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【十 VIPルーム六連戦(其の二)】

 ホストクラブだというのに、お土産にちょっと変わった品を持ち込んでいる客も居る。
 例えば桐生 理知(きりゅう・りち)の場合、彼女は態々ピンク色の高級シャンパンをオーダーし、VIPルームを確保してまで辻永 翔(つじなが・しょう)を指名したのだが、そこで理知が翔に手渡したのが、ジェファルコン・モデルの改造イコプラだったのである。
 だが、翔を指名する場合、この選択は大当たりだったといって良い。
 VIPルームに姿を現した当初は、理知お姿を認めても然程に表情を変えなかった翔だが、理知がお土産のイコプラを取り出して目の前に掲げてみせた時、翔の面には見る見るうちに興奮の色が浮かび上がってきたのである。
 この時、室内には理知と翔の他に、シャンパンタワーを積み上げる為に悠司が手伝いの椿とネオスフィアの両名を率いて訪れていたのだが、理知と翔の間で繰り広げられる妙な空間に、ぎょっとした顔を見せていた。
「……おいおい、ここはホストクラブの筈なんだが……」
「どう見ても、イコプラの品評会だな」
 リナリエッタにしこたま飲まされた為、まだ幾分酔いが残っているネオスフィアだったが、椿の介抱によって相当に回復を果たし、他のホストのヘルプや悠司のシャンパンタワー積み上げの手伝いなどに廻っていた。
 但し、まだ若干アルコールが抜け切っていない為、椿のサポートを必要としていたのであるが。
「まぁ本人達が喜んでやってんだし、俺達ゃさっさとグラス積み上げて退散すっか」
 その宣言通り、悠司とネオスフィアは手際良くシャンパンタワーのグラスを積み上げ、ジェファルコン・モデルの改造イコプラに熱中している翔に気付かれることもなく、さっさとVIPルームを辞去していった。
 その間も、理知と翔による熱いイコプラトークは続いている。
 というよりも、翔が一方的に語っていると表現した方が正しいのであろうが。
「なぁ、これ、どこで売ってたんだ?」
「残念〜。実はこれ、私の手作りだから、どこにも売ってないんだよね」
「何ぃ!? ってこたぁ、フルスクラッチかよ!? マジ、すげぇ!」
 実際のところはフルスクラッチではなく、市販のイコプラを改造しただけなのだが、ここは黙っておいた方が得策だという打算的な考えが浮かび、理知は愛想笑いを浮かべたまま、敢えて何もいわない。
 しかし逆をいえば、これだけの造形テクニックを習得する程に、今の理知はイコプラに詳しいという証左でもある。その事実が、翔を更に興奮させた。
「こう見えても、私少しはイコプラのこと分かってるんだよね……ところで翔くんは、イコプラ何体ぐらい持ってるの?」
「俺か? う〜ん、そうだなぁ……」
 実際のところ、すぐには答えられないらしい。というのも、翔は店頭に並んでいる機種に関しては、バトル用と観賞用、そして保存用にと合計3セットずつ購入しているらしく、更に小隊編成の為に同じモデルを複数購入したりもしている為、数えてみないとよく分からない、というのである。
 自他共に認める、相当に筋金入りのイコプラマニアであるといって良いだろう。
 まさか、そこまでハマっているとは思っても見なかった理知は一瞬、絶句してしまった。
「そ、そうなんだ……じゃあ、きっとイコプラ作ったりする時も、何か拘りとかあるの?」
「そりゃあるさ! イコプラの醍醐味っつったら、何といってもバトルだからな! 改造する時は、バトルを前提に造形や補強を考えてるんだぜ!」
 最早、語りだしたら止まらないという勢いが見え始めている。もうここまでくると、完全に翔の個人的な楽しみの為の時間に変じつつあった。
 しかし理知は、決して退屈などしていない。
 翔の活き活きとした嬉しそうな表情を、こうして間近で見ることが出来るのだ。それだけでも、理知にとっては至福のひと時であるといって良い。
 そのような訳で、理知は翔によるイコプラトークの聞き役にすっかり落ち着いてしまっていたのだが、話の流れというのは恐ろしいもので、翔はいきなり何かを思いついた様子で理知の手を取り、幾分声を弾ませた。
「そうだ! 今度、イコプラバトルしようぜ! 生憎今日は、俺のイコプラが無いから無理だけどさ! けど、バトルすれば、バトルの中で多くのことが語れるってもんだぜ!」
 この思いもかけない展開に、理知は一瞬、目を白黒させた。
 しかし、すぐに思い直す――翔とのイコプラバトル、これは決して悪い話などではない。寧ろ、翔との仲を更に深める良いチャンスではないか。
「イコプラバトルかぁ……それじゃ私も、バトル専用にひとつ、改造しないとね!」
「よぉし、決まりだ!」
 かくして、理知と翔のイコプラバトルが成立した。後は互いに日取りを決めて、実行するのみである。
(翔くんにみっともないところは、見せられないわね……ちょっと真面目に、頑張ってみようかしら)
 理知はいよいよ、イコプラワールドにどっぷりハマる第一歩を踏み出そうとしているのかも知れない。

 ホストクラブでイコプラの話題が盛り上がりを見せるというのも中々見られない光景だが、別のVIPルームでは、また違った意味で中々見られない光景が展開されていた。
 エリュシオン帝国の設計士セルシウスをVIPルームに招いた茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は、理知と翔のふたりに負けないぐらい、奇妙な世界をこの室内で繰り広げていたのである。
「駄目駄目! 駄目ですよセルシウスさん! そんなことじゃあ、伝説のナンバーワンホストなんて、夢のまた夢ですからね!」
「いや……誰もそんなものになりたいとはいっておらんのだが……」
 ピンク色の高級シャンパンをオーダーし、態々衿栖がセルシウスを指名して、VIPルームでふたりっきりの時間を確保したのには、大きな理由があった。
 即ち――。
「セルシウスさん! ノルマを達成して、早くここから抜け出したくないんですか!?」
「いや、それは確かにその通りだが」
 物凄い剣幕で迫ってくる衿栖に、セルシウスは完全に気圧されていた。
 そもそも、ノルマを達成するのと伝説のナンバーワンホストになるのが、どこでどう繋がるのかが、セルシウスには一向に理解出来ていない様子であった。
 それもその筈で、実際、ナンバーワンにならなくてもノルマさえ達成すれば、それで良いのである。つまり、感覚的にはセルシウスの方が合理的なのだ。
 しかし、衿栖の場合は少々思考が異なるようで、ノルマを達成する為には伝説のナンバーワンホストたり得べし、という絶対に(?)譲れない信念が燃え上がっているようであった。
 ともあれ、客用待合室で在籍ホストブックを眺めていた衿栖の目に、セルシウスの写真が飛び込んできた時点で、彼の運命は決まっていたようなものである。
 アンズーサンタに拉致されて、無理矢理ホストを押し付けられていたという話を衿栖に聞かせたところまでは良かったが、そこからが良くない。
 衿栖は、芸能事務所846プロに於いて、アイドルユニットツンデレーションの一員として活動しており、客に見せる為の笑顔、見せる為の振る舞いについては、人一倍うるさい。
 見せるとは、イコール魅せるである、というのが芸能人の鉄則である。
 そんな衿栖にとっては、客商売たるホストの身でありながら、その仕草や技術で客を喜ばせることがまるで出来ていないセルシウスがどうにももどかしく思えてならなかった。
 衿栖の中で、ひとつ特訓をつけてやろう、という心理が湧き起こってきたのは、寧ろ当然の流れであったのかも知れない。
「セルシウスさん、笑顔は良くなってきましたけど、接客が全然ですよっ! お客を喜ばせたいっていう気持ちがあれば、接客にも自然と心が篭もってくるようになるのですっ! さぁっ! 心の底から、お客を喜ばせようっていう気になってみましょう!」
「う、うむ、そういうものなのか……よし、では」
 衿栖にいわれるまま、セルシウスは何とかグラスにワインを注ごうと頑張ってみるものの、すると今度は笑顔が消え去り、鬼のような形相に変じてしまっている。
 駄目だこりゃ、と思わず額に手を当てた衿栖であったが、すぐに気を取り直し、セルシウスの肩をぽんぽんと叩いた。
「セルシウスさん……丁寧なのは良いんですけど、顔が怖いですよ。ここはホストクラブなんですから、ホストはどんな時でも笑顔で、そして格好良くなければ」
 流石に、セルシウスは泣きそうな顔になっていた。
 苦しくったって、悲しくったって、クラブの中では平気だもん――という訳にはいかないようだ。
 同時に衿栖も、少々考えを改めなければと思い始めるようになってもいた。ただ厳しさに任せて、スパルタ教育を施すだけでは結果が出ないというのは、目の前のセルシウスを見ていればよく分かる。
 ここで衿栖は小さく溜息をつき、セルシウスをソファーに座らせた。
「良ござんす……ここはまず、私がお手本を見せて差し上げますわ。セルシウスさん、よぉっくその目をかっぽじって、ご覧遊ばせ」
 すっかり困り果てているセルシウスをソファー上に見上げる格好で、衿栖は姿勢低く傅いてみせた。
 どこか色気さえ漂わせるその仕草に、セルシウスはすっかり慌ててしまい、ばつが悪そうに視線を宙に漂わせるばかりである。
「さぁ、セルシウスさん。よくご覧になっててくださいね」
 別段衿栖はホステスとして特に優秀だ、という訳でもない。しかしそこは、芸能人としての気概と度胸、そして魅せる業を心得る職人のような気質すら具えている彼女である。
 何となく妖しい雰囲気に転じてきたVIPルーム内だが、こういう空気を作り出すのも立派な技術であるということを、衿栖はセルシウスに叩き込む腹であった。
(私が必ず、セルシウスさんを伝説のナンバーワンホストに育て上げてみせます!)
 どこかのプロ野球監督風に表現するならば、
「セルシウスは、わしが育てた」
 という台詞を口にするのが、衿栖の究極の目標と化していた。
 最早、遊びに来たのか教育しに来たのか、よく分からない。

 この夜、最後にピンク色の高級シャンパンをオーダーしたのは、杜守 柚(ともり・ゆず)である。
 そして彼女が指名したホストは、高円寺 海(こうえんじ・かい)であった。
「あっ、か、海くん!」
 海がVIPルームに姿を現した時、柚はソファーから飛び上がりそうな勢いで立ち上がり、自ら玄関口にまで駆け寄って海を出迎えた。
 緊張の中にも嬉しそうな表情を見せる柚だが、一方の海は愛想が良いとはいえない仏頂面で、ただ招かれるままにVIPルーム内へと足を踏み入れてきた。
「ありがとう、海くん……その、私なんかの為に、来てくれて……」
「……仕事だからな」
 海の素っ気無い態度に、柚は一瞬、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。
 決して、海の態度が悲しい訳ではなく、海が放った、『仕事』というフレーズにやるせない思いが湧き起こってきたのである。
 自分に対して仕事といい切るのは、別に構わない。寧ろそのようにいう方が、海らしいともいえる。
 だがそれは同時に、本人が冷静に仕事と割り切っているということは、他の女性客のもとへも、『仕事』の為に足を運んでいる可能性がある、ということでもあった。
 柚にとっては、海の自分への態度よりも、彼が他の女性とふたりだけの時間を過ごしていたのか、と考えることの方が何よりも辛かった。
 しかし、この場でそんなことを口にしたり、不安げな様子を面に出してしまえば、もうそれだけでこのふたりっきりの素敵な時間が台無しになってしまうだろう。
 自分さえ我慢すれば――と柚は自身を必死に戒め、ややぎこちないながらも、笑みを浮かべようと努めた。
 一方の海は、相変わらずの唯我独尊である。
 柚の内面での葛藤など知ってか知らずか、すたすたとリビングへ足を運んだかと思うと、勝手にソファーに腰を下ろし、既に柚が海の為にと注文しておいた揚げ物セットから、若鶏の唐揚げをつまみ始めた。
「あ、そうだ海くん……私達、まだ未成年だから、シャンパンなんて飲めない、よね?」
「問題ない。未成年用に、アルコール抜きのシャンパンが来ている筈だ」
 海にいわれて、柚は慌てて、シャンパンタワーのグラスが積み上げられているテーブル上に置かれたボトルを手に取り、ラベルの成分表に視線を落とした。
 確かにそこにはアルコール度数0、と書かれてある。
 いわれてみれば、シャンパンタワーを完成させた悠司が未成年でも飲めるよ、と説明していってくれたような気もするのだが、その時の柚は海の到着を待ちわびていた為、ほとんど耳に入っていなかった。
(何やってんだろう、私)
 柚は自分の頭を小さく小突いて、とにかく気分を入れ替えようと努めた。
「ねっ、海くん。乾杯しよっか」
「……そうだな」
 シャンパンタワーからグラスを二杯抜き取り、海と軽くグラスを触れ合わせてから乾杯した柚だが、相手はとにかく無愛想で口数の少ない海だから、すぐに間が持たなくなり、どうして良いか分からなくなってしまう。
 どうしたものか、と一瞬考え込んだ柚だが、すぐに、別の考えに至った。
「そうだ海くん! 実はね、お土産があるんだ!」
 柚はサイドテーブルに置いてあった鞄の中からチケットホルダーを取り出し、そこからひと組のペアシート用チケットを抜き取って海に手渡した。
 最初は怪訝な表情で受け取った海だが、チケットの表面に記されている字列を見て、その顔つきが見る見るうちに変わっていく。
 海の、いつもは無愛想な端整な面が、この時ばかりは僅かに喜色を孕んでいたのである。
「これは……サンアントニオとユタのチケットじゃないか」
「うん、そうなんだ……もし良かったら、その……海くんと一緒に観に行きたいな、と思って……」
 柚は精一杯の勇気を振り絞って、デートに誘ってみた。
 対する海はというと、柚の言葉よりも、北米プロバスケットボール協会リーグ・ミッドウェストディビジョンの二大強豪チーム同士の試合が見れることに思いを馳せてしまっており、柚の声はほとんど耳に届いていなかった。
「これは凄いな……ティムロビとマローンのマッチアップが見れるのか……」
 サンアントニオのティム・ロビンソンと、ユタのジョン・マローンといえば、いずれも北米プロバスケットボール協会リーグでも屈指のパワーフォワードとして知られている。
 ロビンソンはチームメイトのデビッド・ダンカンとのコンビでツインタワーと称され、圧倒的な高さとパワーを売りにしており、一方のマローンはカール・ストックトンというこれまたリーグ屈指のポイントガードとのコンビで着実に点を重ねる老獪な選手であり、必ずゴールにボールを届ける堅実ぶりから、ポストに手紙を確実に届ける郵便局員に比喩されて、メイルマンという仇名を持つ。
「知ってるか? ティムロビがジェネラルって呼ばれているのは、陸軍学校を卒業した異色の選手だからだ」
「あ、そ、そうなんだ……」
 柚はそもそも、ティム・ロビンソンがそのように呼ばれていることなど知らなかったし、そもそも彼女は、北米プロバスケットボール協会リーグの2021−2022シーズンの特別試合が空京で開催されるということを知って、何でも良いからとにかくチケットを手に入れようと必死になっていただけで、対戦する両チームについてはほとんど知識を有していなかった。
 後で勉強しておかなくては――密かに決意を固める柚だが、しかしこの時はとにかく、海の言葉に調子を合わせておこうと必死になった。
 柚にしてみれば、これ程までに饒舌に語る海など、まず見られないのである。ここは何でも良いから調子を合わせて、少しでも海の声、海の言葉を堪能したい、と考える柚であった。
 それからややあって、海の口から、柚が渇望していたひとことが何気無い調子で飛び出てきた。
「よし、行くぞ。この日は絶対、予定を空けておいてくれ」
「あ……うん!」
 柚の面に、喜びの笑顔がぱっと華を咲かせた。
 10万Gという高額なシャンパンを買う為に財布の中が随分と軽くなってしまったが、海からこのひとことを引き出せたのだから、安い買い物である。