天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

混沌のドリームマシン

リアクション公開中!

混沌のドリームマシン

リアクション

第四章 交錯する自分の理想と他人の悪夢 ゾクゾクゾク

その世界には何もなかった。見渡せど見渡せど、空にも地表にも何も、空と呼べるものすらなかった。あるのは足が付くだけの無機質な地面。そこにぽつんと立つのは中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)ただ一人だけだった。
「成る程、このような悪夢もあるのですわね。何もないとは、何も変化しないと同義。一つ勉強になりましたわ」
歩くことすらしない綾瀬。変化しないことを嫌う彼女にとってこの何もない空間は最大級の悪夢だった。しかし、その状況を一変させる事態が起こる。後ろに気配を感じた綾瀬はゆっくりと振り向く。その数十メートル先には血みどろのピエロのような男が突っ立ってこちらを不気味に見て笑っている。
「あら、素敵な殿方ではないですか? 私を悪夢から救ってくださる救世主様かしら?」
とてもそうとは思えない形相を浮かべるピエロが急に走り出す。見る見るうちに距離は縮まりあっという間に綾瀬は。
「残念、がっつく殿方は嫌われますわよ? さあゆっくり鬼ごっこでもしましょう」
障害物もなくただただ広い空間は追いかけっこをするにはあまりにも適していた。無機質なステージの上で踊る二人の人物、一人は少女で一人は誰もが戦慄するであろう鬼の形相のピエロ。しばらく鬼ごっこは続いていくが、ぴたりと綾瀬は止まってしまう。
「ですが、訪れた転機にすらやがて人は飽いてしまう。自然の摂理ですわ。だからもう追いかけっこはもうお終い……あら?」
振り返った綾瀬の前には既にピエロの姿はなかった。あるのは先ほどと同じ何もない空間だけ。また世界には綾瀬一人だけしかいなくなっていた。
「やはり、夢とは叶えてこそなのでしょうか」
「でも、少しは楽しかったわ」
人の声とは思えぬ言葉をあげたのは綾瀬が身に纏う漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)だ。彼女もまた綾瀬と同じく自分にとっての刺激的な変化を望むものだ。しかしもうピエロも消えてしまった以上、これ以降は何もないことが続くだろうと思われた。しかし。
「この機械があらゆる概念の夢に反応するのであれば」
「そう。鎧として存在する私の理想の夢にも反応してくれるはず。そうでなきゃ、面白くないわ」
その二人の言葉通りに現れる異質な気配。気配を感じ、少しだけ口の端を動かして笑いながら綾瀬は振り向く。
「あら、今度も素敵な殿方、いえ性別すらありそうにありませんわね。でもそのぐちゃぐちゃな姿、素敵ですわ。でもまた消えてしまっては寂しいですわ」
「だから今度は私達と遊びましょう? 一緒にダンスを踊りましょう?」
そう言って走り出す綾瀬は楽しそうだった。

「ああ、これです。この感覚ですよ。夢だとわかっているこの感覚、自分の意思一つで変わる世界」
そう言ってこの世界に浸るのは非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)だ。常にこれは夢だとわかっている状態で誰にでも作用するこの『理想の夢を見る事ができる装置(仮名)』は彼の理想の夢である明晰夢をいとも容易く実現してくれた。
「このふわふわした曖昧な感じ。観客であり監督のような、定まらない感じがもうたまりませんね」
彼は夢の内容にではなく夢の感覚自体が好きなようだ。しかしそこに一人のギャルが笑現れ状況は一変する。
「ねえねえ、私疲れたから車出してー!」
「はいっ?」
「お腹も空いたから何か食べさせてー!」
急に現れて唐突もない事を言い出すギャルに困惑する近遠。しかしあることを思いつく。
「これが明晰夢なら僕が思ったことが起きるはずですよね?」
それならと、頭の中でギャルが目の前からいなくなると念じる。近遠。念じ、念じ、念じ続ける。が。
「ねぇ早くしてよーおじさん!」
何故かおじさん呼ばわりまでされる始末でギャルはまったく消えてはくれなかった。
「……完璧な明晰夢状態ではないのでしょうか。そして本当にこの人に何か食べさせるのでしょうか」
近遠が念じたことは何もでないのにちゃっかり横手には車が置かれてあり、近遠は仕方なく腹を空かせたギャルを乗せてどこにあるかもわからない飲食店へと車を走らせるのだった。
「あと少し、でしょうかね……」
残念に思いながら横でうるさいギャルに耐えるのだった。

キンッ!
激しい剣戟音。鋭い攻防を繰り返しながら戦いが繰り広げられている。その攻防を繰り広げていたのは刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)とその父親だ。現実の父親よりも若く、発達している筋肉から繰り出される剣捌きと身のこなしは刹那の予想よりも遥かに強く、軽やかだ。
「さすがね! でも夢の中だからって、負けられないのよ!」
不思議と身体は重くない。更に走り出す刹那。それを待ち構える父親。
キンッ!
今度は息も飲ませぬ鍔迫り合いだ。刹那も必死に前へ前へと押し切ろうとするが父親はまったく動かない。そして父親が右手と左手に力を入れて一気に押す。鍔迫り合いは父親の勝ち、体勢を崩して刹那。そこに襲い掛かる一太刀。
「……あれ? 何もこない?」
恐る恐る前を見ると父親の姿は影も形もなかった。いつの間に移動したのかはわからないが周りは町で平和な人々が笑いあっているだけだった。
「まあ、夢だもんね。でも勝てなかったなー」
刹那は立ち上がりそう呟く。現役の父親にはまだまだ敵いそうにはなかった。少しだけ悔しい思いをする。
「とりあえずどこかで休もうかな」
そう考えながら歩いていく刹那。満足感と少しだけの悔しさが滞留する自分の心を落ち着けるために刹那は休憩場所を探して彷徨うのだった。

「よし、次はこの魔術の実験をしましょうか。ふふふ、楽しいですね」
怪しげな実験室で怪しげな実験をしているのは東 朱鷺(あずま・とき)その人だった。現在の朱鷺には強大なバックアップをしてくれるスポンサーが付き実験が出来る環境が存分に揃っていた。実験道具、装飾品、生物、果ては魔物までありとあらゆる実験に必要になるものが揃えられている環境で朱鷺は嬉々として実験を続けていた。
「例え夢だとしてもこの実験結果は忘れず、覚えて帰れば結果だけでも持ち帰れますからね。出来るだけ普段出来ないような実験をして、と」
まだまだし足りないと言ったように実験を続ける朱鷺だったが、異変が起こる。ゲージなどに入れられた魔物達がいきなり暴れだし始めたのだ。頑丈な檻やゲージが見る見るうちに折れ曲がりひん曲がっていく。そして遂に魔物達が飛び出してきたのだ。
「……アクシデントは付き物だが夢の中でもそうじゃなくてもいいでしょうに。けれどこの量を一度に相手するのは困難ですね」
そう言って後ろの通路に退避する朱鷺。それを見た魔物たちも追ってくる。通路に入ったとたんどこかで聞いたことがあるようなロールプレイングゲームのダンジョン音が流れ始め、安っぽい効果音が耳を劈く。
「……ああもう! さっきから行き止まりばかりじゃないか!」
行く先々で行き止まりにぶち当たり魔物たちに追いつかれる前に後退して別の道に逃げ込む朱鷺だったがいよいよ道もなくなってきた。更にある道に差し掛かったとき前からも屈強そうな魔物が一匹見えた。
「前門の虎後門の狼かっ! これじゃ逃げられないじゃないか! ……仕方ない、手荒な真似はしたくなかったがやるしかないな」
戦闘態勢に移行してスキルを使おうとする。が、スキルは発動しなかった。
「ゆ、夢の中だと使えないのか!?」
そう叫ぶ朱鷺に一斉に魔物達が襲い掛かる。覚悟をした朱鷺。だが、一匹の魔物が朱鷺に触れると全ての魔物達は消え場所も通路から先ほどの実験室へと戻っていた。
そしてまた鳴るダンジョン音と安い効果音。後ろには先ほどの魔物達は違う魔物。
「ま、また逃げろということか!? あの無理難題の迷路を!?」
そう言いながらも逃げるしか手段はなく実験をする暇もなく永延と繰り返される追いかけっこに興じるしかなかった朱鷺だった。

「遂に、つーいにこの時がきたなー! 世界制服まであと一歩! これだ、このシチュエーションをどれだけ待ちわびたことか!」
巨大ロボットの肩の上に立ちながら甲高い声で笑うのはドクター・ハデス(どくたー・はです)だ。彼の正面にはヒーロー協会本部が最後の抵抗をして立て篭もっている。ここさえ制覇すれば見事世界はハデスのものとなるのだった。
「夢にまで見た世界制服。だが! もう少しこのあと一歩の感覚を感じていたいものだな! フーハハハハッ!」
巨大ロボットの周りには怪人や戦闘員がぞろぞろといて最早ヒーローになす術なしといった構図だ。しかしここでヒーローが動き出す。
「行けっ! シンクロナイズトスイミング部隊!」
そう言って現れたのは水着を着てゴーグルを着用しているヒーローの集団だった。そして大量の鼻血を噴出しそれがみるみるうちに周りを血の海に変え戦闘員や怪人たちを飲み込んで行ってしまう。
「お、己ヒーロー共! ヒーローらしからぬ攻撃をしおってからに! だがこの巨大ロボまではってそこの赤いヒーロー! 無闇やたらとスポットライトを俺に当てるな! 地味に熱いだろう!」
スポットライトに晒されながら下の赤いプールではヒーロー達による美しいシンクロが繰り広げられていた。それを好機とみたヒーロー達が一斉にハデスに攻撃を仕掛ける。
「ひ、卑怯なり! それがヒーローのやること……おいロボの足元ばかり攻撃するな! 実はそんなに打たれ強くな、だからスポットライトを当てるなとっ」
そうこうしているうちに巨大ロボはヒーローの見事な攻撃に耐え切れず、ついに体勢を崩す。その肩に乗っていたハデスも徐々に落ちていく。
「く、くそう! あと一歩、あと一歩のところだったのにー!」
そう叫びながらハデスは落ちていくのだった。彼が世界制服をするのはまだまだ先のお話しになりそうだった。