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伝説の教師の伝説

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第二章:学校武流須(がっこうぶるーす)
 

 生徒たちが帰ってきた分校はにわかに活気づいていた。
 とはいえ、スムーズに授業が始まるわけではない。
 町から帰ってきたものの、生徒たちは今度は校内を無秩序にたむろし始めることになる。
 教室に押し込めるだけでも一苦労だ。
「授業が始まるぞ。早く教室に入れ」
 シャンバラ教導団のライオルド・ディオン(らいおるど・でぃおん)は、廊下を見回りサボろうとしている生徒たちを見つけて注意を促すのだが。
「オレの教室どこだっけ? 授業なんかまともに受けてないから忘れちまったよ」
「それ以前に、私って何年何組だったかしら?」
 こんな生徒も多い。
 ふざけている様子はない。本当に覚えていないようだからタチが悪い。
 そんな生徒は数十人にも上った。
「あんたらな……」
 すぐに気を取り直したライオルドは、廊下をさまよう生徒たちを大教室に集める。
「全員整列!」
「……ザワザワ……ガヤガヤ……」
「返事がないぞ。隊列もバラバラ。やり直し!」
「……ウィーッス」
「あんたらは身体でわからせないとダメなのか? その準備はいくらでもあるぞ?」
 ライオルドは真顔で銃を構えてみる。
「……」
 途端に行儀よくなった。
「よし。前から順に着席」
「職員室から名簿借りてきたよ」
 エイミル・アルニス(えいみる・あるにす)が分厚い資料を持ってくる。
「ありがとう」
 ライオルドは名簿に目を通す。だが……。
 分校の生徒は三千人。この中から正体不明の生徒たちの所属を割り当てるのはひと苦労だ。
 少し目を離すと、また教室がざわめいてくる。
「静かにしろ。言葉すら通じないのか?」
「いいんじゃないのか、このままで。クラスなど最早あまり関係ないのかもしれない」
 移動式の黒板を携えてやってきたのは、同じくシャンバラ教導団のクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。
「そもそも、授業の受け方から教えなければならないレベルだろ、これは」
 クレアがそう言っている間にも、大教室をこっそり抜け出そうとする生徒がいる。
 ダァン……!
 ライオルドは容赦なく発砲した。
 その生徒は目の前で壁にめり込んだ砲弾を見て、腰を抜かす。
「まず人の話をきくの! そこから始まりなんだよ」
 エイミルに説得されて、生徒たちは緊張の面持ちで座りなおした。
「ではまず……そうだな、一人ずつ自己紹介から始めてみるか」
 クレアは生徒たちを見渡しながら言う。
 己を知ること、そして他人を知ること。これが重要だからだ。
 早速元気のいい一人の生徒が前に出てきた。
「……チーッス。俺、ヤル夫っす。夜露死苦」
 クレアは表情も変えずに訂正する。
「こんにちは。僕はヤル夫です。よろしくお願いします。……だ。言い直し」
「ゲロゲロ。ウゼェ」
「……何か言ったか?」
 クレアが鋭い視線を投げかけると、その生徒は慌てて言い直した。
 一人が始めると後は早かった。集まった生徒たちは次々と自己紹介をしていく。言葉遣いを一つ一つ訂正死ながら言い直させるクレア。
「これは……、敬語どころか国語の文法からやり直す必要があるな」
「なあ、センセーよぅ。俺たちゃ言葉遣いなんてどーでもいいんだよ」
 生徒の一人が言う。
「ここじゃ強ければいいんだよ。ナメられないように拳で語るだけだぜ」
「言葉遣いすらなってないからナメられるのがわからないのか?」
 クレアは静かに丁寧に語る。拳で語るのもいいが、彼らの心に届くように。
「正しい言葉が使えるというのは、見方を変えれば状況判断ができるということだ。状況判断が出来ない奴はナメられて当然だろう。強いというのは、そういった判断が出来る者のことだ」
「センセーはどうなんだよ?」
「ふっ、そうだな。確かに私とてまだまだ未熟。完璧には程遠い」
 クレアは微笑みながらも続ける。
「だが、あなたたちが恥をかかなくていいくらいまでの教養は叩き込んであげることは出来る」
「へっ、自慢じゃないが俺たちは勉強が超苦手だぜ。習得できそうにねえな」
「それは頼もしい。しばらく後には、あなたたちの価値観が変わるくらいまでになっていよう」
「マジかよ?」
「それも言うなら、本当ですか? だ」
「……ウッス」
「はい、だ」
「……はい」
「よろしい」
 ややあって、名簿から所属を割り出したライオルドによって、生徒たちは各教室へと導かれる。
「いいか、教室では悪さするんじゃないぞ」
 じっと見つめるライオルドに生徒たちは答える。
「はい、頑張りますっ」
「……返事だけはよくなったんだがな」
 苦笑するライオルド。
 クレアは頷いた。
「長期戦になるな。これは、もしかしたらしばらくシャンバラ教導団へ帰れないかもしれない」
「まあ、乗りかかった船だ。じっくりやろう。俺たちだって学ぶものがあるはずさ」
 クレアとライオルド、そしてエイミルは、この後も各教室に通うことになる……。


「よーし、お前らよく集まった。早速授業を始めるぞ」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)の教室には多くの生徒たちが詰めかけていた。
 なんだか学年クラス混在の気がするが、そんなものは今はあまり関係ない。まずは授業の雰囲気と勉強への取り組み姿勢に慣れさせることが大切だ。
 陽一が受け持とうとしているのは歴史だ。
 人類社会の流れを学ぶことによって、生徒たちも得るものがあるだろう。
 パラ実生として極西分校の有様は放っておけないと臨時教師を買って出たのだが。
 一番前の生徒が手を上げる。
「せんせー、教科書ありませんけど」
「隣の人に見せてもらえ」
「隣の人もその隣の人も後ろの人も教科書持っていません。ついでにノートも」
「……誰か教科書持ってる奴いるか?」
「俺持ってます。町の本屋から盗んできたやつ」
「返して来い……っていうのは今更無理だから、後で金払って謝りにいこうな。俺もついていってやるから」
「あ、じゃあ私もお願いします。この制服町で万引きしてきたんですけど」
「制服って……何があったんだ? もしかしてイジメか何かで隠されたとか?」
「変態キモヲタに売りました。あとパンツも。ちなみに買ったのこいつです」
 女子生徒は前の机の男子生徒を指差す。
「綱紀粛正!」
 ビシリと二人を成敗しておいてから、陽一はもう一度生徒たちに向き直る。
「他になにかない奴いるか? 今のうちに言っておけ」
「俺なんか、机ないもんね。今座ってる机、隣のクラスからパクって来たやつ」
「お前らな……。最初に支給された備品類はどうしたんだよ?」
「ヒャッハー! 盛大に燃やしてやったぜ! ファイアー!」
「まずお前が燃えろ。……っつーか、何なんだこの有様は」
 陽一はひとしきり頭を抱えて。
「よしわかった。教科書もノートもいらん。俺が講義を語ってやるから頭の中にインプットしろ」
「人類の歴史は殺し合いの歴史だぜ。ヒャッハー、血がたぎってきたぜぇ!」
「その通りだ。世界は平等じゃない。だから勉強してのし上がるんだ」
 真面目な口調で陽一は伝える。
 不意に雰囲気が変わった彼に、生徒たちは静かになる。
 陽一は古代王国滅亡以来の歴史を丁寧に語った。そして付け加える。
「気合を入れなおせ。歴史を決めるのは人間なんだ。このままじゃ、お前ら一生底辺だ。死ぬまで荒んだ生活を送るのか、そこから這い上がるのか、今一度考えてみろ」
「せんせー、それテストにでますか?」
「出るとも。人生というテストにいつもつきまとうんだ。それをその折々に瞬時にかつ適切に正しい答えを選ぶことの出来る者だけが成功する」
「俺たちは答えを選び間違えたわけだぜ、ヒャッハー!」
「これから書き直せばいい。解答は何度でも書きなおせるんだぜ」



「勝つためには計算が出来ないといけません。あなた方には、誰にも負けないだけの計算力を身につけてもらいます」
 数学の授業はちょっと大変なことになっていた。
 臨時教師としてやってきたシャンバラ教導団の沙 鈴(しゃ・りん)が麻雀を持ち出してきたのだ。
 これには不良たちも大喜びだ。
 元々こういう勝負事が好きで興味津々だったのだが、細かい法則などが覚えられずに歯がゆい思いをしていた生徒たちが大量に押し寄せ、熱心に聞き入っている。
 鈴は、ギャンブルを通じて世のルールや得点の計算、勝つために自分を律する術を教えようというのだが、なんだか最初からクライマックスになってしまっていた。
 まずは実践で覚えてみよう、と簡単なルールを説明しただけで生徒たちと卓を囲んだのが失敗だったか……。
 ルールを知っているという生徒たちと見本の試合として打ち始めたところ、壊滅状態になってしまっていた。
 なんということだ。生徒たちのやる気を出すために脱ぎ麻雀にしたのだが。
 そして、もちろん生徒たちも満場一致で賛成したのだが。
「手加減するのを忘れていましたわ……」
 親:鈴。 七本場……。
 東東東・西西西・北北北・南・白白白     南←ツモ   
「……」
「せんせぇ、リボンも一枚に入るんですよね……ぐすっ」
 向かいの女子生徒はすでに涙目だ。もうパンツとリボンしか残っていない。
「……くっ」
 鈴はうめいた。
「早く切りなよ、先生。時の刻みはあんただけのものじゃないんだぜ」
 右隣の男子生徒はパンツ一枚になりながらも、得意げに漫画チックな台詞を吐く。
「人の手の内も知らずに……。……南ツモ切り」
 生徒を全部引っぺがすのが目的じゃない。
 点数を覚えてもらうために生徒たちに勝ってもらわないとならないのだが、さっきからこんな調子なのだ。
 鈴は苛立たしげに呟く。
「あなたたちこそ、早く手を作りなさい」
 数巡後。
 東東・西西・北北・南・白白・中中・発発   南←ツモ
「……」
「どうした? かたまっちまってるぜ、先生」
「……南ツモ切り」
「おやおや、そんなところを二枚も出しているようじゃ、あんたのツキもこれまでかな」
 さっきの男子生徒が劇画調で呟く。
「ふっふっふ、俺はリーチだ。ハンパねえぜ」
「……私もリーチです。……ぐすっ、通ってください」
「だから、むやみにリーチをかけちゃだめだって言ってるでしょ。……うっ、四枚目の南までツモってしまいました。何なんですかこの卓。……もういいです、南ツモ切り」
「……。……ふっ、やったぜ、こっちは一発ツモって1300・2600。の七本場で2000・3300。ようやく俺の時代が来たようだな」
「しかも、暗算で点数計算できているじゃないですか、あなたたち」
 どっと疲れて雀卓に突っ伏す鈴。
 向かいの女子生徒はリボンを解き捨てて泣きながら走り去っていった。
「ひどいことになってるなぁ」
 後ろで様子を見ていた瀬道 聖(せどう・ひじり)が笑いを押し殺すように言う。
 彼は、本来数学を教えているのだが、たまにはこんなのもいいだろうと眺めていたのだ。
「どれ、一つ敵討ちもかねて“勝ち方”の実演とでもいってみようか」
「……いいえ、わたくしは、ここで抜けさせてもらいます。ちょっとやりすぎた感がありますので」
「そうか。まあ、おかげで生徒たちもやる気満々だ。教えやすくなったよ」
 一息つくように席を離れた鈴を見送ってから、聖は生徒たちに向き直る。
「勝利のために重要なのは、緻密に組み立てられたロジックだ。それは、麻雀でも他のギャンブルでも変わらない。そして、そのロジックの元となるのが数学と言うわけだな」
 彼は黒板に数式を書き連ねる。
「確率を常に意識すること。計算によって自分の立ち居地を確認しておくこと。喧嘩でもギャンブルでも勝つためには押さえておかなければならない要点だな」
「へっ、いちいち計算しながら喧嘩ができるかよ。気合だぜ」
 生徒の言葉に、聖はニヤリと笑って。
「そうかい? じゃあ俺と勝負してみるかい? 途中で逃げたらこのクッキーを食べてもらうけどな」
 傍で控えていた幾嶋 璃央(いくしま・りお)の特製クッキーはとてもいやな感じの外見をしていた。
「どうして逃げたら食べれるんですか? むしろご褒美だと思うのですけど」
 璃央は訝しげな表情になるが、聖は答えなかった。
「上等だぜ。俺はこれでも分校の勝負師といわれてるんだ」
 その生徒は自信ありげだった。
「ほう、それは頼もしい。で、何をやる?」
「ポーカーで」
 その提案どおり、聖が親となってポーカーを始める。
 一戦目。
 聖の手札。
 A・A・A・A・K
「……え?」
「Aのフォーカードより上? そうじゃないなら、俺の勝ち」
 トランプをしまいながら聖は微笑む。
 秒札だった。
 すげぇ……! とどよめく生徒たち。
「ボトムディールといってね、Aが必ず自分の手元に配られるイカサマさ。気合じゃどうにもならないだろう……? 何事も計算が必要ってことさ」
 彼の腕前と技術、話法に生徒たちは引き付けられていった。
 鈴も加わり話題は熱を帯びていく。
 長い間彼らは語り合い、そして多くを学んだ。
 クッキーは必要なかったようだ……。