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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

リアクション

     ◆

 病室内、それはもう既に。命の奪い合いは既に、始まっている。
全員が全員でウォウルのベッドを取り囲み、数人が扉の横に、数人がその場から姿を、気配を消して待っている。

 その音は――ひたひたと近付いてきた。

恐らく靴を履いていないのか、素足でコンクリートを歩いているが如く、足音らしき足音がしない。がしかし、病室内の一同はしっかりとその気配を認識していた。
扉が開き、何かがベッドに向けて飛んできた。
始めは皐月が飛び出す。飛んできた何かを、竜麟化した片腕で受け止め、壁に向かって受け流す。
「おいでなすった! ほら、もっと来いよ!」
 敢えて聞こえる様にそう叫んだ彼は、次の攻撃を防ぐために『オートガード』を展開し始めた。と、展開と同時に扉から、今度は雨の様な銃弾が飛来し、彼のガードを打ち鳴らす。
「くっそ! やるじゃねぇの! まだまだぁ!」
「そろそろ交代です!」
 と、今度はルイがオートガードを展開したままの彼を抱きかかえ、章に向けて放り投げる。
「任せなさーい、ふっふっふー! お疲れ様、君も一応は病人さんだからねぇ、あまり無理はしないしない。ま、後はリラックスしときなって」
 そう言うと、樹と章が近くにあったパイプ椅子に、何とも絶妙なタイミングで彼を座らせた。弾丸が彼の頭上すれすれなのを見るからに、この二人のコンビネーションだからこそ成せる技、なのかもしれない。
「ほら、来るぞ!」
 樹の声に反応し、開こうとする扉に向かってルイが、掛け声勇ましく拳を叩きこんだ。
「やはり筋肉! これぞ筋肉! さぁ、敵の方! これに懲りたら早くこの場を去りなさい!」
「ルイ! 次が来る!」
 今度は何やら爆弾の様な物が部屋の中に投げ入れらたのを確認し、セラエノ断章が左足でルイの後頭部を、右足で手榴弾を蹴り飛ばした。飛んできた爆弾はその軌道を元の位置にまで戻して飛んでいき、ルイは大きく反対側の壁に倒れていった。小さな爆発の後、ルイが慌てて立ち上がる。
「セラぁぁ! もっとルイさんを大事にしてくださいよぉ!」
「大事にしたもん。あのままでいたら『ルイさん、大爆発の巻!』だったよ」
「そんなぁ……」
 二人がやり取りしていると、今度はセラエノ断章の体を時の魔導書が憑依しているプレシアが持ち上げ、ルイの横に飛び込んだ。
「危なかったな。そろそろ敵が侵入してくる」
「あ、ありがと」
 共に地面に飛び込んだ形のまま、頭を抱きかかえられたままにセラエノ断章が礼を述べる。と、既に壊れて意味を成していない扉が部屋に投げ込まれ、対角線に位置していた病室の窓に直撃し、物凄い音と共に落下していった。そしてそれは――真っ直ぐにウォウルベッドに向かって歩いてきた。一同が身構える中、彼等には全く見向きもせず、それはウォウルが寝ている筈のベッドに向かった。
「そんな――嘘だろ」
 樹は思わず声を上げる。自分が見ている光景が信じられない、とばかりに。
「あれ……何でここにいるんだろうねぇ……」
 聖も驚いたまま、その様子をただただ見守るしかできなかった。
「ちょっと待ってよ、何でなのさ! 何で此処に!」
「レキ!」
 レキが思わずそれに駆け寄ろうとするのを、懸命にカムイが止める。と――
「託君、今だよ!」
「あぁ、わかってる」
 同時に、雫澄と託の言葉が部屋に響き、二人はベッドの横で鉈を振り上げていたそれを掴み、拘束した。両の腕を掴み、雫澄はそれが手にしていた鉈を、手を蹴りあげて振り落す。二人が二人で手首と肩を持ち、ベッドに抑え込んで、その姿を確認する。
「女の――子?」
 と、雫澄は首を傾げた。自分たちが抑え込んでいるのは紛れもなく幼い後ろ姿。が、託は違った。無論、樹も、レキもカムイも聖も、その場にいる、ある特定の人物だけは、その正体を知っていた。
「ラナ……さん?」
 と、言ったときである。璃央の肩を借りて椅子の陰に隠れていたウォウルが姿を現す。
「流石みなさん、良い手際だ。流れる様に解決ですね。『それ』が、この事態の根源ですよ」
「え、待ってよ。これはラナさんじゃ」
「違いますよ。ラナではない。現にラナは、今は家で大人しくしている頃でしょう。彼女は自力ではどうにも動けなくしてあります。だからそれは、ラナではない。現に、彼女のトレードマークがないでしょう?」
 そう言われ、ふと目をやると、確かに彼女の頭、頭頂部には三つ編みがない。
「彼女は僕たちが封印を解いてから、一度として三つ編みを外した事がない。解いて外に出る事はない。どんな時も、どんな状況でも。それはある種、ジンクスに近いんですよ」
 片足を引き摺りながら彼はベッドに近付き、一同の顔を見上げる。
「これはね、厳密にはラナロックの姉妹。出来損ない、そして、『完全な成功品』です」
「成功……?」
「えぇ。ラナロックはその点において、失敗作、もしくは、『使用期限切れ』とでも称しましょうかね」
 そう言うと、ウォウルは無表情でラナロックらしきそれの髪を鷲掴みにすると、首だけを持ち上げる。
「誰が持ってきたのやら。こんなもの、眠らせておけば良かったものを」
 その笑顔に、一同は凍りつく。
「全く、こんな事ならば僕たちが、しっかりと全て壊しておくんだったねぇ……」
 にやり、と言うものではない。それはもう、笑顔ではない。不気味に歪み、顔の至る所に皺をよせ、見る物に嫌悪感しか残さない類の笑み。
「皆さん、やはり貴方がたは素晴らしい。本当に素晴らしい。これならば、みなさんと共に最後の決別が出来そうです。本当に、ありがたい限りだ」
 ベッドに思い切り、今まで持ち上げていた彼女の顔を叩きつけると、彼は優しく璃央の肩を叩き、手を離すよう促す。
「ちょっと待ってよ、これがどういう事か説明して貰いたいな」
「えっと……お名前は確か、雫澄さん、ですよね? えぇ、存分にお話しましょう。しかし今は、この愚かし木偶人形を静かにするのが先決ですよ。さぁ、その手を離してください」
「嫌だと言ったら」
 託が即座に返事を返す。彼の顔は見ていない。
「まぁそれでもいいですよ。ただし、それは貴方がたとしても本意ではないでしょうから僕はおすすめしません」
「……どういう事だ、ヘラ男」
「どういう事? ……樹さん、貴女もわかっている筈だ。これから一体、何を行うのか。わかっていて聞くんですか?」
「……っ!? お前………」
「さて、手を離していただきましょう。見たくなければ、目を背けていてください」
 託と雫澄は、静かに取り押さえている彼女から手を離した。
「本当はね、僕の正直な事はね――ただ一つなんだよ。皆さんが僕にしてくれた事を、返したい。ただのそれだけだ。だから嫌われたくはないんですよ。でもね――それは無理な相談かもしれない。だから本当なら、皆で笑っていたいところですが――これは避けられない」
 今度は彼女の首を掴み、彼はそれを持ち上げると、ベッドではなく床に、思い切りその身を叩きつけた。足で頭を踏みつけ。随分と悲しそうな顔でそれを見下ろす。
「先ほどまでの時間や、今までの時間がとても楽しくて、眩しくて。それは多分、ラナも同じだと思います。だからね――皆さん」
 そこで、ふと、顔を上げる。その部屋にいる一同を今一度見回した彼は、何とも寂しそうな笑顔を浮かべて呟いた。
「ラナとは――これからも仲良くしてあげてください」
 涙がこぼれそうな程の笑顔を浮かべ、彼はいつの間にか握っていたナイフを、踏みつけている彼女の胸元に一度――

      落とした。