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なし

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

リアクション

     ◇

 お嬢様、今日の紅茶は如何しますか?

久しぶりに、アールグレイを頂戴な

 お嬢様、今日のお召し物は如何なさいますか?

素敵なドレスを一着用意なさいな

 お嬢様、今日はどちらに行かれるのです?

なに、ちょっと――そこの戦場まで。





     ◆

 穏やかな、そう――穏やかすぎる木漏れ日の中。ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は傍らに上杉 菊(うえすぎ・きく)を連れ、道を行く。
並木道の中を進みながら、二人はのんびりと風景を楽しんでいた。何を疑うでもなく、何を恐れるでもなく、何を知るよしもなく、二人は進む。
「今日は良い天気ね、菊媛」
「えぇ、本当に。御方様? 今日は何処に向かわれているのですか?」
 優雅に流れる会話は、とりとめのないそれだった。
「目的はないわ、ただ少し、外が歩きたかっただけよ」
「この天気、ですものね」
 あまりに晴れ渡った天気。誰しもが散歩日和と思える昼下がりの風景。が、二人の穏やかなひとときは、そこで一度幕を閉じる。二人が病院の前に差し掛かった時、ローザマリアは何かに気付いた。何処か嗅ぎ慣れた嫌な匂い。決して心地よくなることのない香り。
「菊媛………………………」
「存じております」
 二人はそこで足を止め、軽く両の足を肩幅にまで開いた。片足を若干後ろに引き、体制を斜めに取って辺りの様子を探り始める。彼女たちが感じた物は、即ちそう言う類いのものである。
病院から外に出るための最後の扉が開かれ、中から出てきたそれを見て、二人は思わず構えを解いた。
「怪我…………人?」
 我が目を疑う、とばかりに眼を開き、彼女は呟きながらにそれを見る。胸部の辺りがうっすらと朱に染まり、数人の肩を借りながら病院を抜け出したその人物を、見る。
「御方様、あの者は一体……………」
「わからないわ。全然状況が掴めない。でも、後ろを気にしてるってことは、何かに追われてる?」
 負傷している男もそうだが、彼を抱える数人までもが背後を見回し、何かに意識を集中させている様子を見て、彼女はそう推測した。
「菊媛」
「はい」
「この場合、正確に情報を手にいれる方が先か、はたまた黙したままに彼らに力を貸すべきか。参考までに聞かせて頂戴。あなたの意見は?」
 小さく、早く、一息でそう尋ねたローザマリア。それに対し、菊は身動きひとつ取らぬまま男たちを注視し、返答を考える。
「わたくしならば後者を」
「そうよね、そうだわ。満場一致で救援しましょう。私たちは彼らに声をかけずにこのまま静観。驚異に足る何かの出現と同時に加勢する」
「御意のままに、御方様」
 誰も、二人には気付かない。
 誰も、二人を認知しない。
故に二人は息を潜め、ただ見やる。守ろうと決めた対象を、その男を。
「御方様!」
「わかったわ」
 と、突然に菊がローザマリアを呼び、彼女は足元にあった菊の影に吸い込まれていく。菊はディテクトエビルを使って敵たる何かを関知したらしい。
それを理解しているが如く、ローザマリアは動きを見せる。姿が消えたはずの彼女は次の瞬間、負傷した男の影から姿を表した。
両の腕を顔のまでクロスさせ、彼女は敵だろう何かの一撃を確かに防ぐ。

「…………………………………!?」

 思わず男に貸している面々が声を失い背後を向いた。ただ一人、負傷している男を除いて。
「狼………………!? 菊媛っ!」
「ただ今!」
 彼女の言葉に反応した菊は、いつしか手にしている鬼払いの弓の弦を弾き、漆黒の狼を穿った。
行動の開始からその間まで僅か、百跳んで二秒の出来事。





     ◆

 「マスター、私たちの出番、まだですかー」
 公園の近くの路地。ちょうど公園が見えない場所で、一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)が足元にある石を蹴りながらに呟いた。
「うーん、普通に遊んだりする待ち合わせと違うからねぇ……………『何時にどこ』とかって、あってないようなものなんだよね」
「いいじゃん! 此処で待ってれば連絡来ると思うし、近くまでなら迎えに行けるんだから、もうちょっと待っておこうよ」
 神崎 輝(かんざき・ひかる)シエル・セアーズ(しえる・せあーず)が詰まらなそうにしている瑞樹をなだめ、辺りをきょろきょろと見回す。
「何となくの状況は聞いたんだけど、それ以外は全く聞いてないからなぁ、会ったらちゃんと教えてくれると良いんだけど」
「それも余裕があれば、って感じに、最悪なっちゃうかもね。うん、まぁでも友達が困ってるなら助けてあげなきゃだよね! 会ったこと無いけど、友達の知り合いも友達! みたいな感じでさっ♪ ね、輝」
「そうだね。さて、それまでどうするかなぁ」
 腕を組んで難しい顔をする輝。人通りのないところを優先的に待機エリアにしていただけの事はあり、比較的周りを気にすることなく話せている。
「マスターが『あの人』から聞いたのって、どんな感じでしたっけ?」
 瑞樹がふと、蹴っている石から目線をあげて輝へと向く。
「えっとね、知り合いが困ってる。できれば力を貸して欲しい。かな。あとは結構気になってる事があって、本来の目的はそっちだったって事、かな。で、敵対する人が出てきたから人手が借りたくて……………………みたいな感じだったよ。後で詳しく聞いてみないとまだ輪郭くらいしか取れてないからなんとも言えないんだけどね」
「じゃあさ、先にどうなっても良いように動き、決めておこうよ! ほら、備えあれば憂いなし! って言うでしょ?}
 シエルの提案を飲んだ二人は、暫しの間考え込む。と、輝が何かに気付いて口を開いた。
「『あの人』たちと一緒に動く事は決まってるからいいとして、もし戦うんだとしたら役割分担とかって大事、だよね?}
「敵がいるなら必然、それを倒す必要がありますよね、となると――」
「うーん、難しい事はわからないけど、兎に角私と瑞樹ちゃんが戦って、その何とかって人と輝を守る。で良いんじゃないかなっ!?」
「え、でもそれじゃあボクは何をすれば………………」
「その「何とか」って人を守れば良いんですよ。マスターは」
 私たちはお二人を守りますから。と、瑞樹はそう言葉に繋げた。
「兎に角、私たちは私たちにできる事をすればいいって事だよねっ? 大丈夫だよっ、私たちなら何とかできるってー!」
「そ、そうかなぁ…………………頑張れるかな」
「大丈夫ですよマスター。マスターに危害を加えるようであれば、私もシエルさんも、相手が誰だって容赦しません」
「うん、ありがとう」
 笑顔で顔を見合わせる三人。どうやら今後の話は決まったらしい。あとは『あの人』の連絡を待つばかりだ。
「に、しても。何でこんな事が起こるのかな。それもやっぱりさ、詳しく話を聞いてみないことにはかわりなんだけど」
「それを考えるのは後あとー♪  難しいお話は私苦手だからパスだしねー」
「難しい、じゃないことを祈るばかりですね」
「同感だよ」
 シエルに目を向け、二人は再び笑いだした。
「ちょ、それどういう意味!? 私だってねっ、その気になればこんな事件の真相の一つや二つ!」
「どうってこと、ない?」
「うっ!……………………いや、ほら。私が苦手なのはお勉強でさっ、こういう話は別かなって……………」
 困り果てるシエルに対し、輝の瑞樹の笑い声がしばらく響き渡っている。