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第2章 そんなこんなでも肝試し 12

 コルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)は世間知らずのお嬢様だった。
 歩く動作一つとっても、優雅な佇まいをしている。一歩一歩の歩幅はほぼ一定をキープし、着込んだドレスがたなびく様子もまた、洗練されたものだった。およそ、このような暗がりの森にいるとは思えない。そんなお嬢様だ。
 そんな彼女の後ろで控えているのは、アイリーン・ガリソン(あいりーん・がりそん)だった。
 コルネリアに仕えるメイド型の機晶姫であり、メイド長の肩書も持っている女性だ。彼女にとってはコルネリアに仕えることこそが喜びであり、生き方でもある。
 彼女は『季節外れの肝試しに参加したい』というコルネリアの意思は尊重したうえで、彼女のために最良となる策を取る。つまりアイリーンは今回、コルネリアの護衛も兼ねて、彼女と一緒に肝試しに参加しているのだった。
 ふと、コルネリアが立ち止まる。
「アイリーン……あの……美奈子はどこにいったのですか? さっきまで私の右後ろにいたはずですが?」
「美奈子? そういえばさっきから姿が見えませんね」
 アイリーンはコルネリアとともにきょろきょろと辺りを見回した。
 実は今回、コルネリアについてきた従者はアイリーン一人ではなかった。
 地球人の森田 美奈子(もりた・みなこ)。コルネリアたちにとっては契約者にあたるメイドが、一緒にいたはずなのだ。
(どこにいったのかしら?)
 コルネリアは心のなかで残念そうに思う。
 そもそも今回の肝試しはアイリーンと美奈子の仲が進展すれば、という淡い期待を抱いて参加したものだった。もちろん、それを二人に伝えたわけではない。あくまであわよくば――というのが、コルネリアの考えなのだった。
 さて、問題の美奈子。彼女はコルネリアたちから離れた後方にいた。
「考えずとも、台所にいる黒くてテカテカしたムシのごとき男どもの邪悪な企てなど、美奈子はすべてお見通してですよ!」
 ビシッと、茂みに隠れていたお化け工作員たちに指を突きつける。
 実は、夢安一味の不穏な動きに気づいた美奈子は、それがコルネリアたちの手に及ぶ前に処理しようと、一人、別行動で動いていたのだった。
 もはや強盗か盗賊を退治する剣士のごとく、サバイバルナイフで相手の喉をかっ切ろうとする美奈子。
(影に生き、影に死す。メイド道とは忍ぶことと、天国のお母様も言っていました)
 心のなかで、亡き母を思ってそんなことをつぶやく。
 工作員たちを成敗したあと、美奈子は彼らの持っていたカメラを入手した。
 工作員たちは、ロープで亀甲縛りにされて、その辺に転がされている。見た者は何事かと思うだろうが、それはそれで、当然の罰だった。
(やっぱり、いいことした後は気分いいですね)
 清々しい顔で、彼女は額の汗をぬぐった。
「美奈子―! どこにいるのですかー!」
 そこに、コルネリアとアイリーンの声が聞こえてくる。
 さて、そろそろ時間か。カメラを破壊し終えて、彼女は茂みを出てゆく。その顔には、使命を終えた仕事人のような、充足感に満ちた表情が浮かび上がっていた。



「お、おし! ど、どっからでも、かかってこい!」
 コンクリート モモ(こんくりーと・もも)は気合を入れてそう叫んだ。
 ぼさぼさの髪の下の青白い顔で、三白眼の据わった瞳がギンと正面の肝試しコースを睨みつける。非常に目つきが悪い少女で、一見すれば不良か病んだ人間かに見えなくもなかった。
 いずれにせよ、暗闇で見れば怖いことは間違いなさそうだ。
 が、その膝はガクガクと震えている。
「大丈夫よ、モモちゃん。落ち着きなさいって」
 彼女とペアを組んだ八王子 裕奈(はちおうじ・ゆうな)は、苦笑しながらそう言った。
「そうだぞ。我みたいに腰をどんと据えて…………っておい、なぜ逃げるお化けども」
 裕奈のパートナーであるバル・ボ・ルダラ(ばるぼ・るだら)が、自慢げに胸を張って、結奈の同調する。だが、お化け役のスタッフは、彼を見て一目散に逃げ出していた。
 暗闇のなかで、これほどイカついドラゴニュートが目を光らせているのだ。逃げ出したくなる気持ちも、分からなくなかった。
「ここ、こわ、怖くない。怖くないったらっ」
 ぶるぶると子犬のように震えるモモは、結奈の腕に無意識に抱きつく。
「はいはい」
 それを穏やかに笑って見守って、結奈たちは先へと進んだ。
 と、その途中。
「ひゃーッ!」
 夢安一味の悪戯に、モモが悲鳴をあげる。
 怯えて腰が抜けた彼女のチラリズム写真を、撮影役のお化けがパシャパシャと撮っていた。モモはそれに気づいておらず、震えたままだ。
 しかし、結奈たちはとっくにそんなことはお見通しである。
「そりゃ、楽しむのに越したことはないと思うのよ? けど、こういうのはどうかな〜っとも思うのよね」
「まったく、同感だな」
 いつの間にかお化け工作員たちの背後に回っていた裕奈が、悪戯っぽくクスクスと笑う。その横で、ドラゴニュートが猛禽類の威嚇を発していた。
 その後は言わずもがな。
 元特殊部隊に所属していた裕奈と、ドラゴニュートのコンビに一般生徒が勝てるはずもない。彼らはすぐにボコボコにされて、その辺にペイっと転がされた。
 先ほどの悪戯が彼らの仕業だと分かると、モモも怒りを露わにする。
「むむむ……そんなにやらしい写真が欲しかったのかぁ!」
 彼女は最後に神経を集中させて、なにやら念力めいた力を発した。
 一見すれば害がないため、きょとんするお化け工作員たち。
 だが――後々に、彼らはそれがソートグラフィーだと気づく。カメラに映った写真がすべて薔薇学舎の全裸の人たちに変化していると気づくのも、その時になってのことだった。