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リアクション
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生きていく上で何かを殺すことは当然の摂理である。グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)はそのことをよく知っている。
「俺も獣を食べ、その毛皮を売ったりするが、やり過ぎは良くない。
二度とそんな真似ができなくなるよう、盗賊団を潰す」
よく知っているがために、盗賊たちに怒りを覚えていた。しかしその端正な顔に少し寂しげな色がよぎったのを、パートナーのアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)とゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)はしっかりと読みとった。
グラキエスは動物が好きなのだが、身にまとう狂った魔力のせいで動物たちを怖がらせてしまう。本当は触れ合いたいだろうに、その気持ちをこらえ、盗賊退治へと名乗りを上げたのだ。
アウレウスは、そんな主に感動していた。
「主はやはり盗賊の討伐に向かわれるのか。動物を怯えさせまいと……何と健気な」
今すぐにでもハンカチを取り出して涙をふきそうな勢いである。
「ん、ガディどうした? ああ、いいんだ。最近は体調が悪くてあなたと遊べなかった。一緒に遊びたい」
「そうだ、ガディよ、思い切り”遊ぶ”のだ! お前が元気な姿を見れば、主も喜ばれるに違いない! 盗賊共が消し炭になろうが、主の御心を慰めるため! 遠慮なく行けい」
「アウレウス、無責任にガディを煽るな。
我がヘルハウンドを連れて来たぞ、グラキエス。これらはお前の魔力を恐れん。ほら、撫でてくれと言っている」
ガディ(レッサーワイバーン)を囲んでそのようなやり取りをしたのち、アウレウスは鎧となってグラキエスに纏われた。顔を上げたグラキエスに先ほどの寂しげな様子はない。
やれやれと、安堵したゴルガイスは、すぐに意識を引き締めて自身の【捜索】とヘルハウンドの嗅覚で盗賊を探し、見つけ出す。
ガディに乗ったグラキエスは、盗賊たちを1人も逃さぬようまず【ブリザード】で退路をふさぎ、さらに【奈落の鉄鎖】を使用して足止めをする。盗賊たちが驚き戦闘態勢に入るころには、【ランスバレスト】で数名の盗賊をなぎ払っていた。
アウレウスが【龍の咆哮】で的確にガディへと指示を出すことにより、強力な攻撃をしてもほとんど遺跡へダメージが行っていない。被害は盗賊だけだ。
戦闘全体を見渡しながら攪乱・牽制をしていたゴルガイスはやや苦笑いをして、容赦のないグラキエスたちを見た。もちろん彼とて盗賊たち相手に手を抜くつもりはないが、何事もやり過ぎはよくない。
盗賊をグラキエスやガディが致命傷を負わせる前に【スタンクラッシュ】で戦闘不能にしていく。……全員は無理であったものの、自業自得なので同情はしない。
『主、ガディが喜んでおります』
「そうか……俺もあなたと遊べてうれしいよ」
結局のところ、グラキエスが元気に笑っているのであればそれでいいのだ。
◆
そしてまた場所は移り変わり、ここは最奥の手前である通路。奥へと向けて歩いていた白砂 司(しらすな・つかさ)は、勢いよく振り返った。隣を歩いていたサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は驚くことなく、ゆっくりと背後を見る。
まず2人の目に入ったのはかなり必死な形相で走る和輝だ。
「ほお、あれがジャタゴリラか」
司はゴリラの姿に目を輝かせる。獣使いとして。また、ジャタの森を第二の故郷と定めて獣人と獣を守り暮らしている彼としては、森を離れたとはいえジャタゴリラは友である。守りたいと思うし、困ったことがあれば助けたいと思っている。
そしてそんな友人(ゴリラ)が1人の男を追いかけている。そういえば男性を見るや挑んでくる、とイキモが言っていたことを思い出す。
(野生ではよくある「自分より下の相手の言うことは聞かない」ということか)
司は、ならば戦いに応じて言うことを聞かせるのがジャタの森の野生の礼儀、と腰をかがめて構えを取った。和輝を追いかけていたゴリラの目が、司に移動する。
一先ずは素手で応戦すると決めたのか。槍は持たず、じっとゴリラの目を見つめる。ゴリラもまた司を見つめる。
真剣な空気が広がり始めた中で、サクラコはイキモとの会話を思い出していた。
『男性を見るとってことは、女性は大丈夫なんですか?』
『あ、はい。おそらくは求愛活動かと思います』
『求愛……つまり婚活中ってことですね!』
『えーっと、まあ、そうなります、かね?』
ぷくくっ。
噴き出しそうになったサクラコだったが、なんとかこらえて真剣に見つめあう司とゴリラを見た。これは、もしかするともしかするかもしれない。もしそうなったら面白……いや喜ばしいことだ。弟分の幸せな結婚を心から応援します。
サクラコがそんなことを思いながらゴリラVS司を見守っているそばでは、和輝や追いついたアニスにルナ、ゴリラが止まったことで足を止めたユニコーン(とリス)に璃音と湖もまた、その神聖(?)な勝負を見守っていた。
ユニコーンとリスから若干呆れた雰囲気が出ている気がするが、気のせいに違いない。
司とゴリラがぶつかり合って力比べをしていると、セレンフィリティとセレアナ、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)にミア・マハ(みあ・まは)もまた追いついた。
レキは、なぜか力比べをしているゴリラと司にしばし唖然としたのち、ユニコーンの背に乗ったマリモリスを発見した。話に聞いていた以上にもこもこしている可愛らしい姿に、黄色い歓声をあげる。
「すっごい、もふもふだ〜〜」
そのまま駆け寄ろうとすると、リスはびっくりしたらしくユニコーンの背から落ちてしまった。
「せめてこいつだけでももらってくぜ!」
「あっちょっと!」
転がったマリモリスへと伸びる手は、契約者たちの手ではなかった。ずっと身を潜めていたのか。1人の武骨な男がにっと顔をゆがめて笑いながらリスを抱き上げ
「ふっ甘いわ」
「うわっなんだこれ……ぎゃー」
る手を引っ込めて、自身の体を隠そうとする。盗賊の服が、あら不思議。どこかへなくなってしまったのだ。
間抜けな格好になった盗賊へ、ミアは笑みを浮かべる。彼女が【アシッドミスト】を使い、服だけを溶かしたのである。
「どうじゃ、動物の気分になったじゃろう?」
人として堕ちた盗賊とはいえ、こんな大勢いる場所で素っ裸にされてはたまらない。怒りやら羞恥心で顔を赤くした男に、ミアは【ブリザード】を唱えた。
なんとも恥ずかしい恰好のまま氷漬けになった盗賊を見て、その場にいた男性陣がなんとも言えない顔をした。女の子はどうしたかって? もちろん恥ずかしがって直視なんてできないさ。
ともかく、リスが無事であったことにほっと息を吐き出したレキは、リスを怖がらせない様にやや離れた場所でしゃがみこみ、笑いかける。
「キミ、大丈夫?」
リスはびっくりしたように丸い目を見開いている。そこへルナもやってきて、大丈夫ですよ、と声をかけた。
「私たちは貴方たちのお手伝いをしに来ただけですぅ〜」
「そうそう。イキモさんに頼まれて、ね」
レキがルナに続けてイキモの名を出すと、リスは小さな耳をぴんと立てた。リスだけでなく、ゴリラもファインティングポーズを解除し、警戒していたユニコーンも気を緩めたようだ。
(へぇ、この反応ということは、イキモは白ってことね)
もしかしたらイキモのもとで何かされていたのでは、と疑っていたセレンは、その様子を見て感心したようにうなづく。
(あ、近づいてきてる)
(お友達になってくれるですか?)
キラキラと目を輝かせるレキとルナだったが、リスが途中でこけてしまった。あっと声を出して思わず近寄ってしまうが、今度は逃げなかった。
「足を怪我しているみたいね」
すぐに気付いたセレアナがヒールを使い、リスの治療をする。ヒールを始めてみたのか。リスはきょとんとしていたが、やがてレキの手の上でちょこちょこと動き始めた。そのもふもふとした身体で動かれると、とてもくすぐったく、レキはうれしさも込めて笑った。リスはルナの肩にも飛び乗り、首のまわりを歩きまわる。
元気そうになったのを見たセレアナは一瞬優しく微笑んでから他の動物を見る。大きなけがはないが、ユニコーンとゴリラも小さなけがを負っているようだ。順に治療していく。……ユニコーンの鼻の下が確実に伸びていた。璃音は確かにその瞬間を見た。
「(勝負はつかなかったですね。残念)落ち着いたところで、行きましょうか」
「そうだな」
サクラコの言葉に、全員が頷いた。
「「水の元へ」」