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リアクション
【九 シーソーゲーム】
「どういうつもりだい!?」
杏のコームラントを中破させて戦線から追い払い、美羽のグラディウスとミレリアのレイヴンTYPE−E、更には暴走するサクラのコームラントを相手に廻して、完全に手玉に取っていたラピスラズリ・ブラッドだが、その間に割り込むようにして、ユウナが憤怒の表情で飛び込んできた。
一体、何事か。
目の前の思わぬ仲間割れに、美羽もミレリアも、間合いを取って守りに入らざるを得ない。周囲のシュメッターリングでさえ、この光景に動揺しているのか、月の宮殿に対する攻撃の手を一瞬、休める始末であった。
だが、ラピスラズリ・ブラッドの外部スピーカーから発せられた声には、問い詰めるユウナを小馬鹿にするような響きが込められていた。
『僕も最初は、手ぇ出さんつもりでおったんやけど、あのひとら、S@MPに味方しはったからなぁ……残念やけど、あのひとらも地球人に魂売り渡した売国奴やからねぇ、始末せんとあかんわなぁ』
とても残念がっているようには思えない口ぶりであった。むしろ、攻撃する材料を与えてくれて有り難い、とすら思わせるような、陰惨な色が如実に聞き取れる。
『せやけど、部下にやらせるだけなんわ、全然面白ぅないわ。僕らもちょっと、楽しんでこよか』
いうが早いか、ラピスラズリ・ブラッドは高速転進して、月の宮殿目掛けて猛スピードで飛び去っていく。
『あ、待て!』
美羽のグラディウスが慌てて追い、その後にミレリアのレイヴンTYPE−Eと聡とサクラのコームラントが続く。
一方のユウナは、呆然とした表情のまま、その空域に取り残される格好となった。
そこへ、小龍、エノク、そしてカルラの三人が、戸惑いがちに集まってきた。
「ドウスル? ヤツラヲコノママ、ホウッテオクノカ?」
小龍が巨大な歯列の奥から、怒りの篭もった声を響かせてくる。エノクとカルラも、厳しい表情でユウナと、飛び去るラピスラズリ・ブラッドとを交互に見た。
そんな彼らのもとへ、垂がジェットドラゴンを最大出力で飛ばして、駆けつけてきた。
「おい! もうこれで分かっただろう!? あいつらは、ユウナの姐御が仲間に留まるような価値なんか欠片も無い、どうしようもない屑共だ! 悪いこたぁいわねぇ! 俺達の、仲間になれ!」
垂の呼びかけに、ユウナはまるで今にも泣き出しそうな表情を返してきた。ジーハ空賊団の団長ともあろう者が、まさかこんな顔を見せるとは――さしもの垂も予想外だったらしく、ジェットドラゴンに跨ったまま、思わず声を失ってしまった。
更にそこへ、ルカルカとダリルの駆るヨクが戦闘機形態から人型へと変形しながら飛来し、急ブレーキをかける形でユウナ達の前に対峙した。
『ねぇ、聞いて! ジーハ空賊団は、S@MPの護衛部隊として請負契約を結ぶことで、起訴保留と保護観察扱いにしてくれるよう、ダリルが申請手続きを取ってあるの! 皆にその気さえあれば、すぐにでも自由になれるんだよ!』
ルカルカのこの呼びかけが、決定打となった。
それまで迷いに迷い続けていたユウナは、この時ようやく表情を引き締めて、小龍、エノク、カルラ達に決意の色を浮かべた視線を投げかけ、そして垂とルカルカの駆るヨクへと面を返した。
「良いさ、やってやろうじゃないの……今からジーハ空賊団は、鏖殺寺院の敵だ!」
垂とルカルカの説得がやっとの思いで、実を結んだ瞬間だった。
観客席と観覧スタンドは、今や大混乱の渦に巻き込まれていた。
既にグラキエスのシュヴァルツが守りに廻ってきているとはいえ、単機で、シュメッターリング一個小隊の火力から観客達を守り切るのは、まず不可能であった。
「は、早く、こっちへ!」
グラキエスとエルデネストが何とかシュメッターリングを追い払おうとしている一方で、アウレウスが逃げ惑うひとびとを、月の宮殿の艦内へと、必死に誘導している。
だが、これだけの人数が一斉に恐慌を来たしてしまっているのである。ひとりで誘導しようとしたところで、焼け石に水であった。
「こっちの方が、安全だよ!」
未沙が、手近の観客達をステージ下の控えスペースへ誘導を始めた。
換装を施した主要メンバーのひとりである、未沙ならではの発想であった。ステージはイコン一体が乗っても持ちこたえられるように、強化装甲を内部に仕込んである。
ここなら、シュメッターリングの攻撃にも十分に耐えられる、というのが未沙の計算であった。
フレイもステージを飛び降りてきて、未沙の誘導を手伝い始めた。いつもなら、大喜びでフレイに飛びついたであろうが、流石に今は、状況が状況である。
「おい、珍しいな! 今日はちっとも、暴走しないじゃないか!」
「馬鹿なこといってる場合じゃないでしょ!」
この大混乱の中にあっても尚、軽口を叩くアルジャンヌだったが、未沙はとにかく必死の余り、軽く受け流す余裕も無い。
最早、阿鼻叫喚の地獄と化した観客席を背後に抱えて、グラキエスは必死にシュヴァルツの操縦桿を操り、一方的に攻撃を仕掛けるシュメッターリング一個小隊に反撃を続けていた。
「グラキエス様、あれを」
サブパイロットシートから、エルデネストの冷静な声が呼びかけてくる。右手のサイドコンソールに視線を走らせると、そこに、鏖殺寺院側の中型飛空船が二隻、こちらを目掛けて突進してくるのが見えた。
「イコンのみならず、飛空船のおでましか……!」
ここで特攻を仕掛けられたら、もうどうしようもない――グラキエスが奥歯をぎりりと噛み締めたが、しかしエルデネストは違った。彼は、飛空船に設置された砲門が、月の宮殿に向いていないことをいち早く、見抜いていた。
「グラキエス様、あれは、味方のようです」
「……何?」
思わずグラキエスは聞き返してから、再びサイドコンソールに視線を落とす。見ると、二隻の中型飛空船はシュメッターリングの虚を衝く形で、背後から砲撃を浴びせかけていた。
奇襲を受けたシュメッターリングは、堪ったものではない。次々に被弾して、戦線を離脱してゆくばかりである。
「よし、これなら、何とかなるぞ!」
グラキエスが額の汗を拭いながら、希望に満ちた笑みを浮かべる。
だが、その笑みも、そう長くは続かなかった。
突如、ジーハ空賊団員を乗せた二隻の中型飛空船が、機関部から炎を上げて墜落し始めた。
「えっ!? 何っ!? どういうこと!?」
ヨクのコクピットハッチを開き、ルカルカは落下してゆく飛空船のうちの一隻を慌てて目線で追った。このまま放っておけば、ジーハ空賊団員30人は確実に、死を迎える。
ようやくダリルが司法取引を始めて、彼らをS@MPの仲間に迎え入れようとしているのに、これでは全てが水泡に帰すというものであった。
「ダリル! 彼らを助けようよ!」
「しかしルカ……今、救助に向かえば、宮殿の守りが手薄になるぞ」
そう答えるダリルとて、内心は墜落するジーハ空賊団員を助けたい気持ちで一杯だった。しかしダリルは、ルカルカとは違って至極冷静である。
恐らくあの二隻の中型飛空船には、あらかじめ爆弾が仕掛けられていたのだろう。
コリマ校長がミレリアに措置したのと同じ理屈で、ブラッディ・レイン側もまた、いつ裏切るか分からない連中を、何の予防線も無しにそのまま放置する訳が無い。
これは寧ろ、予期しておくべき事態ではなかったか。
だがその時ダリルは、もうひとつの可能性に着目して、慌ててユウナ達四人の幹部に視線を転じた。この四人もまた、ブラッディ・レインから支給された防具を装備していたのである。
「いかん! 早く、その装備を外せ!」
ダリルが珍しく必死の形相で、ユウナ達に呼びかけた。が、一瞬遅かった。
四つの爆発が、次々と連鎖して四人のジーハ空賊団幹部を襲う。ユウナは左肩の辺りから、カルラは右胸の辺りから、エノクは首筋から背中にかけて、そして小龍はほぼ全身に亘って、小さな爆音と同時に大量の鮮血を、まるで噴水のように吹き上げる。
指向性の対人小型爆弾が、四人のジーハ空賊団幹部にも、仕掛けられていたのだ。
一瞬の出来事に、四つの影は声も無く落下を始める。いずれも、凄まじい衝撃と瞬間的な失血で、意識を失ってしまっていた。
「えぇい! 流石にこれは、放ってはおけんか!」
ダリルは戸惑うルカルカを尻目に、コクピットハッチを手早く閉じて操縦桿を握り、ヨクを下方に急速転進させた。
恐らく敵は、四人をすぐに殺すだけの爆薬は、設置していなかったに違いない。まだ辛うじて、息がある筈である。だが、それが狙いでもあったのは、ダリルは十二分に理解していた。
「こっちの戦力を、ジーハ空賊団の救助に向かわせることで、月の宮殿の守りを手薄にさせる……局地戦ではどの軍隊も用いる常套手段だが、実際にやられると、これ程手痛い戦力低下は無いな……!」
ルカルカはダリルの悔しそうな呟きを、ぼんやりと聞いていた。
そのルカルカの視界の中で、垂とライゼも同様に、落下してゆくユウナ達の救助に向けて、必死に下降している。敵の策略に乗せられるのは癪だが、かといって放っても置けない。
つまり、月の宮殿側戦力は、暁央の戦術にまんまと引っかかった訳である。
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