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天下一(マズイ)料理武闘会!

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第一章 キッチンの ほうそくが みだれる! 4

 さて、先ほどのハデスやセシルの例を出すまでもなく、一般的に謎料理の「威力」をいろんな面で一番体感してしまうのは、側にいる身内やパートナーである。
「ナンですかコレは……」
 辺りの惨状を見て呆然とつぶやくのは麻上 翼(まがみ・つばさ)
 パートナーの月島 悠(つきしま・ゆう)が料理番組に出ると聞き、彼女が大惨事を起こす前に連れ戻そうかと思ってきたのだが……そこで翼が目にしたのは、悠がまだまだ可愛く思えるくらいの壮絶な料理の数々だったのである。
「本当ですね……」
 彼女の隣で、全く同じ表情で応じる荀 灌(じゅん・かん)
 彼女もまた、「お姉ちゃん」と慕うパートナーの芦原 郁乃(あはら・いくの)が作った料理の破壊力を知っているので、彼女が犠牲者を出さないように、と思っていたのだが。
 こんなもの、例えるなら6発中5発も弾丸を装填して行うロシアンルーレットのようなもので、どう考えても当たらない方が珍しい。
「どうして、こう世の中にははた迷惑な企画を立てる人がいるんだろう……」
「ですね……もうボクは知りません」
 げんなりした様子で傍観することを決めた翼。
 そんな彼女の視線の先では、悠が大量の調味料を鍋に豪快にぶち込んでいる。
 これは彼女が「調味料は一杯入れるほどおいしくなる」と信じている故の行動なのだが、過ぎたるが及ばざるがごとくなのは皆さんご存じの通りである。
「とりあえず……考えると怖いので、私は戦闘に専念するです」
 そう呟いて、小さな拳をぎゅっと握りしめる灌。
「誰一人犠牲者を出さないように」という彼女の思いはいきなり脆くも打ち砕かれたが、かくなる上は、せめて郁乃が喜べる結果になるように。
 もっとも、自分では「悪魔の料理人」の通り名をよしとしていない郁乃にとっての「喜べる結果」が何であるかは、大会の真意を考えるとまた難しい問題なのだが。

 ……と、そこへふらりとリリトがやってきて、勝手につまみ食いを始める。
 まずは、悠が目を離した隙に、鍋の中身を器によそってぺろりと平らげる。
「ふむ、悪くない」
 悪くないわけないだろう、と同時に頭の中でツッコミを入れつつも、あまりのことに言葉もない翼と灌。
 そんな二人には目もくれず、リリトは次に郁乃の作っていた肉じゃがも同じようにつまみ食いして……。
「ふ……むぅ……!?」
 ぴたり、と動きが止まる。
 悠の調味料入れすぎ料理を平気で平らげたことからもわかるように、リリトは多少不味いくらいなら平気で食べてしまえるタイプであるし、その「多少」の幅も常人より遥かに広い。
 だが、一見普通に見える郁乃の肉じゃがは、そのリリトの「多少」のレベルをも超えていたのである。
「リリトさん! お願いですから手間を増やさないでください!!」
 リリトが固まっている間に、追いかけてきたセアラががしっと襟首を掴んで引きずっていく。
 残してきたマリアベルのことが心配なのか、リリトの様子がおかしいことには全く気づいていない。
 そんな二人を呆然と見送りながら、灌は一人ぶつぶつと呟いていた。
「私は何も見てないです」と、繰り返し、繰り返し。





 そして。
 キッチン探訪の旅の最後は、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)であった。
「なんか招待状が来たからよくわかんないけどとりあえず来てみた」という氷雨であるが、料理となれば準備などなくともやることは一つである。
 用意されたのは大きな鍋二つ。
 そのうち片方はお米を炊くためのもので……こちらは至極普通のお米である。
 問題はもう片方の鍋で……こちらにはたっぷりの野菜が入れられ、それらが浸るくらいまで水が入れられていた。
「美味しくなーれ、デローンになーれー」
 鍋をぐつぐつ煮込みながら、そう唱えつつ鍋の中をぐるぐると混ぜている氷雨。
 すると、何の呪文の働きか、鍋の中がだんだん緑色に……野菜由来の物とはちょっと違った緑色に染まってきた。
「あれ? 今回デローンの素入れてないのに…… まぁいっか☆」
 ちょっと何言ってるかわからないが、なんにしてもご機嫌な笑顔で鍋を混ぜ続ける氷雨。
 やがて、鍋の中が次第に真緑に濁り、しだいにその水(?)がとろみを帯び、というよりドロドロになり始め……。

「デローン」

 ありのまま、今起こったことを話す。
 氷雨が野菜と水を入れた鍋を火にかけながらかき回していたと思ったら、いつのまにか鍋の中に怪生物が誕生して鳴いていた。
 何を言ってるのかわからないと思うが、実際何があったのかわからない。
 頭がどうにかなりそうな話ではあるが、これが氷雨の得意料理「デローン」なのである。
「デローンは食べ物だよ! 動いたり鳴いたりするけど食べ物だよ!」
 ……そんなムチャな話があるか、と思うのは至極ごもっともなのだが、確かに材料は水と野菜のみで、食べて毒になりそうな成分は一切入っていない。
 もっとも、ここに集った謎料理人たちの腕前をもってすれば、真っ当な食材だけで化学兵器を合成することくらい、何の苦もなくできてしまうことなのではあるが……。