたら、嬉しいです」
「すぐに帰るのか?」
 シキの問いに、キアンは頷いた。それがいいな、とトオルも笑う。
「あんたの弟が、首を長くしてるぜ」
「ああ……そうだな」
 遥か、ルーナサズのある方を見た。
 全てを失ったと思っていた故郷で、唯一の肉親が、自分を待っている。
 
「さーて、俺達も帰るかー」
 のびをするトオルに、そうですね、と加夜も頷いた。
「今度は、依頼とか無しで遊びに行きませんか? フェイちゃんも誘って」
「いいな! 今度万博とかもあるし、カヨのデートが無い時にでも、皆で行ってみようぜ」
 いいよな、とトオルはシキにも訊ね、シキはうーんとたじろぐ。
「あ、人混み苦手なんでしたっけ……」
 別に万博に拘る必要もないのだから、と言おうとした加夜の先回りをして、トオルは
「いや万博! そうそう無いんだからこんなでかい祭りは! 行こうぜ! 皆で!」
 と爛々と瞳を輝かせてシキに迫るものだから、加夜はついにくすくすと笑い出した。



「一度訊こうと思ってたんだが」
 エリュシオンに帰る前。
 折を見て、キアンがオリヴィエを誘い出して訊ねた。
「あんた何で、俺を助けた。
 見ず知らずのガキの為に、寿命を使うとか、普通しねえだろ」
 彼のお陰で生きているのだと、感謝し足りない気持ちは言葉にならず、そんな言葉が口をついて出る。
 オリヴィエは表情を和らげた。
「……理由はあるよ。
 でも、それは君の知る必要のないことだ。
 私の自己満足だと思っていればいい」
「……だが、それで俺は助けられた。
 世話になったし、……礼がしたい」
「必要ない。
 そんな恩義は、さっさと忘れてくれた方が有り難いよ」
 あっさりそう返したオリヴィエに、キアンは苦笑した。
「……変な奴」

 不幸は思いがけず、そして立て続けに押し寄せ、絶望の果てで、諦めかけていた。
 けれど最後のその瞬間に、奇跡のような運命でこの人物と出会えたことは、本当に僥倖だったと感謝する。
 こんな風に、多くの助け手が現れ、全てが幸運な方向に転じることがあるなど、僅か数日前まで全く信じられなかった。
 せめて礼を言おうとして、しかしすっかりやさぐれてしまったキアンは顔をしかめ、オリヴィエはそんなキアンを見て小さく笑った。

「――ブリジットだったんだな」
「鈍感だね」
 ファリアスに施されていた結界のキーが何であるかを知って、キアンは溜め息を吐いた。
 既に結界が解除されたことも聞いている。
 だからこそ、キアンは再びファリアスに戻ってきているのだ。
「俺が結界を解除してみせるんだと、ずっと誓ってきたが……」
 手遅れにならない内に、絶対にと常に心に言い聞かせてきた。
「だが、連中が結界を解除しやがってくれて、正直ほっとした。俺にはできねえよ」
 ブリジットは、樹月刀真達の手によって破壊され、そのキーはオリヴィエの手に戻された。
「そうかい?」
「……ブリジットは、もう駄目か?」
「いや、キーはブリジットの構造に関係してないし。直せと熱心に勧められてね。徹夜したよ」
 肩を竦めたオリヴィエの向こうから、歩いて来る二人に気付いてキアンは顔を向ける。
 ブリジットと佐々木八雲だ。
「安心していい。元通りだぜ」
 失われた腕も付いている。
 ぽん、とブリジットの肩に手を乗せた八雲に、キアンは胡乱な目を向けた。
「ブリジット、払い退けろ」
 反応していなかったブリジットが、その命令に、ぱしっと八雲の手を払う。
「何だよ、別に変な意味ないって」
「絵的に気にくわねえ」
 理不尽なことをきっぱりと言い放って、キアンはオリヴィエを見た。
「俺の護衛だ。連れて帰るぜ」
 オリヴィエは頷いた。
「ああ。君のだよ」


「答えを聞いていませんでしたよ」
 刀真の言葉に、何だっけ、とオリヴィエは首を傾げた。
「理由です。
 何故あんな無茶な結界を張ってまで、キアンを護ろうとしたんです」
「ああ……」
 そのことか、とオリヴィエは思いだし、うーんと呟きながら宙を見た。
 尋人が眉をひそめる。
「相手が、そういう結界で、幸せになれるわけないじゃないか」
「そうだね」
 ふっと笑ってオリヴィエは頷いた。
「ま、幸せをどうこうという思惑じゃなかったからなあ」
 むしろ、とオリヴィエは内心で自嘲する。
「……お人よしにもほどがあるよ。自分の命を削って、なんて……」
 むすっとして言った尋人に、オリヴィエは肩を竦め、そして再び宙を見た。

「……昔。
 まだ若い頃、ちょっとした戦争に巻き込まれたことがあってね」
「戦争?」
「これは死ぬかな、と思ったんだけど。
 その時、通りがかった初対面の騎士が、私を庇って代わりに死んで、私はこうして生き延びた」
 全く騎士というやつは、しょうもないね、と、オリヴィエは自嘲的に呟く。
「……だから今回、貴方が、同じように死のうと?」
「いや、生憎、死ぬつもりは全然なかったよ。まあ、大丈夫だろうと」
「……浅慮だな……」
 呆れたように呟いた刀真に、オリヴィエは肩を竦めた。


 これを、と、コハク・ソーロッドはキアンに、フラガラッハを差し出した。
 美羽と共にネヴァンから奪い取ったものを、彼が今迄持っていたのだ。
「……俺に返していいのか?」
 この杖を欲しがっている者が多いことを知っている。
 ネヴァンに奪われ、ネヴァンからそれを奪ったのなら、これはコハク達のものだろう。
「あなたのものです」
 惑いなく言われて、肩を竦めたキアンは、それを受け取った。
「故郷に帰っても頑張ってね」
 美羽が言う。
 空京まで一緒に帰って、一息つこう、という誘いを、彼は断ったのだった。
 ルーナサズでは、まだ片付いていないことが数多く残っている。
 彼の中では、まだ終わってはいないのだろう。
「ああ……。
 色々、感謝する。この恩を返せる機会が来たら、呼んでくれ。いつでも」
「うん。また会おうね」

 ブリジットと共に、ルーナサズに向けて旅立つキアンを、オリヴィエや美羽達は、見えなくなるまで見送った。