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第二章 『プールはDangerous(危険)』


 舞台は温水プールへと移る。
 学校指定の競泳水着を着た雅羅とアリサ。
 静香は「水泳はちょっと……」と辞退した。何故なのかは分からないが。
「さあ、水泳がどれだけ美容とダイエットに最適か講習するわよ」
 メタリックブルーのビキニを身に着けたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。普段からこの格好の彼女にとって、なんとおあつらえ向きの舞台なのか。
「まずはダイエットの語源に関することから。元々は規定食による食事療法や食事制限の意味なのだけれど、いつの間にか日本では自動詞の『減量する』という部分が強く広まり、運動することもダイエットと表現するようになったわ。正確には『loss』が正しくて――」
「セレンフィリティ、そこは今必要じゃないわ」
 理系の性なのか、根源からきっちり説明を始めたセレンフィリティを止めたのはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)。彼女も普段からホルターネックのメタリックレオタードを着用している。シャンバラ教導団指定の競泳水着に近い。本当はセレスティアにビキニを身に着けさせられそうになったが、抵抗して妥協させたらしい。
「そうね。色々と省くけど、ダイエットをするには食事制限は拒食症や過食症の元になりかねないので不適切。運動もいきなりハードな運動だと疲労や苦痛で長続きしない為不適切。体の負担が少なく、継続性が高く、尚且つ美容に良くて効率的、そう考えた結果が水泳ダイエットが一番適しているのよ」
 その後もカロリー消費はジョギングの三倍から五倍、水泳は全身運動で効率的、他の運動と併用することでさらに効果的になる云々が続くが、要はこういうことだ。
「セレンフィリティが大食いなのにこの体系を維持できているのは水泳を中心とした運動をしているためなの」
 セレアナがまとめてくれた。
「とにかく、あたしが行っている方法を雅羅に伝授するわ」
「よろしくお願いするわ」
 指名された雅羅に視線を送るセレンフィリティの目はどこか艶っぽい。
「もしかして、雅羅の競泳水着目当てなんじゃないかしら?」
 疑問がセレアナの頭に過ぎった。
「まあ、セレンフィリティは自分自身の競泳水着姿を見たいだろうし、私の競泳水着姿も見たいだろうけれども……まあいいわ。私も一緒に泳ぎましょう」
 その点を指摘すると、最終的にビキニまで持っていかれるかもしれない。薮をつついて蛇を出すべきではない。
 ゆったりと入水して泳ぎだす三人。
「雅羅、胸が大きいからキツイでしょ? 無理をしては駄目よ」

【セレンフィリティ・シャーレット −8キロ】
【セレアナ・ミアキス −8キロ】
【雅羅・サンダース三世 −6キロ】

 セレアナの気遣いは先ほど同盟まで組んだアリサの闘志に火をつけた。
「ふふふ、そなたらの泣き言はあとでいくらでも聞いてやる」
「アリサ、どうしたの?」
 天御柱学院の競泳水着を着た北月 智緒(きげつ・ちお)が尋ねる。明るく元気で大胆な性格。それにアリサとは友人なので、近寄りがたい空気を発していても、臆せず声を掛けることができる。
「燃えるのもいいけど、燃え尽きちゃったらダメだからね?」
「そうだよね。無理は禁物だよ」
 同調したのは桐生 理知(きりゅう・りち)。智緒の契約者であり、同じくアリサの友人。応援のため、大会へ駆けつけたのである。
「体壊したら、元も子もないよ?」
「そなたの言うことはもっともだな」
「そうそう、基本は楽しくなの!」
 小柄な体を目一杯動かし、
「だからね、一緒に競争しようよ! 張り合いが出て、楽しそうでしょ?」
「競争か。いいな、やろう」
「合間にはちゃんと休憩を取ってね?」
「もちろんだ」
 二人スタート台に立つ。
「よーい」
 一瞬の緊張。
 ピッ!
 笛の音と共に飛び込むアリサと智緒。水をかき分け、前へ前へと泳ぐ。
「ちょっとペース上がりすぎだよ。もっとゆっくりでも大丈夫」
 理知の透き通る声が水の中まで響く。
「そうそう、その調子。いいペースだよ」
 そして勝ったのは――
「さすがアリサちゃん!」
「あはは、負けちゃったよ」
 充実感と程よい疲れが自然と笑顔にさせてくれる。
「休憩を取ったら、もう一本だ」
「うん! 次は勝つもんね!」

【アリサ・ダリン −6キロ】
【北月 智緒 −5キロ】


「いい汗かいたわ」
 水泳を終え、更衣室で滴る水をタオルで拭く雅羅。
「もうそろそろ昼食の時間ね。着替えて向かわなきゃ」
 着替えようとロッカーを開ける。
「あれ?」
 どことなく違和感。その正体は、あるはずのものがないことで確信に変わる。
「下着がないわ!」
 荷物を探るが見つからない。
 鍵の掛かるロッカー。故意に盗まれたのは明白。
「いったい誰が!?」
「犯人なら知ってるぜ」
 男口調の声が後ろから投げられる。
 振り返った先、入り口に立つ二人組み、シェルドリルド・シザーズ(しぇるどりるど・しざーず)魔装戦記 シャインヴェイダー(まそうせんき・しゃいんう゛ぇいだー)
「あなたたち、犯人を知っているのね?」
「ああ、もちろん。証拠もこの通り」
 シャインヴェイダーが雅羅に携帯を見せる。そこには女子更衣室から雅羅の下着を持って出てくる蔵部 食人(くらべ・はみと)の姿が写されていた。
「こいつが犯人ね! どこにいるの?」
「さっき、通路で見かけたぜ?」
 シェルドリドの一言で、突風が起こる。無論、雅羅の全力疾走だ。
「あらま、素早いことで」
「女性の敵とも言える所業だからな。捕まるまで気長に待つつもりだったが、案外早くなりそうだな。クククッ」
 一陣の風と化した雅羅はすぐに食人を視野に捕らえる。
「見つけたわ!」
 が、当の本人はのんきな顔。
「お、雅羅さん。ヴェーダに『雅羅と鬼ごっこしてくれ』って言われたから待ってたんだが、何で水着?」
 服装に疑問を持つ食人。それがさらに雅羅の闘志を燃やす。
「あなたのせいでしょう!」
 鬼の形相での猛ダッシュ。
「マジでいきなりかよ!? でも手加減するつもりはないからな! 全力で逃げるぞ! 【バーストダッシュ】!」
「下着を返しなさい!」
 かみ合わない会話。
 それもそのはず、【ピッキング】を使い下着を隠したのはシェルドリド。携帯の画像も、シャインヴェイダーが【ソートグラフィー】で捏造したもの、冤罪である。
「これで少しは減量の手助けができただろう」
「怒りや憎悪といった感情が人間をもっとも強く奮い立たせるからな。しかし、こんなにうまくいくとは。食人には『突然捕まえにくるだろうが、何を言われても耳を貸すな』とは言ったが、少しは疑えよ」
「ま、疑われるとこうやって遊べないだろ」
「そりゃそうだ」
 面白がりながら捕物を眺める二人。
 本気で逃げ続けていた食人だったが、とうとう雅羅の手が服を掴む。
「ちょ、こっちはスキル使ってるのに何故だ!?」
「女の敵! 覚悟しなさいよ!」
 赤々とした紅葉が食人の頬に刻まれた。

【雅羅・サンダース三世 −7キログラム】
【蔵部 食人 −9キログラム】