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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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     ◆

 病院前、高円寺 海(こうえんじ・かい)は辺りを伺いながら病院を背に立っていた。辺りを伺っている、と言うよりかは、誰かを探している、と言った方が、その時の彼を表現するには適切であり、事実彼は人を待っていた。
「随分と早いんだな。まだ時間までは幾らか時間があるぞ」
 そわそわしていた海へと向けられらたのは、レン・オズワルド(れん・おずわるど)の声。彼はのんびりと歩きながら海のもとへやって来ると、近くのベンチを指差した。
「あそこに行こう。挨拶やら話やらはその後でだっていい」
「……あ、あぁ」
 いきなりの言葉に些か戸惑いの色がある海は、しかしレンの言葉に頷くと、自分の前を横切っていく彼の後を追った。

「おはよう。まぁこれでも飲んで落ち着け」
 ベンチに座ると、早々に缶珈琲を差し出される海は、「サンキュー」と呟き、それを受け取った。
「おはよう………えっと」
「無理に話題を考える必要はない。話の流れはわかっているし、特別聞こうって程の事もない」
 静かに、しかし悪意なく海の言葉を諌めるレンは、缶のプルタブを起こしながらにそう呟く。
「俺はまだウォウルに会っていない。アイツがどういう状況で、何でお前にこの話をしたのかもわからん。ただ言えることは、俺たちが必要とされた以上、俺たちができる最大の成果を残す、ただのそれだけだ。何を言われたかは知らんがそこまで気追いするな」
 レンは特に声色を変える事なく言いきると、飲んでいた珈琲の缶を、ベンチの近くに備え付けられていたゴミ箱へと放り投げた。
「さて、ぼちぼち人が集まって来る頃だろう。行くぞ」
「あ、あぁ…………」
 彼の言葉になにかを感じたのか、海は慌てて頷くと、レンに倣って缶をゴミ箱へと放ってみる。が、それは淵に当たって外へと外れ地面へと落下した。
「………はは、やっぱり駄目か」
 その行為になんの意味があったのか、わかっているのは海、一人。
 苦笑を浮かべて缶を拾い、今度はちゃんとゴミ箱に入れた彼はレンの後を追う形で先程自分が立っていた場所へと向かう。すると先程までは誰もいなかった場所に数名、何やらワイワイやっている集団を見付けた。
「遅いよ、海君。先輩、おはようございます」
「おはよう、海。レン先輩もおはようございます」
 病院の前に集まっている中、杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)はそう言いながら海に向かい手を上げる。
「ありゃ、オズッチー先輩も来てたんだ、おっはよぉ!」
「美羽さん、流石に先輩方にまであだ名を付けるのは………おはようございます、レンさん。すみません、何だか……………」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はレンに向かって走っていき、その後を慌ててベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が追いかけると、レンにお辞儀をした。
「先輩もウォウルさんのお見舞いですか?」
 矢野 佑一(やの・ゆういち)はレンと海の方へ向き直り、眠そうな面持ちのままに尋ねた。
「それにしても心配だよね」
 佑一の後ろからひょっこりと顔を覗かせたミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)は、一同の顔を見上げながらに呟く。
「………何で私まで一緒なのかしら? 今日は探索に行くとかって言う理由で呼ばれたはずなんだけど」
 プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)はやや不機嫌そうに、佑一を睨みながら淡々と呟く。
「し、仕方ないでしょう! 心配だったんですから」
「行くにしてもさ、やっぱ少しは顔だしておかないと、だしね」
 佑一がプリムラに返事を返すと、美羽が続けてフォローを入れる。
「皆、朝早くからごめんな。その…………」
 言い澱む海の肩に、不意に優しい感触が伝わる。
「これは俺たちが切り出した事だ。お前にはなんの責任もない。自信を持てよ」
 隣に佇むレンが、うっすらと笑みのようなものを見せながらに海に言葉をかけたのだ。
「そうですよ、前にも言いましたけど………やっぱり頼られるの、嬉しいですから」
 柚も穏やかな笑みを浮かべて口を開く。海は「そうだな」と呟き、踵を返して病院へと入って行く。

 
 一同は『面会者』と書かれたバッジを着け、海の後に続いてウォウルの部屋を目指している。病院という場所もあり、特に騒ぎ立てる様子もなく、思い思いに小さな声で会話をしながら廊下を歩いていた。
「さて、此処がウォウルさんの部屋だ」
 一度振り返った海はそう言うと、数回ノックをして扉を開ける。海に続いて一同が部屋へ入るが、レンはその場で停止した。病室に足を踏み入れることなく廊下に立ったまま、壁に背を預けた。
「あれ? 入んないんですか 先輩」
 祐一が首を傾げながらに尋ねる。
「海が言うには、人払いをしてくれ。とウォウルに言われたらしいからな。俺は話が終わったら少し顔出すよ」
「そうですか、わかりました」
 二人の会話が終わった頃、一番先に部屋へと入っていた海は、ただただ呆然とその様子を見ることになる。
ベッドで寝ているはずのウォウルは、少し困った顔で椅子に座っていた。
「…………えっと、あれ?」
「お、おはようございます…………? ウォウルさん?」
 海の後ろ。ミシェルとベアトリーチェが唖然としながらウォウルへと声をかけた。
「あぁ、いらっしゃい。すみませんね、こんな朝早くから来てもらって」
 顔だけを一同に向けた彼は、再び顔を前――自らが横になっている筈のベッドに向ける。と、そこで、ベッドに異変が生じる。誰もいない筈のベッドの中。突如として布団がモコモコと動きを見せたのだ。ウォウルを除くその場の一同が思わず構えを取ると、ひょっこりと寝ぼけ眼の明子が一同の方を向く。
「ん? 何よ、あんた等。何で人の部屋に勝手に入って――ん?」
「うーん、良く寝た、で………御座いま――!?」
「天地、伸びはいいです、けど…………お腹蹴らないでください……………」
「何の騒ぎだ、朝から。我はもう暫く寝ていたい………っと、おぉ!?」
 明子の起床をきっかけとして、天地、昴、武尊が体を起こした。随分と窮屈そうなベッドの上、都合四人が並んで寝ていたらしい。
「おはよう、皆さん。昨晩はお疲れ様でしたね」
 笑顔で四人に告げるウォウルと、構えを取ったままに状況を良く理解していない一同。
「うっそ……………! 何で此処で寝てんの!? てかニヤケ眼鏡、なんであんたそこ居んのよ!」
「いやぁ、皆さんを寝かせたは良いんですが、僕が寝るスペースがなかったので」
「て、手前たちは確か廊下の待合室と書かれた場所で話し合いをしていた筈では――」
「明け方に看護師さんに呼ばれましてね。『お友だちが寒そうに寝てるから部屋まで連れて帰って』とね。それでこちらまで」
「なんと無茶な ウォウル殿は怪我人のはず――」
「まぁ、そうですけどね」
「……………………………ん」
 漸く完全に目が覚めたのか、昴が辺りを見回した。
「これはいったい何が…………?」
「初めまして、ですね。そして、おはよう」
「……………誰、です?」
「ウォウル・クラウンです。どうぞ以後、お見知りおきを」

 どうやらこの空間で、話を全て理解しているのはウォウル、ただ一人の様だ。



     ◆

 あれから――慌ててウォウルをベッドに放り込んだ四人は、大急ぎで彼の病室を後にする。
勿論取り残された側の人間は終止首を傾げたままだったが、ウォウルの「さて」という言葉で本来の目的を思い出す。
「取り合えずは話、出来そうだな」
「えぇ、皆さんを呼んで貰って申し訳ないですね、北小路君」
「誰!? 違うよ先輩、高円寺君! 高円寺 海君だよ! しかもなんだって珍しく苗字で呼んでるの!?」
「あれぇ? そうでしたっけ。まぁ、細かいことは気にしない。因みに僕が名前を呼ぶのは女性のみですよ。三月君」
「えっと、先輩………? 三月ちゃんは男の子で…………」
「はっはっは、冗談ですよ」
 オロオロする柚を見て、ウォウルは笑いながら返事を返す。
「ぜってーワザとだろ………それで? 関係者以外に人は居ないけど」
 海が改めて、と口を開くと、彼はいつものニヘラ顔に戻って一同を見やる。
「皆さんにお願いしたいのは他でもなく、ラナロックの資料を集めてもらう事にあります。彼女は不確定な要素が強すぎる。それは過去であり、それは存在そのものであり、原因が多すぎて判り兼ねますが。兎に角此処まで皆さんにご迷惑お掛けしている以上、ラナを放っておくわけにはいきませんからね」
「ちょっと質問ー」
「何ですか、美羽さん」
「あのさ、先輩があんなになった原因を探しに行くのは良いよ? でもさ、もしその方法が出来なかったり、しっぱいしちゃったらどうするの?」
「簡単な話です。物理的な形でもって、彼女を拘束、封じます」
「……………………簡単な話って、そんな」
「安心なさい、海君。何も君たちに頼むことはしませんよ。僕が治り次第、僕の手で彼女が何もできない状態にしますから」
「…………………………」
 平然と言ってのけるウォウルの言葉に、一同は違和感を覚えていた。故の沈黙。
「まぁでも、残念ながらその可能性は極めて低いでしょう。彼女がああなった原因は、きっともっと根源的なものにあるでしょうから」
「根源的なもの それって………」
 三月がおそるおそる尋ねた。
「そこまではわかりません。恐らくは人格的なものだったり、製造過程の問題だったり、それは何とも」
「………待ってください。変です、おかしいですよ。ウォウルさん、何か隠していませんか? 何か知っているんじゃないですか?」
「ちょ、柚!?」
「止めないでください三月ちゃん」
 制止しようとする三月を諌めた彼女は、再びウォウルの方へと向き、言葉を繋げる。
「海君も、私たちも、そんな情報もないままに行ったら危ないかもしれないんですよ!? ちゃんと知っている事は言ってください!」
「困りましたねぇ……………ならばひとつだけ。柚さん、貴女の言葉も尤もですが、僕の知る全てをお話するわけにはいかない。だから貴女たちに、最大限に伝えられる情報のみをお話しします」
「でも――」
 懸命に食い下がる柚。それは彼女なりの心配なのだ。海が、自分たちが、極力危なくない目に会わないための最大限の行為だった。
「ならば問いますが――」
 重い声。全員が初めて垣間見るであろう、真剣な彼の表情は鋭く、その声は重い。
「皆さんに彼女の事を伝えたとして、教えられる、開示できる全ての情報を開示して、僕や彼女と今まで通りに接することは出来ますか?」
「…………………………」
「柚さん。貴女もそう、皆さんもそう。本当に心根の優しい、素敵な方たちばかりだ。故に僕はお願いしたいんですよ。僕を、そして何よりあの子を――ラナロックを忌む事は止めて貰いたい、とね。話せばきっと、それは不可能な事になってしまうから」
「わかった」
 返事をしたのは、佑一だった。
「僕は貴方たちとの付き合いは浅いです。でも、貴方がそう望むのであれば立ち入らない。それならいいですよね?」
「佑一さん…………」
 決意を固めた彼の言葉に、言葉を続けられない一同。ただただ隣に佇むミシェルが、彼の名を呼ぶだけだった。
「ありがとう。では、皆さんが安全に帰ってこられるよう、知り得る情報で開示できるもののみを伝えましょう」
 ウォウルは頷きながらそう言うと、言葉を続ける。
「遺跡はどうやら機晶姫の旧製造プラントでしょう。施設内には多くのトラップが張り巡らされています。場所は何者かによって変更されている可能性がありますから気を抜かないように。それから――」
 ウォウルの説明は続く。施設の説明や、目的の物の話。そして最後に一つ、と、区切る。
「出来ることならば、皆さんにはその資料を開かずに持って帰っていただきたい」
 「何故」という言葉はない。一同はただ頷くだけに止めた。
「じゃ、じゃあ、そろそろ俺たちは行ってくる」
「えぇ、お願いしますね」
 海の言葉に笑顔を浮かべ、一同に頭を下げるウォウル。
「まぁでもさ、ウォウルさんが少しでも良くなってて安心したよっ! 無理は駄目だかんねっ!」
 美羽が人差し指を突き立て、ウォウルの頬を数回つつく。
「美羽さん! ウォウルさんの顔、凄いことになってますからっ!」
 ベアトリーチェに抱えられ、美羽がウォウルから引き離される。
「また、今度はお見上げ持って来ますから」
「ちゃんと寝ててね!」
 佑一とミシェルがそう言うと、ウォウルは笑顔で手を振り頷く。
「全く、お見舞いに来たんならちゃんと私の事紹介してくれても良いんじゃないの? 全く話出来てないじゃない」
 プリムラに引き摺られて行きながら、佑一とミシェルもウォウルに手を振り返していた。
「あの、その………」
「柚……………」
 最後に残った柚は、ウォウルに何かを言おうとして、しかし口ごもっている。三月は隣でその様子を心配そうに伺っている。
「柚さん、三月君。僕もね、貴女たちや海君には本当に申し訳ないと思ってるんですよ。ただ、許されるならば君たちにはもう一つ別のお願いをしたいんです」
「もう一つの、お願い?」
「えぇ。出会い方があれ――だったからかもしれませんが、海君、少し躍起になってると思うんです。だから貴女たちは彼を、止めてあげて貰いたいんです」
 言葉を聞いた柚が、途端に表情を明るくし、「はい」と元気良く返事する。
「大丈夫だよ、言われなくてもそのつもり」
「でしょうね」
 三月の言葉に何やら含みを持たせ、ウォウルが笑う。三月は首を傾げながら、しかし部屋を後にする。
「あぁ、柚さん」
「はい?」
 扉の前、ウォウルに引き留められた柚は不思議そうな顔でウォウルに振り返る。
「頑張って下さいね。何も出来ませんが、応援はさせてもらいますから」
 更に首を傾げ、「はぁ」と返事を返した彼女は、三月と共に部屋を後にする。
「ウォウル、体調はどうなんだ」
 と、突然に訪れるレンの声。
「まぁ、大丈夫ですよ。もうすぐで歩き回れるようになりますから」
「なら良かった。にしても、驚かんな」
「壁に張り付いてたら判りづらいですよ」
「………バレてたか」
「まぁ。あぁ、そうだ。先輩 貴方にも個人的な頼みがあります」
「ん? なんだ、改まって」
「まぁ、言伝てなんですが――貴方が一番似合ってますから」
「………?」
「皆さんに伝えて下さい。――」
 ウォウルの言葉を聞いたレンは、うっすらと笑みを溢して頷いた。「あぁ、お前の役回りか」と呟いて。
「ま、精々養生にでも集中しろよ。じゃあな」
「えぇ、いってらっしゃい」
 この段階での最後の訪問者を、ウォウルはベッドの上から見送った。