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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション

 屋敷の三階を歩く黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)の携帯が鳴ったのは、推理を展開していた一同が悲鳴を聞いた数分後の出来事だった。
 『現場百辺』と息巻いて屋敷内を回っていた彼等はしかし、証拠は掴めど決定的な物を見いだせずにいた。そこに来ての、着信である。
「ん? ウォウルから電話だ……どうしたんだろう。もしもし――ああ、俺だけど。何? 悲鳴が聞こえたか? いや、こっちは聞こえなかったが、どうした! 何かあったのか!」
 初めは不審そうだった彼は、しかしウォウルの言葉に反応し、足を止める。
彼の隣を歩いていたユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)が心配そうに竜斗を見つめる中、彼は現状をウォウルから簡単にではあるが説明されていた。短く返事を返した彼は、しかしその後携帯を閉じ、共に歩いていたユリナ、ミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)リゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)へと狐言葉を放つ。
「新たな犯行があったそうだ……被害者はまだわかっていないそうだ……」
「な、何!?」
「それで、ウォウルさんはなんと……?」
 驚きの反応を返すミリーネに対し、彼の隣にいたユリナは落ち着いた様子で竜斗に尋ねた。
「犯人はもしかしたらこっちに逃げているかもしれないから、俺たちで捕まえろ、って事だ」
「え、えっ!? ボク達で犯人捕まえるの! 待って待って、今下から持ってきたアップルパイ食べ終わっちゃうから!」
「いや、さっきっからなんか食ってるとは思ったけどお前、何でそんなもん持ってきてんだよ……」
「ど、毒見だもん! こぉんな美味しいアップルパイにまさか毒が盛られてる訳はないけど、でも毒見だもん! 食べたかったわけじゃないんだよ!?」
 慌てて手にするアップルパイを口に放り込んだリゼルヴィアはしかし、変なところに入ったのか数回むせる。慌ててユリナがリゼルヴィアの背中を叩いて苦笑した。
「と、兎に角! 此処で俺たちが犯人を捕まえるんだ! ウォウルたちが頼ってくれたんだしな、その気持ちに応えてやらなきゃいけないだろ!」
「心得た! ふん、数回程度拳を見舞ってやれば、流石に犯人も観念するであろう」
「いや……普通に捕まえてあげるとか、説得するとか、そう言った方が良いかと思うんですけど……」
「何を言うか! 相手は何処に凶器を隠し持っているとも知れん輩だ。こちらががんとした姿勢を貫かねば、危うい目にあってしまう……」
「みなさーん」
 言いかけたミリーネの言葉を遮る形で、雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)が彼等に声を掛けたのだ。
「こちらにヒントがありました」
「あ、六花。その、今ウォウルから電話が合ってな――」
 廊下の、それも相当離れた距離で会話をしていた彼等はしかし、思いもよらぬ人物の登場によって、完全にその空気を硬直させた。
六花の後ろ。それはそこにあった。

「御嬢さん――見つけてはいけないものを、見つけてしまったようだな。ふぅー」

 微かばかり聞こえるその声の後、六花の耳元には不愉快とも思えるそよ風が通りぬける。人為的に作られたそよ風。
「きゃぁ! 何、何なに? なんなの!?」
 思わず前に転がりながら、しかししっかりと自分が今までいた場所を見る為に体勢を整える。そこには、毛むくじゃらのそれが立っている。地面に突っ伏していたところから始まり、そして全ての引き金となった存在。

 ゴンザレス。

「な、何でゴンザレスが!」
「あれ……ゴンザレスさんってたしか、熊のぬいぐるみ(笑)でしたよね……なのになんでぬいぐるみ(笑)が……?」
 竜斗の言葉と共に、ユリナが疑問を口に出す。
「何を言っているのかな。君たちは。僕は可愛い熊のぬいぐるみ(笑)。ゴンザレス、なのだよ?」
「……ゴンザレスは殺害されたのではないのか……と言う事は、偽物、なのか!」
「偽物! はっはっはっ! 違うな、偽物ではない。まぁ本物でもないけど」
 ゆっくりと。本当にゆっくりと顔を上げるゴンザレス。顔が露わになったが為に、彼等、彼女等は気付く。
「ゴンザレスを着た……別人!?」
「そんな! 死人を動かすなんて……貴方は鬼ですか!」
 リゼルヴィア、六花が彼へと言った。どこか怒りにも似たような表情で言葉を放つのだ。
「俺様は美の伝道師、変熊仮面だ。何、はじめはただ少し驚かせてやろうと思ったのだ。思ったのだがしかし、この装備を装着したとき、何か心の中から湧き出る物を感じたのだ! もっと目立たなければ……例え暗躍している存在だとしても、常に皆が意識し、恐怖する対象にならねばならない、と!」
「おいおい! むちゃくちゃすぎるぜ。皆ゴンザレスの為に一生懸命なんだ。それはゴンザレスの意志じゃ……ねぇ!」
「どうなのだろうな。俺様にはその真実を語る言葉を持たん。が、俺様は確かに聞こえたのだ。このゴンザレス、と言う者を纏って、確かに聞こえ、そして感じた」
 拳を握りしめた。見た目だけで言えば、全く似合わない動きである。
「わ……私の見つけた手がかりが……私が構築した推理が……否定されていく……いやよ、そんなのはいや!」
 六花が頭を抱え、次いでゴンザレスを装備した変熊仮面を睨みつける。
「ならば――受けて立ちます。全てを看破してみせる!」
「り、六花殿! 何故だろう、何か青い焔が見えるぞ……! これは――伝説の名探偵の背負っている気!? まさか貴方は――」
「下がっていてください。そこにいては貴女方を巻き添えにし兼ねない……今の私は、力を制御する事は出来ないかもしれませんから」
「え、ちょっと待って。これ何? どういう感じの流れか把握出来なくなってきたよ、ボク……」
「ルビィ……六花の言う通りにするんだ。が、俺も負けている訳にはいかない! 俺にだって見える筈なんだ! この事件を解決するのは俺だ!」
「こ、今度は主殿の背後に赤い炎が!? これは伝説の名探偵の永遠のライバルの気……!」
「ミリーネさん……若干適当に言ってませんか?」
 ユリナのツッコミは、しかしこの場の誰一人として聞いてなどいない。
「だ、誰か……! 早く来てください! 色々な意味で凄い事に成りそうです!」
 思わずそんな叫びをあげながら、ユリナはその場に座り込んでしまった。
「ゴンザレスさん……いえ、美の伝道師、変熊仮面さん……貴方は知らないかもしれませんが、この事件には盲点が二つ、あるんですよ」
「ほう……青き名探偵君。なかなか面白い事を言うな。良いぞ、聞いてやろう」
「まず一点。貴方はゴンザレスさんを装備した事により、『実はゴンザレスが犯人なのではないのか』と言う、それこそ自らの首を絞める行いをしたのです」
「……そうなるな」
「もう一点は、ゴンザレスさんが殺害された時の真実を知らない、と言う事です」
「……何?」
「そう……貴方がその装備を手に入れる前、ある者によってゴンザレスさんは確かに殺害された。しかし貴方はそれを知らない。誰に殺され、どういった意味で殺されたのか。それを知らない」
「……くっ……確かに、それは知らんな……」
「貴方は数々の犯行を、今に至るまで行ってきたのでわかるでしょう。犯人の気持ちが。自分が殺害したはずの存在が存命したいたと知ったら、貴方であればどうしますか――」
「俺様が犯人として……ま、まさか!」
「そう、必ずその命を奪いに。貴方を師と目に再びやってくる事は必至。此処でこうして誰かの前に姿を現してしまった、と言う事は、それは即ち自滅行為に他ならないのです!」
「……なんという事だ……が、ふん! それは確かにそうだ。確かにそれは尤も! が、それがなんだね! 我が美の妙技によって貴様等を此処で屠る事など造作もない事だ! いわば、この装備は俺様の体内から湧き出る美を制御しているリミッターと言って問題ない。ならばこれを脱いだ時の俺様相手に、貴様等はどうするつもりだ!? 探偵とは言え、流石に美の妙技の前にはなすすべもなかろう! 謎解きは此処までだ! ふっはっはっは!」
「おいおい。俺の存在を忘れて貰っちゃ困るぜ!」
「……ほう、赤き名探偵よ。ならば俺様の美の妙技に勝てる秘策があるとでも……?」
「何を言ってるんだ? 今六花が立てた仮説が、いいや、これはもう正解と言って遜色ないだろう推理が、此処で完成したらどうなる?」
「何を言ってるかわからんな」
「文字通り、完成、さ。真実を読み解くだけが探偵と思ったら大間違いだぜ、美の伝道師さんよ」
「………何が言いたい」
「六花は言った筈だぜ、『もしもゴンザレスを殺した犯人が今のお前を見たら、どうなるか』。そうだろ? 六花」
「ふっ、やりますね。流石私のライバルです。竜斗さん」
「え、そこ乗っちゃうの!?」
「駄目だ……! 尤も手を組んではいけない二人が手を組んでしまったのだ! ユリナ殿、ルヴィ! 伏せろ!」
「いや、そんな爆発とか起こらないですよ? 混ぜるな危険、みたいなノリじゃないですからね……?」
「が、それがどうした! ゴンザレスを殺害した犯人が此処にいなければ、それは意味がない事じゃないのか? もし今から呼んだとしても、此処に到着するまでに俺様が此処から去れば、全くもって問題がない事だ。ふっふっふっ………強がりは止めたまえよ、名探偵諸君!」
「それはどうかな……確かに俺は――俺は六花に推理の上では負けるかもしれねぇ。でもな、俺が赤き名探偵と呼ばれる所以はそこじゃないんだよ。推理が送れるのは重々承知、百も承知だ。だからそれを補う為に俺は――行動力を身に着けた。へっへっ、見てみろよ、後ろ」
 竜斗が指を指す。ゴンザレスを装備した変熊仮面の、更に後ろ。そこには――ラナロックが立っていた。
「私のゴンザレスを……私のゴンザレスをよくも……よくも! よくも!!」
「ひぃ!? まさか此処で!?」
 風もないのに髪が宙を踊り、とんでもない殺気を放っていた彼女――ラナロックがそこにはいた。
「チェックメイトですよ。美の伝道師さん」
「俺たち、好敵手の滅多に見れない連携を見れたんだ。それだけで光栄に思っとけよ」
 六花と竜斗が謎のポーズを決め、変熊仮面へと呟いた。
「か……かくなるうえは強行手段だ! 我が妙技、受けてみよ! ラナロックとやら!」
 ゴンザレスを装備したまま、変熊仮面はラナロックへと走り出し、そしてそのまま彼の胸に飛び込んだ。
「うふふふぅー! もうなんかこれはこれで幸せっ!」
 勢いに任せて彼女を押し倒そうとした彼の体は、しかしそこで完全に停止する。勢い等と言うものが、さもこの世にはない、とでも言われた様に、突きつけられたかの様に。彼の体は地面の平行の状態で停止していた。次の瞬間――。
「さぁてぇとぉ……私のゴンザレスを、返していただきますわよぉ」
 撃鉄の起きる音。耳元、と言うよりは頭上で。ゴンザレス装備をもってしても、しっかり凶器が突きつけられているのがわかる間隔。
幸せそうな表情を浮かべていた変熊仮面の表情は、ゆっくり、しかし確実に、死を理解した笑顔に変わって行った。

「ぎゃー! お助けをー!」
「私のゴンザレスをお返しあそばせぇ!」

 断末魔と悲鳴がこだまするその空間。
『六花と竜斗が手を組んだら爆発が起こる』というミリーネの発言を信じたリゼルヴィアと言いだした本人、ミリーネはひたすらにし頭を抱えて床で丸くなり、呆然としているユリナは唖然としながらに目の前の惨劇を見つめるだけだ。
「もう……誰か判る様に説明、してください……ふぇ……」