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【なななにおまかせ☆】あばよ! 今年の汚れ

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04.教導団 購買部


 ヴィーナスキャッチャー

「女の子は雑巾なんか絞っちゃ駄目だぜ。キツい洗剤使ってるし、手が荒れちまう。――ほら」
 言うなり、アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)は女生徒たちに手を差し出した。
 その様は姫をエスコートする騎士さながらで、女生徒の間から小鳥が囀るような声が上がる。
 異性に気を遣われて悪い気のする女の子はいない。それが精悍で整った顔立ち。男前なら尚のことだ。
 えーやらでもやら遠慮する素振りを見せたのも束の間。
 あっという間にアルフの手の平に雑巾が積み上げられた。
「……でも、本当にいいの?」
 様式美的な問いかけにアルフは笑顔で頷いてみせる。
「あぁ。いいぜ。なっ。カオル!」
「あぁ――って、オレかっ!?」
 隣でバケツに洗剤を溶いていたバンダナ三角巾――エプロン姿の橘 カオル(たちばな・かおる)が頷きかけて立ち上がった。
 当然、裏拳突っ込みつきだ。
「あ。橘くんだ」
「ホントだ。ごめんね」
「でも、ありがとう」
 多勢に無勢というか、男前さわやか笑顔とそれに焚きつけかれた女の子の前では所詮ささやかな抵抗だ。
 有無を言わさず雑巾の山がカオルの前にできあがった。


 ――ジャブジャブ  
「ゴム手袋とか準備いいね。あたしも借りてこようかな」
「あ。わざわざ本部に行かなくても、人数分はあると思うぜ」
「ホントに? わー助かるわ。ありがと!」
「それくらいはいいってこと。それよりさ――この後、俺と一緒に甘いものでもどう?」
「えー?」
「どうしようかなぁ」
 ――ザバザバ
「…………」
 ちなみにそれらの清掃道具一式をグラウンドの貸出所から購買部に運んできたのはカオルである。
 清掃活動は全員で行うものだし、褒められたいわけはない。
 が、棚の上に上げられ放置されてしまうのは、それはそれで複雑である。
 更に延々頭上でむず痒い会話を続けられるのは、複雑を通り越して殺意が芽生えそうである。
「雑巾、洗ったら持って行くぜ? 先にショーケースの煤払いしておいてくれよ」
「あ。そうか。先に掃っておいた方がいいよね」
「そうそう。掃除の基本は上から下に。埃掃ってから拭いた方がいいだろ」
 芝居染みた仕草でアルフの指がケースの上をなぞる。
 古今東西口喧しい家令が新人にすると言われている清掃チェックのやり方である。
「やだー。もう、小姑みたい」 
「でも、意外ー。アルフさんって家庭的?」
「あ。わかる。でも、こういうことが自然にできるのってステキ」
「いやぁ――そうかな? たださ、みんなが使うものを扱う場所だからさ。綺麗にしておきたいだけさ」
 フッと格好つけて笑う姿に女生徒から黄色い声が上がった。 
 ちなみにその掃除に関する物言いの殆どは休日は掃除・洗濯が基本のパートナーの受け売りで、アルフのものではない。
 そして、カオルの我慢もそろそろ限界である。
 どのタイミングでバケツをひっくり返してやろうかと思っていたカオルの視界に翳が射した。
「何!? 雑巾なら今っ――」
 どうせナンパな男と話をしている誰かだろうと、噛み付かんばかりの勢いで顔を上げた先には――
 にこりと笑う大輪の華がいた。
「メイ――李大尉」
「私にも雑巾をくれないからしら? 橘少尉」
「は、はい! どうぞ」
「するなとは言わないけど、お喋りはほどほどにね。日が暮れちゃうわ。
 それでも、終わっていないなんてことになったら……メルヴィア大尉に指導されるわよ?」
 購買部清掃の担当者である李 梅琳(り・めいりん)はカオルから雑巾を受け取ると全員に向かって微笑んだ。
 
  * * * 
 
 支柱の鉄パイプが縦横に伸び、防火防弾を兼ねたシャッターがピシャリと落とされている。
 購買部は制服や文房具など学業に必要な物の他、生徒個人の所有が認められた武器が置かれるイコン基地についで機密性の高い場所ゆえだ。
 陳列棚に並んだ商品をはじめ、倉庫にも膨大な数の在庫がある。
 在庫の品名・数量全てのデータが入力された端末を片手にまずは表の棚をチェックして回っているのはエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)だ。
「旧制服がマイナス1。文具はマイナス……教務室からの書類が回ってきてないのかもね。これは後で要確認、と」
 端末を操作しながら、申し送り事項を手にしたクリップボードにメモしていく。
 いい機会なので、ついでに棚卸も済ませてしまう心積もりなのだ。
 そのため、パートナーのアルフとは別行動中である。
「アルフは大人しくしてるかな。釘はさしておいたんだけど……」
 場所のせいなのか、購買部は何故か女生徒が多かった。
 アルフは神様の采配と大喜びで、そのために掃除を頑張る気になってくれたのはいいのだが。
 同時に暮らすマンションの前で繰り広げられるパートナーを巡る女性の修羅場が思い出された。
「……学内でああいった騒ぎはごめんなんだけど……」
 と、その時。
「梅琳ちゃんと一緒で俺、俄然やる気になっちゃったなぁ!」
 エールヴァントの望みを裏切るかのようにアルフの明るい声が聞こえてくる。
「……どうして、恋人がいる人にちょっかいをかけるんだよ……もう」
 

 エールヴァントの気も知らずアルフは果敢にも梅琳に粉をかけ続けていた。
「悪いけど、モップを貸してくれないかしら」
「あ。は――」
「どうぞ! 梅琳ちゃん!」
 モップに手を伸ばしたカオルを押しのけて、アルフが笑顔でモップを差し出す。
 雑巾と言っても、ちりとりと言っても、ハタキと言っても、ともかく梅琳が何を頼むたびに同じことが起こる。
「でさぁ、梅琳ちゃん。掃除終わったら、俺と一緒に甘いものでもどう?」
「ごめんなさい。先約があるのよ」
 梅琳の視線がちらりとカオルに動く。
 彼氏彼女であれ公私のけじめはきっちりつける。それはカオル自身が決めたことであり、梅琳もそんな態度を好ましく思っている。
 が、二人のささやかなアイコンタクトはアルフには欠片も効果がなかった。
「なんで? あ? 彼氏がいるから? はっはっはっ。別にみんなで行きゃよいじゃんか」
「……考えとくわ……さて、次は――」
 軽くかわして場所を移動しようとする梅琳。
「あ。待ってよ。梅琳ちゃん!!」
(あぁぁ。なんで、こんな奴が一緒なんだよぉぉぉ)
 ぐぎぎぎぎぎぎ。
 下顎と奥歯が砕けそうなくらいの歯軋りがカオルから上がった。
「李大尉、よろしいですか?」
 そこに涼やか声がかかる。
「げ――エールヴァント」
「あら。どうしたの?」
「ええ。これから倉庫に在庫の確認に行こうと思うのですが。
 火器もあるし、量も多いので、よろしければご同行いただければと思いまして」
 ふむと思案する顔を見せたのも束の間。梅琳はエールヴァントの提案に頷いた。
「そうね。もう少し人手がいるわね。いいわ。何人か連れて倉庫にいくわ」
「あ。じゃあ、じゃあ、俺――」
 雛よろしく、梅琳の後を追おうとしたアルフの首根っこをエールヴァントがむずっと掴む。
「ちょ! 何だよ!?」
 すっと伸びたしなやか足で水に濡れた床をコツコツと叩きながら、小声で囁く。
(言っただろ? 李大尉は橘少尉の恋人なんだから、邪魔しちゃ駄目だよって)
「モップで床を拭くときはちゃんと水をきる。そうでないなら、ちゃんと乾拭きしないと」
「小姑か!? お前は!! 色んな意味で!!」
「ごめんなさい。そこを掃除したのは私なの――悪いけれど後を頼めるかしら」
「任――わかりました! 李大尉!」
 アルフよりも先にカオルが敬礼で笑顔で応じる。
「ありがとう、橘少尉。――シュライア少尉もよろしくね」
 何かと理由をつけてついて来そうなアルフに綺麗に釘を刺すと梅琳は今度こそ、その場を後にした。
 少しだけ溜飲の下がったカオルはモップを手にして、拭き掃除をはじめる。
「そういうことだから、ここ頼んだよ」
「――わかったよ……ま、ここ終わったら俺も倉庫に行くし? お汁粉会場はみんな一緒だし?」
 暗に梅琳に声をかける機会はあるとうそぶけば、今度こそカオルが爆発した。
「――お前なぁぁぁぁ!! さっきから黙ってれば、気安く名前で呼ぶなよ!?」
「だって、名前の方が可愛いだろ? いいじゃんか減るもんじゃねぇし」
「減る! て言うか減った!! すっげー減った!!」
 二人はぎゃあぎゃあと言い合いながら、争うように床を拭き始める。
 エールヴァントはそれを見届けると倉庫へと歩き出した。
 
  * * * 

 Sから3L、各種サイズの揃った新旧の制服。
 救急キットにレーション。武器弾薬。
 ありとあらゆるものがずらりと並ぶ様は壮観だ。
 壁に並ぶ棚を見やり、エールヴァントは感嘆とも溜息とも取れる息を吐く。
「数字で見るよりは実物だね。これは大した量だ」
「そうね。どっちにしても凄い数なのは間違いないわね」
「ところで、李大尉。この機に回転の悪いものは値引きして売り切ってしまってはどうかと思うんですが」
「さっき見せてもらったメモにあったやつね」
「えぇ。武器弾薬の類は品質の確認をしてからですが、文具やレーションは値引きすれば動くと思うんです」
「ここがすっきりするなら、いい案ね。わかったわ。団長の許可もいるし、すぐにすぐってわけにはいかないけど」
「十分です。とりあえず武器と弾薬の確認からしますか」
「ええ。じゃあ、早速取り掛かりましょ。気合入れないと私も指導されかねないわ」


 向かった先には倉庫の一番奥。壁面の棚一面に旧式のミサイル弾が並んでいる。
 上から下まで積み上げられたそれは、品質云々の前に――
「……管理の仕方に問題があるような気が……」
 思ったままを述べるエールヴァントにその場にいた全員が首を縦に振った。
 流石の梅琳もこれには頭を抱えて、溜息をついた。
「これは、専門の人を呼ばないと無理かもしれないわね。とりあえず、勝手に触らない――」
 と言いかけた刹那。ぐらりと棚の一角がたわみ、ごろりとミサイルが転がり落ちた。
「李大尉!!」
「みんな、この場から離れなさい!! 急いで!!」
 怒号に重なるように落下音――続いて爆音が上がり、倉庫内は騒然となった。

  * * * 

 鈍い爆音に駆けつけたカオルとアルフが見たのは倉庫内立ち込める煙と小さく爆ぜる炎だった。
 手近にあったバケツの水を互いに掛け合い奥へと飛び込む。
「おい! 無事か!? エールヴァント! みんな!」
 駆け込んだアルフに女生徒たちが群がる。
 怖かったと悲鳴を上げてはいも、教導団に籍を置く彼女達は消化作業だけはきちっりと行っていた。流石である。
「もー俺が着たからには大丈夫だぜー。さ。落ち着いて、落ち着いて」
 両手に花のアルフを横目にエールヴァントは手にしたボードに在庫管理の安全性についてと書き加えた。

「メイリン!! どこだ!?」
 公私の区別は、この場においては最早どうでもいい。声を張り上げて愛しい名を呼ぶ。
 爆発の規模と煙の量からして大したことはないようだ。連鎖的な遊爆の可能性もないわけでないが、まだ大丈夫だ。
「メイリン!!」
 だからこそ、今のうちに。早く、その無事な姿を見て、声を聞きたい。
「返事してれくれよ!! メイリン」
「――ここよ」
 薄い煙の向こうに人影が見えた。聞きたかった声にカオルは心の底から安堵する。
「メイ――無事で、ご無事で何よりです。李大尉」
「現場は一時封鎖。安全が確認できるまで、購買部の清掃は中止。それから――」
 駆け寄った恋人の耳元に小さな囁きが甘く響いた。
「……心配してくれて、ありがとう。カオル……」