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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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     ◆

 『息をつく』と言うニュアンスの言葉は随分と多彩な使い方をする言葉である。
『息をつく暇もない』、『一息つく』などなど、それこそ色々な意味合いで使える言葉であって、深呼吸やら驚きやら、将又呆れまでを、その単語に付随させれば言葉となる。

閑話休題――御凪 真人(みなぎ・まこと)はこの時、この枕の部分を使うのであれば最後尾に配列されていた意味合いの息をついていた。
それ即ち………ため息である。
「何故俺がこんな事を……第一、此処は俺の知る範疇を大幅に度外視です。数回聞いていればわかります。友人宅の所在地やら、それこそ店の配置まで。一度として通り、また自分が何かしらの関与をしていればわかります。わかりますけど流石に――」
 言葉を一度区切った彼は、辺りを見回すのだ。一定間隔で長々と続く通路を照らす蝋燭を見て、彼は深々と此処にきて四度目となるため息を吐き出す。
「来たこともない、しかも異性の家の間取りばかりは知りませんよ。知りませんよ!」
 最初はあくまでも独白で、二度目は明確な対象を持って、声を上げる。無論、誰かに向けての声、と言う事は聞き手がしっかりと聞こえるだけの音量であり、その対象は随分と前を歩いているから大声だった。
「ちょっと、どういう事さ……こっちって言ったじゃん、リキュカリア」
「えぇ!? 言ってないよ! 全然言ってない、記憶にない、寧ろ言ったかもしれないけど、ボクの所為じゃないもん!」
 真人が声を掛けた筈の二人、五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)リキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)は、彼の随分前を歩いていたが、足を止めて口論し始める。勿論ながら、真人の言葉聞いていない。
「二人とも……言い合いしてたって目的地にはつきませんよ」
「知ってるよ!」
「知ってますよ!」
 ほぼ同時に、それこそタイミングを合わせたかの様に真人に言いかえしていがみ合った。
「はぁ……それで? いつまで此処でこうしてるつもりです? いや、“いつまでこうやって迷うつもりですか?”って方が、正しいと言えば正しい質問ですよね、この場合」
「べ、別に迷いたくて迷ってる訳じゃないですから!」
「うんうん! そうだよ! 第一、道案内頼んだのに全く全然案内してくれないキミがいけないんじゃないのさぁ!」
「いや………案内も何も、僕が最初に『こっちの方じゃないですか?』なんて言ってたのは最初の数分だけで、それ以降は勝手にお二人が先に行っちゃったじゃないですか」
「ああ! この人まで他人の所為にするし!」
「だからぁ! ボクは他人の所為にしたわけじゃなくて、実際悪くないって言ってんの! わからない人だなぁ、東雲ってばぁ」
 近付いてきた真人を巻き込まんばかりの二人のやり取りに、流石に参加はしないまでも呆れ返る真人。どうやら付き合いきれなくなったのか、彼は踵を返した。
「ならばどうぞお好きなように……後でまたお会いしましょうか」
「あ! 何処行くんですか!」
「まてまてぇ! そうやって逃げようなんてのは駄目だよ!」
「逃げるとはまた……違いますよ。そろそろ時間も時間ですから。一応一階に戻るんですよ。あの二人の事だ。こんな入り組んだ場所まで初めて入る人たちを呼び出すとは思えません。どうせ一階辺りで集まるんでしょうし、少なくとも玄関で待っていれば迎えに来るでしょう」
 尤もな事を、顔色一つ変えずに言って足を進める真人。その言葉に成る程、と納得した二人は慌てて彼の後を追った。
「そうならそうとはっきり言ってくれればよかったのに……」
「そうだよ。それこそ、人が悪いなぁ」
「別に内緒にしてた訳でもありませんよ。ただ、初めにも言った通り、『俺は此処の間取りやら何やらは知りませんよ』です。これは他人の所為、とかではないですけど、どんどん先に行かれたらついて行かないと、行った事のない場所にどんどん進んで迷ってしまった。じゃあ、済まないでしょう。流石に。こと更に付け足すのであれば、同行しておきながらそれを見捨てる、なんて事も出来ません」
 つらつらと述べるにはあまりに正論過ぎる言葉に、二人はただただ項垂れ、静かに彼の後ろについて行くしかないらしい。今までの口論がまるで嘘の様に静かに歩く二人は、しかしふと首を傾げて立ち止った。
「あれ、ちょっと待ってよ」
「どうしたの? 東雲」
「おかしくないかな。この道、さっきは通ってなかったけど、だけどあの人……御凪さん、かなりしっかりした足取りで歩いてるよ」
「ほんとだ。でもさっきさ、あの人言ってたよね、此処は知らない。みたいな事」
 二人の視線を感じたのか、前を歩く真人が足を止める。
「どうしました?」
「いや、その……なんの迷いもなく進んでるなぁ、と思って」
「そうですか?」
「うんうん、ボクたちに言ったでしょ? 此処は知らないよ、みたいな事」
「ええ。知りませんよ」
「でも迷ってる感じもなく、順当に進んでるからさ。多分だけど」
「あぁ、そうですね」
「何で?」
 真人の顔にずいと自信の顔を近づける東雲の目を見て。少し驚きはしたもののさしてそれ以外何と言う様子もなく、彼は再び進行方向へと向いて足を進めた。
「いや、さっきから一応気になってはいたんですが、此処、あぁ、この屋敷、ですね。これって、ある特定の決まりがあって、俺の予想が正しければ、このルートが一番最短なんですよ」
「へぇ、特定の決まり、ですか」
「そんな、なんかのゲームみたいな事ってあるの? セオリー、だったっけかな」
「ありますよ」
 指を指した彼は、ドアの上に打ち付けてあるプレートを指差し、尚も進みながらに説明し始めた。
「そこに書いてあるのは何でしょう」
 そんな彼の問に、リキュカリアが答えを返えす。
「んーと、“N”……かな。飾り文字も遺体で一見したら読み辛いけど」
「東雲さん。その前、同じような扉の上に書かれていたのは、覚えてます?」
「その前……あぁっと……確か“S”だった様な」
「そうですよ。さて、此処までは意味の分からないただの文字だ。では次の扉、此処には何が書いてあります?」
 真人が足を止めたのに倣い、二人も足を止め、扉の上にある文字を見上げる。
「……“A”」
 二人で読み上げたのを聞いた彼は、にっこりと笑顔を浮かべてから再び歩みを進めた。
「ちょ、ねぇねぇ! 待っててば! どういう意味?」
「御凪さん、いい加減教えてくれても良いと思うんだけど」
「じゃあ、次の部屋は僕が予言しましょうか」
 二人が顔を見合わせる。
「ずばり、次見える……ああ、今は見えてませんが見えるであろう扉の上には恐らく、“K”と書かれているでしょうね」
「何……え、何々、どういう事?」
「どういう事、ですか。まぁそう言う事ですよ」
 東雲、リキュカリアの二人は真人の脇を走って抜け、扉の前まで到着するとすかさず見上げる。見上げて、息を呑む。
「ほんとだ……え、東雲。これってどういう事?」
「わからない。でも、実は彼、大預言者、みたいな感じなんじゃ」
「違います」
 二人がおろおろと会話していると、追いついてきた彼が笑いながらに声を掛けた。
「此処に来るまでの間、色々と周りを見回していたんです。普通に歩いてるだけでは詰まらないのでね。で、俺はひとつ気になった。何故部屋の上に文字が書かれているのか、何故部屋が番号ではなく、アルファベットなのか」
 固唾を呑んだ。
「並びに意味は? そこで気付いた訳です」
「何を……?」
「この並びから言えば、恐らく最後は“E”が来ます。並べてみれば簡単だ。“SNAKE”、スネーク。要は蛇」
「あ……」
「でも、だからってSから始まる単語はたくさんあるじゃないか。Sの後にNが来てもまだ……」
「此処だけだったらまだ、わかりませんでしたよ。でも、先程も言った様に此処に来る前から辺りを見回していた。他に見たのは“猪”、“虎”それから“龍”、其処に来て、となれば」
「……十二支」
 東雲の言葉に指を鳴らした真人が二人の脇をゆっくりと歩いて去って行く。
「十二支の並びで言って蛇は六。六時。入ってきてすぐに発見したのは猪だ。これは十二、十二時って訳ですね。俺たち――いや、貴方達が歩き回ってかれこれ二十分。階段を上り、延々と続く廊下を歩き続け、方角も建物の作りも全く把握せずに歩き回った結果、此処に到着した。そして気付いたんです。時計に何か関係があるのではないか。そう思ったんですよ」
 近くにあった部屋を見れば、其処には確かに“E”と言う文字が刻まれている。
「本来的に言語も通路も、一定歩行から進み、そして一定方向で幕を閉じる。意味も、未知も、さして違いはありません。と、いう事は、今までどんどん逆行していたからこそいつまでも目的地に着かなかった訳だ」
「文字の順に進んで行けば……」
 東雲の言葉にリキュカリアが足を早めた。
「その先にあるのが!!」
 たん、と足を鳴らし踏みしめた床。そこで彼女の体は止まる。杭によって足を地面に打ち付けられたかの如く、その足を止めた。
「リキュカリア……?」
「どうしたんです?」
 不思議そうに近づいてくる二人が、リキュカリアの向いている方向に目を落とした。

 悲鳴――。

「え、ちょっと……何この状況!?」
 三人の居る場所。そこには手すりがあった。そしてその眼下には、自分たちが二十分以上前に通った場所。そして三人の目的地である玄関が広がっている。玄関にはたった今帰ってきたのであろうウォウルの姿と、ラナロックの姿。そして、何やら茶色い歪な物が転がっている。悲鳴、叫び声はラナロックの物だった。
「ラナロックさん!?」
「え、あの人が? って事は、このお屋敷に住んでる……」
 二人は真人が咄嗟に放った言葉を聞いて、ふとラナロックの方を見やる。

 何やら意味深な言葉を述べる彼女を見た。

「ご、ゴンザレス? あれ、ゴンザレスって言うのかな……」
「そこはツッコまない方向で、行こうかリキュカリア……」
 真人は手すりを飛び越え、二階から飛び降りて彼女たちのいる玄関へと降りた。
「何その格好良い登場シーン!」
 思わずツッコんでみた東雲は、しかし近くに見つけた梯子を下ろしてリキュカリアと共に下に降りて行く。
騒いでいるラナロックの余所に、後からやってきた雅羅ともどもその場を後にするウォウルを呼び止め、事情を聞いた三人は、以降再び屋敷内を巡る事になる。
「証拠探し、ね。まぁそれはそれで面白いから良いんだけどさ」
「なんか燃えてきたぁ! あ、そうだ東雲。ちょっと良いかなっ!?」
「ん? 何? 改まって」
「ううん、気にしないで着いてきてくれればいいんだよっ! って事でウォウルさん、一部屋借りてもいい?」
 何やら含みを持った物言いのリキュカリアに疑問の眼を向ける東雲と――
「良いですよ、そこらへんの部屋、お好きにつかってください」
 何を思うでもなく返事を返すウォウル。
「んじゃ、俺は一足先にその“証拠”とやらを見つけてみますか。でも、ウォウルさん」
「はい?」
「あんまり悪ふざけはし過ぎない様に」
「心得てますよ」
 真人の言葉にウォウルが笑い、そして彼等はそれぞれの動きへと移る。