天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

リアクション公開中!

ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3
ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3 ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

リアクション


■3−2

「あなた…」
 こそっとシリウスの影から見る。
 少女はその白猫の着ぐるみに見覚えがあった。昼間、サンタの格好をしてマッチを売り歩いて(?)いた人だ。
 ただし、今はサンタの服装はしていない。
 かわりにセラと全く同じ服装をしている。……服装というか、仮装というか。

 全身からたちのぼる不穏な気配に思わず逃げかけたセラだったが、しくしくと泣いている声がして、足を止めた。
 勇気を出し、そろそろと近付く。
「どうしたの? こんな所で」
「マッチが売れないの」
 着ぐるみの中の人――おそらく間違いなく男性――は、ショボーーーンとさびしそうな声でつぶやいた。が、背中にはまだおどろおどろしいオベリスクをしょっているため、なんだか変なムードになっている。
「まだこんなに余ってしまってるわ。全部売れるまで帰れないのに。
 多分、あの服装が悪かったのね。だから変えてみたの。ほら、あなたと同じよ。さっき、あなたたちはたくさんマッチを売っていたでしょう? きっとこの服装なら売れると思って」

(いや、背中のオベリスクはずさない限り無理だろ)

 あんまりにも意気消沈しているようだったから口には出さず、内心でツッコミを入れるシリウスの前、如月のよいにゃんこあらため如月のマッチ売りにゃんこは、ふーっとため息をつく。

「ああ、なんということかしら。時は大晦日。街のいたる所では暖かな暖炉とおいしい料理でリア充の祭典が繰り広げられているというのに私は1人、この凍える外で雪を頭に積もらせながら、あるかどうかも分からない人影をひたすら求めてさまよっているなんて」

 そんな如月のマッチ売りにゃんこの耳に、こちらへと近づいてくる酔っぱらいたちの足音が聞こえる。
 パーティー会場からパーティー会場へ移動する途中の者たちなのだろう。楽しげに談笑しながら街路の端を歩いている。
 ほろ酔いで赤らんだほお、ゆるみきった幸せそうな笑顔。
 女性の手が、するりと男性の腕にからみつく。
「ふふっ。あったかーーーい」

 ピシャーーン! 如月のマッチ売りにゃんこの背景に稲光が走った。

「私はマッチが売れるまで帰れないのに…。
 というか、私は充実シテナイノニ…」


  ゆ・る・せ・な・い・♪


「あっ!」
「私が売ってきてあげる♪」
 如月のマッチ売りにゃんこは少女のかごの中に残っていた2つのマッチ箱を素早く自分のかごの中へ移し、タタタッとカップル目指して走り寄った。

「ねえ、そこのリア充さん方、マッチを買ってくださらないかしら?」

「なっ!? なんだ? あの化け猫は!?」
「きゃーーーっ! 化物よーーーーっ!!」
 突然自分たちの方に突進をかけてきた女装した猫の異様さにおびえたカップルは、助けを求めて一目散に逆方向へ走り出す。

「化物だなんて……ますます傷つくわ。こんなかよわいにゃんこなのに。見て、スカートはいてるでしょ? これでも乙女なのよ?」
 スカートをぴらっと持ち上げてみせるが、当然カップルが見ているはずがない。 
「待って。マッチを買って。なぜ逃げるの? ――ああ、あなた方も昼間の彼のように、私と追いかけっこをしたいのね? いいわ。気がすむまで追いかけてあげる。どこまでも……どこまでも……あなたがマッチを売ってくださいと泣いてお願いするまで……」

 うふっ。うふふふふっ。


「――あれ、絶対中身如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だろ」
 だれがかよわい乙女だよ。
 頭をぽりぽり掻いていたら、少女がいきなりあとを追って走り出した。

「あ、おいっ!?」
「マッチ代もらわないと! おうち帰れないのーっ!」

 少女はシリウスとともに必死に如月のマッチ売りにゃんこを追いかけて路地へ飛び込んたが、あっという間に見失ってしまった。

「どこ?」
 きょろきょろとあたりを見回す少女の耳に、複数の人が言い合うような声が聞こえてくる。
「あっち!」
 路地を出て、別のストリートへ。
 けれど近付いてみて分かったのだが、それは言い争いの声ではなく、プレゼントをもらってはしゃぐ子どもたちの声だった。

 教会の入り口で、出てくる女の子たちに白い大きな袋から取り出した何かを1つずつ手渡しているサンタの服装をした着ぐるみ姿の者。

「見つけた!」
 少女はその背中に飛びついた。
「キャッ!」
 いきなり後ろから飛びつかれて、驚きの声を上げる着ぐるみ。その声は、先に聞いた男性のものとは全く違う、女性のものだった。
 開いた入口からの光を浴びて白っぽく見えたその体も白ではなく茶色だし、猫でなくクマ。左手にハートのアップリケもある。
「違う…」
 脱力し、少女は握り締めていた手を放した。

「どうしたの? ミリィ」
 反対側で同じくサンタの格好をして男の子にプレゼントを配っていたセルマ・アリス(せるま・ありす)が駆け寄ってきた。

「あ、ルーマ。ううん、何でもないの。驚いただけ。
 あなた、お名前は?」
「……セラ…」
「セラちゃん。ワタシはミリィ、よろしくね」
 そう言って、ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)は少女をぎゅっとハグした。

「んんっ! ほっぺ冷たい。すっかり凍えちゃってるね! その格好だと、今の時刻にはちょーっと寒いかなぁ?」
 と、ミリィは少し考え込むそぶりをする。
「ちょっと待ってね! たしかここにいい物が…」
 ガサゴソ。
 足元に置いてあった白い袋に頭から突っ込み、中を探る。

「あった! ピンクのダッフルコート!! これ、あなたにピッタリなんじゃないかな〜?」
 広げて肩のところを合わせてみる。
 ちょうど膝丈の高さで、サイズも合いそうだ。
「んんっ。あと、ほかにも何か…。ルーマ、そっちにも残ってない?」
「え? こっち?」
 こっちは男の子用なんだけどなぁ…。
 ミリィに言われて、セルマも一応袋の中を探ってみる。

「あ、あの……でも、これ…」
 ポポポポイッと手の中に放り込まれていくマフラーとかタイツとかネックウォーマーとかレッグウォーマーとかに、少女があせりだした。

「んー? あ、いいのいいの。ワタシたちはこれ!」
 ミリィはアップリケと反対側の腕に巻いてあった腕章を見せた。そこには「救世軍」との文字がある。
「ここで孤児院の子たちが年越しするっていうから、プレゼント渡しに来てたの。ちょうどよかったわ。もう少しで別の教会へ移動するとこだったから!」

「ミリィ、こんなのあったけどどう?」
 セルマが突き出したのは、グレーとブルーのシマシマの目出し帽だった。

 それを見て、後ろでなりゆきを見守っていたシリウスがぶふーーーーっと吹き出す。

 全員の視線がシリウスに集中した。

「あー……いや、おまえら、移動するって言ってたけど、それ急いでるのか?」
「いえ。特に時間に決まりがあるわけではありませんから」
 もう夜も大分遅い。今から移動しても、子どもたちは眠ってしまっているだろう。
「じゃあ一緒に鍋つつこう!」
「鍋?」
「ああ。今から作るんだ。鍋は大勢でつつく方がおいしいからな!
 あ、あと、年越しソバもあるぞ」

 セルマとミリィはどうするかアイコンタクトをかわすと、どちらともなくうなずいた。
「お世話になります」

「さあ戻ろう。服は向こうで整えればいいさ」
「でも…」
 少女が何をためらっているか知っているシリウスは、うっすらつもった雪を払いがてら、頭をなでてやる。
「大丈夫だって。如月のやつならすぐ戻ってくる。あいつはそのへんまっとうなやつだから、ネコババしたりはしないさ。案外、もう戻ってるかもしれないぞ? しっかりマッチを売りつけてさ」



 戻ってみると、シリウスの言葉どおり如月のマッチ売りにゃんこは大通りにいて、少女の姿を捜していた。
「はい。売上げ」
「あ、ありがとう…」
 少女の手の中に、ちゃりんと銅貨を落とす。
「おー、全部売れてるみたいじゃねーか」
「さっきのカップルが、かごごと買ってくれたのよ。太っ腹ねぇ」
 ふふっ。ふふふふっ。
「……怖いですよ、その笑い方。正悟さん」
 白猫にセラのコスプレという、初めて如月の格好を見たセルマがちょっと退く。

 彼らはその足で、アキラのかまくらに乗り込んだ。


「ちょっくら邪魔するぜ!」
「うわっ!! いきなり何だ? おまえら!!」
 こたつでほっこり。みかんをハグハグしていたアキラが、突然の乱入に目をむく。
「ほら、もうちょっとそっち詰めろよ。まだまだ来るぜ!」
 こたつテーブルにマジカル調理器具をドン!
 ついでにマジカル食材の入ったザルもドン!

「なんだよそれ? 意味分かんないよ!」

「いーからいーから。細かいこと考えんな。鍋パーティーやろうぜ! 鍋パーティー!」
 ニッカニッカ笑いながらアキラの肩をぽんっと叩くシリウスの後ろ。
「おい。ソバができたぞ」
 刀真と月夜が年越しソバをトレイに入れて運んできた。

「おおピッタリ! ちょっと順番が逆になるけど、具が煮えるまで、先にソバ食おーぜ!
 ほら、刀真も月夜も入った入った!」

「狭っ! このかまくら狭っ!! アキラ、もうちょっと何とかならなかったのかよ?」
「仕方ないだろ! こんな大勢で鍋囲むなんて想定外だよ!」
「はーい、セラちゃん、ワタシの膝に来て。そうすればちょっとは広くなるでしょ?」
 ミリィがセラを自分の膝に乗せる。

 わいわいがやがや。
 ちょっと窮屈なかまくらの中で押し合いへし合いしつつ、全員でテーブルを囲んでソバを食べて鍋をつつく。


 パーティーの間中、かまくらの中から笑いが途絶えることはなかった。