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SPB2021シーズンオフ 更改・納会・大殺界

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SPB2021シーズンオフ 更改・納会・大殺界

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【八 祭の終わり】

 結局、ワルキューレ対ワイヴァーンズの練習試合は乱打戦の様相を見せ、14対11というハイスコアな展開でワイヴァーンズが勝利した。
 元々が練習試合であり、結果そのものには然程の意味を持たないこともあってか、試合中及び試合後の両陣営にはシーズン中のような緊迫した空気は無く、勝った方も負けた方も、互いの健闘を讃え合って、それぞれの帰路についた。
 ワイヴァーンズはこの練習試合を持って秋季キャンプの全日程が完了したが、ワルキューレは更に後一日だけスケジュールが残っている。
 実のところ、ワルキューレは秋季キャンプ終了の翌日には、球団納会が控えていた。その為、最終日には選手達の間に幾分緩んだ空気が漂っており、それまで十数日間続いていた鬼気迫る空気は微塵にも感じられない。
 白球をドッジボールのように投げ合って遊んでいる椿 椎名(つばき・しいな)ソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)の姿などは、その際たる典型のようなものであった。
「こら〜! 待て〜!」
「へへ〜ん! 待たないも〜ん!」
 必死に追いかける椎名と、盗塁王争いを熾烈に戦い抜いた俊足を活かして外野を駆け巡るソーマ。スピードの差は明らかであった。
 最終日こそ、遊んでいるような姿を見せる椎名とソーマだが、前日までの練習はふたり共、それぞれのやり方で必死に自分を鍛えていた。
 椎名はまず何といっても、試合中の超感覚発動を抑える精神力の強さを鍛えなければならなかったのだが、この練習相手には、四番打者・正子が指名された。
 あの強面と山のような筋骨隆々の体躯で、椎名の顔面すれすれのところで素振りを何百回と繰り返し、椎名がその恐怖に耐えるという練習法であった。
 ほんの数センチでも手元が狂えば、正子の怪力によって振るわれるバットが、椎名の顔面を直撃するかも知れないのである。
 バットのヘッドが轟音を上げて眼前を通過する度に、椎名は超感覚が発動して反射的に上体を仰け反らせようとしてしまいがちだったが、その恐怖に耐え、椎名はひたすら正子の素振りから発せられる豪風を、顔面で受け続けた。
 この精神力強化は昨日の練習試合では効果を発揮し、超感覚は一切発動しなかった。
 後は来季の春季キャンプまで、鍛えられた精神力を如何に堕落させずに維持するか――が、当面の課題であるといえよう。
 一方のソーマはというと、スライディングを徹底的に磨いた。
 盗塁に於いては、スライディングの速さが命運を決するといっても過言ではない。大抵の選手は、一塁から二塁に達する直前のスライディングで、スピードがガタ落ちになってしまうものであるが、盗塁の名手と呼ばれる選手達は、スライディングの態勢に入っても全くスピードを落とさない。
 ソーマは既に完成された域にある走力に加え、スライディングを鍛え上げることで、より完璧な盗塁技術の完成を目指したのである。
 各チームには盗塁王の座を虎視眈々と狙う俊足選手達がゴロゴロ居るが、ソーマのこの努力を見る限り、来季の盗塁王に最も近いのは、現時点では彼女であろう。
「どぁー! 畜生! 逃げるなって!」
「マスター、下手っぴ〜!」
 前日までの猛特訓がまるで嘘であるかのように、明るくはしゃぎ倒すふたり。そんなふたりに対する呆れた視線を、正子がダッグアウトから投げかけていた。

 一方、最終日になっても尚、気迫を込めた練習に没頭する者も居る。
 ブルペンでは、鳴神 裁(なるかみ・さい)葉月 エリィ(はづき・えりぃ)が、最後の投げ込みに興じていた。
 裁はこの秋季キャンプ中、課題となっていたスタミナと肩強度の強化に努め、毎日200球を越える投げ込みを実施していたのだが、最終日も練習の手を一切緩めず、トータルとして3000球にも達するという、とんでもない数の投げ込みによって、投手としての持久力が相当に鍛えられた。
 逆にエリィは持ち球を磨くことに専念しており、特に今キャンプでのスライダーの威力の向上は、目を見張るものがあった。
 スタミナ強化を目指していた訳ではない為、裁程の球数を投げ込んではいないものの、それでもトータルで2000球に達しようかという投げ込みを続けてきており、着実にその成果は挙がりつつある。
 この最後の仕上げに立ち会ったのは、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)といった面々であった。
 三人は交代で、裁とエリィが投げ込むコース上のバッターボックスに立ち、打者としてのタイミングを取りながら、ふたりの投球がどれだけ向上しているのかを見極めようとしていた。
「いやぁ……このスライダー、ちょっと打てる気がしないですねぇ……」
 エリィの投げ込むキレのあるスライダーに、陽太はバッターボックスの中で困ったような表情を浮かべた。
 彼は新婚であり、且つその妻は鉄道事業の立ち上げに日々忙しく、陽太自身もそのサポートの為に東奔西走する立場に置かれている。
 その為、ワルキューレの選手としては練習も出場試合数も圧倒的に少なく、他の選手にとっては容易いことでも、陽太にとっては至難の業であるというケースが、思いの外、多くなってきていた。
 それだけに、エリィのスライダーに手も足も出ない自分が情けなく、本当にこのまま選手として続けていけるのだろうかという疑問すら抱いてしまう始末であった。
「んまぁ、エリィさんのスライダーは、あちきから見ても一級品ですからねぇ。そぉんなに、落ち込む必要もありませんよぉ」
 レティシアがブルペンキャッチャー後方のネット裏から、気さくに笑いかけてきた。こんな具合に気を遣わせるようでは駄目だ――陽太は益々、己の力量不足を痛感せざるを得ない。
 一方、ミスティを打者に見立てて白球を投げ込んでいた裁は、最後の一球を投げ終える際、珍しく感情を剥き出しにした気合の篭もった表情で、締めくくりの咆哮を上げた。
「おっしゃぁ〜! おしまいだにゃ〜ぽ!」
 最後の一球に至るまで、ほとんど全くといって良い程に制球を乱さなかったのは、見事という他は無い。
 元々多くの球種を揃えていた裁に、精密機械の如き制球力と、長いイニングを投げきるスタミナが付加されたのである。
 先発投手として、これ程に完成されたステータスはそうそう無いであろう。
 同様にエリィも多くの球種をこの秋季キャンプで習得したことで、先発投手としての素養を更に伸ばした。
「これで兄貴に負けない実力がついたかな。あれだけ毎日、胃液を吐くぐらいの練習を重ねてきたんだしな」
「このキャンプで吐きまくった分、明日の納会では存分に飲み食いしないと、元が取れないかしらね」
 ミスティが納会の話題に言及すると、その場の全員が一斉に目を輝かせた。
 聞くところによると、正子が相当吟味に吟味を重ねて、これはと思われる店に料理を依頼したというのだ。そして更にいえば、正子自身が納会会場で屋台のひとつを担当し、参加者に鍋料理の取り分けをしてくれることになっているらしい。
 そしてこの納会では、レティシアとミスティがMCを務めることになっていた。
「いやぁ……ホント、楽しみですねぇ」
 何を想像したのかは分からないが、陽太が妙ににやけた表情で明後日の方角を眺めていた。

 スカイランドスタジアム内のクラブハウスでは、翌日の納会に先立って、キャンプ打ち上げの小料理会が催されていた。
 企画を立てたのはルカルカ、垂、真一郎といった面々であったが、同じく秋季キャンプに参加したチームメイト達も招待し、ちょっとした宴会の様相を呈していた。
「は〜い、真一郎さん、あ〜ん」
 ルカルカが真一郎の口元に、フォークに突き刺したサラミを差し出す。これに対して真一郎が幾分困った様子ながら、それでもしっかり口を開けて応じる当たり、ふたりの仲の良さが伺える。
 その一方で、ルカルカと真一郎によるこれ見よがしのいちゃつきパフォーマンスに、弧狼丸などはすっかりドン引きしてしまっていた。
「やっぱ……兄貴とルカ姉貴のラブラブは、入っていけそうにない……」
「は、ははは……」
 垂が乾いた笑いで、弧狼丸に同意するのかしないのか、いささか曖昧な態度で場を乱さないように努めていたのだが、その傍らでは、頭からシャンパンをぶっかけられて仏頂面となっているダリルが、あからさまに不機嫌そうな態度でピザを頬張っていた。
「ラブラブぐらいでガタガタいうな。こっちはずぶ濡れだぞ」
 ダリルをシャンパンまみれにした犯人は、ルカルカである。これが、鬼のようなシゴキに対する返礼であることをダリルは既に見抜いていたのだが、そうされても仕方が無いと本人が納得するだけの猛特訓を強いてきた訳だから、ここは黙ってシャンパンまみれになっておこう――というのが、ダリルの大人の判断であった。
 それでもいざ実際に頭から冷たいシャンパンを投下されると、気分の良いものではない。こうなったら春季キャンプでは、頭脳面でいたぶってやろう、などという反撃計画が、早くも彼の頭の中でうごめき始めていた。
「ところで正子の旦那……じゃなくて姐御は?」
 一瞬性別を間違えてしまい、慌てていい直した垂だが、誰も目くじらを立てない辺り、垂と同じく、正子の性別を勘違いしている者は決して少なくないようである。
「正子さんなら、納会の件で先に帰っちゃったよ〜。それにしても皆、休まずよく頑張ったね。お疲れ様〜」
 ライゼがトレイに乗せたオードブルを差し出すと、垂のみならず、共に正子の特訓に巻き込まれたアレックスや和輝といった面々が、やや遠慮がちではあるが、嬉しそうに手を伸ばしてきた。
「いや〜、やってる時はいつ死ぬかって、そんなことばっかり考えてたけど、終わってみると、あっという間のキャンプだったな〜」
「あっという間……でしたか?」
 へらへらと笑うアレックスに、和輝は思わず目を剥いた。どうやらこのふたり、苦痛に対する感覚がずれているようである。
「でも和輝君さ、先発としてやっていける自信は、相当ついたんじゃないかな?」
 ルカルカに水を向けられると、和輝は思わずはにかんだ笑みを浮かべた。
 この秋季キャンプでの成長は傍目から見ても著しく、それは実際に球を受けた真一郎も体感でよく理解していた。
「今季は思うような成績が残せなかったようですが、来季は心機一転して、優勝の為に頑張りましょう」
「は、はいっ」
 バッテリーを組むことになるであろう真一郎から励まされ、和輝は目を輝かせた大きく頷いた。
 そこへ、垂が炭酸飲料入りの紙コップを掲げて、声を弾ませる。
「よぉっし、乾杯だ! 来年は優勝! そしてここに居る全員が個人タイトルを獲得し、チームで総なめしてやるぞぉ!」
 大胆な宣言だったが、それぐらいの気概を持ってこそ、プロというものである。